第28話蛮勇カインと拳者の石12
水飛沫をあげながらその全貌を露にする灰色ブロブ──その迫力は人々に十メートル級の津波を連想させた。
並のブロブの比ではない。これは異常個体の一種だ。
カインもこれほど大きな灰色ブロブは、お目にかかったことがなかった。
「むむ、これは塩が足りるかわからんな……」
他の賞金稼ぎ達がその場から逃げ出していく。命あっての物種というわけだ。
浮き足立った野次馬達──押し合いながら橋から逃げようとする。
しかし、転んだりもつれ合うせいで、逆に自分と相手の逃げ道を塞いでいる状態だ。
そうこうしている内に触手を伸ばしたブロブが、橋の上で立ち往生している野次馬達を絡めとり、飲み込んでいく。
「あ、あれはタッソーさんっ!」
思わずセルフマンは叫んだ。ブロブの触手に足首を掴まれ、引きずり込まれる寸前の男──間違いなくタッソーだ。
カインは背中に背負った長剣をブーメランの如く投げつけ、タッソーを捕らえている触手を切断した。
間一髪だ。
触手から逃れたタッソーが、慌てて人混みの中へと飛び込んでいく。
混乱は高まる一方だった。半狂乱になりながら、逃げ惑う群衆。
錯綜する怒号や叫び声が、更なる動揺の波紋を広げていく。
カインは塩の詰まった麻袋を引き裂くと、巨大ブロブ目掛けて次々に投擲した。
その間にアルムとマリアン、そしてセルフマンが、賞金稼ぎ達の置いていった塩袋を急いで回収しては、カインの前に積んでいく。
塩を嫌い、こちらに近づこうとはしないブロブ──しかし、攻撃が効いている素振りは見えない。
カインは橋の上に塩袋を放り投げると、人々に向かって叫んだ。
「身体に塩をすり込めっ」と。
そして再びブロブに塩の詰まった麻袋を投げつけていく。
塩──それは原始的な調味料であると同時に、特定のモンスターには有効な武器にも防具にもなり得るのだ。
いくらか冷静さを取り戻した人々が、自分の身体に塩を振り掛けていく。
すると安心したせいで余裕が生まれたのか、それなりに落ち着いた態度で群衆は避難していった。
これでまずは一安心といったとことだ。
その時、小さな船が猛然とブロブ目掛けて押し寄せていった。
船の穂先に立つのは、衛兵のビッカーである。
ビッカーが乗組員達に号令を掛けると、何本ものワイヤーが水面へと垂らされていく。
「放電せよっ」
ビッカーの叫びと同時に感電するブロブ──塩分を含んでいるせいで、電流が通りやすい状態だ。
徐々に鈍くなっていくブロブの動き。だが、まだ反撃する余裕はありそうだ。
身体を振り乱し、ブロブが船を捕まえようと触手を伸ばす。だが、船はそれに合わせて後方へとずれる。
緩慢な動きでは、思うように船を捉えることはできない。傍から見ればビッカー側に余裕がありそうにも見える。
だが、ビッカーの方も実は焦っているのだ。電撃の魔力が切れる前に勝負をつけなければならない。
「くそっ、まだ倒せないのかっっ!」
乗組員の一人が大声を張り上げるビッカーに向かって答えた。
「ビッカーさんっ、このままだと六十数え終わるまでに魔力が切れてしまいますっ」
異常なしぶとさを誇るブロブだった。その巨体を差し引いても、やたらとタフである。
「この灰色ブロブ、ただデカイだけではないな……」
カインは呟いた。
──ねえ、カイン、あのブロブ、何か中心からおかしな力を感じるわ……
──エリッサか、中心に何かあると言ったな。面白い。礼を言うぞ。
「ビッカーよっ、その電流を絶対に止めるんじゃないぞっ」
その次の瞬間、雄叫びをあげながらカインはブロブの内部へと飛び込んでいた。
傍から見れば狂気とも言える所業である。自殺志願者だってブロブに飲まれて死にたくはないだろう。
世はまさに世紀末だった。
だが、カインにも目論見が無いわけではなかった。
ブロブが感電し、弱っている今であれば溶かされる可能性は低いと、この蛮人は判断したのだ。
その予想はそれなりに当たっていた。
通電のせいで身体が少々痺れるが、そんなことは些細な話である。
カインは粘液の海を勢いよく掻き分け、ブロブの中心部へと向かっていった。
エリッサの言っていたように中心の位置に灰色の宝石のようなものが浮かんでいる。
カインはその石を掴み取った。
「早くしろっ、カインっ、魔力が持たないぞっ」
叫び声を上げるビッカー、カインはすぐにブロブの身体を突き破り、脱出した。
同時に放電が切れる。どうやら間一髪だったようだ。
石を奪われたブロブはその動きを止めた。そして、川底へとそのまま沈んでいった。
カインは己の掌にある石を見た。
「これはもしや拳者の石か……なるほど、あのブロブはこいつから力を得ていたということか」
──よかったわね、カイン。
──ああ、エリッサよ、お前のおかげで助かったぞ。しかし、何故ブロブが拳者の石を持っていたのか。
──世の中不思議なことだらけよ。
──確かにその通りだ。
アルム達がカインに駆け寄っていく。
「すげえよ、兄貴っ」
人々の喝采がこの野生児に降り注いだ。
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