第22話 近隣トラブル

一ヵ月後

今回は普通に入札し、買受可能価格より少し高い140万円で落札できた。

いつも利用している不動産屋はエリア外だったので立ち退き交渉を受けてもらえなかったが、何とか他の不動産屋に依頼して、手数料6万と引越し料10万円を払う事で立ち退きも完了した。

そして近くの建設会社にリフォームを依頼する。

「うーん。どこまで直せばいいかという問題にもなりますが……もし外壁まで直そうと思ったら、やっぱり150万ほど必要になりますね」

「うーん」

新人は、今回は最初の出費をできるだけ押さえたいと思っていた。

そのため、今回リフォームは内部だけにとどめ、外壁はそのままにする。その他にも台所も今あるキッチンをそのまま使うなど、かなりリフォームをけちっていた。

「わかりました。ただ、お風呂は完全に故障しているので、風呂釜を交換する必要がありますね。あとトイレにもひびが入って水が漏れています。そういった最低限の所だけ直すと、80万ぐらいで済みますが……本当にいいんですか?」

「構いません。どうせ人に貸す事になりますから」

そういって、最低限住めるだけの家にする。

しかし、この家が抱えている問題はむしろ外にあるのだった。


リフォーム工事が始まって一週間、新人は依頼した建設会社から連絡が入った。

「大矢さん。実は困った事になりました……」

本当に困った様子の担当者から電話が入る。

「困った事って?」

「とりあえず、こちらに来ていただけませんか? 直接話がしたいとのことですので」

担当者の歯切れも悪い。

慌てて仕事が終った後にいってみると、そこには仁王立ちしている中年男と、髪を金色にそめたヤンキー風の若者、そして赤ちゃんを抱きかかえた若い女が居た。


「あんたがこの家の持ち主かよ?」

新人をじろりとみるなり、若いヤンキーが食って掛かる。

今までこういった人種と接したことがあまりなかったので、新人は恐怖してしまった。

「は、はい。そうですが……」

「でめえ! 人に迷惑かけんじゃねえ! どうしてくれんだよ! 」

いきなり新人の胸倉をつかんで揺さぶってくる。

新人がどうしていいか分からず固まっていると、リフォーム会社の担当者と中年男が割って入った。

「ま、まあまあ。落ち着いて」

「悟。やめろ」

中年男がドスの聞いた声でヤンキーをいさめる。

「だけど親父……」

ヤンキーが不満そうに口を尖らせる、どうやらこの二人は親子らしい。

そしてヤンキーと若い女は夫婦らしく、よくみたら女の手には刺青が入っていた。

「黙ってろ。話は俺がつける」

そういって、中年男は新人をぎろりとにらみつける。

息子のヤンキーより100倍は怖く、新人は思わずちびりそうになった。

「あ、あの、迷惑って……」

「こっちにこい」

そういって隣の家との境界線の所に連れて行く。

そこには塀などもなく、そのまま隣とつながっていた。

「俺達は隣の者だが、上を見てみろ」

そういわれて新人は上を向くが、何が問題なのか分からなかった。

「 えっと……普通に屋根の軒ですけど」

「よく見てみろ。軒がこっちまでせり出しているだろう」

中年男があごをしゃくる。確かに少しせり出しているような感じだった。

「はあ……たしかに……」

「あのせいで、雨水がこっちに垂れてきて、うちの家の壁に水がかがって汚れるんだ。あんたが新しい所有者なんだろ。少し切ってくれ」

「えっ! 」

いきなりそんな事を言われて、新人は驚く。

思わずリフォーム業者のほうを見ると、彼も罰が悪そうな顔をしていた。

「……そうですね。軒を切る事になったら、20万ほど追加でかかることになりますが……」

「そんな……」

新人は新たに起こった問題に頭を抱える。

「なあ兄ちゃん。俺達が何か間違っている事をいっていると思うか?前の奴はいくらいっても改善してくれなかったんだ。あんたはそんな奴じゃないだろうな?」

中年男は厳つい顔で威嚇してきて、ヤンキー息子は勝ち誇ったような顔をしている。

しかし、確かにもっともな要求なので、あきらめるしかなかった。

「わかりました……」

新人は肩を落として、追加工事を受け入れる。

後日、近くの不動産屋に聞いたところ、この家族は暴力団の一家で、地元では有名だということだった。

(ついていないな……よりによって隣が暴力団の家って……)

この間下見に来たときは気がつかなかったが、よく見ると隣の家にはバリバリのヤンキー車や怖そうな車が停まっていて、監視カメラがいくつもある。

新人は焦ってよく知らない場所の家に手を出して、ババを引いてしまった運の悪さに涙するのだった。


なんとかリフォームも終わり、入居者の募集を始める。

しかし、隣のヤンキーの車が災いしてか、なかなか入居者が決まらなかった。

「まずいな……ここを売るといっても、なかなか買い手はつかないだろうし、自分が住むなんて論外だし」

またまた面倒くさい物件を抱えてしまった事で、新人は苦悩する。

そのままなすなべもなく二ヶ月が過ぎた頃、仲介を依頼していた不動産やから電話が入った。

「大矢さん。入居希望者がいるんですけど……」

「はい。すぐお願いします! 」

ろくに話しも聞かずにOKしてしまう。

しかし、このことで新人は最大のトラブルを経験する事になるのだった。


今回の入居希望者は、法人だった。

近くの運送会社の作業員の寮にするとのことで、入居予定は二人である。

「それと、家賃を少し下げてほしいそうです」

最初の家賃設定は5万円にしていたが、45000円にして欲しいという。

「……まあ。それぐらいならいいですよ」

「あと、これはアドバイスなのですが、家賃保障会社をつけたほうがいいと思います」

「家賃保障会社?」

聞きなれない言葉に新人は首をかしげる。

「ええ。当社と契約している家賃保障会社に家賃一か月分を払って申し込みすれば、万が一家賃を保障してもらえるのです」

不動産屋が説明する。

どうやら家賃保障会社と契約をしていれば、家賃が遅れたときに変わりに払ってもらえるらしい。さらに三ヶ月家賃が遅れた場合、立ち退きの裁判まで起こしてくれるらしいのだ。

「でも、法人契約なんだから、遅れるなんて事はないのでは?」

新人の問いかけに、不動産屋は首を振った。

「最近では、不況の影響もあって、法人ですら家賃の支払いが遅れるケースがあります。それに、保証人が法人の社長なので、あまり意味がないのです。だから念のために家賃保障会社をつけていたほうがいいと思います」

「わたりました。お願いします……」

しぶしぶ家賃一ヶ月分を支払い、家賃保障会社をつける。

しかし、このことが結果的に彼を救う事になるのだった。

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