第27話蛮勇カインと拳者の石11

「塩でブロブを捕獲するなんて、面白いわね。それでいつやるのよ?」


興味を覚えたのか、テーブルから身を乗り出したマリアンが、カイン達の話に耳を傾け続ける。


貴族娘の割に鼻っ柱の強いマリアンは、同時に好奇心も旺盛だ。


「ブロブは夜行性だ。となれば、夜が来るまで待つ。ブロブの通り道は既に確認してあるからな。

この前出没した川から、また現れるはずだ。餌も用意しないとな。

生きた動物が良さそうだが」


「生き餌を使うってわけね」


「そういうことだ。野良犬も野良猫も野良狐もこの街には多い。

街の住民も頭を悩ませ、これを駆除しているようだしな。

それならば、いくらでも集めてこれるだろう」


そこでセルフマンがカインに告げる。


「届出なら私がやっておきます。生き餌集めのほうはちょっと苦手なので、あまりお役に立てませんが……」


「何事も適材適所だ。生き餌集めは俺とアルムに任せておけ。では、役所への届出の方は頼んだぞ」


「わかりました」


こうしてカインとアルムは生き餌集めに向かい、セルフマンは届出のために役所へと足を運んだ。

そしてマリアンの方はというと、これは特にすることがないので、自室で二度寝することにした。


いや、休息を取るのもこれはこれで大事なことだ。

万が一、怪我人が出た場合、疲れていては治療にも専念できない。治癒魔法には体力と神経を使うからだ。


このように各々が、自らの役割をキチンと全うしていた。




ダチュラを混ぜた餌を路地裏にばら撒いておき、三時間ほどしてから戻ってみると、昏睡状態に陥った野良犬が何頭か倒れていた。

ヒヨスチアミン、アトロピン、スコポラミン──この植物に含まれる成分には、意識の混濁、あるいは昏睡させる作用を持つものもある。


カインとアルムは、昏睡した野良犬達を縛り上げると、次々に荷車へと乗せていった。

「これだけいれば、充分かい、兄貴?」


「ああ、生き餌はこの量で足りるだろう」


それからカインは荷車の取っ手を掴むと、宿屋へと引き返した。


日が沈む時刻になり、四人は現場へと向かった。荷車には、たっぷりと塩を詰めた麻袋と、縛られた野良犬の姿が見える。


川の付近には、ブロブ狙いと思われる他の賞金稼ぎのグループがいくつか屯(たむろ)していた。


やはり考えることは皆同じというわけだ。地面に唾を吐き、舌打ちするアルム。


川の流れを見ながらカインが端の方へと移動し、位置を確保する。


橋には、見物に集まった野次馬達でごった返していた。ちょっとしたイベント気分なのだろう。


その野次馬連中相手に、飲み物や菓子を売り歩く物売り達の姿もチラホラしていた。


「全く、暇な連中だぜ」とアルムが吐き捨てる。


「麻袋を開けて、身体に塩を振りかけておけ。そうすれば逃げるくらいはできるぞ。ブロブは塩を嫌いからな。

それと俺より前に出るんじゃないぞ。危ないからな」


カインの言葉に従い、一同が身体に塩を振り掛けていく。

それから縛った野良犬達を浅瀬に置き、ブロブが来るのを待った。


一刻、一刻と過ぎていく時間。夜空にはすでに白い月が上がっている。


そうしている内に水面が揺れ始めた。


「ブロブだ。気を引き締めろ」


「ブロブですか……こうやって見るのは初めてですよ」


緊張した面持ちのセルフマンが、ゴクリと唾を飲み込んだ。


それとは少々異なるのがマリアンで、怖いことは怖いのだろうが、こちらは興味津々と言った所か。


そしてアルム、瞬き一つせず、いつでも動けるように膝をやや屈伸させ、ブロブを待ち構えているのがわかった。


ブロブが転がった野良犬の方へと近づいてくる。そのまま飲み込んだ。


灰色の粘液の中でもがく野良犬。最初に皮が溶け出すと、赤い筋肉繊維が露出した。


カインが麻袋を抱えて、ブロブめがけて投げつける。


ぶちまけられた塩を被るブロブ──すぐに動かなくなった。


「最低でも、あともう一匹はいるぞ」


もう一匹は、カイン達のいる位置より少し離れた場所から出現した。


駆け出した他の賞金稼ぎが、ブロブの目前へと迫り、杖を突き出す。途端に青いイカヅチが走った。


感電するブロブ──浅瀬でぐったりとしている。


「もう一匹はあいつに持って行かれたか……」


「まあ、良いではないか。こうやって一匹だけでも生け捕りに出来たのだからな。

それでは積み込むとしようか」


カインがブロブを麻袋に突っ込み、荷車の上に乗せていく。


「それにしても塩が余ってしまいましたね……少しばかり買いすぎました……」


肩を落としてみせるセルフマン、そこでカインは言った。


「別に気にする必要はない。用心を重ねた上でのことだ。それに塩なら腐らぬし、転売もできるだろう。

それに塩が不足している山岳地域に持っていけば、充分な利益も出るだろう」


荷車に塩を撒いて、麻袋を空にするとブロブのはみ出した部分を覆っていく。


塩の滲んだ麻袋は、ブロブの動きを鈍くする効果があるのだ。


「……もう一匹居たみたいよ……」


マリアンが川を指さしながら呟く。


カインが振り向くと、そこには先ほどの二体など及びもしないような巨体を誇る灰色ブロブが悠々と泳いでいた。


「三体いたか、それもさっきの奴よりも大物だな、やはり、多めに塩を持ってきて正解だったぞ」

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