可能性のある街 ~トコロザワ・クールシティー 202Ⅹ~

佐山千夜

第1話

「コウさーん、こっち、こっち!」

 待ち合わせのバス乗り場は混雑していたけど、探していた相手が私を見つけてくれた。

「祥子サン! お久しぶりですー!」

「どう? 昨日は一日中、目いっぱい楽しめた?」

「バッチリ! 見逃した劇場版のアニメも見れたし、美術館や博物館に図書館までも見て回れたわ。好きな漫画の世界に浸れて、幸せ。サクラタウン、最高~!」

 台湾人の私は今、埼玉県の所沢市にある「ところざわサクラタウン」に来ている。日本文化、特にアニメや漫画が大好きなので、それらを存分に楽しめるこの施設には、絶対に行きたいと思っていた。タウン内には他に、日本の伝統文化や地方物産を取り扱うパビリオンなどもあり、可能なら1週間ぐらい滞在してじっくり見て回りたい。

 今日はここから出発する市内巡りのツアーに参加する。誘ってくれた祥子サンは所沢市民だ。


「あー! 折り紙!」

 バスに乗り込んだ瞬間、天井から吊り下げられた賑やかな装飾が目に飛び込んできた。先に乗車していた外国人観光客達も、飾りを触ったり写真を撮ったりしながら口々に感嘆の声を上げている。

「気に入った? 外国の方に喜んでもらうために有志の人達が折ってるんだよ。」

 ニコニコしながら祥子サンが教えてくれた。


「ようこそ、所沢へ! ようこそ、《富岡カルチャーコース》へ!」

 軽快な音楽と一緒に明るい男性の声が流れてきた。車内放送のナレーションはコースごとに異なるが、全て所沢市民が声を担当しているらしい。彼らは、市民の中から投票で選ばれる「ご当地声優」なのだそうだ。

「市内を走るバスには3種類ありましてね。所沢駅とサクラタウンを最短で結ぶ《シャトルバス》の他に、市内の観光スポットを繋ぐ《街巡りツアーバス》と、地元住民の交通手段トコろんバスがあります。フリーパスをお持ちの方は、どれでも乗り降り自由ですから、お好きなようにこの街を楽しんでください。」

 街巡りツアーには「アニメ」「ドラマ・CM」「カルチャー」のコースがあり、さらにそれぞれテーマや地区ごとのルートに分かれているとのこと。私達のコースには、三富開拓の遺跡や、多門院の見学に、公民館での文化交流体験などが含まれていた。

「日本文化の体験と市民交流が一緒にできるんだよ。コウさん、絶対気に入ると思う。」

 祥子サンの一押しで、公民館のバス停で下車。


 建物に入ると案内掲示があり、分かりやすいイラストと英語で説明が添えられていた。

「着物? 着させてもらえるの? こっちはうどん、かな。麺打ち体験?」

 折り鶴とか、書道のイラストもある。一緒にバスを降りた集団で掲示を見ていると、すぐに女性が来て対応してくれた。


 色々心惹かれたけど、折り紙の体験教室を選ぶ。バスの中の飾りが素敵で、自分でも作ってみたいと思ったのだ。会議室のような部屋へ移動すると、年配の女性達に歓迎される。

「いらっしゃい、ようこそ! さ、こちらで一緒に折り紙をしましょう。」

「見本の中から折りたい作品と、好きな折り紙を選んでね。」

 長机の上に様々な折り紙作品が飾られていた。きれいな柄の千代紙と作品を一つ手に取ると、

「あ、ツルなら私よ。こっち来て隣に座って。」

 車いすに乗ったおばあさんが嬉しそうに手を挙げて招いている。


「わぁ、できた! 教えてくれてありがとうございました!」

 私の様子を見ながらマンツーマンでゆっくりと見本を折ってくれたので、何とか完成した。初めて自分で折った作品に感動しつつ、おばあさん達に見送られて体験教室を後にする。


「こっちで、和小物とかを販売してるんだけど、お土産にどう?」

 呼び込みに誘われてついていくと、和風の生地のバックやポーチ、日本らしいデザインのキーホルダーなどが並んでいた。

「これ、全部手作りだから。ここら辺に住んでいるじいちゃん、ばあちゃん達が作ってるの。気に入ったのがあったら買ってってよ。」

 愛想のいいおじいさんが話しかけてくる。ぬくもりある風合いで日本土産にピッタリの品揃えだ。どれもお手頃価格なのも嬉しく、ここで買い物タイム。


 帰りのバスを待つ間も楽しかった。無料で狭山茶が飲めるコーナーがあり、地元の人達と交流できるのだ。学校帰りの子供が話しかけてきたリする。片言の英語とジェスチャーで懸命に話すのが微笑ましかった。私は流行っているアニメや漫画について質問された。バックに着けているアニメグッズを見せてくれたりした。


「すっごい楽しかった! タウン内も見たりないと思ってたのに、こういうツアーが他にも色々あるんでしょ? 1カ月ぐらい所沢に滞在して、街中を満喫したいわ!」

 満足感いっぱいの気持ちで誘ってくれたお礼を言うと、

「コウさん、こっちに留学しちゃえば? それか、卒業後にこっちで就職とか。」

 冗談口調の祥子サンだったが、その後に少し真面目な顔になって続ける。

「いや、実際ね、ITとかコンテンツの先端産業がすごいらしいよ。あと、このツアーとか、ナレーター以外にもすごく市民が協力してるの。車内放送の音楽は市民の作曲だし、体験教室の先生とかも、ご近所のボランティアさん達だし。」

 そもそも、企画段階から市民が積極的に参加していて、コースを決めたり、季節ごとの行事を取り入れたりと、市役所や民間企業と一緒になって、自分達も楽しみつつ取り組んでいるらしい。活躍が評価されて就職先が決まったり、人気が出て有名になる人もいるそうだ。

「この街は、皆で協力して新しいものを生み出していくの。」

 あぁ、昨日からずっとワクワクしている理由は、これか! 誇らしげな祥子サンの顔を見て、理解した。この街は、活気に溢れた可能性のある街なんだ。


 自分の進路は考え中だけど、この街のことは本当に気に入った。とにかく、近いうちにまた遊びに来たい。そしていつか、こんな可能性のある街に、私も住みたい。

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