和尚さんとお月見

 音雨山おとうさん華麗宗かれいしゅう仁王寺におうじの覚詠和尚さんは料理上手です。なんでもできちゃうオーブンレンジをめいいっぱい酷使して様々な料理を作ります。でも、お坊さんですから肉を使った料理はありません。そのあたりは厳格な和尚さんでした。

 今日は中秋の名月、お月見の日です。和尚さんの寺は小高い丘にあります。ですから月がよく見えます。子供たちをはじめ多くの人々が月を愛でるために寺へやってきます。和尚さんはそれらの人々をもてなすために、月見団子、枝豆を茹でたもの、里芋の煮付け、スーパー太平で買ってきたお菓子などを取り揃える準備を厨でやっていました。そして、

「竹を盛り付け皿にしよう」

 と思い立って裏庭の竹林に行きました。

 裏には八頭の鹿が放し飼いになっています。和尚さんはついでなので、鹿たちに野菜くずの餌を与えました。それから、竹を取るために裏庭の奥へ行きます。すると奥まったところにある一本の竹がキラキラと輝いているのを見つけました。和尚さんは、

「何事だろう?」

 とその竹に近づきます。その竹は節の一つが黄金色に輝いていました。

「うぬ、奇怪な。切ってしまうか」

 和尚さんはなたで竹を切りました。するとどうでしょう。竹の切れ目に小さな小さな赤ちゃんがスヤスヤと眠っているではありませんか。

「どういうことじゃ?」

 和尚さんはびっくりしました。そして、赤ちゃんを抱えて母屋に戻りました。小さな小さな赤ちゃんです。母屋に戻った和尚さんはとりあえず、タオルをたくさん床に重ねて、赤ちゃんをそこに置きました。

「そうじゃ。ミルクを買ってこなければならない。これはたいへんなことになったわい」

 和尚さんは慌てて原付バイクでスーパー太平に急ぎます。スーパー太平ならばとりあえず、赤ちゃんグッズが一通り揃います。自分に子供のいない和尚さんですが、和尚さんのお姉さんが子福者で五人の子供を産んで育てていました。まだ若かりし和尚さんは甥や姪にあたるその子らをたいへん可愛がっておりましたので、ミルクやりや、オムツの取り替えなどは見よう見まねで覚えています。早速、スーパー太平で必要なものを取り揃えました。


 さて、赤ちゃんグッズを取り揃えて、和尚さんが寺へ戻りますと、なんだか良い香りがします。なんだろうと、和尚さんは母屋に入ると、そこには一糸も纏わない美しい女性が立っています。和尚さんはとても、とても慌てました。そして、

「あんたは誰じゃ」

 と手で目隠しをしながら尋ねました。

「わたしはかぐや。和尚さんに助けられた赤子です」

 女性が言います。

「えっ?」

 和尚さんは呆然としました。さっきは小さな赤ちゃんだったものが、買い物をしている間に成人になったというのです。驚くのも無理はありません。和尚さんは、

「とりあえず、わしの着物を着なさい。ブカブカだと思うが我慢しなされ。わしはウニクロへ行って、あんたの着るものを買ってくる」

 そういうと和尚さんは再びバイクに乗って街へ出かけました。まず、スーパー太平に寄って、赤ちゃんグッズを返品させてもらいました。その時和尚さんが、

「さっきまで赤ちゃんだったのが帰ったら成人しておったのじゃ」

 と言うと、店員さんが、

「そんなとんでもない嘘をつかなくても返品お受けしますよ、和尚さん」

 と返してきました。そりゃあ、そうですね。普通ではそんなことありえませんから。和尚さんは店員さんに信じてもらえなかったのでちょっと不満げでしたが、大人の分別ふんべつでそれ以上議論することはやめました。

 さあ、続いてはウニクロです。ウニクロの存在は知っていた和尚さんですが、実際に入るのは初めてでした。和尚さんは店内に入ってその品揃えにびっくりしました。そしていったい、なにを買えば良いのかさっぱり分かりません。困った和尚さんは店員の一人に話しかけます。

「今、我が寺に裸のべっぴんさんがおる。着るものを取り揃えたいが、なにが良い?」

 それに対して店員はこう言いました。

「お寺の女性なら和服の方が合うんじゃないですか? ウチには置いてませんけどね」

「それもそうじゃのう」

 和尚さんは合点しました。早速、馴染みの呉服屋へとバイクを飛ばします。


「いらっしゃいませ。和尚さん」

 呉服屋の女将が挨拶します。

「女性ものの着物を二着、いや三着欲しい」

 和尚さんは言いました。

「なんです、和尚さん。お寺に女の人を連れ込んだんですか? お年を考えなさいよ」

 女将がたしなめます。もちろん冗談です。

「い、いや。わしの姪っ子が来たんじゃ」

 和尚さんは慣れない嘘をつきました。

「まあ、いいわ。姪っ子さんの身長と体型は?」

「わしとよりちょっと小さいくらいだから、170センチ、体型はスマートじゃ」

 目隠ししながらも、見るところは見ているんですね、和尚さん。

「あら、ずいぶん大きな子ねえ。そんな着物はこれ一着しかないわ」

 女将の取り出した着物はすすきの模様の入った今の季節にぴったりのものでした。

「うぬ、それで良い。とりあえずもらおう。あと二着は作ってもらうか」

「はい、かしこまりました」

 和尚さんは着物と、襦袢、帯と帯留め、足袋を買って、バイクで寺に帰りました。その道すがら、

「帰ったら、成長が早すぎて、老婆になっているかもな」

 と和尚さんは考えました。


 和尚さんが寺に戻ると、厨の方で音がします。和尚さんは料理の途中だったことに気がつきました。

「おかえりなさい」

 かぐやは和尚さんの作務衣を来て料理をしていました。なかなかの腕前です。

「作務衣、似合うのう」

 和尚さんは作務衣姿のかぐやに見とれました。

「料理が終わったら、この着物に着替えなさい。今日はお月見の客がたくさん来る。接客を任せよう」

「はい」

 かぐやは素直に答えます。


 秋の陽はつるべ落とし。夕闇を身にまとって客人たちが寺にやってきます。和尚さんは大好きな般若湯と子供用のジュースを境内の真ん中にこしらえた即席の宴会場に運んで客人たちを迎え入れます。

「ようきた。ようきた」

 一人一人に挨拶をします。和尚さんに挨拶を返す男たちが、一瞬目を見開いて固まりました。視線には料理を運ぶ、かぐやがいました。みんなその美しさに見惚れてしまったのです。早速、八百屋の源さんが和尚さんに尋ねます。

「和尚さん、あのべっぴんは誰ですか?」

 和尚さんはすかさず答えました。

「わしの姪じゃ。かぐやと言う」

 魚屋のマサさんが効きます。

「年齢は幾つですか?」

 和尚さんは返答に困りました。かぐやは今日、生まれたばかりです。なので、

「女性の年齢を聞くのは野暮じゃ」

 と言って、その場をごまかしました。そのあともサラリーマンの鈴木さんや、フリーターの一郎くんらが、和尚さんを質問ぜめに合わせましたが、和尚さんはお経を読むようにむにゃむにゃ言ってごまかしました。そして最後には、

「今日は月を愛でる日じゃ。女子の品定めをする日ではない!」

 と癇癪を起こしました。その怒りにおののいて男たちは引き下がりました。和尚さんは般若湯を浴びるように飲んで、宴の途中で寝てしまいました。かぐやは重たい和尚さんの体を平然と持ち上げて母屋の方に運んで行きました。

 源さんは、

「あれなら大根一箱はもてるな」

 とつぶやき、魚屋のマサさんは、

「マグロ一匹運べる」

 と言い、サラリーマンの鈴木さんは、

「ああ、惚れてしまった」

 と正直な言葉を口にしました。


 翌日、改めてかぐやは和尚さんに挨拶しました。昨日はバタバタした上に和尚さんが般若湯に酔って寝てしまったからです。

「和尚様、昨日はわたしを竹から見出してくださって、ありがとうございます。これから一生、和尚様のために働きとうございます」

 かぐやは言いました。

「一生といっても、あんたはまだ若い。どこぞ、いい男がいたら嫁に出さなくてはならん」

 和尚さんは答えました。

「いいえ、わたしはここを離れたくありません。和尚様の元にずっとおります」

「そ、そうか。あんたがそう言うなら好きにすればいい」

 和尚さんはちょっとドキマキしました。

 そこへ、八百屋の源さん、魚屋のマサさん、サラリーマンの鈴木さんが現れます。

「和尚さん、俺たち三人、かぐやさんに惚れました。かぐやさんを嫁にもらいたいです」

 源さんが代表して言いました。

「はて、どうするかな。わしでなくかぐやの意向を聞かねばのう」

 するとかぐやが言いました。

「今からわたしが言うものを最初に持ってきた方に嫁ぎましょう。源治さんは黄金の大根。マサノブさんは黄金の鯛、鈴木さんは黄金の海燕の巣。どれも金メッキではなく中身まで黄金色のものをわたしは望みます」

 それを聞いて三人は先を急ぐように駆け出しました。和尚さんは、

「そんなに黄金が欲しいのか?」

 と、かぐやに尋ねました。するとかぐやは、

「三つともこの世にはないものです。三人はきっと帰ってこないでしょう。これで静かに暮らせます」

 と言いました。和尚さんは三人の無事を祈るしかありませんでした。


 それからしばらくして、かぐやが和尚さんに「相談があります」と言ってきました。

「月に帰ると言うのだろ。あんたの境遇は『竹取物語』に瓜二つじゃ。わしがいくら鈍感だといってもそれくらいは分かる」

 和尚さんは話しました。

「ええ、月から使者が来ることは確かです。でも……」

「でもなんじゃ?」

「わたしは帰りたくないのです。和尚さんのそばにいたいのです」

 かぐやはそう言って泣き出しました。和尚さんも男です。女子の涙には弱い。

「敵勢は何人ほど来るのか?」

 と戦う姿勢を見せました。

「十万は下らないかと」

 かぐやは答えます。

「十万か。しかし、月の人間なら地球との引力の差で、そうは動けんはず。わしが撃退してみせよう」

 和尚さんは胸を張りました。そして物置に入って薙刀を取り出し、僧兵姿になって境内に現れました。まるで武蔵坊弁慶のようです。

「和尚様、かっこいい」

 かぐやは手を叩いて喜びました。

「かぐや。あんたは物置の中にでも隠れていなさい」

 和尚さんは言うと、突然、口笛を、

「ヒュー」

 と吹きました。すると裏庭から狼、ゴリラ、大鷲の三匹が現れました。裏庭の奥の山に潜んでいたようです。

「よくきた。まずは団子を召しませ」

 和尚さんは吉備団子を三匹に与えました。

「うー、力みなぎるー」

 ゴリラが胸を両手で叩きました。狼は遠吠えし、大鷲は大きく羽をばたつかせました。三匹とも気合十分です。

「敵は大勢だが、たぶん弱い。重力差は大きなハンディーじゃの。お主らは敵の前線を潰してくれ。わしは敵の大将を狙う」

 和尚さんは作戦を三匹に伝えました。

「まもなく夜更けじゃ。盛大に篝火を焚いてやろう」

 和尚さんは境内じゅうに篝火を置きました。すると月の方から境内へと一本の光が差し込み、道を作りました。月の軍勢の登場です。

「いいか、殺生はするなよ。わしは荒法師といえども僧職にある身だからの」

 和尚さんは言うと、気合を入れます。

「レツゴー」

「三匹!」

 狼、ゴリラ、大鷲が応えます。やがて光の道に武装した月の人々が現れました。でもみてください。みんなマシンガンを持っています。弓矢や刀、槍など持った人はいません。ちょっと甘くみていたようです。

「うぬ、丈夫な盾が必要じゃな」

 和尚さんは頭をひねって考えました。しかし、

「うぬう、思い浮かばない」

 と今度はひねった頭を抱え込んでしまいました。月の軍勢はどんどん近づいてきます。

「のうまく さんまんだあ〜」

 和尚さんは真言を唱えて心を落ち着かせようとします。月の軍勢からは流暢な日本語で降伏勧告がなされます。

「地球の人よ。おとなしく姫を渡せ」

 和尚さんは座禅を組んで無の境地に入ってしまいました。すると、

『ズズズ』

 と地響きがなって、何か巨大な物体が、動く気配を見せます。なんと、ご本尊の不動明王が本堂から出てきて、巨大化しました。そして、紅蓮の迦楼羅炎を放って月の軍勢の侵攻を妨げました。月の軍勢はマシンガンを放って不動明王を撃ちますが、鋼でできた不動明王はびくともしません。敵に動揺が走ります。その時、和尚さんがかあっと目を見開き、敵勢に突っ込みました。狼、ゴリラ、大鷲も続きます。

「わー」

「敵が来たぞ」

「小勢だ」

「でもこうなるとマシンガンが使えない」

 和尚さんの必死の白兵戦で敵は大混乱に陥りました。でも、和尚さんは峰打ちをしていますので死者はいません。その間にも不動明王は敵勢に迦楼羅炎を放ち、前進を許しませんでした。月の軍勢は攻め込もうにも迦楼羅炎を浴びて進むことができず。和尚さんを倒そうにも、白兵戦に対応する武器を持っていないため、にっちもさっちもいきません。そのうち和尚さんは、月軍の司令官の乗ったジープを見つけ、司令官の首筋に短刀を突きつけました。

「撤退の命令を出されよ。さもなくば、仏敵として葬るが良いか?」

 と司令官を脅迫します。

「わ、分かった。撤退する」

 司令官が顔じゅうに冷や汗をかきながらそう言いました。

「では、この誓紙に署名捺印を」

 和尚さんは一枚のコピー用紙を司令官に掲示しました。その内容は、

『月の人(以下甲)は、かぐや(以下乙)が希望しない限り、乙を月に帰らすを能わず。乙が望む時だけ甲は乙の帰国の便を図ること。因って件の如し』

 と言うものでした。

 こうして、月の軍勢は月に帰りました。和尚さんは汗を拭きながら、狼、ゴリラ、大鷲をねぎらいます。報酬はもちろん吉備団子です。和尚さんは、

「昔は犬、猿、雉で用が足りたのにのう」

 と感想を漏らしました。


 こうして、月に戻らなかった、かぐやはお寺の一角に東屋を建てて、裏山から木を伐採して、木を削り、様々な家具を作って売ることにしました。それが品質が良いと大評判です。なので今はかぐやではなく家具屋さんと呼ばれています。


 色に迷った三人の男は全てが徒労に終わり、這う這うの体で家にたどり着きました。黄金色のものは三人とも見つけられなかったので、『かぐやさんファンクラブ』を作って、源さんが会長、マサさんが副会長、鈴木さんが書記・会計を務めています。




 

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