第16話 正義と悪
1-Aの生徒たちは、いきなり送られてきたメールを見て驚く。『最後の審判ゲーム』に自分の個人情報が載せられていたからである。
今まで正志に対して行った苛めや嘲り、仲間はずれ、濡れ衣や誹謗中傷などが、本人視点で動画の形でネットに流されていた。
「なんなんだよ!これ!」
一番正志を痛めつけていた工藤啓馬は、自分の欄を見て焦る。今までおこなった悪行が掲載されていたからであった。
画面の中の自分は、実に楽しそうに正志を殴り、彼が孤立するように皆を扇動し、あることないこと罵声を浴びせる。誰から見ても自分は悪人であるかのように描かれていた。
それを見た人間がどんどん掲示板に書き込んでいく。
「ありえねえ。マジ鬼畜。俺イーブルに一票入れるわ」
「幼稚。ストレス解消の為に無実の奴をいたぶっていたのかよ。イーブルに一票」
「俺も学生時代こいつと同類の奴に苛められたわ。イーブルに入れる」
「死ねよ。こんな奴生きている資格ねえよ」
そんな書き込みにつられ、どんどん悪行の票が伸びていく。
「や、やべえ!」
焦った啓馬は、とりあえず正志を誹謗中傷して話をそらすことにした。
「えっと……吾平正志は以前からクラスの和を乱して、女子に嫌らしいことをしていたから俺が注意していただけ。奴のいうことは全部デタラメだ」
掲示板に赤字が書き込まれる。次の瞬間、掲示板の書き込みは激しさを増した。
「嘘ついてんのはどっちだよ」
「はあ?明らかにお前が率先して苛めているじゃん」
「暴力ふるっておいて注意とかないわー。何様だよ(笑)」
そのような書き込みで叩かれて、啓馬の頭に一気に血が昇る。
「こういう書き込みする奴は、吾平正志と同じ嫌われ者(笑)不細工で性格が悪いから、あんな犯罪者の肩を持つ。苛められていた奴」
感情のまま書き込みをすると、よりいっそう啓馬の掲示板は炎上した。
「嫌われ者上等。お前なんかに好かれたくない。イーブルに一票」
「苛められていたけど何か?お前も犯罪者だろうが。イーブルに一票だな」
「反省せずに開き直るって。生きる価値なし。イーブルに一票」
どんどんと悪行側に票が入っていった。
「てめえら!」
ますますヒートアップして、掲示板で舌戦を繰り広げる。それにつれて、どんどん啓馬の悪行票は多くなっていった。
パソコン室の女子でも、状況は同じだった。
「な、なにこれ!」
美香がスマホで自分のサイトを見て驚く。今まで正志に放った暴言が、すべて動画で再現されて掲載されていたからである。
「なんで学校に来るの?皆空気が悪くなって困っているよぉ。ナメクジくぅん」
深く考えず、ノリと仲間受けのために正志を馬鹿にした動画を見て、画面の向こうの人は自分に呼びかけられたかのように不快感を示す。
「なにこの女。ひどい」
「絶対いじめだよね。吾平くんかわいそう。こんなこと毎日言われていたら、仕返ししたくなって当然か。イーブルに一票」
「ちょっと可愛いからって調子に乗って、何もしてない人に悪口言ってネチネチ苛めるってサイテー。この女マジで殺したいわ。一票」
動画を見た何万人もの人たちは、正志に同情して美香を非難していた。
このままだと身の破滅だと思った美香は、必死に謝罪する。
「あはは。ごめんなさい。冗談のつもりだったんだけど、ちょっとやりすぎちゃった。これで許してね。テヘペロッ♪」
精一杯こびた笑顔と上目遣いで、自分の頭をコツンとする画像を載せる。
しかし、その反応は激烈だった。
「きもっ。うざっ」
「可愛いつもり?自意識過剰。イーブルに一票」
「こいついつもこの手で自分の醜い行いを隠していたんだろうなぁ。残念だけどビッチにしか見えない。一票」
「謝罪する相手が違うだろ?こいつ何考えているんだ?一票」
弁解すればするほど悪行カウンターが跳ね上がるという悪循環に陥る。
美香だけでなく、京子や里子、弓も同じ状態だった。
「……確かに、吾平さんにしていたことは今から考えれば、少し不当だったから知れません。そこは謝罪したいと思います。でも、こんな大勢の人を巻き込んで迷惑をかけるのは良くないことです」
京子は正志のテロ行為を非難して自分への矛先を交わそうとする。
「話をすりかえるな。あんたの今までしてきた事のせいで、吾平君は怒っているんだ」
「自分に原因があるくせに、人を非難する資格があるの?」
あっさりとその思惑を見破られて悪行カウンターを稼いでしまう。
「あいつは昔から気持ち悪くて、私を変な目で見るから、つい嫌ってしまって……」
弓は必死に自分は悪くないと主張している。
「自意識過剰。なにその身勝手な理屈」
「嫌うだけなら関わらなきゃいいだろ。わざわざ悪口言いまくって追い詰める理由になってない。はいイーブルに一票」
弓の弁解は相手にされなかった。
「……虐めをしたのは悪かった。だけど、同じクラスに変な人がいたら、どうしても不快になる。嫌われたくなかったら、ちゃんとしていればいいだけ。苛められる方が悪い。私は皆に乗せられただけ」
里子の弁解は単なる自己保身だと見なされ、よけいに視聴者を不快にさせた。
1-Aの生徒だけではなく、ほかのクラスの生徒や教師まで、今までやってきた悪行が暴かれ、パソコンや携帯を見ている者に裁かれる。
悪行カウンターはどんどん高まっていった。
学校の外。
警察が何十台ものパトカーで包囲している。
「吾平君。君とじっくり話がしたい」
木本刑事が正志の携帯に再びかけてくる。
「いいぜ。なんだ?」
正志は機嫌よく話し相手になる。
「君が現在行っているのは、立派なテロ行為だ。日本中のコンピューターをのっとって、勝手に自分が作ったゲームを押し付けている」
「それで? 」
「……君の受けたいじめには、私個人としては本当に同情している。辛い日々だったろう」
木本刑事の言葉には、たしかに同情が含まれていた。
「私も子供のころは虐めを受けたことがある。いや、ほとんどの人は嫌いな人から何らかの被害を受けたことはあるんだ。大人になってもそれは変わらない」
「……」
「もう復讐は充分なんじゃないか?君をいじめていた生徒や先生たちは、日本中に恥をさらした。君が受けた虐めや侮蔑を、今度は彼らが受けることになるんだ。だから……」
「木本さん。あんたは根本的に勘違いしている」
返ってきた正志の言葉は、限りなく冷たかった。
「勘違い?」
「俺の目的は復讐じゃない。そんなのはほんのついでに過ぎない。俺のやりたいことは他にあるんだ」
「……やりたいこととは?」
今度は木本刑事の背筋が寒くなる。個人で日本中を巻き込んだ事件を引き起こすほど力をもつ少年がやりたいこと。それが何なのか、想像もつかなかった。
「救済だよ。このままでは惨めに滅びるだけの人類に、一本の救いの糸を垂らすことさ」
「なにが救済だ!君がしていることは、人を傷つけているだけじゃないか!」
木本の怒りにも、正志は動揺を見せなかった。
「ふふ。人類の救済という大義名分の前に、多少の犠牲はつき物さ」
「ふざけるな!」
正義感の強い木本警部は怒り心頭に達する。だが、正志は彼をまともに相手にしなかった。
「そんな正義ぶっていても、あんたら警察だって同じさ。治安維持という大義名分のために、何人の人間を冤罪にした?何人の弱者の訴えを握りつぶした?」
「何を言っている!警察は正義の組織だ!そんなことはしていない」
木本警部は誇りを持って言い返す。しかし、正志は冷笑を返した。
「そうかな?まあそれは後の楽しみとしておこう。俺は生きている限り、この偽善にみちた世界をぶち壊し、人を救い続ける。俺がしているのはそのまま布教活動なのさ」
正志は言うだけ言って、一方的に電話を切る。木本警部は話が通じない彼にいらだつのだった。
井上学園
生徒の多くは、自分のスマホや携帯を見つめて、必死になって掲示板に書き込みをしている。
一時間ごとに情報が更新され、過去の人には知られたくない情報が晒されていたので、皆弁解に必死だった。
「ありえねえ……何で正志といかいうやつが俺のことを知っているんだ」
三年生の男子生徒が頭をかきむしる。彼のHPには、中学生時代に行ったいじめが動画の形で表示されていた。
自分と吾平正志は学年も違い、今まで一度も会話すらしたことがなかったのに、全部知られていて気味が悪い。
これは彼も既に正志の精神ウイルスに感染して脳が直接繋がっているから起こったことなのだが、そんなことは彼にわかるはずもなかった。
「これは嘘だ。あいつがでっちあげたデタラメだ」
必死に書き込む彼だったが、新たな書き込みが現れる。
「これはすべて事実です。この動画に映っているのは僕です」
その書き込みを見た瞬間、彼は頭が沸騰しそうになった。
「てめえ!タカシか?」
「そうだよ。よくわかったね」
無機質な文字が画面に躍る。
「余計な事いいやがったら…、後でシメるぞ」
「何言ってんだ?だったらすぐ殴りにこいよ。昔みたいにさ」
面と向かっては何もいえなかった弱虫だったくせに、ネットでは強気に返してくる。
「てめえ。後で殺すからな」
「君に後なんかないよ。皆さん。こいつはこういう人間です。苛めをして人を傷つけて、反省もしないで人を脅す最低の奴です。生きていてもなんの意味もありません。こいつのせいで自殺した人を何人も知っています」
ネットの向こうのタカシは、自分の脅しに恐れ入るどころか嘘交じりの挑発までして返してくる。
「てめえ!ぜってー殺す!」
ラインでどんなに脅しても、相手はまったく恐れ入らなかった。
「相変わらず馬鹿だな。君に明日があると思うのかい?」
そういう返事が返ってきて、ハッとなる。悪行カウンターはタカシとのラインが始まったとたんに急激にカウントを伸ばしていた。
「てめえ……何しているのかわかってんのか!」
「わかっているさ。昔の復讐だよ。まだあと22時間はある。ゆっくり語り明かそうよ。苛められていたころは言えなかった恨み言をたっぷり聞いてもらうよ」
男子生徒の長い一日は、まだ始まったばかりであった。
同じことは他の生徒でも起こっていた。本人はとっくに忘れていた昔の苛めた相手から、名指しで非難が入っていたからである。
「こいつが私を苛めたせいで、友達ができなかった」
「万引きの罪を俺に擦り付けた。そのせいで……」
今まで行った悪事の付けが、ここに来て一気にまわってくる。
まさに最後の審判というにふさわしいゲームであった。
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