和尚さんと柏餅

 和菓子作りにはまった、音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんは、

「端午の節句といえば柏餅じゃ」

 と言って、厨にこもって一生懸命、柏餅を作りました。その数、千個。ぼたもち一万個作った和尚さんですから柏餅千個なんて物の数ではありません。でも困ったことがあります。その消費先です。和尚さんは山門に鯉のぼりを掲げながら、思い出しました。

「そうじゃ。今はゴールデンウィークじゃった。子供達は家族連れで何処かへ行ってしまうんだったのう」

 そうです。この街ではゴールデンウィークに、家族で東京に行ったり、千葉のネズミーランドに行ったり、おじいちゃんおばあちゃんの元へ帰省するのが習わしでした。ですから、子供たちは境内に遊びにきません。なので柏餅をおやつに出すことはできないのです。

 千個の柏餅のうち、五百個は和尚さんの腹の中に治ります。あと二十個ぐらいはかぐやに無理言って食べてもらうこともできるでしょう。それでも四百八十個、残ってしまいます。街の衆に配ることも不可能ではないのですが、街には『幸福堂』という老舗の和菓子屋さんがあって、当然柏餅を作って売っています。そこに和尚さんがしゃしゃり出てサンバに合わせて踊り出す、いや分からないギャグを使ってしまいました。もとい、和尚さんがしゃしゃり出て、街の衆に柏餅を大量に配ったら『幸福堂』さんは良い顔をしないでしょうし、売上だって落ちてしまうでしょう。味は何と言っても和尚さんの柏餅の方が美味しいんですから。

 いっそ、総本山の二王寺に送ろうかとも考えましたが、あそこは一万人の僧侶を抱える大世帯です。また一万個作らなければいけません。それはもう勘弁です。しかも中途半端に四百八十個送って、食べた食べないのいざこざが起きて、せっかく虎蘭風と平林で固まった執行部に亀裂が入ってもいけません。そうだと思い返して、苦災寺の任天和尚、満月くんに四十個送りました。あと四百四十個。他に親しく付き合っている寺もありません。和尚さんは偏屈ですので、人とつるむのが嫌いなのです。今回はそれが仇となりました。


 思い煩って、日々の務めを怠るわけにはいきません。朝の勤行をして朝餉を食べます。もちろん柏餅です。かぐやは文句を言わずに四つ食べました。和尚さんは五十個食べました。そのあと太田胃散を飲みました。かぐやも飲みました。

「これも見方を変えれば修行じゃ。世界には柏餅どころか何も食べられない貧困層がたくさんいるのじゃ」

 和尚さんは自分を諭すように言いました。


 和尚さんは境内の掃除をしています。すると、タヌキがひょっこり現れました。和尚さんはひらめきました。

「おい、タヌ公」

「なんですか、和尚さん」

「お前何匹家族じゃ?」

「女房とガキ入れて七匹です」

「子ダヌキは食い盛りだろう?」

「ええ、だからこうして、餌探しです」

「タヌキは柏餅は食うか?」

「そりゃあ、雑食ですからなんでもいただきます」

「そうか!」

 和尚さんは慌てて冷蔵庫にいきました。そして柏餅を風呂敷に百個包むとタヌキの元に帰ってきました。

「タヌ公、土産じゃ」

「ええっ、こんなに?」

「引き取り手がなくて困っておった。遠慮なく持って行くが良い」

「ありがとうございます」

 タヌキは喜んで帰っていきました。

「そうか、動物たちにくれてやればいいのか」

 和尚さんは考えました。まずは裏庭の八頭の鹿たちです。

「お前たち、柏餅は食わぬか?」

 和尚さんは聞きました。

「食べられません。僕らは野菜くずと草しか食べません」

 鹿はすげなく答えました。

「役に立たんのう」

 和尚さんは嫌味を言いました。

「僕らが役に立つのは年に一日だけですよ。分かっているでしょ。和尚さん」

 鹿たちは言い返しました。和尚さんはぐうの音も出ません。

「もういい」

 と大層、腹を立てて裏山に向かいました。そして「ピピー」と口笛を吹きました。すると狼、ゴリラ、大鷲が飛んできました。

「戦ですか?」

 狼が尋ねます。

「いや、違うんだ。お主ら柏餅は食べるか?」

 和尚さんは聞きました。

「俺は肉食だから無理かな。試しに一つくださいよ」

 狼が言いました。

「おおよしよし、これじゃ」

 和尚さんは狼に柏餅をくわえさせました。

「甘〜い!」

 狼は遠吠えしました。

「どうじゃ、食せるか?」

「いけます」

 和尚さんは百個の柏餅を狼に与えました。

「ゴリラ、お前ならいけるだろう」

 和尚さんは尋ねました。

「もちろんです。いただきます」

 ゴリラにも百個与えます。

「オオワシはどうじゃ?」

「小さくちぎっていただけたらいけると思います」

「そうか。百個やるから、ゴリラにちぎってもらえ」

「はい」

「いや、考えてみれば、お主たちは吉備団子が食べられるのだから甘党だったな。手間をかけてすまなんだ。山へ戻られよ」

 こうして柏餅のストックは動物たちのおかげで無くなりました。


「なくなってしまうと、次の菓子が作りたくなるのう」

 夕餉の席で和尚さんが言いました。

「わたしは当分、あんこはいらないです」

 かぐやは答えました。

「確かに、これからの季節、あんこは喉につかえるな。何か別のものを考えル事にしよう」

「ゼリーがいいわ」

 かぐやが言いました。

「ダメじゃ、ゼリーは殺生して作るものじゃ……まてよ、寒天ならどうじゃ。あれなら天草を使うものだから問題ない」

 和尚さんはハタと思いつきます。

「じゃあ、寒天でゼリーを作ってください」

 かぐやが乗ってきます。

「ゼリーという言葉は使うな。寒天は寒天じゃ」

 和尚さんはそう諭すとパソコンを開いてクックパッドを閲覧しだしました。


 もともと荒法師で若い頃は厨になど、入ったことがなかった和尚さんは全く知らなかったのですけれど、寒天は江戸時代から精進料理に活用されていました。和尚さんは生の天草を仕入れて自分で寒天を作ろうとしましたが、それは冬の厳寒期に行われると知って断念しました。今は五月です。和尚さんは某大手通販サイトから乾燥寒天を取り寄せて菓子を作ることにしました。最初は水羊羹を作ろうと考えたのですが、かぐやが「当分、あんこはいらないです」と言ったのを思い出して断念しました。

「うぬ、何を作ろうかの?」

 クックパッドのページをめくる和尚さん。

「牛乳を使ったものが多いな、それはいかん。ああ、そうか。豆乳を使えばいいのじゃ」

 こうして試行錯誤の上にできたのが豆乳寒天です。

 もう一つ、フルーツをたっぷり入れたミックスゼリー風寒天を作りました。二つとも五十個に作る数は抑えました。柏餅の轍を踏みたくなかったのです。

「どれ、かぐや食べてみなされ」

「はい」

 まずは豆乳寒天をかぐやは食べました。

「美味しいです」

 和尚さんはニコニコします。

「これも食べなされ」

 ミックスゼリー風寒天を前に出します。

「わあ、美味しそう」

 かぐやは喜んで完食します。

 和尚さんも大喜びです。それからというもの、和尚さんは毎日、寒天料理やお菓子を作りました。そして境内に遊びに来た子供たちや参拝客に振舞いました。それが連日続くものですから、参拝客はともかく、かぐやや子供たちはすっかり寒天に飽きてしまいました。特にかぐやは悲惨です、三食プラスおやつ、デザートが寒天なのです。我慢に我慢を重ねて来たかぐやですがついに辛抱しきれなくなって、和尚さんにこう言いました。

「あんこが食べたい」

 和尚さんはもっともだと思いました。過ぎたるは及ばざるが如しです。まだまだ修行が足りませんね。和尚さん。

「うぬ、反省しておる」

 和尚さんは殊勝なことを言いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る