カイン・ザ・バーバリアンヒーロー
名も無きキンメリア人
第1話野生児カイン1
『クロムよ、俺はまだ祈った事がない。祈りの言葉さえ知らん。
今までの戦いは何の為の戦いだったのか、それは誰もわかる者はいないだろう。
そんなことはどうでもいい。いま俺たちは二人だけで邪教の者達に立ち向かう。命を捨てて戦う!
この俺の勇気を褒めてくれるならば力を貸してくれ!復讐を遂げさせてくれっ!
もし守ってくれないのであれば、二度と拝まんぞ!』
映画『コナン・ザ・グレート』
唸り上げたカインの長剣が、迫り来る獰猛な敵の顔面を真っ二つに叩き割った。その衝撃に血潮が飛び散る。
鋭い牙を剥き出し、三方から襲いかかる三体のワーウルフを電光石火の早業で斬り伏せると、カインはその場を見渡した。
辺りにはもう敵の影は見えない。残っているのはカインの手に掛かって倒された魔物の死骸だけだった。
「おい、マリアン、ワーウルフはもういないぞ」
刀身に着いた血糊と脂を鹿のなめし革で拭い取りながら、木陰で震えている魔術師の少女にカインは声をかけた。
マリアンと呼ばれた少女が、その呼びかけにいそいそと立ち上がり、怯えるような表情で周りをうかがう。
そんなマリアンにカインは嘲るような視線を投げつけた。
カインの侮蔑を含んだ視線を感じ取り、マリアンがキッと睨み返す。
だが、カインはそんな少女を鼻先で笑ってあしらうだけだった。
「普段は名門貴族の娘であることを鼻にかけ、俺を野蛮な未開人だ、バーバリアンだと陰口を叩いているあんたが、
たかがワーウルフの群れに襲われただけで幼子のように震え上がるとはな。これは愉快だ。
ムスペルヘイムの女であれば、ワーウルフの一体、二体は難なく片付けられるし、十の子供でも野生の牙猪の首を掻っ切るぞ」
光輝を取り戻した長剣を鞘に納め、カインがマリアンに顎をしゃくる。
「あの獣道を出れば、村は目と鼻の先だ。いくぞ」
マリアンは屈辱に身を震わせながらも黙ってカインの後をついていった。
ここでカインの機嫌を損ない、置き去りにでもされたらたまらないと考えたからだ。
カインは西方に位置する荒野の地で育った。
文明人は荒涼とした光景が延々と広がるこの西の地を危険な魔物と蛮族が跋扈する呪われた土地と見なし、
いつしか<ムスペルヘイム>と呼ぶようになった。
実際の所、確かに文明人達の言うように<ムスペルヘイム>は数多くの魔物とバーバリアンが住まう土地だった。
そこでは女も子供関係なく武器を取り、他の敵対する魔物や部族と熾烈な争いを繰り広げていた。
生存の為の闘争だ。それは弱肉強食を絵に描いたような世界だった。
そんな荒野に置き去りにされていた赤ん坊のカインも本来であれば、魔物の餌食になっていたはずだった。
だが、そうはならなかった。赤ん坊はムスペルヘイムで余生を過ごしていた隠者ヨナスに拾い上げられたからだ。
カインは戦闘技術や生きる為の知識をヨナスから学び取り、たくましく成長していった。
十四の齢に達した頃になると、勇猛果敢な戦士としてカインの名は荒野に住まうバーバリアン達の氏族、部族の間にあまねく広がっていった。
それはカインが戦斧を振り上げて荒野を駆け巡り、荒山に巣食う凶暴なワイバーンの首を跳ねるほどの強力な戦士に育っていたからだ。
部族の戦士たちはそんな彼を『蛮勇のカイン』と称し、惜しみない賛辞を贈った。
かつて荒野に捨てられていたあのか弱き赤子は、魔物との激しい戦いの中で不屈の精神と鋼の肉体を誇るバーバリアンへと変貌を遂げたのだ。
そんな彼に一つの転機が訪れた。
ワラギア国の王弟チャド・ヤーノが、ムスペルヘイムの辺境地帯に十万人の兵士を引き連れて攻め入ったのだ。
文明人からは呪われた地と呼ばれるムスペルヘイムだったが、実は希少な鉱物や動植物が大量に採れる土地でもあった。
他にも滅び去った文明の遺跡がいくつも点在し、その下には多くの財宝や今では失われた貴重な技術が眠っているという。
王弟チャド・ヤーノはムスペルヘイムに隣接する辺境地帯を橋頭堡(きょうとうほ)にし、
この西の荒野とそこに住むバーバリアン達を支配せんと企てていたのだ。
そしてチャド・ヤーノの軍勢はどんな魔術を使ったのか、一週間足らずの内にこの辺境地帯にケスラン砦といくつかの小さな砦を築いたのだった。
その頃、カインはヨナスからビジョンクエストの試練を与えられていた。
彼が十六歳を迎えた時期のことだ。カインは辺境地帯の一角にある山の洞窟の中で十四日間、飲まず食わずで過ごした。
そして十四日目を迎えた朝にカインはヨナスから貰っていた液体を飲み干したのだ。
この液体の正体は霊薬のソーマ酒だ。ソーマ酒は精霊とのコンタクトや、海や大地からのメッセージを受け取る際に服用される。
ソーマ酒を呷ったカインは、現実と幽界との狭間の中で自らの前世を垣間見た。
それは『ニホン』と呼ばれる国でカインはそこで『ガクセイ』として暮らしていた。
前世ではカインは、どこにでもいるような平凡な若者で人よりも劣った所はなかったが、取り立てて何かに秀でてもいなかった。
カインは前世の記憶から目覚めると、自身が更なる力を身につけた事に気がついた。
それは精霊による加護の力だ。
山を下ったカインはチャド・ヤーノの侵攻の話を聞きつけると、他の部族と混じってケスラン砦をはじめとするいくつかの他の砦を襲撃した。
これにはチャド・ヤーノの軍勢も手をこまねいた。なんせ、バーバリアンは神出鬼没だからだ。
河の中や密林、あるいは絶壁から突然現れては襲撃し、相手に反撃される寸前にその姿を消してしまう。
土地勘の無いワラギア軍の兵士や指揮官はそんな状況に対処できず、
進駐していた軍隊は幾度となくこのバーバリアン達によって手酷い損害を被った。
そして襲撃者の中で、カインはとりわけて、多くの敵兵の首級を挙げた。
他の氏族の戦士達はそんなカインを取り囲み、その強さと勇猛さを賛美した。
バーバリアンの女達は篝火(かがりび)の前で踊り、サーベルタイガーの皮で作られた太鼓を叩いて傷ついた戦士達をねぎらい、
そして男達は次の戦いに備え、手斧や槍を磨いた。
季節が過ぎて冬に入るとチャド・ヤーノの軍隊はいよいよ身動きが取れないようになった。
寒波が吹き荒れ、こぼれた水滴が凍りつくほどの冷え込みようだ。
樹木は凍りつき、辺境地帯は一面が氷に閉ざされた世界へと様変わりした。
その機を逃さず、バーバリアン達の襲撃は苛烈さを増していき、カインの率いる遊撃隊は食料などを輸送する補給部隊を重点的に狙った。
こうして食料の供給を絶たれた砦の兵士達は飢えや壊血病に悩まされ、体の弱い者から次々に倒れていった。
チャド・ヤーノは見誤ったのだ。これだけの軍勢で推し進めば、すぐにでも辺境地帯を植民地に出来るだろうと。
だが、そうしている内にこの地に冬が訪れた。寒さは日々厳しさを増していった。
冬が来る以前は何ということもない獣道も今では凍りついた悪路と化していた。
極寒のせいで砦から出られぬ状況が続き、チャド・ヤーノは考えあぐねた。
このまま冬が通り過ぎるのを待ってから再び進軍するか、それとも一旦、ワラギアまで撤退するかを。
そこでチャド・ヤーノはバーバリアンへの懐柔策を思いついた。
力でねじ伏せようとしてもバーバリアン達には何の効果もないことを経験したからだ。
ワラギア国の民達が相手であれば、死と暴力の雰囲気を漂わせるだけで事は済んだ。
だがムスペルヘイムの荒野とその周辺に住まう誇り高く好戦的な気質を持つバーバリアンにはむしろ逆効果でしかない。
暴力で無理に従わせようとしても反発し、猛攻を持って襲いかかってくるだけだ。
だからチャド・ヤーノは力ではなく、贈り物を持ってバーバリアン達に抗うことにした。
まずは捕らえていた部族の捕虜を解放し、彼らに土産を持たせてやったのだ。
それはワラギア特産の珍しい火酒や絹の織物、あるいは毛皮に銀細工といった品々であり、
チャド・ヤーノのこれらの贈り物に氏族の者たちは戸惑い、訝しんだ。
だが、いくつかの氏族は侵攻軍に敵意が無いことを知り始めた。
そしてチャド・ヤーノからの手土産を受け取っている内に襲撃も鳴りを潜めていき、
部族の戦士の中には駐在する兵士達に手を貸す者まで出てきた。
文明人と比べてバーバリアンの考えや行動原理は単純に出来ている。
殴られれば殴り返すのがバーバリアンなのだが、同様に恩を受ければ恩を持って返し、
きちんと遇してやれば、同じように返礼するのもまた彼らの生き方だ。
だが、全部の氏族や部族の者達がチャド・ヤーノを信用したわけではなかった。
自分達を油断させておいてから一気に蹴散らし、男を皆殺しにして女子供を奴隷にする腹積もりではないかと疑う者達もいたのだ。
そして、カインのその一人だった。
それでもチャド・ヤーノもまた、根気強く彼らを懐柔していったのだ。
少なくとも彼らのテリトリー内でバーバリアンを敵に回す事への恐ろしさや愚かさを身に染みて理解したからだ。
なんせ険しい山岳地帯や密林、あるいは荒野であれば屈強なバーバリアンの戦士達は並の兵士三十人分の働きをする。
敵に回すよりは上手く手懐け、他国との間で有事が起こった際に利用すれば良いとチャド・ヤーノは考えたのだ。
それから何日かが過ぎると又もや問題が発生した。
チャド・ヤーノの倅の一人、エンリケが十名ほどの手勢を連れて狩りに出かけたあと、夜が明けても砦に戻ってこなかったのだ。
この辺境地帯にも危険な魔物は蔓延っており、また進駐軍に敵意を持つバーバリアンの部族も残っていた。
チャド・ヤーノはすぐさま捜索隊を編成した。
この時、チャド・ヤーノはエンリケを見つけ、救い出した者には褒賞を与えるとの触れを出した。
この触れを聞きつけたカインもまた、褒賞目当てにエンリケの搜索に加わったのだった。
捜索隊はまずは近くの森林の方へと足を運んだ。ここには鹿が良く出没するからだ。
一方、カインはエンリケ達の足跡を探っていた。
カインはすぐに足跡から彼らが向かった方角を割り出した。
すぐにカインはエンリケ達を追跡した。
踏みつけられて折れた木の枝や潅木の茂みを抜け、森林の南側をひたすら進んでいった。
エンリケ達を追うカインの動きは敏捷に富み、柔軟でかつ、決して物音を立てることがない。
それはまるで木々を通り抜ける無音の風のようだった。
あるいは背後から獲物に忍び寄る野生の豹か。
昼前にはカインは彼らを見つけ出すことができた。
エンリケ達は砦から七リュー(約二八キロ)ほど離れた断崖の上にいたのだ。
そして断崖の下には血に飢えた巨猿ウィンディゴが三体ほどうろついていた。
空腹に苛立っているウィンディゴ達は唸り声を上げながら、
獲物を決して逃すまいと断崖の上で震えている兵士達をじっと見上げている様子だった。
体長四ヤード超(約四メートル)ほどの灰色の毛を密集させたこの醜悪極まる巨猿達は人の肉が好物だった。
本来であればウィンディゴは単独で狩りをするのだが、しかし、中にはツガイや兄弟同士で行動する個体もいる。
カインは音を立てることなく近くの木に登り、樹葉の壁に身を潜めると弓を構え、毒を塗った矢をつがえた。
そして素早く立て続けに巨猿の首筋に次々と毒矢を打ち込んでいった。
矢を打ち込まれたウィンディゴ達は怒りに叫び、暴れまわった。
しかし、それはただ毒が身体に回るのを早めただけだった。
こうしてカインはエンリケ達を救出し、意気揚々と砦に戻った。
チャド・ヤーノは約束通り、カインに褒美を取らせることにした。
『勇敢なる若きバーバリアンよ、お前に褒美を与えよう。何が望みだ?
黄金か、宝石か、それとも美しい女か?』
その問い掛けに対し、カインはこう答えた。
『王弟よ、俺は生まれてこの方、この荒野の地から出たことがない。だが、俺は外の世界に興味がある』
チャド・ヤーノはカインの言葉に頷くとその願いを聞き届けた。
そしてカインは隠者ヨナスの元に戻り、その事を告げた。
そんなヨナスはカインに諸国を見回り、見聞を広げて来いと言った。
『ヨナスよ、俺は必ずこの荒野の地へと戻る。その時は沢山の土産を楽しみにしていてくれ』
『ああ、勿論だとも、カイン、我が息子よ』
こうしてムスペルヘイムの野生児は文明国へと足を踏み入れたのだった。
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