激情のイドラ -Have you got everything you need?- 観劇編

*物々しい開演ブザーが講堂に響くと、講堂がほとんど真っ暗になった。幕がゆっくりと開いていくが、ステージの上にも光はない。


*数秒の暗闇、数秒の沈黙のあと、ピンク・パンサーがかかり始めた。懐かしい。

*BGMに数秒遅れて、イントロ(かな?)が終わるタイミングで、パンッ、とステージ上に大きなスポットライトが当てられた。


*……犬神家よろしく、ゴミ箱に頭から突っ込んで足だけを外に出している、漫画みたいに間抜けな男の姿が、ステージの真ん中にあった。

*会場のじわじわした笑いと共に、男の独白が始まる。おそらく録音音声だ、よく反響している。


??「なんで僕がこんな目に遭っているのかと言えば、その理由を説明するためには2か月前まで遡る必要がある」


*このタイミングで、BGMのアクセントに合わせるように、天井から男の足に空き缶が落ちてきて当たった。


 背景がゴミの山だし、その山の上の方から落ちてきたのを表現しているんだろうけど……どういう仕組みでやっているんだろう? すごい工夫だなぁ。


火照「僕の名前は鶯谷火照。普通の家庭と仕事を持つサラリーマン。だった。少なくとも2か月前まではそうだった。

 今ではこの通り、ゴミだ。家庭から、社会から、燃えて何かの役に立つことすらできないゴミとして、不法投棄されたゴミだ」


*男に宛てられたスポットライトが弱くなる。同時にBGMが、どこか悲しげなピアノ曲に変わった。

*いつから立っていたのか、ステージの脇に当てられたスポットライトは、女性の寂し気な後姿を映し出す。黄色いカーディガンに落ち着いた花柄のロングスカート、この女性が妻役なのだろうか?


「だが捨てられたのは当然のことだ。僕はいろんな人の信頼を裏切った」


*次々とスポットライトが増える。

*黒の革ジャンにショートパンツの女性の後姿。スーツを着た男性の後姿。ブレザー姿の女子高生の後姿。


「これは、純朴なるサラリーマンが、生きているだけで人を傷付けるゴミとして捨てられるまでの物語だ」


*スポットライトが当たっていった順番とは逆の順番で、ライトが次々消えていく。

*最後にゴミ箱にだけスポットライトが当たった状態で、BGMがフェードアウトしていき、舞台上が再び闇に包まれた。

*闇に乗じて、黒子――まぁ、ただの制服姿の部員なのだが――が、てきぱきと場面転換を行う。


 隣の空乃が、耳に口を近づけて囁く。


「思ったより本格的だね」

「うん。演出、けっこう好みだ」


*ステージが一気に明るくなって、背景は一軒家前。

*一組の夫婦の甘いやり取りが、去年流行ったドラマのエンディングテーマをバックとして演じられる。


??「災難ね、こんな朝早い時間から出勤だなんて……」

火照「なに、部下の失敗は僕の失敗さ。それじゃあ愛保、行ってくるよ」

愛保「うふふ。あなたの好きなビーフシチュー作って待ってるわ」

火照「そ、そうかありがとう。できるだけ早めに帰るよ」


*エプロン姿で夫の火照を見送るのはもちろん、その妻、鶯谷愛保うぐいすだに あいほ。もはやネーミングにケチをつけようという気すら起こらない。

*愛保は、火照の曲がっているネクタイを直してあげたあと、所謂『行ってきますのチュー』を頬にして、可愛らしく胸元で手を振って、愛する夫が仕事へと赴いていくのを見送った。


 まさか本当に口をつけるとは思っていなかった。観客席からも、微妙に歓声や悲鳴が上がったような気がする。


*背景の、洋風家屋や鉄塔が、火照がその場で歩くのに合わせて逆方向にスライドされていく。街並みが変わっていく様子をうまく表現した演出だと思った。

*しばらく音楽に合わせて火照が歩くのみ。背景が川沿いに変わったところで、火照が立ち止まり、それに合わせて背景の移動も一旦ストップする。


火照「今日もいい天気だ!」


*火照が再び歩き出すと、ステージがまた暗転、火照にスポットライトが当たり、火照は前を向いて歩いている体勢のまま、だるまさんが転んだみたいに静止した。

*録音音声の火照の声が流れる。


火照「僕、鶯谷火照は、一般企業に勤め、2歳の子供を持つサラリーマンだ」

火照「家の前でぼくを見送ってくれた妻の鶯谷愛保は、控えめに言って、理想の奥さんだ。料理の味見をしないことを除けばね」


 ああ、ビーフシチューのくだりでどもってたのは、そういうことか。


火照「今日も元気に休日出勤の、至って普通のサラリーマンさ! 上司を本気で殺そうと思ってカバンの中にナイフを入れて来たことなんて、7回しかないね!」

火照「そんなわけで、今日も普通の出勤途中。家から駅までの河川敷ルートを、メールチェックしながら歩くはずだったんだけど……」


*明転。

*火照が歩き、背景が送られ、そして、河川敷の脇で倒れている女性が現れた。革ジャンにショートパンツの女性だ。

*「大変だ!」と叫んで、火照はその女性に向かって走ると、優しく抱き起す。


火照「大丈夫ですか!? どうしよう、救急車を……」

??「あ…………うう……」

火照「よかった、意識がある!」


??「……救急車は……よば…………ない……で……」

火照「ええっ? だけど……」

??「ご迷惑でなければ……近く、なので…………家まで、運んではもらえませんか……? 救急車、呼ばれるぐらいだったら…………このまま、しにます」


火照「そ、そこまでですか!? 分かりました、お運びします!」

??「助かります……じゃあ、倒れてた人があんまり喋ってもおかしいので……狸寝入り、こいてますね…………」

火照「こかないでください! それに自分で言うことじゃないですよ!」

??「そうですね……住所言ってから寝ます……」

火照「ホントに寝るんですね! 分かりました、住所だけ言って休んでください!」


*火照は謎の女性をおぶると、下手へ走っていった。

*火照たちがステージからいなくなると、暗転。同時に、いきなり大音量で電車をテーマにしたロック曲が流れ出した。


*場面転換が終わると、BGMは鳴りやんだ。

*「アパートの一室だバカヤロー!」と、何故か大物芸人のモノマネでナレーションが入る。背景は観葉植物以外に飾り気のない、随分と質素な部屋。

*白いちゃぶ台を挟んで向かい合うように、火照と謎の女性は、それぞれ胡坐を組んだり正座したりして座っている。


*まだ薄暗く暗転したまま。スポットライトが2人に当たる。

*「僕は彼女を、彼女の家に送り届け、適度に水分を与えた。僕は、倒れたばかりなのだから少し休むべきだと言ったのだが、少し話を聞いてほしいと、彼女は僕を座らせたのだった」と、火照のナレーション音声。

*ステージ全体が明るくなる。


火照「話も何も……まだ、名前も聞いてないワケですが」

沙和「申し遅れました。五反田沙和ごたんだ さわと申します」

火照「五反田さん。申し訳ないんですが、僕、ちょっと仕事で急いでまして」

沙和「すいません。ただ……少し、私があそこで倒れていた事情を話させてくれませんか。あまり人には知られたくないことなので、その……」

火照「……分かりました」



 ……冒頭のここまで、セリフから演出の細部に至るまで忠実に語ってきたが、そろそろ要所に絞ってこの劇を説明させてもらうことにする。


 このあと、沙和は火照に、自分の置かれている悲惨な境遇を説明する。火照は彼女の悲劇にいたく同情し、その後も何度か彼女の家を訪れるようになった。

 なんやかんやあって、沙和と火照が一線を越える描写が入る。

 火照は結局、沙和に、自分が既婚者であることを言えないままになってしまった。


 さて、ここで新しいキャラクターが出てくる。劇の再現を再開しよう。



*場面転換が終わると同時に、ロック曲が鳴りやむ。

*背景はオフィス、エキストラ的に、スーツを着た部員が忙しなく後ろを往来している中、火照と、同僚と思しき男性がデスクワークしながら話している。


??「おいおい、これ、今日中に終わりそうかぁ?」

火照「終わりそう、じゃなくて終わらすんだよ、相模さがみ。早く帰りたいだろ?」

相模「そりゃ、お前は家に帰れば愛しの嫁さんがいるんだろうしな。全然どんな人か知らねーけど、綺麗なんだろ?」

火照「…………ああ、世界一な」


*この場面で、すでに浮気相手と一線を越えてしまっている火照は、ちょっと気まずそうに俯いて言った。

*ステージ全体が暗転、スポットライトで相模だけが照らされ、火照のナレーションが入る。「この男は相模折路さがみ おりじ。今となっては、この部署で唯一の僕の同期で、腐れ縁のような仲である」。


 不倫劇をテーマにしてるからって、さっきから名前が不真面目すぎる。脚本家はどんな精神状態で登場人物の名前を決めたんだろうか。キャラクター設定が脚本家の役割なのかどうかは知らないが。


*明転。


火照「お前はそういう相手いないのかよ?」

相模「ああ、いないね。ったく、羨ましいよなぁー」

火照「そう言うなって。コーヒーおごるからさ」


*火照は後輩社員を呼びつけて、2人ぶんの珈琲を持ってこさせた。

*このシーンではその後、相模や他のモブとの会話から、火照の人となりを読み取ることができる。基本的には実直、人当たりもよいがたまに八つ当たりもする、人間臭い『良いヤツ』らしい。



 はてさて、ここで火照と愛保の家庭シーンが入るのだが割愛させてもらう。

 最近たまに帰るのが遅いことについて、愛保が少し心配に思って、火照に「体を大事にしてね」と声をかける。火照は用意された暖かい夕食を食べると、持ち帰った仕事をすると言って自室に鍵をかけ、罪悪感に打ち震え声を殺して泣いた。

 バラード調のBGMが印象的な、切ないシーンだった。


 さて、舞台には幕数が限られている。新しい登場人物が出てくる場面まで飛ばすとしよう。



*場面転換が終わると同時に、ロック曲が鳴りやむ。

*暗いステージの上には、学校前のセットが敷かれている。特にスポットライトなどもないまま、火照のナレーション。


火照「妻というものを持ちながら、少し前まで名前も知らなかった女性と関係を持ってしまった僕は、これだけですでに地獄行きの道が開かれている」

火照「だが、ここでついに、僕は、『3人目』を作ってしまうことになる」

火照「地獄より深い『下』に堕ちるのだとすれば、そこは果たして、何と呼ばれるべき場所なのだろう。そんな、開き直ったようなことを考えながら、ゴミ捨て場に捨てられた僕の過去回想は、そろそろ終わりを迎えようとしている。時系列は、現在に追い付こうとしている」


*一筋のスポットライト。光が指したのは、いたいけな、ブレザー姿の女子高生。


火照「阿倍野遥あべの はるか。……女子高生である。それも、僕の従妹。家が近いので、彼女が昼から部活の日などには、車で学校まで送ってあげたりもしている。たしかあの日も、そんな感じだった」


火照「僕が、最低より下へと堕ちていく様。それでは、御開帳」


*明転。


遥「送ってくれてありがとね、火照兄ちゃん」

火照「気にすんなよ。ほら、バッグ」


*可愛らしい遥にはあんまりにも不似合いな、黒いショルダーバッグが渡される。


火照「合気道部、全国大会に行けるといいな。応援してるよ」

遥「……行けやしないよ、こんなチームじゃ」

火照「遥? どうしたんだ、お前らしくもない」

遥「私らしいって何よ! 勝手に決めつけないで!」


火照「……何か悩みがあるんなら、聞くぜ」

遥「…………うん、ごめん。せっかく送ってもらったのに、こんな調子じゃ、部活に出れそうもないや」

火照「大丈夫、僕は遥の味方だよ」


*火照は、遥を抱きとめた。火照の胸の中で泣きじゃくる遥に光が当たり、徐々に湿っぽい音楽がフェードインしてくる。

*遥のナレーション音声で、彼女が悩みを打ち明ける。そのまま徐々にステージが暗くなっていき、真っ暗になった。



 このあと、遥を慰めた火照が、なんやかんやで彼女と一線を越える。当然、ぼかした描写ではあるのだが。

 素人目に見てもご都合主義の超展開……というか、必要性に疑問を感じるくらい、唐突に挿入されたことが丸わかりのシーンだった。まるで、余ったキャストを適当な役に押し嵌めたような。


 とは言っても、役者の演技や美しい背景や演出は、多少無理やりなストーリーを補って余りあるものだ。

 ここまで見ていて気付いたが、役者の動きは毎度特徴的で、またミュージカルのように大袈裟だが滑稽ではなく。ほとんど洋風・英字表記で統一された背景はスタイリッシュで飽きない。毎回の場面転換が楽しみになるほどだ。スポットライトを多く活用した細部演出も素晴らしい。


 ともかく、これで3股になった火照。ここからいよいよ、修羅場編が始まる。

 修羅場が生じるキッカケ、まずは、火照に家庭があるという事実が沙和にバレるシーンからだ。



*週末デートでオシャレな繁華街を歩く、火照と沙和。デートとはいっても、沙和のとある悲劇的な事情から、2人ともきっちりしたスーツ姿だ。はたから見ればただのビジネス的関係にしか見えない。

*最初の頃は、罪悪感も相まって気が気でない様子の火照だったが、心から楽しんでいる沙和の姿を見て、彼も不倫デートを開き直って楽しみ始めていた。

*背景の動かない時計が午後3時を指し示す。公園のベンチに座る2人。


沙和「今日は……ホントに楽しいです。こんなに楽しいことがあるなんて、久しく忘れていました」

火照「辛いことなんか忘れて。今日は、僕だけを見てくれよ」

沙和「……はい…………」


*肩を寄せ合いキスをする2人。ここまでで火照は、すぐに甘い言葉で女性を手懐ける、手練れた浮気男に成り下がってしまっていた。

*しばらく歯の浮くような、コメディ混じりのラブトークが続き、2人はそろそろ行こうかとベンチを立った。これまでの場面でも、移動中に2人は手を繫いだり腕を組んだりなどは一切しておらず、この場面でもそれは例外ではなかった。


*ベンチを立って、上手の方へ連れ立って歩くと、火照の同僚である相模が私服姿で登場した。


相模「よう、奇遇だな鶯谷」

火照「えっ、相模? 家、このへんなのか?」

相模「そうだけど……何慌ててんだ? で、そちらは?」


*相模に目を向けられた沙和は、おどおどしながらも、しっかりと頭を下げてにこやかに微笑み、最初から用意していた『建前』を言った。


沙和「初めまして。ラブホールディングスで催事担当をしております、五反田と申します。鶯谷様のご友人ですか?」

相模「ああ、友人つか、同僚です。こちらこそヨロシクお願いします」

火照「あー、えっと、あの。ちょっと仕事の延長でさ、これから向こうの会社の人も交えて酒の席にお邪魔するとこなんだ」


*火照の態度がぎこちない。浮気現場を見られたとはいえ、相模は沙和の嘘を信じているようだし、そこまで、まるでこの世の終わりのように青ざめる必要はないと思うのだが……?


 彼はその後、数年ぶりにできた彼女とようやくデートに漕ぎつけたのだということを長々と早口で語った。これがすごい声芸で、『ビデオを早送りした時の声』をものの見事に再現しているのだ。


*相模が去った後、何故か2人は気まずそうになる。

*俯く火照に、沙和は戸惑いがちに尋ねる。


沙和「……あの、こんなことを聞くのは本当に失礼だと思います、それでも……」

火照「…………」


沙和「火照さんには、奥さんがいらっしゃる……のですか?」


 私は首を傾げた。

 みんな、演出や演技力で誤魔化されているけれど……今の流れ、どう考えても不自然じゃないか? そう思って隣を見ると、やはり空乃も、微妙そうな顔で首を傾げていた。

 さっきまであんなにいい雰囲気だったのに、相模と当り障りのない会話をしただけで、いきなり不倫の疑惑をぶつけてくるって……どういうことなんだ?


*沙和は火照を問い詰め、火照が返答に窮するのを見るなり、口元を抑えて静かに泣きだした。


火照「待ってくれ、違う、これは……」

沙和「い、いいんですよ。それに一度、言ってみたかったんです。『私とは遊びだったんですね』って、あはは……」

火照「頼む、話を……」

沙和「さようならっ!」

火照「沙和ぁー!!」


*迫真の演技。素人目にはそう表現するしかない。

*これまで、ミュージカル風の大袈裟な身振り手振りで演技してきたのを、このシーンだけは最小限の動作で演じて。コメディタッチで浮世離れした喜劇だったものが、突然激しいリアリティーを以て、悲しい恋愛劇として迫ってきた。

*あえて言うならば、演出しない演出。これまでの過剰な演出をいきなり取っ払うことによって生まれる、言いようもない喪失感が、主人公である火照の『やってしまった』という感情とリンクする。



 それでは、クライマックスの1シーンを再現して、この観劇編を締めくくろう。


 その後、遥が口を滑らせ、まず遥との不倫が愛保にバレた。追及されるうちにボロを出してしまい、また、自宅に謝りに来た沙和によって、沙和との不倫も完全にバレてしまい、鶯谷家は完全に修羅場と化す。


 「火照兄ちゃんは私を励ましてくれただけ、私が悪いの」と泣きじゃくる遥。

 「もう誰も信じられない。こんなことをされてもまだ火照さんを愛している自分さえも」と虚ろな瞳の沙和。

 「殺してやる! 殺してやる!」と、金切り声をあげて火照に向かって包丁を振り回す、かつての愛妻、愛保。愛保がでたらめに振り下ろした包丁は、火照の大腿に深く突き刺さった。



*突如。暴れまわる愛保の足が当たってガスストーブが倒れ、鶯谷家は、火の海に呑み込まれた。

*ステージ上は赤いライトに包まれ、炎を暗示する薔薇の造花が飛び交う。この惨事には嫌味なまでに不似合いな、可愛らしいゴシック歌曲が流れはじめた。

*子供を抱きかかえて素早く立ち去る愛保をはじめ、各々が脱出する中、脚を負傷している火照だけが家の中に取り残される。頭を抱えて、独り呻き声をあげながらうずくまる。火照のナレーション。


火照「これが地獄の業火か。僕は実に情けなく慌てながらも、心の底ではどこか諦観めいた落ち着きを持っていて、そんなつまらないことを考える余裕さえ持ち合わせているのだった」

火照「こんな僕には相応しい末路だと、僕は一人自嘲した。諦めた」

火照「僕はひょっとすると……ここで死ねた方が、彼女らに謝る必要もなくて楽かもしれないなとか、考えていたのかもしれない」


*ステージが、徐々に暗くなっていく。音楽がフェードアウトしていく。

*客席までも真っ暗になりかけた、その時。


愛保「死なせてたまるかぁっ!!」


*上手から、窓ガラスが飛び散る音と共に、愛保が飛び込んできた。


火照「愛保……どう、して……?」

愛保「うるさい、聞かないでよ! この最低男!」


*一歩も動けない火照を、愛保は強引に、腕の力だけで引き摺る。このとき本当に火照は、刺された左足は全く動かさなかった。

*どうにか火照をおぶると、愛保は号泣して、心情を吐露しながら、外に向かって歩き始めた。


愛保「愛してるの、こんな最低な裏切りをされても! いくらあなたのことを恨もうとしても、当然の罰だって見捨てようとしても、ダメだった! あなたが死んだ未来が想像できなかった……胸が苦しすぎて!!」

火照「…………ごめんなさい」

愛保「もう……嫌よ、こんな私」

火照「ごめんなさいぃぃっ……!!」


*火照は、愛保の背中で、まるで子供のように泣いた。



 火災から脱出したあと、気を失った火照はそのまま、愛保によって冒頭のゴミ捨て場に捨てられた。怪我した脚からナイフを抜いて、ポケットに、『離婚しなさい。二度と私たちに関わらないで』というメモ書きを残されて。

 愛保と離婚して4年の月日が経った。火照は昇進して、以前よりも忙しくなっていた。あれから3人全員と、音信不通なままらしいが。

 いつものように、定時よりも早く出勤している途中。川沿いで、火照は倒れている女性を見つけて声をかける。意識を取り戻す気配のないその女性を抱き起し、顔を一目見た瞬間、火照は何も言わず、そっと彼女を抱きしめた……。


 こうして、物語はけっこう綺麗に終わった。

 NGシーン集風のエンディングが流れて、演劇部部員全員がステージ上に現れる。ありがとうございました、と頭を下げて、拍手大喝采の中、役者たちがこちらに手を振りながら、ゆっくりと、幕は下りて行ったのだった。

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