第18話 後悔

正志の仕掛けたゲームは、開始数時間で日本中を大混乱に陥れた。

政府は特例として銀行の営業時間を延長させ、人質になった人間の家族に一億円を限度に特別融資を行う。

家族は引き出した現金を元に、路上で通行人に呼びかけた。

「皆さん。家の息子に善行一票を入れてください。謝礼は一万円です」

「私の娘もお願いします」

井上学園の周辺、人が集まる都心部、あるいは駅などの公共施設。

井上学園の教師生徒合わせて約500人の家族たちが、一斉に呼びかけを始める。

「次はどこでやっている?」

「新宿駅でやっているのが10人いるらしいぜ」

「マジか?早くいかないと」

家族が呼びかける場所には金を求める者たちが長い行列を作り、混乱を助長させる。

こうして一時的には急激に善行カウンターが急激に伸びたが、なかなか人質は解放されなかった。

地方に住んでいて金を取りにいけないものは、腹いせに悪行カウンターに入れはじめたのである。

「金で善行カウンター買っている奴ずるい。俺悪行に入れるわ」

今まで静観していた何の関係もない者が、善行カウンターが伸びているというだけで悪行カウンターに入れるので、なかなか1000の壁を超えられない。

事態は日本中を混乱の渦に巻き込んでいた。



そして一夜が開け、朝を迎える。

井上学園に人質となっていた483人の中でも、明暗が分かれ始めていた。

今までの善行が評価されて開放されたものは26人。彼らは家族や友人たちから喜びをもって迎えられた。

一方、親の金やコネの力で善行カウンターを稼いで開放されたものは、274人。彼らは解放されたことを家族と喜び合ったが、重い代償と引き換えだった。

「井上グループは娘の悪行のせいでこんな大騒動がおこったのに、権力でむりやり社員に善行カウンターを入れさせた」

「あんな会社は信用できない。俺、明日もっている株を全部売るわ」

そんな会話がネット上を飛び交い、明日から大幅な株の下落が予想された。

そして大金を使って子供を解放させた親には、支払った金の重みが今後にのしかかる。貯金だけでは足りず、借金をした家も多かった。

「えっ?お金は返ってこないんですか?」

子供を助けるのに一千万以上も使ってしまった母親が、なぜか警察にくってかかる。

「残念ですが、善行カウンターに入れてもらうために人に払ったお金は、贈与とみなされてもどってはきません」

申し訳なさそうな顔をした警察官が諭す。

「そんな!!!誘拐事件での身代金は、たいてい返ってきたりするもんじゃないですか!」

「そうおっしゃられましても……」

「なら、私たちはこれからどうすればいいんですか?」

その母親は地面に座り込んで涙を流す。誘拐事件の身代金などと違い、多くの人間にお金が渡ってしまったので、警察も回収することなどできなかった。

そして、夜になっても解放されない生徒や教師たちの間に、絶望が広がっていく。

彼らは家族からも見捨てられつつあったからであった。

「親父!ふざけんな!これ以上協力できないって、どういうことだ!」

岡田教師は父親に電話して怒鳴りつける。

「もう私はできるだけのことをした。二千万もつぎ込んで、あらゆる人にお前を救うのに協力してもらおうとしたが、もう無理だ」

電話の向こうの父親からは、疲れた声が返ってきた。

今の岡田のカウンターは、善行カウンターが2036、悪行カウンターが57369と、圧倒的に悪行のほうが多かった。

正志のいじめを放置していたことが、多くの第三者の怒りを買ったのである。

「そんな!それじゃあ、俺はどうなるんだ!明日になったら殺されるかもしれなんだぞ」

「……それも自業自得だろう。正直、私はお前を育てたことを恥ずかしく思う。全日本に恥をさらし、親戚からは縁を切られた。もうこれ以上は支えられない。それに、貞子さんは子供をつれて実家に帰ったそうだ。離婚したいといっていたぞ」

「そ、そんな!」

自分の妻子にも見捨てられて、岡田教師は絶望に沈む。

「あとは自分でなんとかしろ。全部お前が捲いた種だ」

父親からの電話が切れる。岡田はいつまでもその場に立ち尽くすのみだった。


パソコン室

ずっとスマホを操作していた美香は、絶望して床に叩きつける。

「もうだめ!!!!!!何を言っても馬鹿にされるだけで、誰も助けてくけない」

彼女も自分や家族の必死に呼びかけにもかかわらず悪行カウンターが数十万を超えて、絶望していた。

「京子はずるい。自分だけ助かって」

里子はぽつりとつぶやく。その手には、バッテリーが切れたスマホがむなしく握られていた。

そのほかの生徒たちも、迫り来るタイムリミットを感じてただ怯えていた。

「……正志は不公平だよ。私はほかの人より不利じゃん」

弓がぽつりとつぶやく。たしかに現在残っている183人のうち、47人が何らかの関係を正志と持っていた者だった。

事件を起こしたのが正志である以上、どうしてもそれにつながりがある人物が注目される。正志と同じクラスだった1-Aは、軽いからかいや無視といった程度でも見ている者の怒りを買ってしまい、悪行カウンターを入れられてしまう。1-Aで解放されたのは、最初に逃げ出した上田明と、ほかの人間とは一線を画した財力とコネをもっていた井上京子のみだった。

「……だから吾平くんは、あの時ずっと後悔することになるといったのか……ははは」

美香が乾いた笑いをうかべる。一日が経過し、気力体力共に限界だった。

その時、理沙がすっと立ちあがり、無言で出て行こうとする。

「理沙、どこにいくの?」

美香に声をかけられて振り返った理沙の顔は、能面のように無表情だった。

「今から吾平くんに謝りにいきます」

「無駄だよ。あいつが許すわけないじゃん」

馬鹿にするように言う弓に、理沙は冷たく返した。

「あなたと一緒にしないでください。私は他の人に流されて、ちょっと笑ったりしただけ。積極的に馬鹿にしたことも、悪口を言ったこともありません。誠意をもって謝れば、きっと許してくれるはずです」

「無駄だよ。あいつは人間じゃない。化け物だ」

里子は言うが、理沙は首を振る。

「それはあなた達にとってです。私はここまでされても、吾平君を恨めません。心のどこかで、仕返しされても仕方ないと思っているからです」

理沙の言葉に、何人かうなずく少女も出始めた。彼女たちも立ち上がる。

「どうするつもり」

「さっき言ったとおりです。許してくれるまで、何度でも謝るまでです」

そういうと、理沙と数人の少女はパソコン室を出て校長室に向かった。

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