第40話 ワクチン

「……これは?」

「ソウルウイルスを通じて、お前の脳に直接映像を送り込んでいる。よくみろ。これがこれから世界中で起こる大破滅だ」

始まりは風邪ににた症状だった。発熱も体調不良もひきおこさず、ただ咳だけを引きおこすこのウイルスは、感染力が強く瞬く間に広がっていく。

ワクチンも効かないこの「新型ウィルス」は、感染してもすぐに回復するので、当初は問題視されていなかった。

そして世界中に広がったある日、突然ウィルスが暴れ始める。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

ウイルスに感染した人々の姿が、突然変わっていき、いろいろな姿をした怪物になっていく。

世界は一瞬で地獄と化した。

「こ、これが大破滅……人々が怪物になっていく……。や、やはりお前たちが引き起こしているのではないのか?」

源五郎の言葉に、正志は首を振る。

「俺たちがやっている生徒たちへのソウルウイルス注入とは、決定的に違うことがある。大破滅とは、怪物化するレベルにまで活性化されたウイルスが、人間から人間へと「怪物化の感染」を引き起こすんだ。怪物化した人間が他の人間を襲うことによってな」

その言葉通り、怪物化した者は他の人々を襲い、襲われた者は新たな怪物と化していった。

「ソウルウイルスとは、人類だけを間引きするために地球が作った特別なウイルスなのさ。だから非常にやっかいな性質をもっている。完全適応すれば俺たちみたいな「魔人類」に進化できるが、年を取り過ぎていたり、現在の社会に適応しすぎていたりしてたら、遺伝子が暴走して怪物になる」

源五郎は呆然として、悲痛な顔をして語る正志を見ていた。

「また、男女でもその効果は歴然の差がある。適応できた女でも、せいぜい多少テレパシーが使える程度で、魔人類にはなれない」

「……なぜだ?」

「魔人類に進化した男にハーレムを作らせ、多くの魔人類の子供を女たちに産ませるためさ。そうすれば、人類という種のバージョンアップが一気に進むだろう。過去にも旧人類から現人類へと進化した時、旧人類がすべて絶滅して地上に残っていない理由もそれだ」

それを聞いて、麗奈も微妙な顔をしていた。

「それを止める術はない。残念なことにな。できることは、少しでも助かる人を増やすために、犠牲を払ってでも手を打つことだ」

そうつぶやく正志の顔には。悲しみが浮かんでいた。

「まさか、お前たちがソウルウイルスをばらまいているのは……」

「ああ。効果を薄めたウイルスを『ワクチン接種』しているんだ」

正志は初めて罪もない人間にまでソウルウイルスをばらまいている理由を明かした。

「怪物化とは、病気で言えば『発症』だ。ソウルウイルスに感染しても怪物化しない人間も多い。そういうやつらは、ある程度免疫を得ることになる」

感染しても怪物化しなかった生徒は、大破滅が来て強化されたソウルウイルスによって怪物化した人間に襲われても、免疫が作用して怪物にはならない。

「だから今のうちに、効果を弱めたウイルスを打ち込んで、免疫をつけさせているのさ」

ソウルウイルス注入とは、少しでも大破滅に対抗するため、魔人類たちが人類に対して行っていた福音だったのである。

「とはいっても、ほとんどの人間は圧倒的多数の怪物に襲われて死んでしまうだろうけどな」

「ぐぬぬぬぬ……これが事実となれば、正しいのは『魔人類』のほうで、間違っているのは我々ということになる」

真実を知った源五郎は、頭を抱えて苦悩した。

「理解したなら協力しろ。今の段階で邪魔されるわけにはいかないんだ。国民たちの視線をそらすために、さらにやってもらいたいことがある」

「それは……なんだ?」

源五郎は、喉の奥から絞り出すような声で聞いた。

「俺の部下の『魔人類』を警察に派遣するから、弓たちをサポートする特殊部隊として襲撃犯に対抗させろ」

正志は、警察内部に自分の部下を潜入させろと迫った。

「しかし……それじゃ完全にマッチポンプじゃないか」

「いいのか?次の襲撃は新たに魔人類になった数百人が全国で一斉に蜂起するぞ。弓たち三人だけではとても対処できず、治安が保てなくなった警察の権威も失墜するだろう」

その光景を思い浮かべ、源五郎は身震いする。

「ぐぬぬぬ……」

「お父さん。とりあえず正志君に従ってみようよ」

麗奈はそういって、正志の味方についた。

「何を言う。こいつはお前を人質にしているんだぞ」

「あ、それは半分勘違い。ボクは自分から進んで正志君の仲間になったんだよ」

あっけらかんという麗奈に、源五郎は理解不能といった目を向けた。

「だってさ、万一正志君の言うことが正しかったら、大破滅に巻き込まれてしんでしまうってことじゃん。そんなの嫌だもん」

「そ、それは、椎名弓様たちが……」

人類の最後の希望に縋り付こうとする父親に対して、麗奈は首を振った。

「どうやって?正志君の部下の攻撃に日本中引っ張りまわされて、四苦八苦しているのに。彼女たちも大破滅が来ることは否定してないんでしょ?どうやって人々を救うか、何か言っているの?悪の魔人類を倒せばそれでオールオッケーなんて単純な話じゃないんだよ」

「……」

その言葉に、反論できなくなる。

「力がない正義なんて無力なんだよ。具体的にすべての人を救うプランも示さないで、正義を名乗ってもね。自分達と味方だけ救おうとするエゴイストな正志君の方が、どうやって大破滅を乗り切るか考えているだけ、信頼できるよ」

冷静に自分が生き残る方法を選び取る麗奈に、正志は思わず苦笑してしまった。

「ふっ。どうやら娘のほうが頭がいいらしいな。大いに結構。自分が生き残るために俺に媚を売る狡猾さも、ここまでくればむしろ潔いさ」

人生は選択の連続である。与えらたチャンスと自分に配られたカードを元に、生き残る確率が高い方を選ぶことが、本当の『頭の良さ』だと麗奈をみて実感できた。

「……わかった。お前たちに協力しよう」

ついに源五郎は正志たちに協力を誓う。

こうして、警察組織は魔人類たちの手に墜ちるのだった。

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