ぴろろーぐ

ぴろる

ラストオーダー

2016年 11月29日


大宮二郎閉店日の前日


今日も気が遠くなりそうな長蛇の列ができている。


ネットに閉店のニュースが拡散されてからこの列が途切れたことはない。


僕は意を決してみどりのじゃ札を買い最後尾にジョイントした。



12時29分―


11月に入って二郎を食べるのは二回目。


前回は着丼までに45分かかった。


けどその時の味にイマイチ納得が出来ず満足できる一杯を最後にもう一度食べたいと思い、列が少ない日に突撃しようと毎日バイト帰りにそのチャンスを伺っていた。


しかしそんな甘い思惑は外れ、閉店の日が近づくにつれ行列はマシていった。


明日は最終日。


千秋楽はとんでもない行列ができることを予想し、並ぶのは嫌いだが明日よりはマシなはずと今日そのミッションを行うことに決めた。


(前回より列長いけど1時間ちょいって所か・・・・)


雲ひとつない澄み渡る青空。


JRの倉庫らしき20メートルほどある建造物の先からのスタート。


そこは建物がないためポカポカと日が差している。


「今日は寒いと思って防寒対策してきたけど暑いわ」


前に並ぶ大学生らしき二人の一人がフリース製のネックウォーマーを外す。


今考えればこの時は幸せだった。


ただボーッと過ごすにはヒマすぎるので、体感時間を圧縮するため最近離れていたソシャゲを起動する。


20分ほど経過して日陰エリアのフィールドに入った。


厚着をするとスポーツ新聞の差込みのバイトをする時に暑いのでこの時の装備はTシャツと薄手のトレーナーの2枚。普通に移動している分にはちょうどよいが日陰でじっとしているためやや肌寒く感じる。



1時間経過―


列の動きが異様に遅く、店までまだ半分にも達していない。

ジワジワと身体が冷えてきた。


(前回と比べて列の圧縮率高いなコレ)


「寒。やっぱ防寒必要だわ」


用意周到な大学生の一人がリュックにしまっていたネックウォーマーを取り出し再び装着する。



「すみません。アメーバTVという動画番組なんですけどインタビューお願いしてもいいですか?」


渋谷系カジュアルの格好をした20代の女子アナが数人後ろで並ぶ客にインタビューの依頼をしていた。


「え、僕ですか?・・・・はぁ別にいいですけど」


アナ「すごい行列ですがなんでそんなに並んでまで食べたいと思うんですか?」


客「まあ思い出の味っていうか明日で最後なんで食べておこうかなと・・・・」


手短なインタビューを終え次の獲物を女子アナとカメラマンが物色している。


視線を感じたがラーメン食べるのに1時間も並んでいる動画をアップされるのはハズいのでソシャゲに集中しているフリをし話しかけるなオーラを全開に張り巡らす。


女子アナはマイクを片手に持ったまま自分の横を過ぎ去った。




1時間30分経過―


2年落ちのiPhoneのバッテリーは消耗が早くゲームの途中で充電が切れ、画面は真っ暗になった。


目的地までまだ半分も達していない状態の中やることがなくなった。

ここからは長い戦いになりそうだ。


1時間もの間日陰にじっとしているため体温がかなり奪われている。

そして風も吹いてきた。


目の前の大学生2人はアニヲタらしく並んでいる間ずっと今期アニメについて語っていた。


やることなさすぎてヒマなので、できればその会話に入りたかったがそういうわけにもいかず仕方なくバイトでもらったスポーツ新聞をバッグから取り出しASKA再逮捕の記事を読む。


閉店時間は4時だが2時の時点でチケットの販売は終了していた。

じゃ札を買おうと入店した客が次々と去ってゆく。





2時間経過―


(・・・・・・・・・・・・。)


寒さとヒマさで体感時間が異様に長く感じる。


「寒いと眠くなるね」

「マジでやばい。末期だよコレ」


防寒対策を万全にした目の前の大学生も寒さに疲弊している様子だった。


Tシャツと薄手のトレーナー2枚の自分はこの頃から寒さでヒザがガクガクと震えだした。


ティッシュで鼻をかみ凍える手を息で温める。保温対策にアキレス腱を伸ばすなどして軽いストレッチを行うがあまり効果はなかった。


あまりに寒いので大学生を盾に背中を向け身体を丸めて店側から吹く直風を防ぎその場をしのぐ。






2時間20分経過―


遂に店の脇まで並ぶ所に来た。


とにかく寒い。


2時間もの間日陰でじっとしていた為、身体は完全に芯まで冷えヒザの震えは止まらない。


それまでずっとしゃべり続けていた目の前の大学生も無言になっていた。


とにかく店の中に早く避難したい。


今の自分にとって二郎はラーメン屋というより吹雪の中避難するために向かう山小屋のような存在と化していた。


店先の数メートル先、建物の切れ間に差す日なたが眩しく見える。







2時間30分経過―


入店。


みどり(豚入りラーメン)のじゃ札をカウンターの上に置く。


外と比べるとずいぶん暖かいはずだがあまりに身体が冷え切っているため暖かいとは感じなかった。


店の時計を見ると3時になっている。


まさかラーメンを食べるために2時間30分も並ぶことになるとは思わなかった。


「全部マシマシで」


「ちょっと待ってね」


フライングコールをする初見らしい客。


じゃ札はむらさき(大ラーメン)だが初めてであの暴力的な麺の全マシマシなどオーダーして大丈夫なのかとそちらを見る。


ちなみに自分は量をそれなりに食べる方だが過度の脂に弱いので大ラーメンは野菜マシのみでも食べれる気はしない。


スープを残せば食べれるかもしれないが、相応の後悔を味わうことになるだろう。


「トッピングどうしましょう?」


ついにこのタイミングが来た。


ラーメンを作るのは店主。トッピングはスタッフの中で一番盛ってくれる人だっだ。


「からめ、あとは全部マシマシでお願いします」


自分の胃袋レベルはラーメンで全部マシ。コンディションの良い時で野菜のみマシマシが限界。過去に一度豚入りで野菜マシマシにした時は死ぬかと思った。


あと大量のにんにくに身体が適合していないため、普段はしょうがのみにする時が多い。


しかし今は身体がエネルギーを欲しているため、


やさい

あぶら

にんにく

しょうが


を初めてマシマシでオーダーした。


ちなみにからめのみマシマシにしなかった理由は店主が作る時は比較的に味が濃いめだからである。(からめはスープではなく上の野菜に味をつけてもらうためにマシてもらっている)


要塞を両手でテーブルの上に置く。


マシ加減よし!


(いただきます)


まずはスープ。


これで最後かと感慨にふける余裕もなく、急いでレンゲを取り身体を温めるためまずはスープを飲む。


前回はしょっぱ過ぎたが今回はいい感じだった。


続いて野菜。


ちょうどよい茹で加減。

しかも、もやしとキャベツのバランスが半々くらい。

キャベツの甘みが胃にやさしい。


そして豚。


前回は脂身が多すぎてくどかったが今回のはバランスが良かった。

ネットを見る限り大宮二郎の豚がパサパサしていると大宮の豚を嫌う客も多いようだが僕は逆にこの豚が好きである。


なぜなら濃いスープにごん太の麺、にんにくやあぶらなど濃い要素が凝縮された二郎のラーメンにほろほろ豚は自分にはくどすぎ、野菜感覚で箸休め的に食べれるあっさりした豚がマッチするからである。


この厚切りでかつササミのようなさっぱりした豚の仕上げはラーメンのバランス上あえてなのか店主にいつか聞いてみたかったがオーダー以外の会話をする空気ではないこの店でそれを聞くことは最後までできなかった。


前回はしょっぱ過ぎて残したスープも完飲。


完全に中身を空にした状態でカウンターの上に置き、フィニッシュムーブを行う。


思い残すことはない満足のいく一杯だった。


「ごちそうさまでした」


「ありがとうございまーす」


普段はあまり顔を動かさない店主と一瞬目が合い店を出た。



今までありがとう大宮二郎。


そしてさようなら

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