読む短編映画「百人百色〜あなたの演出で〜」

ゆず⭐︎るる

第一話「春のかたみ」

○電車・中(夕)

電車の扉が開き、杖を使い歩く大黒たつを(89)と大黒よしこ(88)が優先席に行く。

優先席には若者とカップルが座り空いていない。

妊婦が辛そうに立っている。

たつを「ゴホッ! ゴホン!」

若者とカップルがたつをに気付き、訝しげな表情で優先席を離れていく。

たつを「どうぞ」

妊婦に座る様に促すたつを。

妊婦が頭を下げて優先席に座る。

たつをとよしこ、優先席に座る。

よしこ「もう年なんですから」

たつを「約束なんだよ」

よしこ、扉の近くに絹のハンカチが落ちているのに気付き拾う。

ハンカチをたつをに見せると、じっとハンカチを見つめるたつを。

よしこ「どうしたんですか?

たつを「……このハンカチがなんで?」

  

○(回想)田舎の道

一九四五年。遠くの山々に桜が咲いている。田圃道で着物姿の大黒たつを(10)が村の子供達に虐められている。

遠くから自転車に乗った三井咲子(20)が向かってくる。

近くまで来ると自転車を勢いよく倒し、子供達に駆け寄ってくる咲子。

咲子「こらっ! 何やってるの!」

村の子供達が逃げて行く。  

倒れているたつをに手を差し出す咲子。

咲子「血が出てるじゃない」

たつを「何でもねえよ」

咲子、たつをの埃を払い、血の出たたつをの肘の傷口にハンカチを当てる。

たつを「この手拭いちゃんと洗って返すよ」

咲子「いいのよ」

たつを「絶対に返すよ!」

咲子、少しの間の後に微笑み、

咲子「分かった。待ってるね」

たつを「何で優しくしてくれたんだ!」

咲子「君くらいの弟が東京にいたの」

咲子、自転車に乗ると手を振って、桜の咲いた山のほうに向かって行く。

咲子の後ろ姿を見つめるたつを。


○大黒家・外観(夜)

茅葺き屋根の家。空には満天の星。

   

○大黒家・中(夜)

土間で大黒とらえ(79)が飯を作っている。

居間で座っている大黒。

田中よしこ(9)が戸を開けて土間に入ってくる。

よしこ「婆、煮っ転がし持ってきたぞ」

とらえに煮物を渡すと居間に上がり大黒の脇に座るよしこ。

たつを、ぼうっとしている。

よしこ「恋でもしたか?」

慌てるたつを。

たつを「ちげえよっ!」

たつを、少しの間を置き、

たつを「昼間、自転車に乗った姉ちゃんに助けてもらったんだ。おめ何か知ってるか?」

よしこ「あの花咲山の屋敷の女は東京って所から避難して来たお嬢様なんだど」

たつを「……」

よしこ「おめが手に負える女じゃねえって」

たつを「うるせえったら!」

とらえ「さっさと喰ってしまえ!」

たつを、とらえが持って来た飯と煮物を勢いよく食べる。

   

○同・庭(深夜)

たつを、ハンカチを桶の水で洗っている。


○田圃(夕)

たつをとよしこととらえが田圃の雑草を取っている。

たつを、手を止める。

たつをの様子に気づく、よしこととらえ。

たつを「俺、ちょっと花咲山行ってくる」

よしこ「おめまだそんなこと……」

とらえ「ほれもう少しやってげ!」

たつをの腕を掴むとらえ。

とらえ「父ちゃんも母ちゃんも亡ぐなって、おめを一人前さしねばの」

とらえの腕を振り解いて、田圃を出て行くたつを。

とらえ「たつを!」

たつを、花咲山の方に駆けて行く。

     

○三井邸・・庭(夜)

たつをが木の陰に隠れ様子を伺っている。

たつを、少しだけ空いていた窓を見つけると駆け寄り、よじ登って窓から室内へ入って行く。

   

○同・食堂(夜)

静かな邸内で微かに音楽が聞こえ、たつをは音源に向かって忍び歩いて行く。

   

○同・廊下(夜)

微かに光が漏れている部屋を見つけ歩いて行くたつを。

   

○同・咲子の部屋・外(夜)

たつを、扉の隙間から部屋を覗くと、咲子が椅子に座り音楽を聴いている。

たつを、少しの間の後、部屋の中に向かって、

たつを「ねえちゃん。ねえちゃん」

 

○同・咲子の部屋・中(夜)

椅子に座って蓄音機で音楽を聴いている咲子、たつをの声に気づく。

咲子「誰?」

たつを「オレだよ。ハンカチ返しにきたよ」

咲子、恐る恐る扉を開けるとたつをがハンカチを持って立っている。

咲子「本当に返しに来てくれたんだ」

たつを「だって約束しただろ」

   ×   ×   ×

蓄音機の音楽が終わっている。

椅子に座っているたつをと咲子。

咲子「君は空襲で死んだ弟によく似てる」

たつを「空襲って何だ?」

咲子「沢山の人達が弱い者虐めすること」

咲子、悲しそうな表情。

たつを、咲子の様子を見て、

たつを「オレ空襲からねえちゃんを守ってやるよ。絶対、絶対に守ってやるよ!」

咲子、立ち上がりたつをを抱きしめる。

咲子「君はこのまま優しい大人になってね」たつを、顔を赤らめる。

   

○同・庭(夜)

三井家の使用人が見廻りをしている。

三井家の使用人「だれがいんながー?」

 

○同・咲子の部屋・中(夜)

咲子、使用人の声を聞き、

咲子「もう帰らないと」

たつを、ハンカチを差し出す。

咲子「そのハンカチは君にあげる」

たつを「そんな! 返すよ!」

咲子「君に持っていてほしいの」

たつを、躊躇しながらハンカチを懐に仕舞う。

咲子「元気でね」

たつを、名残惜しそうに部屋を出て行く。


○花咲山の森(夜)

走っているたつを。

遠くから三井家の使用人が追っている。

三井家の使用人「待でー!」

たつを、下り坂で勢い余って転び、坂を転げ落ちる。

遠くからよしこの声が聞こえる。

よしこ「たつをー。たつをー」

たつを、よしこの声に気付き、声の方に走って行く。

   

○元の電車・中

たつをとよしこが優先席に座っている。

たつを「ハンカチだけは捨てられなくて、ドロップ缶に入れて埋めたんだが……」


○花咲山・森

たつをとよしこが桜が満開の森を歩いている。

たつを「確かここら辺と思ったんだが」

桜の木の下にしゃがみ、スコップで土を掘り始めるたつを。

たつをのスコップが缶に当たる。

たつを「有った!」

缶の土を払い、中からハンカチを取り出すたつを、ハンカチの隅にマジックで

「咲子」と書いてある事に気づく。

たつを「ああ、咲子さん。咲子さん……」

たつを呻き、その場にしゃがみ込む。

よしこ「あなたっ! 大丈夫ですか!?」

たつを「救急車を頼む」

よしこ「すぐに呼んで来ますから!」

よしこ、急いで山を降りて行く。

たつを、木の根元に横になる。

たつを「まだ死ねんよ」

 

○(回想)三井邸・咲子の部屋・中(夜)

咲子がたつをに向かって何か話している。

   

○元の花咲山の森

たつをが太陽に透かしたハンカチの後ろを桜の花びらが舞っている。

たつを「ねえちゃん。オレちゃんと約束守れた

かな……」

大森、脱力し眼を閉じる。

    

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