天剣の導光
赤王五条
序
連続する銃声と、銃声の終わりに響く悲鳴。恐らくは敵の悲鳴だ。聞いたこともない声だから、ということと、自分の仲間が自分よりもはるかに戦闘に長けているからという情けない観測におけるものだ。
「銃を捨てて下さい」
僕は静かに拳銃を構えて警告する。拳銃の引き金には指が引っかかっている。撃つつもりはない。というか撃って弾が出る自信がない。それを察しているのか、あるいは自分のように動揺しているのか、対峙する男は人質に銃を突き付けたままだ。
歳の頃は30代後半か40代かの、政治家としては若い男性。人質はほぼ同年代の青年。慣れているのか、または事の成り行きを把握しているのか、この場においては汗一つかかずに不動で直立姿勢の人質の彼こそが一番冷静に見えた。
「君が銃を下したまえ」
政治家は上擦った声で言う。
「私が人質を取っているのだ。人質は開拓総督の皇族の方。この野蛮な鉄から放たれた火が人質を貫けば、君どころか、君の上司の命も危ういのだということを分かっているだろう?」
彼は自分を棚上げにして、道を空けるよう促した。皇族に銃を向けるという禁忌を犯した以上、この政治家は重罪が確定している。彼がこのまま大手を振って歩くには、僕を振り切り、総督府を出て、人質の総督に要求を聞き入れさせるしかない。占領されていた総督府の制圧が進む今、外への脱出も難易度が高い。彼にはまったく後がない。諦めていいはずだが、銃を捨てる気配はない。
彼がもし銃を撃てば、眼前の総督は即死だ。狙いが逸れて奇跡的に助かる可能性はあるかもしれないが、あまりに距離が近すぎる。僕の撃つ銃よりもはるかに命中率は高いだろう。総督が死ぬことになれば、政治家を捕縛できたとしても責任は僕だけに留まらない。総督は継承権がないとはいえ、皇族なのだ。ヤマト指導者の次男だ。一体何人の人間が責任を取って命を絶つか分からない。
(でも団長なら逃げるかも)
不謹慎ながら思う。
「彼の上司ならそんなことになったら逃げるよ」
僕の降って湧いた気持ちを総督は代弁してくれた。かなりの薄情さと忠誠心の薄さだが、総督に理解されている僕の上司はやっぱり凄かった。
「閣下、貴方は御自分の立場が分かっていない!」
「分かっているとも。君がこの状況を打破することができないくらいは」
拳銃を改めて突きつける政治家は叫ぶも、視線を合わさずに語る総督は冷静だ。命の危機であるというのに、命乞いの一言はない。
そしてそれだけの大物ぶりを見せられて、僕はさらに焦る。手汗が滲む銃の引き金。銃口を政治家に向けて、その狙いに惑う。
僕は銃を撃ったことがない。それがどんな音をたてるか、撃った後どうなるか知っていても、実際に引き金を引いたことはない。僕は銃を持つ覚悟も、撃つための覚悟も、実際に命のやり取りをする覚悟も持ち合わせていなかった。
緊張状態の僕に、上司・・・団長の言葉が蘇ってきて、引き金に引っかかった指に力がこもった。
『人を斬るのも、人を撃つのも、結局は同じことよ。最初の覚悟だけだ。それは後悔との表裏一体だ。今は答えを出せなくても、覚悟しなければならない時に直面する。責任など考えるな。覚悟したなら、他は言い訳にすぎない。』
今が覚悟しなければならない時だ。団長の下に付いてから早半年。ただの就職難学生から、命のやり取りを平然とする本当の傭兵に僕はなります。平和な日常に別れを。
ここは力を持てば命のやり取りをしなければならない争いの地、大陸。平和の自国、ヤマトの殖民地。就職にあぶれて、こんな所に来なければ、銃なんて撃つ羽目にならなかったのに。
極東の島国、ヤマト。
国家面積は他の大国よりも極端に狭い。にも関わらず、かの国が大国と肩を並べられるのは高い技術力と、先見性にある。
その技術力と先見性を発信するヴェルジェ財団は約百年も前からヤマト皇室を支え、利益を供与してきた。大陸開拓においてもそうだ。
かつての戦争と、内乱の影響で人の住めぬ不毛の地とされた大陸。皇室は開拓団を派遣し開発を進めていたが、支援が乏しく遅々として進まなかった。そこに財団が参入したところ、十五年で開拓都市
特に大陸鉄道は、西方辺境まで伸び、北は大帝国へと行く。他の大国へはすでに空路が結ばれているものの、その間に点在する小国と人と物が結ばれることになる。これは多大なモノの行き来を生み、利益を生み出すものと思われた。
だから開業間近に至って、この儲け話に今からでも噛もうと、ずる賢い者たちが現れるようになった。それは企業であったり、商人の連合であったり、様々だ。素直に対話してくるならばいい。問題は、彼らが武力をもって脅しに来る場合だ。
彼らと戦うのは、財団が組織し、総督府を守護するために結成された傭兵組織
僕の名はエクス。エクス・アルバーダ。この天剣組に就職し、武力衝突が日常の場へと覚悟も持たずに入っていってしまった。
大陸に来たのは四月に入った時のこと。大陸ではいまだ寒さが残る季節のことだった。僕はその日、純粋に光を見つけたような気がしていた。
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