粉雪舞う季節に宿る初恋の想い
さかき原枝都は(さかきはらえつは)
ほのかに光るオレンジ色の幻想的な輝きをなす街
粉雪舞う季節に宿る初恋の想い
粉雪舞う季節に宿る初恋の想い。
ほのかに光るオレンジ色の幻想的な輝きをなす街。
そこには想い人がいた
冷たく澄んだ空気に、
かまくらから放つ淡いオレンジ色の光が薄暗くなった空と、
その白き雪のコントラストから幻想的に輝くように人の心に温かさをもたらす。
横手のかまくらが繋ぐ想いは、
いつまでも解けることがない想いになった
毎年二月の十五日と十六日に行われる、秋田県横手市の小正月行事
それが……「横手のかまくら」
「はいってたんせ」
「おがんでたんせ」
二月の真冬の夜、
ピンと張りつめた様に冷たい空気が夜の横手市を覆うこの季節。
子供たちが「かまくら」の中でかまくらの前を通る人達に呼びかける。
そして来てくれた人にお餅や甘酒をふるまう。
古くからある横手市の水神様を祭る小正月行事。
厳かに冷たく澄んだ空気に、
かまくらから放つ淡いオレンジ色の光が薄暗くなった空と、その白き雪のコントラストをより一層幻想的に輝かせる。
まるで、人の心に温かさをもたらすかの様に……。
かまくらの主役は、大人ではない。
あくまでも子供たちだ。
水神様を祭ったかまくらの中でゆっくりと時を刻み、
一緒に今年の無病息災と豊作を願う。
このかまくらにはいくつかの語源といういわれがあるようだ。
だが、正直その意味にはあまり興味はない。
でも僕には、このかまくらには強い想い入れがある。
僕はまた久ぶりに、この横手のかまくらを目にしている。
小学生のころ、父親の転勤でこの横手市に三年間ほど暮らしたことがある。
その時初めて体験したこの「横手のかまくら」
初めは寒くて寒くてたまらなかったけど、
ある一つのかまくらから訊いた事のある声で
「はいってたんせ」と僕ら親子を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声のするかまくらに目を向けると、
そこには朱色のどんぶくを着た同じクラスの女の子が僕を見つけて呼んでいた。
彼女の名は「佐々木 奈々枝(ささき ななえ)」
長い髪にスッとした目鼻のそのころから美人と感じるような顔だちの子だった。
しかも性格も明るくて、
誰とでも仲へだてなく仲良くしてくれた女の子。
転校したての僕にとって、唯一気軽に話せる女の子だった。
「眞壁 友弥(まかべ ともや)君でしょ。さぁ入って入って」
彼女は僕をみつけて自分がいるかまくらの中に誘ったのだ。
「う、うん」
ちょっと恥ずかしながらも僕は佐々木奈々枝のかまくらに入った。
「わぁ、この中とても暖かい」
淡いオレンジ色のローソクの火の光に七輪から放たれる暖かさ。
そしてその上で焼かれているお餅の香ばしい匂いがとても印象的だった。
「どうすればいいの?」
僕は初めてのかまくらの中で奈々枝にどうすればいいかを訊いた。
「まずは、水神の神様に御祈りをして御賽銭をおいて」
言われるままにかまくらの中に祭られている水神様に手を併せて、
ポケットから十円を取り出しその前に置いた。
「ありがとう」
彼女は優しく微笑み、
僕に一杯の甘酒を振舞ってくれた。
その一杯の甘酒が僕の心を満たしてくれた。
僕の住む家からの近いこともあって、
佐々木奈々枝とは特に親しくなっていった。
時にはクラスの奴らから、
からかわれることもあったけど……
奈々枝はそんな事まるで気にしない。
だから僕もそれにしたがって気にしなかった。
だが僕は小学校の卒業式の少し前、また東京へ引っ越すことになった。
まだ、あの頃は恋だの好きだのと言った、特別な感情は感じてはいなかった。
本当に秋田で親しくしてくれている唯一の友達。
それが奈々枝だった。
東京で中学に通い時折、
あの三年間いた秋田の事……いや、奈々枝の事を思い出しながら、
何となく殺伐とした空気が流れるこの街で生活をしていた。
そんなある日、一通の手紙が僕宛に届く。
差出人は「佐々木奈々枝」
その名前を見た時僕は何とも言えない心の苦しさと、
あの彼女の優しい笑顔が目に浮かんできた。
「元気してる?友弥。私は相変わらずだよ。
中学に入ってから部活吹奏楽部に入って毎日練習ばかり……
私はアルトサックスやっているよ。
そうそう今度うち新築するんだぁ。
それで部屋片付けていたら、
友弥と一緒に写った写真見つけて懐かしくて手紙書いたわけ。
友弥は何か部活やってる?
あんた大人しいからやっていても運動部じゃない様な気がするんだけどなぁ。
こっちのみんな元気だよ。
友弥も東京で頑張っているだろうから、私も頑張るよ。
それじゃぁね、
友弥また会えたら嬉しいけど……体に気を付けて」
佐々木奈々枝
同封されていた写真にはアルトサックスを抱えて写る奈々枝の姿があった。
中学の制服姿の奈々枝。
あの時の様なあどけなさからすこしづつ
女性としての面影に変わろうとしている姿に見えた。
すぐに僕も奈々枝に返事を書いた。
でも、僕に書ける事は何もなかった。
毎日が変わり映えのない生活に、
部活も何もやっていない。
特に親しい友達もいなくて、
ただ一人学校と家を往復するばかりの日々の生活。
あの時のかまくらの幻想的な世界が、
未だに僕の心には焼き付いたままだ。
できる事ならまた秋田に行きたい。
本当の気持ちを僕は……書けるわけがない。
ぼくの気持ちとは裏腹に、
今とても充実しているようなことをただ書き綴って送ってやった。
なんだか物凄く感じるむなしさと、
心の痛み。
それからの中学時代、彼女からの手紙は来なかった。
高校に進学をする頃、
僕ら家族は同じ都内だったがまた引っ越しをした。
今いる高校には同じ中学から来た子は誰もいない。
また一からの出直しのようなもの。
また親しい友達もいなくて、
彼女と呼べるような人もいない。
ただ一人きりの日々を送る生活。
そんな高校一年のクリスマス間近の日
僕はあの街並の中にある光り輝くイルミネーションの中に、
白くて大きな二つのドーム型の雪の塊を目にした。
「あの形……」
少し離れた場所からでも僕には、はっきりと解った。
……「横手のかまくら」
おのずと足はその方向に向かう。
あの時僕が横手で見たかまくらの雰囲気とは少し違うが、
間違いなくあの「かまくら」だった。
色とりどりに輝くイルミネーションの光に照らされて、
横手の様に静けさや張りつめた空気の感じはないが、
そのかまくらを見る事が出来た事で、その雰囲気をまた思い出すことが出来た。
そしてそのかまくらの中にいる彼女の姿。
佐々木奈々枝のあの面影が綴じる目から浮かび上がる。
なぜだろう。
気持ちが暖かい。
なぜだろう。
胸がとても苦しい。
そして彼女の事を思うと目にあつい涙があふれ出てくる。
「そうだ、本当のかまくらを見に行こう。横手のかまくらを」
僕はその時思った。
多分、
たとえ横手に行っても僕は自ら彼女、
佐々木奈々枝には会う事は無いと思う。
それは僕には自然と感じている事。
もう彼女も高校生、
僕とは違った想いと生活をしていると思う。
だから、
僕はかまくらを観に行くだけでいい。
そしてあの小学生の時感じた
あの暖かさをまた僕は感じれればそれでいいと……
それから僕はバイトを始めた。
秋田に、横手に行くための旅費をつくるために……
だが、その年の2月の十五、十六日。
僕は東京の自宅のベットの中にいた。
インフルエンザにかかり高熱の中うなされていた。
「なんなんだよう。
せっかくバイトして金ためてようやくいけると思ったのに……」
僕は熱にうなされながら泣いた。
悔しくて…悔しくて、泣いた。
それでもバイトは続けた。
バイトと言えど働くことは大変だったけど
バイト先で知り合う先輩や仲間と出会うことが出来た。
そして前とは違った、
毎日が充実した生活を送れるように感じている自分がそこに居た。
◇◇◇
「奈々枝。あんたまた振ったんだって」
クラスの友達がどこから訊きつけて来たのかわからないけどそんなことを私に囁いた。
「別に、いいじゃない。だって私付き合う気ないんだもの」
「あんたさぁ。
その美貌でいてその屈託のない性格。
そりゃ男子はほっとかないのわかるけどさぁ。
いい加減彼氏とか本当にいらないのぉ。」
実際この高校に入学してから、
私に声をかけてくる男子は思いのほか多かった。
でもなんだろう、
なんとなく付き合うとか恋人だとかそんな事、あまり興味はなかった。
だから素直に、
付き合う気がないことを告げているだけに過ぎない。
真冬の横手、
二月が近づけば「かまくら職人」のおじいさんは気合が入る。
そして今年からお父さんも「かまくら職人」として一緒にかまくらをつくりあげることになっている。
横手のかまくらの主役はあくまでも「子供たち」だ。
もう、
高校生となった私はあの時の様にかまくらの中でお餅を焼いたり、
甘酒を振る舞ったりすることはない。
でも、
ボランティアでかまくら行事のサポートは毎年やっていた。
今年の冬は暖冬で、思いのほか雪が少ない。
おじいさんも名のある職人として、どんなに少ない雪でも
「最高のかまくらをこしゃでみせる」
とプロとしての意識は高い。
それはこのかまくらの行事を昔から守るために、
受け継がれる意識の様なものだろう。
お父さんもその意思を継ぐかのように気を張っている。
秋田の二月はいたるところで、
このかまくら行事にちなんだ小正月行事が行われる。
湯沢の「犬っこ祭り」
六郷の「たけうち」
角館の「火振りかまくら」
上桧木内の「紙風船上げ」
刈和野の「大綱引き」
どれも無病息災、そして豊作を祈願する小正月行事だ。
でも私はこの「横手のかまくら」が一番好きだ。
幼い頃からかかわってきた事もあるのかもしれないけど、
この幻想的なそして静かなこのかまくらを
目にするのがとても心が休まるからだ。
そして毎年のように思い出す。
三年間しか一緒にいなかったあの子。
いいえ今はもう私と同じ高校生の 眞壁友弥。
なぜだろう。
このかまくらの時期になると不思議と彼の事を思い出す。
「暖かい甘酒いかがですか」
行きかう観光客に観光案内などのサポートをするテントで
私は温めた甘酒を振る舞う。
いつからだろう。
その中に彼、
眞壁友弥がもしかして来ているのではないだろうかと、
行きかう人の姿を眺めるようになったのは……
彼から受け取った中学の時の手紙。
そこには「東京で毎日頑張っているよ」
と書かれていた。
でも、
そんなのあの手紙を読めば、友弥があんな事書くわけがない事くらい気が付いている。
彼もまた、東京で何かの想いに支えられているような、
そんな気がしていた。
それに、
多分私も友弥と同じなのかもしれない。
毎日の生活に変化もなく
ううん、
じぶんが変わってしまうことがなんだか
嫌でたまらない日々を送っている。
あの時の小学生のころの純真な気持ちは
次第に薄れているのを私は日々感じている。
「奈々枝、今年も来ていないみたいだね」
小学校からの友達「朋美(ともみ)」がそっと囁いた。
「な、何のことよ……」
慌てて言い返す。
「まったく。素直じゃないんだから」
呆れた様に朋美は私の気持ちを知っているかのように言う。
そこに、こいつもまた小学校からの同級生の「昭(あきら)」がやってきた。
「おおさみぃ。奈々枝、甘酒俺にも一杯くれ」
昭も朋美も私と一緒に毎年ボランティアに参加している。
ともに親同士が仲いいのと「かまくら職人」として活躍している家族がいることから、
私を含む三人はずっと横手のかまくら行事に参加をしている。
「ところで待ち人は来たりてか」
昭も朋美と同じようなことを平然として言う。
「ちょっとあんた達、何か誤解していない」
「そうかぁ。えーと友弥って言ったけか。あいつ、よく遊んだよな」
昭は少し懐かしむように言う。
「全く、奈々枝ってホント自分には素直じゃないんだから困っちゃう」
「全くだ。でもよう、友弥も友弥だよなぁ。
いきなりあんな笑顔でいなくなっちまうんだからよう」
その昭の言葉に、あの時最後友弥と別れた時の、
あの友弥の顔がまた浮かび上がる。
「でもよう、奈々枝。もうあれから四年もなるし、
俺らが高校生って言う事は、友弥も高校生って言う事だよな。
そうなればあいつに彼女がいたって不思議でもないと思うがよ。
しかも東京だど…こんな田舎町とは全然違うからよう。
もういい加減諦めたらいいべぇ」
昭がいいずらいこと言う時は所々がなまる。
そんなの、私だって当の昔に感じている。
一度だけの手紙のやり取り。
しかも嘘っぱちの内容の友弥の手紙。
何だか急に悲しくなってきた。
「ごめん。私見回り行ってくる」
二人に涙が出るてくるのを悟られない様に私はテントを出た。
蛇の﨑橋(じゃのさきばし)の下の河川敷には
河川敷いっぱいにろうそくの火を灯したミニかまくらが幾重にも列をなしている。
その小さな淡いオレンジ色の光一つ一つがまるで生きている魂の様に見える。
あの小さなかまくらの中の一つ。
私が特別にちょっと細工したミニかまくらがある。
今はもう昨日振った雪で消えているだろう。
「友弥」と横に小さく書いたミニかまくらがある。
その光が彼、
友弥に届きますようにと想いを込めて……
でも、
そんな事私の勝手な事。
私は友弥の事好きなの?
ただ、
私はあのころの友弥と一緒にいた時間をもう一度、
感じたいだけかもしれない。
一緒にかまくらの中で過ごしたほんの少しの時間を……
「横手のかまくら」は変わらない。
でも私たちは、
少しづつ成長して変わって行く。
橋の上から揺らめくミニかまくらのオレンジ色の光を眺めながら
「ふう、今年も来なかったなぁ。あいつ……」
そうつぶやきながら、
私の頬には涙がたどっていた。
結局僕は高校の三年間
「横手のかまくら」へは行くことはなかった。
横手に行くのを諦めた……訳ではない。
僕はバイトと学校そして秋田は横手の事を調べるようになった。
そんな時、
あるイベントのポスターにとても懐かしい人が写っているのを
見ることが出来た。
僕は、数人の中にいた一人の女性に釘付けになった。
一目で解った……
佐々木奈々枝であることを……
彼女は僕が想像している姿よりはるかに美人で
しかも大人の女性になっていた。
その姿を見た時、
僕は奈々枝は幸せになっているんだ。
そう勝手に感じていた。
だが、高校三年の夏。
一通の転送郵便が僕の元に届いた。
宛先の住所が、前の住所宛てになっていたからだ。
差出人は「佐々木奈々枝」
もう中学以来、
来る頃はないと思っていた彼女からの手紙だった。
嬉しさの半面、
正直その手紙を読むのは勇気が必要だった。
多分彼女の今の幸せな生活が書き綴られているのだと思っていたからだ……
だがその内容は違っていた。
あの「かまくら職人」だったおじいさんが亡くなった事が掛かれていた。
短い文章で……
そして彼女の携帯の電話番号が最後の方に書かれていた。
その横に
「友弥の声が訊きたい……」
そう書かれていた。
その日、バイトが終わってからの夜。
僕は震える指で、
彼女の携帯の番号を押した……
長いコール音が耳に響く。
知らないところからの電話だから、
あえて出ないのかも知れない。
そんな事を考えながらコール音を耳にする。
自分ではとてつもなく長く感じていたが、
実際はコール音は三回から五回くらいだった。
「……も、もしもし……」
静かな綺麗な声が返ってきた。
そして僕が話す前に
「友弥……君」
僕の名を奈々枝は呼んでくれた。
「うん……ひ、久しぶり……」
奈々枝は静かに返す
「うん……久しぶり……」
その後少しの間僕らは沈黙を保った。
お互いに数年ぶりに訊く声。
正直何を話せばいいのか分からなかった。
それは多分、奈々枝も同じだったと思う。
そんな沈黙を僕は……
「て、手紙……おじいさん……」
たどたどしい、言葉を並べて奈々枝へ告げる。
「……うん。本当に急だったから……まだ実感ない」
「そ、そうか。元気なおじいさんだったからね……」
「うん……」
「………………………………………」
「友弥」「奈々枝」
二人は同時にお互いの名を呼ぶ。
一瞬の間が空いた。
「友弥から言って……」
「……うん、本当は……去年の2月から横手に行こうとしていたんだ」
「え、本当?」
「うん、そのために一年の冬からずっとバイトしている。
でも去年はインフルエンザで行けなくなって、
今年は母さん具合悪くして入院して…行けなかった。
もし行っていれば、
おじいさんのつくったかまくら最後に観れたのに……」
「そっかぁ。友弥、かまくらに来ようとしてたんだぁ」
うふふ、と奈々枝は何かを思い出した様に微笑むような声がした。
「それで、来年のかまくらにはこれそうなの」
奈々枝は誘うかの様に問う。
「それが、来年も無理なんだ。
残念だけど……」
少し間をおいて奈々枝は言う
「そうよね。友弥大学受けるんでしょ。
だったら難しいわよね」
「うん、そうなんだ。国立に行きたいんだけど、
学担から今のままじゃ難しいって言われてる。
だから今、バイトと塾掛け持ちしている。
バイトもあと少しで辞めるんだ。
そしたら、あとは受験勉強一筋なんだけど……」
「国立?
あんたそんなに頑張ってどこに行こうとしてんのよぉ。
まさか東大なんて言わないでしょ……」
「ま、まさかぁ。東大なんて逆立ちしたって入れないよ……
俺、頭悪いからどんな国立の大学も相当頑張んないといけないんだ」
「ねぇ、正直どこの大学行きたいのよ」
奈々枝は何も考えずに言った。
その問いに僕は、はっきりと
「秋田大学」そう答えた。
「え、うそ……秋田に来るの?」
「うん、第一志望は秋田大学。
センター試験次第だけど……だけど、そう決めた」
「そうかぁ……」
それから僕と奈々枝はSNSでよく会話をするようになった。
ともに今、お互いの進む道を目指すために励まし合いながら……
奈々枝は、看護師になる為に専門の大学を目指してる。
僕も何が何でも秋田に行きたい。
その思い一つ。
その思いを現実にする為に頑張った。
もう、
奈々枝に彼氏がいようがいまいがそんな事関係はなかった。
秋田の大学に入って、
2月の「横手のかまくら」を毎年この体で感じたかった。
でも正直を言うと、
出来る事なら……
僕の横に奈々枝がいてくれることをどこかで願っていた。
友弥が秋田に帰ってくる。
私はあの時友弥が
「秋田大学」を受けることを訊いて正直嬉しかった。
でも、少しの不安もある。
昭が言っていた事。
そう友弥に今好きな人がいるんだろうか。
でも今はそんなこと言ってられない時期にもう差し掛かっている。
お互いに。
私はただ一緒にあの時の様に
「かまくら」を友弥と過ごしたい。
そんな想いだけのために私は今まで、
ずっと待っていたのかもしれない。
でも本当は……
センター試験が終わり、
何とか「秋田大学」を受験できるだけの成績は取れていた。
奈々枝にもその事をすぐに連絡した。
でも帰って来たのは
「こらぁ、それで気抜いたら許さないんだから」
と、手厳しい言葉だった。
もうこのころは昔の様に……
いや、
あの頃と同じとは言えないが、
お互い何かを感じながら向かう時間を過ごしていた。
奈々枝は、その年のかまくらの様子を画像にとって送ってくれた。
奈々枝と共に写る「横手のかまくら」
そのメッセージに
「覚えている?
小学校の時一緒だった朋美だよ。
今年も友弥来ないから奈々枝寂しがっていたよ。
でも、訊いたよ「秋田大学」受けるんだって、絶対に合格しなさいよ。
ずっとあなたを待ち続けている奈々枝のためにも。
必ずだよ…もし落ちてごらん。
私と昭であんたを殴りに行くからね」
思わず「はぁ?」と言ってしまった。
でも……
「ずっとあなたを待ち続けている奈々枝のためにも」
その言葉が、僕の見えない壁を全て取り除いてくれた気がした。
僕は大学の試験を終え奈々枝にメッセージを送った。
「やれるだけの事はやったつもりだ。
今から東京に帰ります。合格発表の日、また秋田に来ます」
すぐに奈々枝から返事が来た。
「うん。お疲れ様でした友弥。
合格できることを願っています」
そして僕はそれに新たに返事を返した。
「合格発表の日。
合格だったら……奈々枝……その時、会ってくれる」
送信してから少しして
「はい」とだけ返事が来た。
そして僕はこの秋田をいったん離れた。
そう、
まだこの秋田には春はやってきていなかった。
「おい、急げ。友弥から連絡きちまうぞ」
「解ってるわよ。十分急いでるじゃない」
「大丈夫だぁ。
三日前から雪かためてらがら、それに今日は偉く冷えてらし、
この時期でも崩れる事ねぇべ」
おじいさんから、受け継いだ「かまくら職人」のお父さんの協力の元。
私と朋美、
そして昭の四人で三月末にかまくらを急ピッチでつくっていた。
友弥は午後三時ごろ秋田に到着する。
そしてその足で大学に行き合格者の掲示版を確認するはずだ。
今の時代、何もわざわざ東京から来なくても合格発表はわかるんだろうけど、
友弥はあえて秋田に来る。
午後四時を過ぎ、日は少し伸びただろうが、
あたりは薄暗くなってきた。
ちょうどいい時間だ。
そう思ったとき、私のスマホが鳴った。
「奈々枝……」
朋美が私に声をかける。
正直こわくてすぐには出ることが出来なかった。
ようやく出ると
「ずいぶんとコールさせるんだな。奈々枝」
あっけらかんとした友弥の声がした。
「ごねんね。ちょっと手が離せなかったから……で…」
ごくりと私は唾をのんだ。
「奈々枝、お前を迎えに行きたい。これから横手に向かう」
私は声がすぐに出せなかった。
でも………
「………はい」と一言だけは何とか言えた。
友弥が私の家の前に姿を現した頃には辺りはすでに暗くなっていた。
家の近くの路地を誰かが歩く音がする。
その音は次第に近くなる。
そしてかまくらの前でぴたりと止んだ。
「はいってたんせ」
「おがんでたんせ」
その声に反応するように彼は、かまくらの入り口からその姿を現し、
あの時と同じ朱色のどんぷくを着た私を見つめながら
一言
「ただいま、奈々枝」
その時の彼の顔は涙でいっぱいだった。
私の目からもすでにたくさんの涙が溢れていた。
「はいってたんせ」
「おがんでたんせ」
横手のかまくらは冬の一番厳しい時期、二月に行われる。
それは、
この厳しい時期にこの幻想的な光と暖かさを感じることで、
今年を乗り切ろうと言う気持ちを持つことが出来るからかもしれない。
「はいってたんせ」
「おがんでたんせ」
「ねぇ、パパ。この中に入ってもいいの」
「ああ、いいよ。入ったらまず先に水神様にお祈りをするんだよ」
「うん」
今年三歳になる娘の「雪奈(ゆきな)」は返事はするものの、
なかなか、かまくらの中に入ろうとしない。
「雪奈、ママと一緒に入ろっか」
奈々枝は娘の手を優しくとり、
一緒にかまくらの中に入った。
奈々枝は一言
「懐かしい……」としみじみ言った。
「ママ、ママも昔ここにいたの」
「そうよ。昔私もこのかまくらの中にいたのよ」
「雪奈もやりたい」
子供たちの声をまねるように雪奈も言う。
「はいってたんせ」
「おがんでたんせ」
今年もまた横手の街は
冷たく澄んだ空気に、
かまくらから放つ淡いオレンジ色の光が薄暗くなった空と、
その白き雪のコントラストから幻想的に輝くように……
人々の心に暖かさをもたらした。
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