第13話 Interval of dream
場面は再び芒雁と謎の男へと戻る。
「連れてきているんだろ。もう一人」
「……何のことだ」
弥生の存在を既に男に悟られていることを承知で、芒雁は平静を装いながら一応そらとぼける。
「この世界で私に隠し事ができるとでも? お仲間かい?」
「……さあな」
「芒雁。君は勘違いをしているようだね」
会話中も芒雁は男から視線を切らさないようにしていた。だから決して油断したわけではない。なのに。
芒雁の視界から男の姿が瞬時にして消えた。
「な……!」
その直後、芒雁は背後に気配を感じる。振り返らなくても分かる。芒雁の背後十センチメートルというところに男は立っていた。文字通り、目にも留まらぬ早さだった。
「私が親切にアレコレ答えてやっていたのは、私が君に対して友好的でありたいと思っていたからだ。もしキミが敵対するというのなら……」
芒雁もこの世界の中で、自分の身体能力が向上しているのは自覚していた。だが男の動きは身体能力の向上とか、そういったレベルをもはや超えてしまっている。あきらかに人の常識、いや物理法則を超えた動きだ。
「くっ……」
慌てて芒雁は背後の男めがけて、裏拳を放つ。だが芒雁の脳が殴れと、その身体に命令を下した瞬間には、既に男の体はそこにはなかった。芒雁の渾身の一撃はむなしく空を切るだけに終わった。
直後芒雁は自分の顎に手が沿えられているのを感じる。男の手だ。男は瞬時に芒雁のところの中へと飛び込み、芒雁の顎へ掌底を寸止めで入れていた。
「言葉や威嚇で分からないのなら、痛みを伴う躾というのも悪くない」
瞬間、すさまじい衝撃とともに芒雁の顔が上を向く。男の掌底によって強制的に向かされる。男が放ったゼロ距離からの掌底で、芒雁は体ごと宙を舞う。夢の中なのに意識が飛びそうになった。
「あ、が……」
夢の中だからなのか、意識が飛びそうだからなのか、はたまたあまりの衝撃で脳が情報処理し切れていないからなのか。痛みは感じなかった。ゆうに一メートルは浮かび上がり、そのまま芒雁は地面へと仰向けに倒れた。
「噛みグセの治らない犬を躾ける、最も効率的な方法だよ」
芒雁は意識だけは飛ばさないよう懸命に堪える。よろめきながらもなんとか立とうとする。
「芒雁。最後のチャンスだ。私に力を貸してくれないか?」
「……暴力に頼る奴の言葉を聴く耳など……ない!」
「そうか、残念だよ。実に」
男と芒雁は睨み合う。しばらくの間、こう着状態が続いた。
「……少なくとも仲間がいるのを隠しているのは無駄になったな」
「……? どういう意味だ?」
「ふふ、まあ、じきに分かる」
「……まさか」
男は不敵な笑みを浮かべた。その答えを芒雁は後ろから近づいてくる気配で察した。
「あのバカ」
芒雁は思わず手で顔を覆った。
「芒雁君! 助けにきたよ!」
すぐ近くのお菓子の山から、弥生が姿を現す。きっとお菓子の障害物を、男子顔負けのアスレチックで超えてきたのだろう。弥生は息を切らせていた。現れたのが弥生だと分かると、男は意外そうな顔をした。
「ほう」
芒雁はさっきと同じように、弥生のおでこを人差し指で何度か小突いた。
「誰の助けにきたって? ったく、さっきバカって言っちまって、ちょっと悪い気がしてたけど。ホントにバカだったとはな」
弥生は芒雁に小突かれるたびにあう、あう、とうめき声を上げる。うめきながらなんとか反論しようとした。
「あー、それが助けに来た人にいう言葉なの?」
「だから助けなんて呼んでねえって!」
「いや、ちょっと待って。さっき、バカって言ったこと後悔してるって言った?」
「は? 言ってねえし」
「子供みたいなリアクション。やっぱり芒雁ってちょっとカワイイとこある……」
芒雁の顔が赤くなる。
「いや、まさかお仲間が三桜さんだとは。そういうことですか」
男は堪えきれない笑いを隠そうとはしなかった。
「あ? どういう意味だ?」
男を威嚇しつつも、芒雁は弥生を守るために、男と弥生の直線上に割って入るように立つ。
「いやいや、芒雁君もなかなかに隅に置けないなと」
「説明する気ないだろ」
「フッフッフッ。でも三桜さんが助っ人というのはあながち間違ってはいないかも」
男の意味深な発言に芒雁と弥生は顔を見合わせる。
「もしかして私、いきなり役に立った?」
「んなわけねえだろ。バカ」
またバカって言った。弥生がふくれっ面をする。
「ひとまず、退散することにしましょう」
男はそう言うとポンと地面を蹴った。するとまるで風船のように、男の体が浮かび上がった。
「それでは、芒雁君。もう会わないことを願っているよ」
そのまま近くのお菓子の山の頂上へと降り立つ。
「もし、私の邪魔をしようというのなら。次は容赦しない」
そう言い放ち、男が体をくるりと回転させると、もうそこには男の姿がなかった。芒雁は先ほどまで男がいた場所をじっと睨みつける。
「気配もなくなってる。少なくとも近くにはいないみたいだな」
ハーっと息を吐くと、芒雁はその場にドカっと座り込んだ。
「ちょ、芒雁君。大丈夫? どっかケガでもした?」
弥生は慌てて芒雁に駆け寄る。
「いや、殴られはしたけど、そっちのダメージよりは気疲れの方が大きい。少し休めば大丈夫だから」
「……そう」
弥生はホッと胸を撫で下ろす。弥生の心配してから安心するまでの動作があまりにも大げさだったので、芒雁は思わず笑ってしまう。芒雁が自分を笑うので、弥生はまたふくれっ面をするのだった。
「俺なんかのことより、三桜はあいつの心配をしたらどうだ?」
芒雁はうなだれたまま、前方に倒れている弥生の大切な友人を指差した。
「え……さつき? うそ。なんで!?」
弥生は慌ててさつきの方へ駆け寄る。倒れているさつきを抱えあげると、うっすらと反応があった。弥生はさつきの頬に手を当てる。さつきの頬はひんやりとしていたが、生きている人の温もりがあった。
「さつき! しっかりして。さつき!」
「……う、う……ん」
うめき声をあげながら、さつきがゆっくりと目を開く。しかし意識はまだぼんやりしているようで、目の焦点が定まっていなかった。
「ああ、良かった。さつき……!」
弥生が安堵して顔をほころばせたのも束の間だった。
ピシ。
巨大なガラスにヒビでも入ったかのような音が世界に響き渡る。弥生が慌てて辺りを見回す。
「え。なに。何の音?」
「三桜。空だ」
芒雁は落ち着き払った様子で上を指差した。
弥生はつられて空を見上げた。すると空の所々に亀裂が走っていた。
「え、なんで。どうして? 空が、割れてる!」
弥生は驚きを隠せず、口に手を当てる。
「世界が壊れる」
「夢の終わりだ」
弥生はただ呆然と空を見上げる。
「ねえ、このあとどうなっちゃうの?」
弥生は見上げながら言った。空はさらにひび割れ、今にも空の欠片が降ってきそうだった。
「世界が壊れれば、自動的に俺らはログアウトされる。その後は自分のベッドで目が覚める、ってわけだ。今までの経験から、きっとそうなる」
「芒雁君。私より色々なことを知ってるのね」
「そうかもな」
「説明、してくれるわよね?」
「ああ。だけど今は時間がない」
今や空だけでなく、背景もひび割れ始めていた。いつの間にか地鳴りも始まっていた。
「だから。明日学校で話すよ」
学校。芒雁の口から突然聞き慣れた言葉がでてきて、弥生は思わず目をパチクリさせる。
「学校で?」
「ああ」
芒雁はゆっくりと頷いた。
「きっとよ?」
「ああ」
もう一度ゆっくりと頷く。
「約束だからね」
「ああ」
「……ん。弥生ちゃ……」
ガシャーン。
その瞬間ガラスが砕け散る音がして、世界は漆黒の闇に包まれた。
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