第3話 ユニコーンと神殿

 誰がこんな展開を予想していただろうか。いや、誰がこんな展開を望んだって言うんだ? まだ緑の空の世界にやってきてから一晩しか経っていないと言うのに、あれだこれだと降りかかる事件の数々。平凡な高校生の俺に何をして欲しいんだと文句の一つもつけたくなる。


 俺は馬車にゆられて神殿に向かっている最中だ。トキヤが馬を操作し、車内には俺、レキ、ミキ、修也の四人が顔を合わせていた。


 エリーが神殿の異変を知らせに部屋に駆け込んで来たときのことはよく覚えていない。菜摘がこの世界にやってきてしまったらしいことを知って動揺していた上に神殿の爆発で俺の頭の中がパニックになっていたからだ。おばば様とエリーが二言三言話し、トキヤがおばば様に何か声を掛けていたような気がする。そのあとすぐに家を出たのだ。


 あぁよく考えてみたら、あの爆発のおかげでトキヤが率先して神殿に向かうようになったのだな。爆発がなけりゃぐずぐずしていたに違いない。現在トキヤは最速で神殿まで馬を走らせている。車が不規則に、それも激しく揺れているがそんなのに構っている余裕はなかった。トキヤにしてみれば、大切な信仰対象の神殿なのだ。その神殿に何かあったとなれば居ても立ってもいられないだろう。菜摘の身に何かあったかも知れないと不安に思う俺の気持ちと同じようなものに違いない。





 そしてついに俺たちはユニコーンの神殿にやってきた。本来ならば神殿の真ん前に馬車を停めるなんてことはせず、もう少し離れた敷地の入口から歩くとのことだが今回は特別だ。なんせ個人的な緊急事態ではなく、町にとっての一大事でもあるからな。


 乱暴に馬を停めたトキヤがひらりと飛び降り、がくんと急停車した車内から俺たちは外に出る。ドレスは動きにくく、慌てていたので転けそうになったが、そこはレキがしっかりと受け止めてくれた(もちろん、ミキのエスコートもしていたけど)。


 そんな俺たちの目に飛び込んできた神殿は、もはや神殿の形をしていなかった。初めの爆発のあと、ここに着くまでにも何発か爆音が響いていた。小さな窓から見える煙も本数が増え、やがて一つの太いものにまとまっていたくらいだ。神殿が無事である保証は元からなかったのだが……。


「なんてひどいことを……」


 入口であったらしい柱が折れて横たわっている。中に続くらしい扉はその柱が邪魔で開けられそうにない。やや高い場所に建てられた神殿に続く階段を上ると、トキヤは柱に触れながら悄然とした様子で呟いた。怒りの気持ちも起きないくらいに落ち込んでしまっている。彼にとっての心の支えであっただろうに、こんな無惨な姿になっては当然か。


 かく言う俺は菜摘の姿を探して辺りをきょろきょろと見回していた。時折リダイアルするが、返事も、着信音も聞こえてこない。


「一体どこに……」


 思わず呟く。するとレキが俺の肩に手を置いた。


「さっき話していた相手が心配なのか?」


 俺は黙ったまま頷く。きっと不安な気持ち、落ち着かない気持ちが表に出ていたのだろう。


「アサヒナって叫んでいたが、親しい間柄だったのか?」


 再び頷いて答える。――ん、それはそうと。


「みなさんはミレイさんを捜さなくていいんですか? ユニコーンにさらわれたってことは、彼女、ここにいる可能性が高いんでしょう?」


「そう思ったんだけどな」


 俺の肩から手を離し、しばし神殿周辺を注視する。


「――俺の目には女の子の姿は映らないわけだ」


「いないってこと? ちょっと待て、女の子以外も目に入らないのか?」


 だだっ広い草原で眠っていた俺を発見したというレキの女の子センサーに引っ掛からないということは、少なくともここに女の子はいないということだろうか。


「ミキ、誰かいる気配はあるか?」


 トキヤのそばに立って神殿の様子を探っていたミキにレキは声を掛ける。


「誰かが動いているって感じはしないわ。――それにしてもかなり派手に吹き飛んだわね。中に人がいたら下敷きになっている上にただじゃ済まないでしょうに」


 ――ん? ミキのその台詞、なんか変じゃないか?


「ってことは、初めっからここが無人だったか、一回目の爆発に気付いて逃げ出したかってところか」


「でも、逃げるってどうやって? さらわれた女の子の数からすると、結構な人数がいたはずでしょう? 一気に逃げられるわけないし、町以外に向かって逃げるのは逃げるだけ無駄じゃない。ここは野犬も多い場所なんだもの、安全とはいえないわ」


 ミキの「野犬」の発言にトキヤの肩が震えるのが見えた。そっか、トキヤの恋人は野犬に殺されたんだっけ。――ってそうじゃない。俺が注目したいのは。


「あの、ミキさん? どうして神殿の中に人がいないって断言できるんです? そこからだって中の様子は分からないでしょう?」


 扉は閉まっているし、柱は倒れているしで中の様子が窺えるはずがない。神殿の天井は崩れて半壊状態になっていたけれど、この位置からは全く見えないはずだ。


「どっちにしても助からないだろうってだけですよ」


 何でもないようにミキは答える。なんか様子がおかしいように思えるのだが。この引っ掛かりが、ミキのやけになっている状態に対してならいいのだけど。


「まぁ、それはそうでしょうけども……」


 俺はトキヤたちがいる扉のそばの柱に続く階段を上る。真っ白な石でできているそれの上には細かな砂塵が降り積もっていた。神殿の欠片だろう。そしてまだ真っ白な欠片が舞っている。


 俺は全身が白抜き表示になっているトキヤの肩を叩いて意識を回復させる。


「トキヤさん、気をしっかり持ってください」


「あぁ、わかっている……だが……」


 トキヤは小さく頭を振り、意識を集中させようとしているようだがうまくいかないようだった。顔面蒼白状態なのもそろそろ見慣れてきたかも。


「あれ? そういえばあの少年はどこに行ったんだ?」


 階段を上ってきたレキが不意に問う。俺も言われて辺りを見回す。


「え?」


 修也の姿がなかった。まさかこんな妙なタイミングで元の世界に帰ったりはしないと思うのだが。


「おかしいわね。車を降りるまでは一緒にいたはずなのに」


 言って視線を巡らすミキの視線が途中で止まり、顔を青くさせた。その様子に気付いて、俺は彼女の視線の先に目をやる。


「!」


「おい、待てよ、これ」


 レキも気付いたらしい。さすがのトキヤも俺たちの異常を知らせる気配を読み取ったのだろう。みんな同じ方向を注目し、固まった。


 馬が駆けてきた草原が海原に変わっていた。緑色だった空は俺のよく知る真っ青な空に変わっている。崩壊した神殿はそのままに、周りの景色がそっくりそのまま変わっていた。ちなみに馬車の姿はない。


「……どこだ? ここは?」


 俺はそう呟き、あることに気付く。――そうだ。リダイアルをすればいい。修也の電話につながれば何か……。


「――」


 そこで俺は心底後悔した。まさかこんなに菜摘に電話をするとは思っていなかったのだ。そしてこんな時に限って――電源が入らないとは。圏外というオチを通り越し、まさかここで電池切れになるとはっ!


 ――こうなりゃやけくそだ。


 俺は倒れた柱をよいせとよじ上り、扉に近付く。後ろで「待て」という声が聞こえたが軽く無視。俺の仕事は神殿まで乗り込んで、ユニコーンと対面することなのだ。他の条件が変わろうと、俺の知ったことではない。菜摘がいようが、ミレイがいようがどうでもいい。ユニコーンに出会えればそれで話がまとまる。つーか、まとまらないと俺が困る。


 俺は開くか知らない扉に手を置く。重そうな石造りの扉(やたらレリーフが施してあって派手なんだけど)は俺が触れただけで自動ドアみたいに軽く開く。まるで誘われているかのような感じ。俺はそう思いながらも一歩神殿に踏み出す。


 半壊した神殿。扉の向こうも外につながっているような状態になっていた。天井は抜け落ち、その天井を支えていたのであろう柱の半分以上は折れるなり崩れるなりしていてひどく歩きづらい。俺が完全に中に入ったところで扉は勝手に閉まり、ついてこようとしていたレキを拒んだ。何かを叫んでいたように思えるのだが、不思議と中から外の声は聞こえなかった。こんなに外と中がつながったような空間になっているというのに。


 真っ白な神殿の中はやはり真っ白で、埃っぽい匂い以外にこれといった匂いは感じられず、人間が下敷きになっている様子は全くない。人間がいた形跡すらないように思えた。


「おーい、ユニコーン! いるなら出てきてくれないか?」


 物の下敷きにならないだろう場所を選んで立ち止まると、一応声を掛けてみる。人の気配はおろか、その他の動物の気配もないのだけども。


「せっかく衣装も揃えて来てやったんだ。何かしらの歓迎はして欲しいものなんだが?」


 辺りをじっくりと観察するが何の反応もない。俺の声以外に音はない。


 ――ったく、仰々しい演出だけかよ。


 小さく舌打ちをすると思いがけないところで反応があった。答えたのは俺の手の中にある物――そう、電源が切れていたはずのスマホだったのだ。


「お疲れさまです。御姉様」


 震えたスマホの通話ボタンをタップして聞こえてきたのは、とても優しげで柔らかい声。


「……ユニコーンか」


 そう、その声はユニコーン。俺のことを御姉様と呼ぶのは今のところそいつ以外に思い浮かばない。


 俺の溜息混じりの台詞に、ユニコーンは残念そうな声で続ける。


「出てこいと言ったのはあなたですよ? もう少し怒りに満ちた声が聞けると思ったのですが」


 確かに文句の一つも言いたい気持ちはあったのだが。


「いや、本人が姿を現すことを期待していたからな。そしたら思う存分ぶん殴れるだろう?」


「それにしては気分が沈んでいるようですが」


「俺の心配はどうでもいい。――そうだ。また新たに召喚された人間がいるようなんだが、何か知らないか?」


 気分が沈んでいるのは菜摘の姿が見当たらないからだ。あの爆発に巻き込まれていたらと思うと気が気でない。


「あぁ」


 ユニコーンは俺の気分とは対照的な悠長な声を出した。俺はカチンとくる。


「何だよ、その態度」


 むっとした声にユニコーンはふむと頷いて続ける。


「いやはや効果覿面だったようですね。あれは狂言ですよ、私の」


「! 狂言だと!」


 スマホに八つ当たりしたい気持ちは抑えたものの、声は明らかに怒気を含んでいる。涼しげにしれっと答えるユニコーンの姿(人間バージョン)を思い浮かべ、あの綺麗な顔を存分に殴れたらどれほどすかっとするかと考える。


「神殿が破壊される前にあなたをここに呼びたく、一芝居打ったのですが遅かったようですね。――ですから、新たに呼ばれた者はいないはずですよ」


 安心させるように、諭すように言うユニコーンの台詞が俺を落ち着かせることはなく、まんまとしてやられたという怒りが心を支配していた。


「――電話越しじゃなくって姿を現したらどうだ? 今すぐてめえの顔を殴りたいんだが」


 怒りで手が震えている。声は今までで一番低く、地に響く。


「えぇ、そうしたいところは山々なのですが、生憎力不足でして。その機械を通じて指示を出すだけで精一杯です」


「都合の良いことを……」


「本当のことですよ。――考えてみて下さい。私に力が戻ったのなら、あなたを呼びつけるのではなく直接迎えに行けばよいこと。実体はありますからね、私」


 ――確かにそうだが。


 うーんとうなって考えるうちに落ち着いてきた。菜摘がこっちにいないならひとまず安心だ。それに実体があると言ったってことは、一発殴ることは充分に可能だということだろう。実体がなかったら殴り損だもんな。そうなると、聞きたいことは……。


「……わかった。で、俺の到着を早めるために連絡してきたにもかかわらず、神殿は半壊状態だ。これからどうするつもりだ?」


 改めて辺りを見回し、天を見上げる。見慣れた色の空がそこにはあった。


「まずは私を解放してもらいませんと」


 そりゃそうだ。あとにも先にもそれが最優先事項だよな。


「具体的にどうすりゃいいんだ?」


 ここに人の気配はないし、犯人の姿はもちろんない。……まて、犯人って誰なんだ? それに、爆破した人物も気になる。


「犯人と戦ってもらいます」


「戦うって? ――そもそも、犯人って誰なんだよ。何の目的であんたを捕まえて、町の女の子をさらう必要があったんだ?」


「それは犯人に直接聞いて下さい」


 ユニコーンのその声を合図として、青であった空がぐわんと歪み、みるみると緑色に変わっていく。


「期待していますよ、私の御姉様」


 声が遠くなっていく。


「おい、こらっ! 無責任にフェードアウトしてんじぇねぇぞ!」


 俺の叫びは虚しく神殿の中を響き渡るだけであった。耳から離したスマホのディスプレイは真っ暗になっていて沈黙している。――なるほど、ユニコーンが出てくる場所だと空が青くなる上に、なんかしらの特殊状態にすることができるとみた。空間が切り離されて、いや、微妙にずれた空間が展開するらしい。


 ――ってことは。


「先輩ッ! 避けて下さい!」


「どわぁあっ!」


 自分の反射神経に感動したぞ。ドキドキ。


 剣を握った修也が俺に向かってそれを振り下ろしたのである。俺はまぁ、間一髪のところで避け切ったのだが。


「なにするんだいきなりっ! その剣本物だろう! 俺を殺す気かよ!」


 と、俺が抗議している間も修也はその重そうで切れそうな剣を振るっているのだが。すんででかわし続ける俺がすごいのか、ギリギリあたらないのを見計らって振っている修也がすごいのか、どう解釈すればいいのかわからない。ただ、端から見れば結婚式場での修羅場の様相なのだが(俺はウェディングドレスもどきだし、修也は修也でタキシードもどきの格好だ)。


「僕にその気はないのですが、身体が勝手に……!」


「つーか、どうしてお前がここにいる? だいたいどうやってこの中に入ったんだよ!」


 少なくとも俺がこの神殿に入ったときは一人だけだったはずである。閉まるドアに阻まれてレキが入れなくなったのも確かなはずだ。いや、それ以前に修也の姿が見えなくなって……。


「中が気になって外を回ったんです。そしたらここにつながっている穴みたいな空間を見つけまして、そこから中に入ったんです。ちょうど裏手に、ね」


 修也の台詞は落ち着いたもので、正気を失っている様子は感じられない。本当に身体だけ乗っ取られたみたいな雰囲気である。


「よし、それは納得した。……が、どうしてお前が剣を俺に向かって振り下ろしているんだ?」


「さぁ、それがさっぱり」


 首を傾げながらも、彼の持つ剣はしっかり俺を標的にしている。小走りで逃げる俺を修也が追いかけているわけだが、このままいつまでもつのかわからないし、だからといって追いかけっこを続けて行くわけにもいかない。


「さっぱりじゃねぇ! 思い出せ、修也。お前は俺に死んで欲しいのかっ!」


「万が一殺しちゃったら、僕も後を追って死にますから大丈夫です」


「万が一もくそもあるかっ! それのどこが大丈夫なんだっ!」


「一緒に死ねば寂しくないでしょう?」


 心中するのも悪くないかもと頭の隅っこで考えているらしい修也をいかに説得するか。――の前に、説得じゃなくて武器を取っ払う方法を考えねば。


「寂しいとかそういう問題じゃない! まずはその武器を捨てろ!」


 剣先が俺の前髪を奪う。――一気に血の気が引いたぞ。


「何度もやっているんですよ、これでも。ですがうまくいかなくって」


 どこを狙うでもなく修也の剣は様々な軌道での剣戟を繰り返す。狙いが定まっていないだけ厄介といえば厄介か。


「お前も何か考えろ! お前と心中なんて死んでも嫌だからな!」


「殺すのは僕で、後を追うのも僕なんですから、この状況での拒否権はありませんよ」


 剣を持っていなかったら肩を竦めてみせるだろう修也の台詞。俺は頭痛を感じた。


「んなこと言ってっと、俺だって手段を選ばねーぞ! 俺はまだ死にたくない!」


 足下に注意しながら剣を見切って軽やか避ける。ダンスのステップのような軽やかさ……とはいかないかも知れないけども。


「先輩が僕に危害を加えるようなことはできませんよ。例え今のように命の危機に直面していても」


「どうして言い切れる」


「それが僕の知っている先輩だから」


 ひゅっと風を切る音が耳元でして、髪がぱらぱらと落ちたのが視界に入って……剣の動きが変わったのを悟った。


「お前……ただ操られているんじゃないだろう? つーか、それ、お前の望みなんじゃないのか?」


 俺は逃げるのをやめて真っ直ぐに修也を見つめた。別に覚悟を決めた訳じゃない。単に逃げ場がなくなっただけだ。笑えない。


 修也の動きはぴたりと止まり、剣先が戸惑うように揺れた。


「俺を殺すのが目的であることを了承して、その剣を握ったんじゃないか?」


 じっと見つめながら、黙り込んだ修也に続ける。これはもう賭だ。


 修也は動かなかった。唇を噛み、汗を額に浮かべながらじっとこっちを見つめていた。


「否定したらどうだ?」


「…………」


「……肯定なのか」


 ごまかすことはあっても、修也は俺に嘘をつくような男じゃない。ひたすら真っ直ぐで素直な男なのだ(だからやっかいなのだけど)。俺は説得するつもりで続ける。


「迷いが太刀筋に出ていた。――本当に操られているなら、きっと急所をピンポイントで突いてくるはずだ。確実に殺す方法を選ぶだろう。そこまでお前が追いつめられているとは思っていなかったぞ」


「だって……」


 修也は剣を上段に構えた。その動きはぎこちないながらも、決断をしたあとのように剣の震えはなくなっていた。


「あなたは朝比奈先輩のことが今でも好きなんでしょう? あんなに必死な先輩を、僕は初めて見ました。僕の心配をしてくれたときよりも、朝比奈先輩を気遣っていたときの方がずっとキラキラしていた。本気だった。――それが寂しくて……許せなくて」


 ――俺が、菜摘を、今でも好きだ、と?


「だからって俺を殺すのか?」


「心中です。どうせ報われないなら、それが一番綺麗でしょうから」


「――だが、それがお前の望みだとしても、お前自身の意志じゃないだろう?」


 俺は探るような目でしっかりと修也の目を覗いた。瞳が揺れる。


「誰かに唆されて同調した、違うか?」


 修也の目が見開く。明らかな動揺の様子。


「俺を殺すように仕向けた人物がいる。そういうことなんだろう?」


「先輩、僕は……」


 再び構えていた剣が震えた。もう少しだ。


「お前は誘導されただけだ。俺は剣を向けてきたお前を恨んだりしねーよ。死んだら呪ってやるけどな」


「……ごめんなさいっ!」


 修也は瞳を閉じたままその剣を振り下ろした。


 ――ま、そうなることも予想済みだけどさ。


 がつん。


 ――修也が考えていることなんてお見通しだ。


 ぱらり。


 ――剣が壁に刺さって抜けなくなるという絵だって。


「茶番はこれでおしまいです。怖い思いをさせてしまいましたね。申し訳ない」


 剣から手を離し、修也は俺に手を伸ばした。


「信じていたからな。怖くはなかったよ。一瞬焦ったけど」


「それは光栄です」


 その手を取ると頭上に刺さったままの剣から離れる。俺の身長がもう少し高かったら確実に刺さっていたけどな。俺の頭から血がだらっと出ているところを想像して、思わず身震いする。


「――で、誰に頼まれたんだ?」


 頭を切り換えるべく俺は質問をした。これでやっと犯人と対峙という場面に入れるだろう。


「彼女ですよ」


「彼女?」


「名前は聞いてないんですけどね。ですが、彼女に頼まれてこの世界に来たんです。――あなたを連れ帰るように、と。連れ帰ることができないなら排除して欲しいとね」


 彼女って誰だ? 俺の知っている人物だろうか?


 俺がいろいろ考えている間も修也は続ける。


「そういう約束でここに来たわけでして……僕は用無しになりました」


「!」


 よく見れば修也の姿が半分消えかかっている。


「その身体……」


「あぁ、消されるわけじゃないですよ。契約違反によってこの世界から退場させられるだけのようです」


 その契約がその文面通りだと良いけどな。


「僕は僕がいるべき世界に戻り、そこであなたをお待ちしています。ですから必ず帰ってきて下さいね」


 どんどんと薄くなっていく姿に俺はただ小さく頷く。


「……できれば女の子のままで」


「…………」


 ツッコミを入れる余裕はなく修也は退場。俺だけが残された。


 ――さて、いよいよ黒幕の登場か?


 俺は近付いてきた足音の方に視線を向けた。


「思ったより使えなかったな。期待していたのに残念だ」


 聞き覚えのある声はミレイのものだった。


「男よりも女を取るというのが理解できん」


 真っ白なドレスに身を包んだ彼女は俺を見つめながら首を傾げる。本気で不思議そうだ。


「俺としてはどうして君が俺の命を奪おうとしたのか知りたいところだね。それにユニコーン騒ぎを裏で操っていたのは君なんだろう?」


 俺の問いにミレイは表情を歪めた。とても不愉快そうである。


「答える義務はない。しいて言うならば、御姉様を消すのが私の仕事、それだけのことだ」


 ツンとした態度で答えると、ミレイは俺をまっすぐ指差した。それと同時に彼女のそばに一頭の大型犬が現れる。背後に隠れていたのだろうか。全身が黒っぽく、狼に見えなくもない体躯。


「そういうことだから消えてもらうぞ。――行け!」


 ――って、悠長に観察している場合じゃなかった!


 勢いよく飛び掛ってきた大型犬の一撃は奇跡的に回避。まもなく次の攻撃が、というところで俺は叫ぶ。


「待ってくれ、ミレイさん! 俺が何をしたって言うんだ!」


「文句ならユニコーンに言え」


 さすがに次の攻撃は避けきれず、押し倒される。頭を強かに打ちつけたが構っている場合ではない。俺の上に圧し掛かった犬を追い払おうとするが、主人の命令に忠実に従おうとする彼の意志は固く、払おうとする腕にも容赦ない攻撃をする。


「ひぃっ!」


 そのうちに大型犬はその口を大きく開き、俺の首元に噛み付こうとする。絶体絶命だ。


 とがった牙が恐ろしくて思わず両目を閉じる。――と、そのときだ。


 俺の上に感じていた重みが消えた。そっと、ゆっくりと目を開けると視界に入ったのはレキの姿。大型犬はご機嫌に尻尾を振ってレキを見上げている。


「ミレイ、お前が今年のユニコーンの乙女だったとはな」


 レキはミレイに背を向けたまま、俺に手を差し出してはっきりと告げる。


 俺はその手を借りて立ち上がる。――はぁ、命拾いしたぞ。レキに感謝だ。


 ミレイはレキの問いに悔しそうな表情を作った。両の手で作った拳が震えている。


「……ミノルさんがミキのドレスを着ていて良かったよ。でなけりゃ一撃で即死だろうからな」


 ほっとした表情で俺を見つめ、致命的な怪我を負っていないのを確認するとミレイに向き直る。


 ――あの……さりげなーく怖いことを言っていたような気がするんですが。


「姉さんのドレスを? そんなの卑怯だ」


「卑怯も何も、そのくらい想像できたんじゃないか? ミキのドレスを持ち出さなかったのは不手際だったな」


 やれやれといった様子でレキが指摘するとミレイは顔を赤くした。


「ふんっ。ユニコーンの乙女だとすぐに見抜けなかった人に言われたくないね」


 腕を組んであくまでも強気の態度を崩さない。


 ――ところで、さっきから何度も出ているユニコーンの乙女ってなんだ?


「それは悪かったよ。家を留守がちにしていたとはいえ、そのくらいは気付いてやるべきだった。反省している」


「何を今さら。それに気付いたのはレキ兄さんだけなんだろう? トキヤ兄さんはその辺のところは鈍そうだし、ミキ姉さんだってどうせ私に興味などないのだろうからな」


「そんなことないわよ」


 つまらなそうに頬を膨らませるミレイにミキが声を掛けた。とても不満げなミキの声に、ミレイは冷たい視線を俺の後ろに向けた。俺がその視線の先に目を向けると、壊れた壁の隙間から身体をもぐらせたミキがいた。


「あたしはずっとミレイのことを気に掛けていたわ」


 確かにミキはミレイのことをずっと想っていた。自分が運送屋の仕事で外に出ているため、家に残しているミレイが心配だと言っていたのは事実である。少なくとも俺にはそう語っていたのだ。


「だったらどうして家に残ることを選ばなかったんだ? そういう選択だって充分に可能だったはずだ」


 ミレイの声には明らかに非難の気持ちがこもっている。彼女は彼女で寂しさをずっと抱えていたということだろうか。


「そういうならミレイだって一緒に来ればよかったでしょう?」


「それができないことを知っているくせによく言えたものだな!」


 優しく諭すように問うミキの台詞に、怒りが込められたミレイの台詞。ミレイは続ける。


「私たちは外の人間だ。外の人間が中でどう言われているのか、まさか知らないとは言わせないぞ! 外の人間が中でどんな制約を受けているのか、わからないとは言わせないぞ! 自分たちが外の人間であることを忘れたとは絶対に言わせない!」


 ミレイの台詞には涙が混じっている。


 ――うーんと、そろそろ言っている意味がわからなくなってきたんですけど。誰か解説してくれないものか。


「だが、ミレイがユニコーンの乙女に選ばれたということは、町に認められたという事なんじゃないのかな?」


 しばらく台詞らしい台詞のなかったトキヤが問い掛ける。かなり真面目な台詞なのだが、壁の割れ目にぴったりとはまったまま動けなくなっている様子はかなり笑いを誘うのだけども。


「それは……」


「ミレイがユニコーンの乙女に選ばれるだなんて思ってもいなかった。そうなればいいとずっと思っていたんだよ。ユニコーンの乙女は町の人間じゃないと、その町で生まれた人間でないと、基本的にはなることが許されないからね」


 ――あれ? ってことは、トキヤたちは元からこの町に住んでいたわけじゃないということなのか? あ、だから町の『外の人間』と町の『中の人間』なんだ。


「だけどそれはそれで迷惑な話だ。町の連中が私をどんな目で見ていたのか、外に出ていた兄さんたちは知らないだろう!」


「知らないけれど、想像くらいはできるよ。町のみんなが俺たちに向ける視線はいろいろあるからね」


 無理に抜けるのをやめ、壁にめり込んだ状態のままトキヤは答える。


 ――そうか、パンを買いに行ったときにトキヤに向けられた視線、その理由は外の人間だからなのか。


「どんなことを言われているのか知らないだろう!」


 トキヤの台詞に対してミレイは次の台詞をぶつけた。トキヤはやれやれといった視線をミレイに向けている。


「知っているからこそ運送屋の仕事をしているんだよ? 町の人間は滅多なことでは外に出ない。それはこの町の人々が古くから伝わる仕来りを守っているからだということはよくわかっているつもりだ。だからこそユニコーンに対する信仰が他の町よりも格別にあつい。他の町に頼ることができないという以上、神に祈ることしかできないからね」


「…………」


 ミレイは反論しない。トキヤは続ける。


「母さんと父さんが死んだとき、町の連中は口々に言ったものだよ。『外の人間だから排除されたんだ。子供たちを殺すのは可哀想だと、神様が見逃してくれたんだろうよ。だからこの町のためになることをして神様に気に入られることだ』とね。だから俺はこの町の住人ができない仕事である運送屋の仕事を選んだし、ユニコーンへの信仰も絶対に忘れないように努めた。……彼女が死んだことに対しても世間はうるさかったよ。俺たちが外の人間だからだろうね。ミレイは知らないかもしれないけども」


 そこまで告げてトキヤは苦笑した。


 トキヤは長子である。ゆえにきょうだいの中では誰よりも世間の風を正面から受けていたのだろう。幼いきょうだいたちを守るために、嫌なことも耐えてきたに違いない。


 レキ、ミキはともに黙ったままうつむいていた。初めて聞かされたらしい事実に驚いているようにも見える。


「――さて、俺たちの話は家でゆっくりと話すことにしようじゃないか。ミレイ、ユニコーンと連れ去った少女たちをそろそろ解放してくれないか?」


「悪いが、それはできない」


 トキヤに傾きつつあったミレイの気持ちは再び振り出しに戻ってしまったようだ。きっぱりと言い放つと一歩後ろに下がる。


「何故? 連れ去られた少女の親たちがどれだけ心配しているのかわかっているだろう?」


 優しく諭すようなトキヤの問いにミレイは大きく首を横に振る。


「これは私の仕事なんだ。せめてユニコーンの乙女としての任期が切れるまでは明かすことはできない」


「一体なんのことを言っているんだい?」


 おろおろとした様子でたどたどしくミレイは説明するが、トキヤが言っているように俺にも何のことだか理解できない。


「だから、もう少しだけ待ってくれ。今日はお願いだから見逃してくれないか」


 ミレイの口調は先ほどと違ってどこか判然としない。何かを迷っているといった感じだろうか?


「俺としては見逃せないけどな」


 黙ったまま様子を窺っていたレキが割り込んできた。ミレイがその台詞に驚いて肩を震わせたのが目に入る。


「レキ兄さん、黙って」


「そうはいかないな。お前は神殿を破壊したんだ。どっちみちこの町にはいられない。今年のユニコーンの乙女がミレイであるということは町の連中にとっての共通認識だろうからな」


「お願い。知らなかったことにして」


 ミレイは両耳をふさいでさらに一歩後ろに下がる。レキはミレイに近付きながら続ける。


「お前の仕事は今日で終わりなんだよ。さぁ、白状するんだ。ここに彼女たちがいない理由をな!」


「くっ」


 レキはミレイの腕を掴むと強引に耳元から離した。苦々しい顔をして、地面に視線を向ける。


「お前が言わないなら俺が全部説明するぞ。どこまでが真実だかわからないものを俺が喋っても良いって言うんだな?」


「どうしていつもレキ兄さんは……」


「お前は俺が町の女の子たちに声を掛けて回る理由をわかっちゃいないようだな」


 ふぅっとため息。それから強く握っていたらしい手を離す。ミレイの顔が一瞬こわばるが、レキの手が自分の頭をなで始めると視線を上げ、不思議そうに首を傾げた。


「?」


「町の噂を調達するのに手っ取り早いから女の子に声を掛けるのさ。俺たちがいない間に町でどんなことがあったのかを知る必要があるからね。それらはたいてい新聞だけで知ることはできないし。それに俺、女の子と話すのは好きなほうだし」


 ――趣味と実益を兼ね備えた的確な手だな、そりゃ。都合よくでっち上げたにしては、彼の回りを見る目は確かなので悪くはないと思うけど。あ、ミキがかなり驚いた表情をしている。


「噂か……」


「あぁ。『自分の配達を頼むとユニコーンが迎えに来る』ってね」


 レキの台詞にミレイは視線を再び地面に向けた。どこか吹っ切れたような表情をしている。


「どこでそれを?」


「花屋のローザから。その話を聞いたときにはどうせ俺たちを馬鹿にした噂だろうなって思ったんだけど、ミレイが今年のユニコーンの乙女だと気付いたときすべてが丸く収まった」


「噂に一番疎い彼女が知っているということは、結構広まったものだな。もはや言い逃れはできまい」


 ふぅと小さなため息。


「それってどういうことなの?」


 話についていけなかったらしいミキが問い掛ける。その問いにレキが答えようとして、ミレイが制し、自分が喋るとでも言いたげなジェスチャーをする。レキはそれを了解したらしくしっかりと頷いてみせた。


「つまり、私がこの町の少女を外の町に連れ出していたということだ。連れ出した少女たちはみんな自分の意志で外の町に行くことを決めたのだ。私が無理やり連れ去っていたわけではない」


『な……』


 ミキとトキヤの声が重なった。ミキは驚いて手を口元に当て、トキヤは驚いたショックで壁から抜けて見せるという芸をこなした(なんとも器用な芸だな)。


「それはこの町では犯してはならないことじゃないか!」


 壁から自由になるなり、トキヤは驚きの表情のままつかつかとミレイのもとに進む。


「だが一方で、ユニコーンの乙女のみがそれを可能にすることができる存在になり得る」


 きっぱりとした台詞。迷いが消えた分、とてもクールに響く。


「いや、確かにそうだが……だが、それが町の住人に知られてみろ。それこそユニコーンの怒りに遭うとおそれ、ミレイだってただじゃ……」


「わかっていてやった。私は外の人間だ。恨まれようと追い出されようと、所詮は町の外の人間なんだ。――彼女たちは私に救いを求めたのだぞ? 『この町から脱出したい』『この町の仕来りから解放されたい』と。彼女たちの願いを聞き入れるのもユニコーンの乙女の仕事だ。私は正しいことをしたのだ。非難されることがあるだろうか?」


 トキヤの台詞を遮って、さも当然のことのようにミレイは説明する。


「だが残された町の人間はどうなる? ユニコーンのご機嫌伺いばかりの彼らは、ユニコーンの乙女が暴走したとなれば自分らに災厄が降りかかると恐怖するだろう。そうだ、実際に災厄が降りかかるかもしれない。ユニコーンが何を始めるかわかったもんじゃないだろう?」


 ミレイの肩を両手でしっかりと掴み、目線を合わせた上で説く。トキヤの目をまっすぐに見つめるミレイの瞳はとても澄んでいた。


「私はユニコーンを信じている。彼に会ってみるといい。彼はとても温和で話のわかる奴だ」


 掴まれていた手を払いのけ、ミレイは辺りを見回すと空に向かって叫んだ。


「ユニコーンよ、私は命ずる。その姿をみなの前に現せ!」


 壊れた天井から陽射しとは別の真っ白な光が神殿に差し込み、地面の一点を浮かび上がらせる。光の強度が下がっていくと、徐々にその中から影がゆっくりと立ち上がる。その姿は……。


「あぁ、やっと自由になりましたよ」


 うーんと、大きく伸びをすると額から角を生やした白い少年はにっこりと微笑んだ。


「ついでに私の力も解放してくださいませんか? ユニコーンの乙女」


「断る」


 ミレイの冷たくきっぱりとした言い方に、ユニコーンは口元を引きつらせる。


「ついでに私の力も解放してくださいませんか? ユニコーンの乙女」


「私の策にまんまとはまった自分の愚かさを恨むことだな」


 同じ台詞を繰り返すも、返ってきた冷たさが倍増しただけで進展はない。


「そんな無慈悲なことを言わないでくださいよ。町の人々に危害を加えたりはしませんし、あなたにも決してどうこうしないと誓いますから」


「どうせこの力を行使できるのはユニコーンの乙女である間だけだ。それまでは絶対に解放することはできない」


 下手に出ても結果は同じだった。憐れだな、ユニコーン……。


「――あ、えっと初めましての方もお久しぶりの方もこんにちは。この町のユニコーンです。以後よろしく」


 ユニコーンはやっとトキヤたちに気付いたらしく、ぺこりと頭を下げる。つられてトキヤ、レキ、ミキも頭を下げる。


「そういうわけですから御姉様、ユニコーンの乙女を説得してください。でないとあなたをこちらに呼んだ意味がありませんから」


 下げた頭を元に戻すと俺に向き直って懇願する。切羽詰った表情にとても人間じみたものを感じるのだが。


「と、言われてもね……」


 ミレイはこの通り強情な人間である。俺に話を振られたところでどうにかできるわけがない。


 視線を向けるとにらみ返された。マジ怖いんですが。


「どうしてもっと弁の立つ人間を選ばなかったのかと後悔するべき場面だと思うぞ、ユニコーンよ」


 さっさとさじを投げる俺。いや、なんの方策もないんでお手上げなんだが。


「うぅ……」


 めそめそとするユニコーンはとても不憫だが、俺は可哀想なやつだと同情することしか本当にできない。せめて俺の姉貴なら言い負かすことくらいできそうだけどな。残念ながら俺にはそのスキルは備わっていないのだよ。


「……なぁ、ミレイ。ユニコーンをこんな処遇にしても良いものなのか?」


 同情のまなざしをユニコーンに向けて呟くレキ。


「人々のためならその力を自由に使っていいと言うから試しに命じてみただけのこと。私は正直なところユニコーンは存在しなくても良いと思っている。消されなかっただけマシだと思ってほしいところだ」


 こともなげにさばさばとミレイは言い切る。


「絶対に育て方を間違えたとしか思えないのですが」


 ユニコーンは非難じみた視線をトキヤに向けるが、彼は申し訳なさそうにその視線から目をそらして逃げた。たぶん自覚してるな、トキヤの奴。


「ま、どっちにしろ都合がいい。――ユニコーン、今回の件、選んだ相手を間違えたのだと思っていただきたい」


 レキが一歩前に出てユニコーンに話し掛ける。


「えぇ、それは反省しています」


 しょぼんとした様子でユニコーンは答える。


「その上で頼みがある」


「頼みですか? 男性からの依頼は受けられないことになっているのですが」


 しれっというユニコーンに対し、レキは文句言いたげに一瞬にらんで視線をミキに投げる。


「ミキ、ユニコーンに俺たちが町を離れることを了承するように頼んでくれ。もう二度とこの町に戻らないことを条件としてな」


「え? ちょっと待って、それ、あたし納得できない」


 ミキは慌てて拒否するが、レキの意志のこもった瞳は彼女に固定されたままだった。


「で、あなたは私に依頼するのですか?」


 にこっと、でもどこか意味ありげな様子でユニコーンはミキに微笑む。


「あたしは……。――そうだ、トキヤ兄さんはそれでいいの? レキの意見に賛成なの?」


 トキヤは黙ったまま、首を一度だけゆっくりと縦に振った。


「どうして? だってトキヤ兄さんはこの町が好きなんでしょう? 恋人と過ごしたこの町が」


「所詮は思い出だ。取り返せないものをいつまでも想って残ることに果たして意味があるだろうか。――それに、レキからミレイ奪還計画の真の目的は聞いていたからね。覚悟の上なんだよ、ミキ」


 トキヤの台詞を聞いてミキはレキに視線を向け、文句を言いたそうに口を動かしたが結局何も言わなかった。


「どうしますか? ミキさん。あなたが願うならば私はあなた方を今回に限って見逃しましょう。どっちにしろ力の行使権を奪われた状態の今の私ができることなんて限られていますけどね。あ、ちなみにこの町のエリアを抜けた時点でユニコーンの乙女の資格はなくなりますからお忘れなく」


 ユニコーンの乙女の資格がなくなる。ってことは、ユニコーンの乙女じゃなくなったらユニコーンの力が解放されるわけで、俺の仕事は終わりじゃないか。


「ユニコーン?」


「はい?」


「その台詞が正しいのなら、俺がミレイを町の外に連れ出すことに成功すればあんたの力は解放されるってことだよな?」


「あ。――えぇ、そうなりますね」


 今更気付いたのか。


「その依頼は俺がしても構わないわけだよな?」


「はい」


 俺の意図が伝わったのか、ユニコーンは満面の笑みを浮かべる。反対に焦ったのはミレイだ。


「待て、それは私が困る! 今すぐ町を出るわけには……」


「困らないだろう? ここに着くまで気付かなかったが、お前のおもちゃは馬車に積み込んだ状態だ。始めから町を出るつもりだったくせに」


「馬車でここに来たのか?」


 レキの台詞にミレイは目を丸くする。おもちゃとはたぶん工作道具のことだろう。


「当然。町から逃げ出すつもりだったし、神殿が破壊された所為でトキヤが血相を変えて飛ばしてくれたからな」


「なるほど」


 頷くミレイ。俺に向けられた視線には肯定の意志が感じられる。


「あたしは急にそんなこと言われても困る! どうして相談してくれなかったのよ!」


 抗議したのはミキ。確かに急だもんな。レキはミキにこのことを黙っていたようだし。


「そんなに町に残りたいなら残ればいい。二度と会えなくなる可能性はあるけどな」


 寂しげな雰囲気を帯びた台詞。それはレキのものだった。


「だけど……」


 とても困った様子だ。家族を取るか、町を取るかを迷っている。難しい問題だろう。


「わかったわ。あたし、みんなと一緒に行くわ。血を分けたきょうだいだもの、離れてなんて暮らせないわ」


 ミキの視線が俺に向けられた。結局俺が依頼するわけだ。別にミキもミレイも命令する権利を持っているのにな。


「――とまぁ、そういうことだからユニコーン、町の外に彼らは出るそうだ。見逃してやってくれ。町に二度と近付かないことを条件に」


「ですが、ユニコーンの加護が消えるということがどんなことなのか、承知の上で言っているんでしょうか?」


 にこやかな表情のわりには怖い台詞。


「それってどういうことだ?」


「町の外に出た瞬間に死ぬことになっても知りませんよってことですよ」


 にこにことしたままユニコーンはそれぞれの顔を見る。


「私はこんな性格ですけど、町の外を管理しているユニコーンがこんなお人好しだとは限らない。管轄から外れる怖さをあなた方は知らないみたいですからね、忠告しますよ」


「今まで俺たちは外と中を行き来していたんだ。問題ないだろう?」


 不思議そうにレキが問う。ユニコーンはにやりと口元を歪めた。


「私があなた方に目を掛けていたのをわかってくださらなかったとは残念でなりません。ユニコーンの乙女を彼女にした理由も、その様子じゃわかってないみたいですね。――ならしょうがない、あなた方が望む結末を用意して差し上げましょう。その依頼を……」


「待て。取り消す」


「おや? 却下するのですか?」


 俺はユニコーンの真の怖さを察して割り込む。嫌な感じがする。ユニコーンは表面上こそにこやかで落ち着いているが、内で何を考えているのかはさっぱりわからない。


「ミレイさん、あなたのその力を俺に譲渡してください」


 ユニコーンの台詞を無視して言い放った俺の台詞に、俺自身が驚いていた。果たしてミレイがそれを了承するのかはわからないけども。


「何を血迷ったことを!」


 戸惑いの声を上げたのはミレイ。てっきり「断る」の一言が返ってくると思ったのだが。


「どうせ町の外に出りゃ、そのユニコーンの乙女としての資格が失われてユニコーンが解放されるんだろう? ならば俺にその力を譲渡したほうがもっと効率よく力を使えるってもんだ。決して悪い話じゃないと思うのだが?」


「む……」


 俺の説明にミレイは顔をしかめる。悩んでいるようである。――ま、これは時間稼ぎってことで、本題はこっちなんだが。俺はユニコーンに視線を移す。


「今の様子だと、依頼の実行のためには承認が必要みたいじゃないか。それとも、ユニコーンの乙女の依頼には承認作業が要らないのか?」


「!」


 ユニコーンはいきなり自分に質問が投げられて、一瞬驚いたような顔をした。しかしそれは質問を向けられたタイミングに対しての驚きではなく、その質問の内容に対しての驚きだったのだろうとこちらは解釈しよう。なぜなら――。


「さぁ、それはどうでしょう」


 思ったとおり、はぐらかしにかかったか。


「――だとすれば、ユニコーン、あんたは自分でミレイの言葉に従ったことになる」


 ユニコーンの台詞を無視し、俺は腕組をしながらじっと見つめる。


 ギクッとした表情を浮かべるユニコーン。


「そ……それはそれでおかしな話じゃないですか。どうして私が彼女の言葉に従って自分で自分を幽閉することを了承するんです?」


 そう問いかける彼の言葉にはその場で思いついた言い訳っぽさが感じられる。――ま、こんな感じで言い逃れをするだろうと思ったんだけどな。


「あんたの目的は他のユニコーンに対する言い訳のためだろう。町の人間を外に流すわけだから、他の町なり地域を管轄しているだろう他のユニコーンに迷惑が掛かるわけだし。――つまり、あんたは町の人間を外に流すことに賛同していたことになる。違うか?」


「なんでそんな面倒なことを?」


 ったく、この期に及んでシラを切るつもりか。往生際の悪い。


「つーか、そうじゃないとうまく話がまとまらないんだよ。俺が思うに、こんなところなんじゃないか? ――トキヤたち家族を町に入れることにしたのは他のユニコーンに頼まれてのことだった。彼らが前の町を出て来なければならなくなった理由はわからないが、何かしらの理由であるユニコーンの管轄から出なくてはいけない事態になったわけだ。そんな彼らを何らかの条件で受け入れることにしたのだろう。その条件がこの事態を引き起こした。また、他にいるユニコーン全部がこの状態を善しとしないだろう。そんなわけで自分の保身のために自身を幽閉し、仕方がなかったということにするってのが魂胆だ。どうだ?」


 俺の推理に抜けがあるとすれば、どうして俺がここに呼ばれなきゃならないのかの説明がないってことなんだけどな。


 ユニコーンは俺の推理に対して口の端をきゅっとあげた。


「じゃあ、あなたは何のために私に呼ばれたんです?」


 ――あ、突っ込まれた。


「単純なことだ。私をこの町に引き止めるためだろう?」


 ユニコーンの問いに答えたのはミレイだった。一歩前に出てユニコーンをじっと見つめる。


「…………」

 俺は二人の直線から一歩退いて離れる。


「何を思って私を町に置いておきたいのかはわからないが、私はこの件がなくともいずれは町を出るつもりでいた。――たとえこの町にいる条件のためにきょうだいのうち誰かが残らねばならないという約束があろうと私は無視して去るつもりでいた。それを知っていたからこそ私をユニコーンの乙女に選んだのではないか?」


「…………」


 ユニコーンはミレイから視線をそらす。


「神殿に呼ばれたとき、どうして私を選んだのかと質問をしたが貴様は何も答えてはくれなかったな。あれはそういうことだったからじゃないのか?」


「…………」


 ミレイの問いにユニコーンは答えない。


「もう一度訊こう。何故私をユニコーンの乙女に選んだ? 外の人間である私を何のために選んだのだ?」


「…………」


 今度はだんまりときたか。ユニコーンは視線を足元に向けたままむすっとしている。全部白状してもらったほうがすっきりするんだけどな。


「――私は、貴様が私を選んだことを恨んでいる。どうしてこんな目に遭わねばならんのだ? 私には納得できない。ただでさえ私に向けられた視線は冷たかったと言うのに、ユニコーンの乙女にされてからはもっと厳しいものになった。この町の少女たちにとってユニコーンの乙女がどれだけ誉れ高いことなのかわかっているであろう? それを外の者である私が奪ってしまった。どうして私を選んだ? 何故私じゃなければならなかったのだ?」


 ミレイの責めるような台詞に、ユニコーンはやっと視線を上げた。悲しそうな瞳が揺れる。


「……本当に、心からそう思っていますか? 本当は、違うんじゃありませんか?」


「違うも何も、私は貴様を恨んでいる! それは疑いようのない本当の気持ちだ!」


「あなたは町の人に頼られて嬉しかったのではありませんか? たとえそれが町の掟に逆らうことであっても」


「嬉しくなどない! どうしてそんな厄介ごとを押し付けられねばならないのかと恨みに恨んださ! 私が外の人間だからこんな厄介ごとを押し付けるのだと町の人間を恨みもした! なんでそれを嬉しいなどと思える?」


 ミレイは必死に否定する。しかしその様子は……。


「そうですか……。ですが、私にはそう思えなかった」


「!」


 しばしの沈黙。


 動いたのはユニコーン。


「そうですね。私があなたを選んだ理由を話してもいい頃合いでしょうから、説明して差し上げましょう」


 やんわりと笑む。どこか寂しげだ。


「御姉様の推理、なかなか鋭いですよ。でもちょっと違うんです。それも含めてお話しましょうか」


 ここにいる全員が緊張した面持ちで、一度唾を飲み込んだ。ユニコーンの言葉に耳を傾ける。


「――ミレイさんを選んだのは彼女の優しさを知っていたからです。何故なら、トキヤさんの恋人であった女性の月命日に神殿の前に必ず花を捧げていたのを見ていたから。そしてそこを寝床にしている野犬たちと揉み合ってすべてを手なずけてしまいました。敵(かたき)である相手を、ですよ? そして二度と同じ悲劇が起きないようにしたのです。それをじっと見守っていた。その優しさが、彼女をユニコーンの乙女に選んだ一番の理由です」


 トキヤ、レキ、ミキの視線がミレイに向けられる。ミレイは恥ずかしそうに視線をそらし、頬を染めた。三人の表情からすると、ミレイのその行為については知らなかったようだ。ま、ミレイが家のことを仕切っていたようだし、そのことからすれば家計もすべて彼女が握っていたのだろう。三人は運送屋の仕事で家を留守がちにしていたというのだからますます気付かれまい。


「――そして、今回の件ですが」


 ユニコーンは一度地を蹴ってその場で軽く宙返りをしてみせる、と。


「もともとの取り決めで町から町にある程度の人間を移動させねばならないことになっていたのです。その実行のためにミレイさんを利用させていただきました」


 どこでどう変化したのかわからないが、ユニコーンは人型から馬型に変化(へんげ)を遂げていた。額に角を生やし、真っ白な鬣を風にそよがせている姿はとても綺麗で幻想的である。その白さがまぶしいくらいだ。


「人を、移動?」


 疑問を口にしたのはトキヤ。他のみんなも同じことを疑問に思っていることだろう。もちろん、俺も含めて。


「どの町でもある一定の人間が他の町に移動します。それはほとんど人間の勝手な都合なのでしょうが、我々はその彼らに対し町から町に移る間が安全であるように取り決めをしているのです。なぜなら、一つの町に人間が居座ることになると新しいものが生まれにくくなるから。それを防ぐために他の文化との交流が必要だったのです。たとえて言うなら、一つの畑に同じものを作り続けると土地がやせてしまって作物が実らなくなることがありますが、ちょうどそんな感じですね。ですから、人間が移動することには意味があると我々は考えております」


「ってことは」


「あなた方もその例外ではありません、トキヤさん、レキさん、ミキさん、そしてミレイさん」


 ユニコーンは一人一人の顔を見て名を呼ぶ。とても穏やかで優しい声。


「本来ならば家族単位で移動を認めることはありません。たいてい一人、もしくはカップル単位で移動をすることになります。というのも、家族単位での移動は多くの場合で文化交流の妨げになるからです」


 都内のマンションに住んでいて隣の家の連中が何をしているどんな家族なのかわからない、みたいな感じだろうか? それなら単身でも同じだろうけど。


「しかし今回はそうせざるを得なかった。この町の仕来りが邪魔をするからです。外部の者を嫌うこの町の文化が行う排除はこの周辺の町ではもっとも厳しいものです。陸の孤島となっているこの土地の所為でもありましょう。ゆえに、単身でこの町に人を送ってもらうわけにはいかなかったのです。

 そして人を送ってもらった以上、この町からも人を送らねばなりません。とはいえこの町の人々は簡単に外に出ようとはしませんでした。町の中ですべてが機能していましたからわざわざ外に出る必要もなかったのです。私が過保護だったのもよくなかったようですね。彼らは立派な神殿を私のために建て、ことあるごとに私に願いました。そしてそれを叶えてしまった。――他の町にはこれほど立派な神殿はないのですよ。今は壊されてしまいましたけども。

 そんなこともあり、私は他の文化を取り入れるために彼らを利用しました。運送屋になって外とのやり取りをするよう仕向けたのは私です。それが功を奏して、町の外に興味を持つ若い世代が出てきた。ですが、町の外に出ようと思っても手段がありません。基本的に外に出ることがない彼らは町の外に行くために何が必要なのか知らないのです。まともな馬車も持っていませんし、それを用意しようとなると他の住人が引き止めるでしょう。なんせ古くからの仕来りなんですから。

 となれば最後の手段です。町の外に出ようとする人間に対し、私の力を持って外の町に送り届けるより他にありません。しかしおおっぴらにそれを行うわけにはいきません。私は名目上、町の人間を守る立場にありますから。大多数の人間の意見を叶えなくてはならない存在なのです。そこで私は考えた。ユニコーンの乙女ならそれは可能ではないか、と」


「やっぱり私を利用したかっただけじゃないか! 優しさがどうのって話はただのおべんちゃらだろう!」


 ――あ、ミレイが怒った。そりゃ怒るかもな。嫌な目に遭わせられたのは町の人間を移動させるのに都合よかったからとなってはな。


「怒らないでください。あなたじゃなければこの仕事は勤まらなかったのですよ? ユニコーンの乙女があなただったからこそ、外の町に興味を持った人間が声を掛けやすかったのは事実です。だってそうでしょう? あなたは町の外の人間だった人物。その上、あなたのきょうだいは町の外で主な仕事をしているんです。ということは町にいながらにして、最も外の町の情報を手にしていた人間はあなた一人だけなんですよ?」


「!」


 ミレイは怒るのをやめ、目を丸くしてユニコーンを見つめた。


「もしも町の中の人間でしたら、私のこの提案に対し首を横に振ったことでしょう。昔、ある年のユニコーンの乙女に提案したことがありました。そのとき彼女は私の言葉に混乱し、自殺してしまったのです。私が町を見捨てたとでも思ったのでしょう。ですから二度とそんな間違いを犯したくはなかった。

 ――どれだけの間、この町は他の町から切り離されていたのでしょうか。うまく外からこの町に人を入れることができても、この町に馴染めずにストレスで病に罹(かか)り死んでしまう。どんなに私が外からやって来た者たちを目に掛けていても、です。そんなことが続いては他のユニコーンから様々な罵声を浴びてきました。ですからどうしてもあなた方にはこの町に馴染んでほしかったのです。久しぶりにやって来た他の町の人間には、どうしてもこの町にいついてほしかった。

 ――それであなたを呼ぶことにしたんですよ、御姉様」


 てっきり俺に触れないで話が終わるんだと思っていたんだが、まだ話は続くのか。


「で、どうして俺が必要なんだ?」


「彼らを引き止めるためです」


 ミレイが言った通りじゃないか。つーか、ここにいる四人をってことだろうけど。


「先はあぁ言って脅かしましたが、町から町に移動するのはそう何回あってもいいことではありません。外から入れた人間はそこを管轄するユニコーンが責任を持って最期まで面倒を見ることになっています。よほどのことがない限り認められないことなのです。ましてやこの町はまだ変化を遂げきっていない。他の町との差をあなた方はよくご存知のはずです」


「そりゃあ、まぁ、そうだけど……」


 気持ちに迷いが出てきたのか、レキが困ったような表情をして呟く。


 俺はこの世界の他の町がどんなものなのかよく知らないからなんともいえないのだが。


「だがな、ユニコーンよ。この状況で町に戻ってみろ、どう考えても非難を浴びることは目に見えている。神殿は壊れてしまったのだからな!」


「壊してしまった、でしょう?」


「う……」


 ユニコーンの的確な指摘にミレイは言葉を詰まらせる。


「証拠隠滅のために爆破なんてことをするからいけないんですよ。全くあなたって人は……」


「うるさい! 私はこの町を出るつもりでいたんだ! 大体、私は貴様が大っ嫌いなんだ! 神殿なんて不要だと思っていたしな!」


 やれやれといった様子で語るユニコーンに対し、ミレイは怒鳴る。相当嫌っているんだな、ミレイの奴。まぁ、愛情の裏返しとも取れるんだけどもさ。


「――そんなわけですから、御姉様。あなたには彼らをつれて町に戻り、住人たちを説得してもらいたいのです。本来の目的からはちょっとずれてしまいますけど、あなたの肩書きを持ってすれば住人はきっと納得してくれるはずです」


 午前中のあの様子からすれば、たぶん俺の言うことを信じてくれるだろうな、確かに。――っと、待てよ。


「おい、ユニコーン。力の解放はどうした?」


「あぁ、それならもう片付きましたよ」


 しれっと答えるユニコーン。俺には何のことだかわからない。


「それも狂言ですよ。じゃないとあなたをここに呼ぶことはできませんし、連絡をとることもできないでしょう?」


 ――うわ、本気で一発殴りたい!


 しかしそこをぐっと押さえつつ。


「さて、それでもあなた方はこの町を出て行きますか? ここを出て行くのなら、私からの加護の力は消え去ります。そしておそらくあなた方を保護するユニコーンはいないことでしょう。この町に変化を与えることのできなかった人間が他の町に変化を与える存在になり得るか、それはとても疑わしいと判断されますからね。覚悟しているならお行きなさい。そして二度とこの町に足を踏み入れることは許しません。――私が万が一許すことがあったとしても、この町の人間は容赦しないことでしょう。それをお忘れなく」


 その台詞を聞いてレキはトキヤに一度目配せをし、それに対しトキヤはミキとミレイに視線を送る。それぞれが何か悩んでいるような表情。


 ――んっと、あれ? なんか視界がぼやけてきたぞ。


 ふと後頭部に手を当てる。ぬるっとした感触。嫌な予感。


 手を目の前に出し、その感触の正体を確認する。


 ――げ。


 道理で意識がぼうっとしてくるわけだ。大丈夫だと思っていたのに……さ。


 トキヤたちの答えを聞く前に俺の視界は暗転し、平衡感覚もなくなってその場に崩れた。

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