匣の外へ

中山准次

1話

 家を出てからは、祖母の家に身を寄せていた。祖母の家は、西の端にあり、山と海と畑しかない、田舎と呼ぶのにふさわしい場所だった。

 わたしは、日々を祖母の畑の手伝いをする傍ら、自分で家を作り始めた。家と言ってもそう本格的なものではない。祖母の家の裏にある、使われていない古びた納屋を改装しているだけである。それでも、都で育った僕にとってはとても新鮮で身体に響く作業であった。

 

 空間を創るという作業は、愛する人といた空間を自ら破壊したわたしにとって、それを擬似的に再生するという作業のように感じる。木を切り、石を積み、そんな作業の中に懐かしい日々の思い出を打ち込んで行った。

 

 部屋の内装を考えたときに、真っ先に思い浮かんだ物はピアノだった。あれは、あの人とわたしとを結んでいたシンボルであったから当然といえば当然である。 

 しかし、どれほど木材やガラクタが余っていても、わたしにピアノは作れない。その形は作ることができたかもしれないが、それでは意味がないのだ。彼女が弾いていた、艶のある黒の箱は、作ることができないのだ。

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