第3話 サタンの話

「しかし、それは生存競争としては真理だ。どの生物もその理屈で動いている。すくなくとも、今はな」

サタンは悪魔の笑みを浮かべている。

「ならば、僕は永遠に苛められる悪なのか?」

「最初は悪とされても、その時の支配者を倒せば正義になる事は、今までの歴史が証明している。一人殺せば殺人者だが、一万人殺せば英雄になれる。結局はそれが真理だ」

「あんたは僕になにをさせたいんだ」

サタンを睨みつける正志。過酷な記憶が正志を苦しめ、攻撃的にさせていた。

「ほう。心の底には凶暴な本性が眠っていたか。ますます気に入った。別に大したことをさせたいんじゃない。……そうだな、力ずくでも何億人殺してもいいから、とりあえず100万人ほど救って欲しい」

「……逆だろう。さっきこの世界を滅ぼしても復讐したいかって僕に聞いたじゃないか」

正志の口元に嘲りが浮かぶ。

「どっちみち、この世界はもうすぐ終りさ。だが終わりのままにするのは駄目なんだ。ガイア様は人類という種自体は残す必要があると思っている」

「……話がさっばり見えない」

「まあ、今はいい。要は、何人殺してもいい、何百人犯してもいい。何億人破滅させてもいい。そういう事を気にせず、100万人を確実に救う仕事をしてしてくれればいいんだ。下手に正義ぶった奴だと、全員救うように行動して一人も救えない結果になるだけだ」

「……なるほど。だから僕を選んだのか」

正志の顔に笑みが浮かぶ。

「そうさ。今の世の中が嫌でたまらない奴。人間が嫌いで仕方ない奴。そういう奴なら、自分の理想に合う人間だけを助けて、他を見殺しにできるだろ?」

「……」

「この世の中の論理感に縛られず、自分の目的だけを果たそうとする奴。正義に押しつぶされて悪の側に立たざるを得なかった者ではあるが、異常者ではない奴。そんなやつがほしいんだ。心配するな。お前が何人復讐のために人を殺そうと、きたるべき大破滅の前では小さな事だ」

サタンは大量虐殺を正当化していく。

「……好きに振舞っても良いのか?」

「ああ。だがお前は何千万人から怨まれるかわからぬ。もし失敗したら、死んで地球意識に飲み込まれた後、延々と責められる無間地獄がまっているぞ。成功したら俺のように特別な存在となり、永遠の存在をゆるされるがな」

「……そんなのはどうでもいい。あいつらに復讐できる力を手に入れられればな。何をしてもいいというなら、僕に従う奴は100万人でも1000万人でも救ってやるよ」

「ふふ……いいだろう。もしお前が現人類を滅ぼし、大破滅を超えて生き残った新人類の祖となれば、最も尊敬される永遠に崇められる正義の象徴になるだろう」

「そんなことが・・本当にできるのか?」

「そのかわり、現人類の全員から憎悪を向けられる」

「それだけのことか?」

「そうなっても、本当に後悔はないか?父も母も兄も妹も、知り合いからも愛する女からも憎まれるぞ」

「今となにが変わるんだ。見下されるより憎まれる方がはるかにマシだ。あいつ等ごと、すべてを滅ぼしてやりたい」

「ふふ。それだけではない。仮に現人類を滅ばして、お前の世界を作ったとしても、いずれはそれを理不尽と思った存在からお前の世界も滅ぼされるぞ」

「だからどうした。そんな事はどうでもいい。あいつ等に復讐できるなら、喜んで何でもするさ」

「ならば、俺と契約するか?」

「ふん。使い古された言葉だな。契約書でももってこい。魂でもなんでもくれてやる」

「ははは、魂か。そんなものはいらん。現人類を滅ぼし、人類史上最悪の存在になり、神すらも滅ぼし、新人類の先駆者となれ」

「安い代償だ。その通りにしよう。俺の全人生をかけて人類を滅ぼしてやる。」

「では、契約成立だ。リンゴを食べるがいい」

正志は無言で「新たなる知恵のリンゴ」を食べる。

すると、新しいプラグラムが魂にインストールされていった。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

痛に悶える正志。

「ふふ。ならば今日からお前は俺の僕だ。契約はなった。現世にかえるがいい」

サタンが言うと同時に、正志の魂は上に上っていった。


目が覚める正志。病院のベッドの上だった

「ここは・・・?」

「気づかれましたか?貴方は交通事故で入院しているんですよ」

看護婦が言う

「そんな。いたた…………」

少し体を動かすだけで激痛が走った。

「まだ動けないですよ。両足と腰骨が折れています。安静にしてください」

「腰と足だって?僕は・・また歩けるの?」

弱弱しく聞く正志。看護婦の反応はあいまいだった。その表情で、二度と立ち上がれない事を悟り、絶望が全身をおおう。

「母は……?」

「もうすぐ来ると思います。その、先生はまだ勤務が終わってないみたいなので」

看護婦は決まり悪そうに告げる。ここは母が勤務している病院だった。

しかし、仕事が忙しいからと、母が見舞いに来たのは、一日もたってからだった

「まったく、交通事故なんて。面倒をかけて!!!」

白衣を着た母は、鬼のような表情で言う。

一生車椅子生活になるかも知れない息子を案じている様子ではない。

「……」

正志は改めてショックを受ける。心配している表情ではない。本当に面倒ごとを抱え込んだ顔だった。

「あんたの面倒は病院とヘルパーに頼んだから、おとなしくしてなさい。私たちは忙しいんだから」

それだけ言うと、さっさと病室から出て行く。

どこかでまだ母親の愛情を期待していた正志は、心の底から打ちのめされた。

「く、くくく…………。夢であの巨人が言っていたとおりだな。もう二度と立ち上がれない子供なんて、あの人達には厄介者でしかないんだ。弱い者は愛されず、踏みつけにされる…………。ク、ククク…………。死んでいればよかった! 実の母にも愛されない子供なんて、死んでいればよかったんだ!アッハッハッハ…………。こんな俺なんかにどうやって100万人も救えというんだ。なあ、教えてくれよ。夢の中のサタンさん…………」

一人病室で狂気の笑い声を上げる正志だが、誰もその呼びかけにはこたえない。

「……やっぱり、ただの夢だったのか……」

憎しみと絶望で半分狂い掛けていた。


 一ヵ月後。車椅子での生活はなれたが、一生この絶望が続くのかと思う。

父や兄や妹は一度も見舞いにこなかった。学校の連中など当然こない。いや、正志が怪我をしたことすら馬鹿にするネタとして喜んでいるのだろう。

どこかであの夢にすがっている自分がいる。しかし、この一ヶ月、何一つおこらなかった。正志は無力な怪我人として、ただそこに存在するだけだった。

「死のう…………」

車椅子で屋上に上がり、苦労して手すりによじ登る。

そのとき、突然頭の中に声が響き渡った。

(待て!!とんでもない奴だ。新人類の祖たる者が自殺しようとするなとどな)

まさに身を投げ出そうとする時、いきなり頭の中に声が響き渡る。

(この声は、僕の妄想か?それとも現実?…………どっちでもいいか)

一度は止まった正志だが、再び自殺しようとする。

(待て!俺だ!サタンだ)

(……女々しいな。まだ俺は変な妄想にすがっている……)

動かない体を必死に引きずって、手すりを乗り越えようとする。

(……仕方ない。もう少し回復してからにしようと思ったが、やむを得まい。お前の体、しばらく預かった)

その声が響くと、いきなり体が誰かに支配された。

(これは?)

(まだ早かったが仕方ない。復体戻魂の術を使わせてもらう。生き残るかは五分五分だがな)

動かないはずの足が動き、激痛がする。意識の中で叫び声をあげるも、唇はうごかない。

そのまま、正志はすごいスピードではしり続け、山の中に消えていった。


 正志は名も知れぬ山に倒れていた。

体はボロボロ、足と腰に激痛が走る。治りかけていた骨も再び複雑骨折をし、もう二度と動かせないだろうと想像がついた。

「こんなとこに連れてきて、僕をどうするつもりだ」

自分に取り付いた『もの』に語りかける。

「なに、人が来ないところで、お前を変えたかったのだ」

「俺を変える?ふん。こんな体にしておいて、何を変えるんだ」

「体と精神、すべてをだ」

体が徐々に堅くなる。表面の皮膚が硬化していく。虫の蛹にそっくりになる。

「これは・・」

「いまから蛹になるのだ。蝶として生まれ変わる為に」

その声を聞いた後、次第に意識が薄れていった。

 後には、土に半分同化したような、人型をした肌色の物体が残された。




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