【連作ミステリー】東大正高校新聞部シリーズ
OOP(場違い)
虚構のパノラマ
プロローグ 小池さんと廃材祠の謎
興味を惹く記事というのは、いわゆるスクープ……話題性があるものだ。
人気の芸能人のゴシップなんかだったり、連日テレビニュースで報道されている重大事件だったり、あとは、読む人それぞれの趣味趣向に合ったものとか。
私なんかは、新聞を手にしたら真っ先にテレビ欄を見るが、テレビ本体の機能で番組表を見られる今時分、もうあまり必要とされていないのかもな。
話を戻すけれど、つまるところ新聞記事に興味を持ってもらうには、流行りだとか有名人だとか、話題性が必要だと思うわけだよ。
だけどそれを県立高校の学校新聞で出来るかと言われれば、また話は違ってくる。いくら話題性があるとはいえ、学校の廊下の掲示板にでかでかと『○○くんと○○さん、熱愛か』『○○くん、喫煙により停学処分』などといった文字を躍らせるわけにもいくまい。
結局は、学校行事の予告や報告、インフルエンザに気を付けましょう、もう少しでテストが始まります勉強しましょう……だ。誰が読むのだろう、読みたいと思うのだろう。少なくとも私は気に留めることすらしない。
取り上げることが行事やテスト、時候のあいさつなどばかりでは、出来上がるのは決まって、例年とほとんど同じ内容の新聞。『新』しいことなどひとつもない、むしろ伝統、大げさに言えば古典じみたものを、新聞部は延々と生み出し続けるのだろう……今までも、そしてこれからも。
…………ふう。
私はそこまで言って、私が今昼食を食べているこの
この屋上から見える景色をスマホで写真に収め、最近見つけた写真加工アプリを使って弄ってみる。アニメ映画風の画像になるというが、どんなもんだろうか。
海と青空の町、大正市。
高尚な信仰心も持たず、絵心は多少あるものの芸術向け私立は男子の制服が学ランじゃないから嫌。そもそも私立は金がかかる。そして、県立で普通校で男子の制服が学ランだとなると、大正か東大正に絞られる。その2つで比べると、東大正のほうが2,3ほど偏差値が高かったので、私の中のなけなしのプライドがこっちを選ばせたというわけだ。ただでさえ、何もないくせにだだっ広い片田舎の大正市、そこから出て毎朝通学する気にはなれなかった。
似たような理由でついてきた中学からの同級生も数人いた。だから友人関係にはとくに苦労もなかったのだが、高校で新しい友達を作るのも悪くないと考えていたところに話しかけてきてくれて波長が合ったのが、正面に座っておにぎりを頬張っている、この黒部空乃だ。
まだ2週間足らずの付き合いとはいえ、私がものぐさで部活に精を出すようなタイプじゃないということは承知だろうに、空乃は私に「今日の放課後、いっしょに新聞部に体験入部に行ってみない?」などと誘ってきた。これが事の発端である。
だから私は、ひたすらに、遠回しに「行きたくない」という意思を滲ませて演説口調で新聞部に対するネガティブな意見を発表したのだが、空乃はそれを聞いて何を思ったか、にやにやと不快な笑みを形作る。ムッとする私に、さっと、ツルツルした紙を手渡してきた。
「これは?」
「気分が乗らないと、テコどころかユンボでも動かないような、『生ける地蔵』こと小池咲ちゃんでも、これを見れば多少なりとも興味を持ってくれるんじゃないかと思ってね」
誘いひとつ断っただけで酷い言われようだ。油圧ショベルを使っても動かない女子高生ってどんなだよ。
スマホをしまい、一応目を通すだけはする。……ふむ、偉そうな言い方になるが、ざっと見た感じ、高校の生徒作成新聞にしては、かなりレベルが高いように思えた。いろんなフォントの文字やイラスト、写真を内包していながらも、目がチカチカしないレイアウト。見出しの文字は特に見やすくて、これなら自分の興味をそそる記事も見つけやすいことだろう。……とくに私の琴線に触れるものはなかったが。
右上に太枠で囲まれた飾り文字を見るに、誌名は『週刊タイセイ』、これは去年度の6月初週号。へえ、こんな手間のかかりそうなものを週刊で出すとはご苦労な。ますます体験入部に行きたくなくなった。
ん。……興味はないが、ちょっと戸惑うような記事があった。
「『七不思議三つ目の謎、弊部記者Bが華麗に解決』……」
「お。それに目をつけるとは、お目が高いね!」
「呆れ半分だよ。オカルト研究会か何かか、ここの新聞部は」
「まーまー、読んでみてよ」
内容自体に興味はないのだが……まあ弁当も食べ終わって暇だ、言われた通り読むことにする。特に意味はないが、音読。
「『我が校に伝わる七不思議を解明してゆく本シリーズ。Bはついに、その3つ目、【廃材祠の謎】を解明することに成功した。Bはすでに我が新聞部を引退しているが、知恵を借りたいと尋ねたところ、もののみごとにこの謎を解き、自慢の推理を披露してくれた。』
『ご存じでない方も多いだろう。これは去年の文化祭の片づけが終わってすぐ……具体的には文化祭の三日後。雑草生い茂る中庭の隅に、誰が作ったのか、廃材で出来た小さな祠が突如として出現した……という怪奇譚である』」
「そこに載ってる写真だよ」
たしかに、張りぼての欠片とかカラフルな木の断片だとか、ひとつひとつ単体で見ればゴミでしかないものが、寄り集まってひとつのオブジェのようになっている。
様々な部品のペンキだとか原色だとかが混ざり合っているのと、至る所に攻撃的な突起が見えて、どうにもエキセントリックというか……あれだ、目に優しくない。
「……これか。記事を書いた時にはすでに去年のことだったっていうのに、よくもまあ都合よく写真を残してるもんだ」
「ふふ、ヤラセとでも言いたいの?」
「意図を汲んでくれて有り難い」
「残念だけどそれは違うよ。この記事の1年前にね、廃材祠の不思議を取り上げた記事が書かれてて、そこにも同じ写真が載ってたんだ。たぶんその写真を流用したんじゃない?」
「……入ってもない部活のことを、入学してからこの短期間で、よく調べたな」
「感心してくれた?」
「暇なヤツだなと思った」
ナイスジョーク、って感じで両手を上げてオーバーに笑う空乃を放置。再び記事の音読に戻る。
「『この時点で怪奇譚などというのは大袈裟極まりないだろうが、問題はここからだ。その廃材祠は、文化祭の三日後に突如として現れると、約一ヶ月後、また突如として消え去っていたのだ』」
『そこには最初から何もなかったかのように、周りと全く同じように、雑草が生えているだけだった。一夜にして現れた謎の祠は、まさに一夜にして消え去った』」
「はい、ストップ」
読めと言っておきながらストップとは何事か。突然私が軽く握っていた手から新聞を取って隠したかと思うと、空乃は楽しそうに指を振った。
「この話はけっこう面白くてね。是非とも咲にも考えてもらいたいのよ」
「何を」
「この件の真相を、だよ」
言外に「まぁ考えても分からないだろうけどね」という意思が見え隠れしてるぞ。
空乃が私にこの件を考えさせようとしているのは、たぶん、答え合わせをしたときに私が驚くのを狙っているのだろう。何も考えずに読むよりは、事前に見当を立てておいた方が、「そんなこと思い付きもしなかった!」という衝撃が大きいから。
なんとはなしに。或いは衝動的に。このお調子者の鼻を明かしてやりたくなった私は、普段の勉強でも発揮しないような集中で考え込んだ。
眉根を寄せて腕を組み、真剣に考えようとする私に空乃は驚いたようだったが、またすぐにニコニコ笑顔に戻った。
「真剣に考えてくれてるね、意外」
「気まぐれだ」
気まぐれでなきゃ、こんなしょうもない小噺に付き合いなぞしないさ。
さて……この件、少し頭を捻ればすぐに答えは出そうだった。
スマホのメモ帳を開き、気になることを書き込みながら考えをまとめる。なぜ廃材なんかを材料に選んだのか、なぜ1日のうちに誰も知らぬ間に出来ていたのか、なぜ……。
上から下へ意味もなくスワイプを繰り返す私を見て、空乃が必要以上に嫌そうなニュアンスを込めて言う。
「……ホント、依存症だね」
「ほっとけ。それより、今ので推測に必要な情報は揃ってるんだろうな?」
「うん。一般常識と今の手がかりと、あとは推理力があれば、理論上は解けるよ」
「実際は無理だとでも?」
「よっぽど想像力豊かじゃないとね」
「………………」
見てろよ、なんとかして鼻を明かしてやるから。
さて、この問題はさほど難しくない。ある点から、犯人はこの学校で一人に絞られるからだ。
推理の取っ掛かりは……そう、『一夜にして出現し、一夜にして消え去った』という点。
…………こういうことかな。
スマホをしまい、空乃に向き直る。
「……まず、犯人はたぶん、教頭先生」
「へぇっ?」
空乃が変な声を出した。図星で驚いているならいいのだが、些か不安が残る。
粗末な推論、だが、与えられた情報から考えられるのはこれぐらいなものだ。私は自信のなさに蓋をして、続きを語る。
「だって、学校に一番遅くまで残るのは、教頭先生だから。それに、学校の認可を得ていないだろう謎のオブジェが一ヶ月も置かれているなんて妙だよ。ある程度偉い人が犯人として居るはず」
空乃は黙って聞いている。いつも笑っていたりオーバーリアクションで泣き真似してみたりと表情豊かな空乃が真顔なので、話しにくい。
私はまた眼下の煌めきに目を向け、推論を続けた。
「次に、なぜ廃材祠が置かれたか。これは『雑草』、『一ヶ月』というところから考えたんだけど……。
おそらく、ある晩教頭先生は火の不始末で、小さな範囲の雑草を焼くボヤを起こしてしまった。まあ、タバコとかだろうけど。
燃え広がる前に消し止められたけど、雑草は燃えて、焼け跡は小さいけどよく目立った。幸い、雑草は生えてくるのが早いから、教頭先生は大急ぎで廃材置き場からそれっぽい材料を拾ってきて、祠のように組み上げた。ただゴミを置いてあるだけでは、撤去される恐れがあったから、オブジェのように芸術性を持たせることが必要だった。
あとは、一ヶ月経って雑草が生えてきたら、夜のうちに祠を撤去し、雑草を全て同じ高さに切り揃えてしまえば、証拠隠滅は完了ってこと。
どう? これが私の考えだけど」
一気にまくしたてると喉が渇いた。ワンタッチ式の水筒を開き、麦茶を飲む。
と、そのとき。
「すごいよ! 全部正解!」
「うわわっ、離れろ、こぼれるって!」
水筒から口を離した途端、大きい空乃の目がさらに見開かれたかと思うと、ぐわんぐわんと私の肩をガッシリと両手で掴んで揺さぶってきた。
どうやら相当に興奮しているらしい。いや、謙遜なしに、そんなに大したことでもないと思うんだけど。
……空乃によると、その後新聞部のインタビューでこのことを問われた教頭先生は、笑いながらこう答えたという。
『たしかにちょっとミスをしてしまったんだけど……タバコじゃないよ。でもそれにしても、ほとんど正解だ。すごい推理力だね』……飄々とした受け答えは、後ろめたいことがないからなのだろうか。
私はなんとなく、教頭先生の態度に疑問を覚えた。だけど、去年すでに解決して本人も認めた事件……いわばこれは、時効というものだろう。私があれこれまた調べなおす義理もなければ権利もなく、また、やる気もない。
今度はまた冗談っぽく、ぱちぱちと手を叩いて空乃は私を褒め称える。
「いやいや、ホントにびっくりしたよ咲。いや呼び捨てはできないな、名探偵サキ大先生!」
「……褒めても何も出ないぞ」
「よっ、美しすぎる名探偵!」
空乃の腹部に、軽く右の拳を叩き込む。
ぺちん、というぐらいのヒットだったが、空乃はお腹を押さえて大袈裟に「オーマイゴッド!」とか叫んだ。
「……ボディーブローが出たな」
「ふ……普通に殴らないでくれるかな……泣いちゃうよ……」
「そんな強くやってないだろ」
でも、そういえば。
「そういえば……私、泣いたことないな」
「はぁ?」
「あーいや、赤ちゃんとか、小さいときは泣いてただろうけど。……注射のときも泣かない子だったって聞いたし、映画でもウルッときても我慢するタイプだし、少なくとも小学校に入ってからは泣いたことないな」
泣きそうになったことは何回もあるけど、涙を流して泣いたことはたったの一度もないような気がする。そんなことを、いきなり思い出した。
なんでそんなことをこんな場面で思い出すのか、私自身戸惑っているが、それを聞かされた空乃は素直に驚いていた。
「それは……なんていうか、凄いね」
「小学校の時はよく怒られてた記憶があるけど、その時も泣かなかったのかな。きっとふてぶてしくて、嫌なクソガキだったんだろうな」
「ははは。まあアレだよ、新聞部に入れば、青春の汗と涙を流せるかもよ?」
「……一生泣かない」
……いきなり脈絡のないことを思い出すのも迷惑なことだが、いきなり脈絡のないセールスをされるのも迷惑極まりない。
私は溜め息を吐き、スマホを開きながら立ち上がる。そろそろ予鈴の聞こえてくる頃合いだ、屋上をあとにすると、なにやら片づけを済ませて空乃もついてきた。
最後に一度だけ、屋上の空を見上げた。
高く高く、どこまでも青く澄み渡る空を見渡せば……がめつく手を伸ばせば、大抵のものには、手が届く気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます