和尚さんと北風
寒くなってきました。
「和尚さんよ。今年こそ、あんたから外套を剥がすぜ」
“あいつ”が和尚さんを脅かすように言いました。
「のう、北風よ。毎年言っておるが、わしは暑がりじゃ。お前が吹けば、わしは外套の襟を立てるだけじゃ。逆に南風が吹けば暖かくなるから自然と外套を脱ぐよ。もう少し頭を使いなされ」
「しゃらくせいわ。今年のおいらの突風は史上最大級の強さだぜ。絶対に和尚さんの外套を吹き飛ばしてみせるぜ。覚悟しておきな」
北風はそう言うとまさに風のように立ち去りました。
「まあ、好きにすれば良い」
和尚さんは相手になりません。何年にもわたって、この季節になると繰り返される一種の風物詩なのです。
きっかけはまだ和尚さんが自分の寺を持たず、全国を放浪していた時のことです。天空で太陽と北風がギャンブルをしていました。
「今度、この道を歩いてきた旅人の外套を脱がした方が正月にハワイ旅行へ行けることにしましょう」
太陽が言います。それに対して北風は、
「俺はハワイには興味がねえ。シベリア一週間の旅がしてえ」
と逆提案しました。
「それじゃあ、勝った方が好きなところへ行けるようにプレセントすることにしましょう」
太陽が話をまとめます。そこへ、一人の旅人がやってきました。
「よし、俺から行くぜ」
北風は地上に降りて、旅人に向かって、猛烈な風を吹き付けました。すると、旅人は、
「のうまく さんまんだ〜」
と訳の分からない呪文を唱え、外套のジッパーをあげると、
「喝っ!」
強烈な気を北風に送ってきました。そのあまりにもすごいパワーに、北風は逆に吹き飛ばされてしまいました。
「ちくしょう。なんてやつだ」
北風は舌打ちして退散しました。
「じゃあ、今度は私が挑戦しましょう」
太陽が言いました。
「それ!」
ぽかぽかと暖かい空気が旅人を包みます。
「いやあ、まいった。暑い暑い」
と言って、旅人は外套をあっさりと脱ぎ、扇子を広げてあおぎました。
「やったあ。私の勝ちですね。北風さん」
太陽が自慢げに言いました。
「ちぇっ」
北風はまた舌打ちをするとJTBに行って格安ハワイ一週間の旅を予約して太陽に渡しました。
「ほらよ」
チケットを投げつけると、北風は旅人の元へ行きました。そして、
「今回は負けたけどよ。次は必ず、あんたから外套を剥がしてみせるぜ」
と旅人を脅かしました。
「好きにするが良い」
旅人、いやもうバレバレですね。和尚さんは北風を相手にしませんでした。これが北風の闘争本能に火をつけました。まずは春になると普段なら北風は北極あたりで寝ているのですが、春一番師匠に弟子入りして、突風の技を磨きました。夏には台風師匠に付いて、暴風雨の技を習得しました。秋になると爆弾低気圧師匠の元を訪ねて、物を根こそぎ吹き飛ばす術を研鑽しました。北風は努力熱心なたちだったのです。そして冬。仁王寺に拠点を据えた和尚さんの元に勝負を挑みに行きました。和尚さんは又しても、
「好きにするが良い」
と一言だけ言いました。
「ならば行くぞ。ヒュー。どうだ!」
北風はあらん限りの技を使って和尚さんに吹きかかりました。しかし、和尚さんは泰然自若として、外套のジッパーをとめます。和尚さんはビクともしません。
「涼しくてちょうど良いわ」
和尚さんは北風に嫌味を言います。
「くそー。また来年だ」
そう捨て台詞を残して、北風は退散しました。それから北風はアメリカに渡って、ハリケーン師匠に付いたり、ダイソンに行って吸引力の勉強をしたりして日々研鑽に努めました。しかし、和尚さんの外套を吹き飛ばすことができません。最近では、
「和尚さんよ。ジッパーを止めるのよさないか?」
などと弱気なことを言ったりしています。そのうち、和尚さんの元へ行くことが「暮れの元気なご挨拶」みたいなお歳暮感覚になってきました。そんな、北風も今では二児のパパ。いつまでもフラフラしてはいられません。今年を最後に和尚さんと対決するのはやめようと心に悲壮な決意を持って挑んでいるのです。
翌日。和尚さんは朝一で出かけます。檀家さんに急な不幸があったためです。さあ出発だというときになってきた風が現れました。
「和尚覚悟!」
すると和尚さんは珍しく激怒しました。
「TPOをわきまえよ!」
和尚さんの罵声を浴びて、北風はシュンとなりました。
「すんません」
和尚さんに北風は謝ります。
「分かれば良い」
「はい、和尚の暇そうな時にきます」
北風は退散しました。
しばらくして、北風は和尚さんとの勝負を断念して、北極に帰ることにしました。
「最後くらい、きっちりと和尚さんに挨拶していこう」
案外律儀な北風は外套を着て、参道を掃除している和尚さんの元へと姿を表しました。
「和尚さんよ、俺もうあんたと勝負するのやめるぜ。長い間手間を取らせたなあ」
そう北風が言った時、和尚さんはにわかに外套を脱ぎ出しました。北風はびっくりしました。
「和尚さん、それは……」
「なあ、北風よ。わしはお主が勉強熱心で努力家だということを知っている。実際、お主の風の力は強くなってきておる。その熱心さにわしの胸のあたりが熱くなった。だから、わしは外套を脱ぐ」
「和尚さん!」
北風は涙を流しました。同時に空から太陽が現れました。
「北風さん、シベリア一週間の旅のチケット。家族四人分ですよ」
「太陽……お前ってやつは」
北風はオイオイと嬉し泣きをします。そして言いました。
「俺の女房の腹の中には、三人目がいるんだ」
律義者の子沢山とはこのことを言うんでしょうね。
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