第53話 セブン・ネオン結成 ABCDEFGH

「『七人の侍』や『荒野の七人』、『ストリート・オブ・ファイヤー』なんかでも分かる通り、荒野での無法者との闘いには、仲間集めが重要よ。つまり、パーティを結成するって事」

 ありすが渡した「セブンネオン」を時夫はしげしげと眺めた。

「子供の頃、お菓子をくれたら、その大人はすごくいい人に見えた! これを店頭で見つけるのは至難の業といえるわ。ナカナカお店で見つけることができない駄菓子……そう、このセブンネオンを渡して、仲間を増やす」

 そんなにレアなアレなのか。駄菓子なのか。成田山下のコンビニ・ヘブンにも一つしか入荷してなかったという。しかしありすは相手が駄菓子好きの前提で話を進めてる様な気が。

「……これで?」

 なんだかモモタロウの鬼退治のキビダンゴみたいだ。まぁモモタロウでも、なぜか猿や雉がキビダンゴも大好きな前提な訳だが。

「相手は8人だぜ。セブンじゃ」

 ブランコ一味の幹部は八人である。

「ふっふっふ、これを観て。セブンネオンには、よく見るとABCDEFGHって書いてあるでしょ」

「ABC……八文字じゃないか。でもセブンネオンていう事は、なんだこれ?」

「金時君。いいところに気づいたわね。ベタな反応ありがとう」

 ウーにベタ山ベタ夫といわれた記憶がよみがえる。この段取り要るのか?

「中には七本しか入ってないのに、パッケージにはABC……八文字書かれている。このアルファベットは一体何なのか。一説には『意味がない』といわれている」

 ガクッ。振り向くありすの顔は真剣だ。

「マジ?」

「販売元さえも知らないその謎が、遂に今、初めて明かされるときが来たのよ! 人類史上はじめてね」

 そんなにセブンネオンに価値を見出せるオマエは新しい!

「どういう事だ?」

 さっぱり訳ワカメ。サザンの曲の歌詞並に意味不明だ。いいや、ありすの説明はこれまでにも意味不明なことが多かったから、今さらだが。こういうときは、時夫は黙って着いていくしかないのである。

 ありすはセブンネオンを運転席のもの入れにしまうと、J隊ジープをかっ飛ばし、一路恋文町へと戻った。恋文町に戻るのは一見すると負けを認めたような格好だが、ありすの確信に満ちた表情を見る限り、どうやらそうではないらしい。

「いつまで葉っぱ乗っけてるの?」

 J隊ジープはオープンカーだ。しかしこの猛スピードでもウーの頭の上の「最後の一葉」は落っこちない。

「取れな……あ、恋文町に入ったら葉っぱ取れた!」

 ウーの言うとおり、恋文町に入った途端ウーの頭上にあった一葉は後方にビューンと吹っ飛んでいった。同時に気候もカンカン照りの猛暑から、ほんのり温かいだけの小春日和へと変わった。半裸のありすは一気に寒そうに肩をさすっている。

 だが、このジープは一体どこへ向かっているのだろう。普通に考えればありすのお店だが、ジープは「半町半街」方面へは向かっていない。

 信号で止まっている間、ありすはきびだんごならぬセブンネオンを一本、ウーに渡した。

「はい、ウーはBよ」

「あっ分かった、あたしうさぎだから『BUNNY』のBよね!」

「正解」

 B:石川卯。どうやら、ABCDEFGH、それぞれにメンバーが対応しているらしい。

「ま、『BAKA』の略でもあるけど」

「んなっ」

「君はありすだからAか?」

 と時夫が問うた。

「うんにゃ。『GOTHIC LOLITA』(ゴシックロリータ)のG」

「すると……Aは?」

「ウンベルトA子」

「えっ、敵じゃないか」

「そーだよ。だって元々黒水晶はあたしのもんだから、黒水晶が作ったものもあたしのもののはず。……だべ?」

 出た、千葉の方言(一部)! 人のものはあたしのものでしょ、あたしのものはあたしのものでしょ。……みたいな。どっかで聞いたような論理だ。ま、黒水晶は文字通りのモリオンだから、ヒトモドキではある。

 しかし心配になってくる。これまで敵だった者と共闘した事例はない。いいや、サンダーバードが急場を助けてくれた事は何度かあるが、あれは敵でも味方でもない、ネイティブ・アメリカンに伝わる、いわば自然現象の偶像化。ウンベルトA子のような性格の破綻した敵ではない。破綻した性格……ま、良く考えたら石川ウーは敵なのか味方なのか未だ分からない上、性格も破綻しているか。なるほど。

「コラッ。また変なこと考えてるでしょ、時夫」

 ウーからイキナリ怒られたので、時夫はぎょっとした。でもありすも時々性格が破綻してるし、仲間の八人のうち何人が敵陣からのスカウトになるのかかなり不安だったが、なんとかなりそうだ(本当かよ?)。

 とはいえ、1ダースベイゴマは雪絵の寒いギャグに氷結され、J隊がそもそも恋文町北側を立ち入り禁止にしているので、そこへ行くのはかなりめんどい。……ま、ベイゴマを味方にする訳じゃないと分かってとりあえず時夫はホッとした。


 ジープが停まったのは石川うさぎの純喫茶「薔薇喫茶」の前。車から降りたありすは店内に入るのかというとそうではなく、ツタに咲いている薔薇をじぃっと観て、いきなり薔薇の一輪に向かってセブンネオンをシュッと取り出した。

「薔薇の名前はウンベルトA子だったわよね。A子、セブンネオンをあげるわ。さぁバブルの再来よ! 景気よくあたし達と共に西部に同行しなさい!」

 薔薇に変化はなかった。風が、そう風がスースー通り過ぎる。なぜ、古城ありすはウンベルトA子が、薔薇喫茶に適当に咲いている薔薇だと思ったのだろうか? ありすの白い指先からセブンネオンがポロッと鉢植えの中に落ちた。

『ありす、切ないな』

『こんなありすちゃん、見たくなかった』

 後ろに立っている時夫とウーはひそひそ話をする。

「ねぇ、二人とも。『半町半街』に寄っていい? 寒くって」

「もちろん、……なぁ? ウー」

「うん」

 無言のありすの車は、薔薇喫茶からすぐの所にある自分の漢方薬局へと到着した。いつもの黒ゴスロリへと着替えたありすは、三人分の紅茶を淹れて、英国アンティーク椅子に座り、板チョコをぱりぱりと食べて一点を見つめている。

「あー久々喰った!」

 推理に板チョコは欠かせないそうだが、ならなぜ成田山の「コンビニ・ヘブン」で買わなかったんだろう。

「仲間集めは苦難の道ね……」

 ありすはテーブルの上に両手でたった一つの「セブンネオン」を握って、じっと見つめている。

「おかしいな。『桃太郎』だともっとうまくいくのに」

 よく考えたら、古城ありすに現在、曲がりなりにもパーティの「仲間」と呼べる者は石川ウーと、金沢時夫しかいなかった。白井雪絵は現在敵に捕まっている。ありすによると雪絵は、「DOLL」のDだというのだが。雪絵は、やっぱり「人形」だったか。そういえば、この店の店長にしてありすの師匠は、未だ何処にいるのかさえも分からない。それだのに「コンビニ・ヘブン」がありす所有の店だったりする。訳が分からん。

「他に心当たりは?」

 ウーが心配げに訊いた。ありすによると、アルファベット八文字のそれぞれにメンバーが相当するはずだった。それがセブンネオンの意味論だ。

「……あるわ。行きましょ」

 店について大体二十分くらいは休憩していただろうか。結局、この店に戻ってきてしまっている。市役所の出した回覧板の「禁断地帯」の文言恐るべし。もう、恋文町を脱出出来ないのではないだろうか、という諦めムードが漂い始めていた。それでもありす達のジープは店を出て再び走り始めた。


 そこは最初に脱出を試みた南側へと向かう七丁目付近にあるマンションの入り口だった。下車したありすは、ツカツカと下駄のようにヒールの高いブーツの音を立て、送水口へとまっしぐらに向かった。まさか。送水口ヘッドは、地下世界へとストレートに通じているはずだが。

「さぁあんたの出番。Hは『HEAD』のHよ! 出てきなさい、送水口ヘッド! セブンネオンをあげるから、私と一緒に西部へ行きましょ」

 動かない送水口に向かってセブンネオンの一本を差し出して、ありすはブツブツと呟いている。送水口に語りかける金髪ゴスロリは、見た目かなりヤバい少女だ。銀色に鈍く輝く送水口は、当然のように無言・無反応だ。

「……かなしい」

 こんなに落胆してるありすは見たことがなかった。もっとも送水口ヘッド、コイツだけは信用ならん! A子と共に最初に敵として出現し、幻術で自分らをかどわかして雪絵からエネルギーを吸い取った。送水口に反応がないからそれに越した事はない。いやはや、ありがたい。

「どうする? 一旦お店帰る?」

 ウーが気にして恐る恐るありすに訊いた。

「……次行くわよ」

 ありすは送水口の頭の上にセブンネオンの一本を置くと、車へ戻った。しかし一体誰のところへ向かこうしているのか分からないが、伊東一糖斎とかナポレオンもどきとかだったらゴメンだぞ。


 三箇所目は恋文銀座のシャッターガイのお店(布団屋)の前である。なるほど、確かにシャッターガイは味方と言える。A子や送水口ヘッドに比べ、いくらかマシな相手で時夫はホッとする。

「シャッターガ……」

 二度も無視されてるありすが恐る恐る声を掛けると、

「おい! お嬢ちゃんたちぢゃないか」

 シャッターに描かれた絵が軽快に返事をした。相変わらず絵が動く仕組みは分からない。たまたま閉店していて良かった。

「今あたし達、恋文町の西に向かってこの町を脱出しようとしてるんだけど、あんた、協力してくれない? 絶賛募集中よ」

「……あぁ、それはいいけどヨ。で、俺はどうすりゃいいんだ?」

「CはCOWBOY、シャッターガイの事よ。これをあげるから、あたし達と一緒に西部に行ってほしいのよ。あそこを支配するブランコ一味と戦って、捕まってる雪絵さんを助け出すの」

 ありすは当然のようにセブンネオンをシュッと取り出した。確かに、シャッターガイは西部のガンマンそのものの絵だ。しかし、本当にこの科術は有効なのか?

「雪絵さん?って、ひょっとして、あの白彩のお姉ちゃん?」

「そうよ」

 両手を腰に置いたありすは、確信的な顔で返事をした。シャッターガイはこれまで自分たちの味方であり続けた。今回だって。

「なるほどネ。またしても新手の誘拐犯の出現か。西部とありゃ俺も、黙っちゃいられねェ。けどよ、一つ問題がある。それは俺はこのシャッターに描かれてから、一度だって外に出たことがないって事なんだが」

 絵が動いているだけでも不思議現象なのに、それが表に出られると考える方がどうかしている。そりゃーそうだろう。

「えぇっ、そうなの?」

「あぁ。恥ずかしながらな。……がんばってみる。動けるようになったら行くぜ」

「大丈夫よ。絵の人間化もありだよ。この町じゃ」

 ありすはさびしげに呟く。

「だけど落胆する事はないぜ。あんたらにゃ、レート・ハリーハウゼンていう強い味方がいるじゃないか。この町にも」

「あっ」

 ……気づけよ! 時夫は真っ先に向かうべきはそこのような気がした。

「ま、まあね。分かってるわよ。それ、置いとくから、もし出られたら食べて。じゃヨロシクゥ」

 ありすはセブンネオンをシャッターガイの店の前に置くと、再び車に戻った。しかしこれから向かう相手は超人気パン屋の店主。年末で忙しい時期だ。三度も肩透かしを喰らい、次の真打ともいえるその人物に多忙を理由に断れれたら、もうありすの「セブンネオン」のパーティは今度こそオシマイである。ありすの顔を見ると紅潮し、後がない事は明白だ。


「ハリーハウゼンさぁん!!」

 「千代子とレート」の自動ドアから入るなり、ありすはバトンを渡すように右腕を目一杯伸ばし、セブンネオンを一本、百九十センチのレート氏に差し出した。その右腕はプルプルしている。店内は客でごった返していた。

「あたしと一緒に西部に行って頂戴! FはFOOD FIGHTERのF。お礼はこのセブンネオンで」

 ……安い!

「ちょっと待った、分かってるわよ、今は年末。掻き入れ時だって事はね。けど」

「OK牧場」

「OK牧場出ました!」

 何故レート氏は今、快諾したんだ?

「ありすさん、うさぎさん、それに時夫君。ここにおられない……雪絵さんが危ないんですね? でしたら私も同行しましょう。お店の方は、この町の危機です、仕方ありません。戻るまで臨時閉店にしましょう」

 空気読むドイツ人店主。おそらく、パン剣の闘いや、ありすが伊東一糖斎の「スネークマンションホテル」をぶっ潰したことに感謝しているのだろう。

「悪いわね」

 ありすの表情がようやく和らぐ。その間も、レート氏の視線はごつい手に持たれたセブンネオンに注がれていた。それほど、レア駄菓子なのか?

「私も先祖はプロイセン騎士団に与した者の末裔ですから。お待ちください。今支度して参ります」

 そうだったのか、この人。道理でパン剣なんか作っているのだ。レートはエプロンを脱いでたたむと、厨房へと消えた。律儀な人だ。

 ショートヘアの小柄な千代子夫人が厨房から出てきて、にこにこと三人に挨拶しながら、パンを陳列していく。なんというか申し訳ない。

「AはウンベルトA子、BはBUNNY、石川卯だよな。で、CはCOWBOYでシャッターガイ、DはDOLL、白井雪絵。え~とFがFOOD FIGHTER、レートさんでェ、Gがゴスロリのありす。そしてHはHEADで送水口ヘッドか!」

 何人も外れがいる。セブンネオンというには完全に人数不足。ナポレオン店長と1ダースベイゴマと伊東一糖斎はナシらしい。あぁ良かった。

「……最後のEは君の事よ。金時君」

 ありすは最後に時夫にセブンネオンを渡した。

「Eって何の略だよ」

「EATER(食べる人)」

「おいっ。まるでバカじゃないか」

「だって結局食べるジャン。一番おいしそうに。まんが日本昔話かっ! あははは」

「……」

 敵基地で真っ先に食い出すのはコイツ(ありす)だぁああーー!!

「ケッキョク何だ、オレはあれか? 余ったからEか? 適当か? 『Eーカゲン』のEの間違いだろ、ありすっ!」

「はははははは! あーははははははははは!!! ……は……は」

 店の床に「く」の字に倒れて痙攣している。お腹抱えて笑いすぎだろ。

「腹筋が鍛えられる~。腹痛ぇー。下半期一番笑ったワ。冗談よ。EはESCAPER(エスケーパー:敵手脱出者)の略だって。東京に脱出したいでしょ、金時君。私も、二人を東京に行かせてあげたい。そして西部劇の意味論には、こっちは子供の遊び科術で対抗する! 真剣にね。子供は『子供界』という大人とは違った論理の治外法権の世界に住んでいる。それを西部に適用するのよ。意味を書き換えてやるわ」

 それに加えて、辛いものに甘いもので対抗する、西はお菓子の科術の戦いの場と判明している。一人ひとりが駄菓子の武器を持つことになるらしい。ありすがJ隊のジープの運転席の収納に入れていたのは、FELIXガム・ボンタン飴・ココアシガレット・ポン菓子・よっちゃんイカ・フガシ・うまい棒・ベビースターラーメン。甘くないものも混じってる気がするが……。

「お待たせしました」

 厨房から出てきたレート氏は、カウボーイハットを被り、完全に西部劇の一員だった。それに腰にはフガシの新作兵器、鋼鉄フガシ銃が二挺下がっていた。

「レート・ハリーハウゼン、一番バッター!」


 GO WEST!

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