第11話蛮人カインと淫虐の総督2

弓兵達の放った矢を剣で叩き落とし、炸裂する弾丸の破片を素早く躱し、追撃する魔法を打ち消しながら。

カインの戦いぶりは凄まじく、敵兵は吹き上がるような恐怖に戦慄した。

甲冑や盾などこのバーバリアンには紙屑も同然だった。

鋼鉄の鎧で守られていたはずの身体は、カインの振るう剣の一薙で無造作に斬り飛ばされた。


鉄兜ごと顎まで割られ、あるいは甲冑ごと胴体を両断され、イスパーニャの兵士達は人間ではなく、

まるで荒野の魔獣を相手に戦っているような錯覚に囚われた。

勇猛で知られるムスペルヘイムの蛮族ですら恐れる荒野の戦士──これが、これこそが蛮勇カインの力なのだ。


身体中を敵兵の返り血で存分に濡らし、次々に肉塊を築き上げながらカインは縦横無尽に戦場を駆け抜けた。

「ベルセルク……伝説の狂戦士だ……」

カインの戦闘を遠巻きにしていた敵兵の誰かがそう呟いた。


蛮人に脇腹を切り裂かれたイスパーニャ兵が怪鳥めいた悲鳴を上げて崩れ落ちる。

狼狽えた敵兵達を睨みつけ、カインは野獣の如く咆吼(ほうこう)した。

恐怖心が他の兵士達にも次々に伝染していく。


この狂戦士を前にして、数の上では圧倒的な有利を誇っていたイスパーニャ兵達は、すでに逃げ腰になっていた。

「どうした。命が惜しくなければ掛かってくるが良い。それともイスパーニャの兵は腰抜け揃いか」

カインは血の滴る刀を振り上げ、相手を挑発した。




タルスは自らの城館に立て篭り、ただ、援軍を待ち侘びていた。

その内に本国から派遣された大軍が暴徒と化したカノダの民や、ワラギアの薄汚い兵隊を自分の領地から一掃するだろうと、

そんな期待感を胸に抱きながら。


ワインの注がれた純金の酒杯を傾け、タルスが一つ溜息を漏らす。

この城館は、とある大貴族からタルスが強制的に取り上げたものだ。

城館──ここで言う城には防御施設の意味が含まれ、そして館は住居を指す。


だから城館とは防衛拠点の機能を兼ね備えた住居ということになる。

タルスはこの城館を痛く気に入っていた。城館から天高く聳(そび)える見事な尖塔は千里の地平線まで見渡せるほどだ。

それに中庭にある城内礼拝堂やサロン、大広間も気に入っていた。だが、タルスの何よりのお気に入りはこの地下室だ。


天井から伸びた鎖と鉤爪に壁伝いに置かれた拷問器具の数々。

一体どれだけの犠牲者達の血をこのコレクションに吸わせてきただろうか。

タルスは純銀製の椅子から立ち上がると、恐怖と悲しみに満ちた表情を見目麗しいその相貌に浮かべる娘の前へと進み出た。


「ミラよ、気分はどうじゃな?」

呼びかけながら、タルスは自らの手で殺めた大公アシュトの美しき忘れ形見を満足げに見下ろした。

「もう嫌……いっそのこと殺してください……ッ」


ミラがむせび泣きながら、殺してくれとタルスに訴える。

「残念だがそれは出来ん相談じゃ。まだまだ楽しませてもらうぞ、大公女よ。わしはお前が苦痛と屈辱に身悶え、

その美しい横顔を歪ませる姿を見たいのじゃ。お前が苦しめば苦しむほど、わしの心は喜悦に満たされるのじゃよ」


タルスが腰に挿した黄金の柄で出来た鞭をふるい上げ、ミラの背中をしたたかに打つ。

「うあああああァァァッ」

余りの激痛にミラが泣き叫ぶ。タルスはこの美しき虜囚に鞭を浴びせ、いたぶり続けた。


「さあ、もっと泣き叫ぶのだっ、お前の悲痛に満ちたその叫び声、その悲鳴がわしの心を喜ばせるッッ」

ミラの肌を守っていた薄絹の衣が弾け飛び、大公女の背中と尻房に次々と真っ赤な鞭跡が刻まれていく。

醜い愉悦に浸ったタロスの冷たい笑い声が地下室にこだまする。


「それではいつものようにお前の身体をたっぷりと愉しむませてもらうとするかのう」

タルスがガウンを脱ぎ捨て、その飽食に肥えた身体を外気に晒す。

その時、地下室内の扉が軋みあげ、貫木ごと吹き飛ばしながら大きく開いた。


痛みで朦朧としていたミラは意識を取り戻すと、その青みがかった瞳を大きく見開いた。

「タルスの首級はこの俺がもらったっ」

雄叫びをあげながら乱入者がタルス目掛けて躍りかかる。


突然の出来事に我を忘れていたタルスは、しかしすぐに身構えると楕円形の赤石を嵌めた指輪を侵入者へと突き出した。

赤石の放った光線がカインの頬を掠める。一瞬、焼けるような痛みが走った。

だが、カインはその勢いを止めることなく長剣を振り払った。


「うぎゃああああああああああっ」

つんざくような悲鳴とともに指輪を嵌めたタルスの右腕が血飛沫を上げた。

切り離されたタルスの手首から間欠泉の如く黒血が噴出する。


「魔法の指輪か。面白い物を持っているな」

カインが切断されたタルスの手首を拾い上げ、指輪をもぎ取ると自分の指へと移し替えた。

「悪くない、気に入ったぞ、タルス。ではお次はお前の首を頂こうか」


カインが長剣を構えなおすと再びタルスににじり寄る。それはどこか獲物をいたぶる猫科の猛獣を連想させた。

手首を必死に抑えたタルスが、脂汗を流しながら後ろへと下がる。

「ま、待てっ、わしを殺すよりも捕虜にしろっ、身代金はお主の思うがままじゃっ」


「ふむ、捕虜か。確かにここで首を刎ねるより生け捕りにしたほうがいいかもしれんな」

カインが表情を動かさず、怯えるタルスをジッと見つめる。

ミラはあらん限りの大声を上げ、カインに助けを求めた。


「どうかお助けてくださいっ、私は大公アシュトの娘ミラと申しますっ、タルスに囚われ、この地下室に幽閉されていたのですっ、

どうかっ、どうかっ、助けてくださいませっっ」

助けを求める娘の叫び声に気が取られたカインの隙を突き、タルスは隠し通路へと逃げ出した。


「逃げられたか。まあ、いい」

長剣を鞘に収めるとバーバリアンがミラへと歩み寄る。

ミラはこれまでにカインのような戦士を見たことがなかった。


その見事な体躯と猛々しい雰囲気は人の形を取った野生の獣のように思えるのだ。

「所でミラと言ったな。大公アシュトの話は俺も聞き及んでいた。いいだろう、俺が安全な場所まで連れて行ってやる」


カインは傷ついたミラを己の背中に背負うと、地下をぐるりと見回した。

「ほう、丁度いい。あそこからなら近道が出来そうだ」

そして頑丈な鉄格子の前に立ち、その鋼鉄の杭を両手で掴んだ。ミラが怪訝そうな顔を浮かべる。


一体この男は何をするつもりなのだろうか。まさか、この太い鉄格子をねじ曲げようとでもいうのだろうか。

そんな考えがミラの頭に浮かんだ。ミラの考えはすぐに現実のものになった。

頑丈な鉄格子はまるで飴細工のようにヘし曲がり、人が通れそうな広さに広がった。


「ではいくか」

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