鬼饅頭

鈴木怜

鬼饅頭

 忘れていた。

 完全に忘れていた。

 急がなきゃ。

 でもどうすれば良い?

「……だめだ。街コンのテーマ決まらない」

 今日は十一月の三十日。私は今、街コンのための小説を書いている、はずだ。

「……うーん」

 いつの間にかスマホでゲームをしていた。

「……お、よし」

 画面には『ボスを倒した!』の文字。

「やたっ……っていけない」

 また忘れていた。

 どうやら私はテーマが決まっていないと何もできないらしい。ダメ人間だ。非力な私をユルセー。

「にしても、本当に何にも決まらないなぁ」

 今までずっとこんな感じでいたのだ。

 今さら家で何もしていないのは意味が無いことくらい分かっていた。

「なんなら気分転換にちょっと外に出てみますか」

 もっと早くやれよそれ。誰かの声が聞こえた気がした。きっと気のせいだけど。


 ―――――


「で、なんでここに来てしまったのかねぇ」

 ここは名古屋駅駅前。近くにアニメショップがあることしか分からない私の前に名駅である。

「百貨店でも入れってか?」

 百貨店なんてこの人生で一度も縁が無……高校の校章がここでしか買えなかったのを思い出した。どうでもいいか。

 五分程悩んだけど結局入るのは止めにした。めんどくさい。

 おい、そんなんで良いのかよ? 自分で自分に問いかけてみた。

「……そういや今年鬼饅頭食べてないや」

 私は百貨店の中に入っていった。


 ―――――


 予定に無い出費だった。でも心は暖かくなった。

 鬼饅頭は家では作らない。ホットケーキミックスを使えばパチモンくらいは作れるけど蒸し器がない。というかめんどくさい。

 ……と思っていた時期が私にもありました。

「あの鬼饅頭が美味しすぎたのがいけないんだ」

 なんであの店のがあったんだ。忘れられなくなってしまった。さらに悪いことに、鬼饅頭を作るのに必要な道具の一式セットが売っていたのがいけなかった。もちろんその横には材料も。

 結局材料は買わなかったけど道具は買った。

 百貨店の食品高過ぎ。

 スーパーで良いから。

 結局材料は家の近所のスーパーで買ってきた。

 さつまいも高い……。


 ―――――


「よし。じゃあ、作りますか」

 何の為に名古屋に行ったのか分からなくなったけどまあ良しとする。

 道具セットにレシピも付いていた。嬉しい。

 テレビをつけて音を流しながらさつまいもをサイコロ状に切る。

 そして水にサラス。変色しないように。

 水を切ったらお砂糖を投入する。別に何でもよいとのこと。

 今回は家にあった上白糖を使うことにした。

 そして次は、

「……放置かよ」

 三十分から一時間放置する、と書いてあった。この間に何をしようか。

 とりあえず私は適当にパソコンを立ち上げ、いつもの小説投稿サイトを開いた。

『あなたの街のコンテスト』の文字があった。

「…………」

 画面の前で数秒の沈黙。

「忘れてた!」

 そして叫ぶ私がいた。


 ―――――


 それから三十分後、私は悩んでいた。

 もちろん小説についてだ。アイデアは浮かばない。どうしよう。

 そんなことを思っていたら、突然キッチンからタイマーの鳴る音がした。

 何かしていただろうか。そう考えながら私はキッチンに立った。

 さつまいもをサイコロ状に切ったものに上白糖をかけたままのものがあった。水も出ていた。ちなみにこの水は捨てずに使う。

「あ、忘れてた」

 そしてこれを小説に使おう、と思った。


 さっきのものに小麦粉を入れてかき混ぜる。

 普段の私ならここまでやっていなかっただろう。乗りかかった船とかいうやつだ。

 こってりとするまでかき混ぜたら適当な大きさにちぎってクッキングペーパーの上に置く。そして蒸す。あれ、意外と簡単だ。

 十五分から二十分程蒸す。

 そして蒸している間に私は小説管理画面を開いて小説を書き始めた。


 ―――――


 タイマーが鳴った。

 蒸し器から鬼饅頭を取り出す。ついでに冷蔵庫から牛乳を取り出す。

 鬼饅頭が熱かった。


 熱々の鬼饅頭を食べながら心をほっこりさせた。あの店よりかは劣るけど、それでも十二分に美味しい。

 この素朴な味がたまらないのだ。


 さて、また何かを忘れている気がするのは気のせいだろうか。

 只今は二十一時ちょうどです。


 ――――――――――


 ただの飯テロになった気がしなくもない。

12.03 19:00,一部表現修正

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鬼饅頭 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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