第1話 地球意識

宇宙に浮かぶ一つの青い星、地球。

太陽系、いや、近隣星系のほとんどが多種多様な生命をもたない死の星であるにもかかわらず。唯一つだけ美しい命に溢れた星。

それは決して自然にその状態が保たれているわけではなかった。

適度に太陽のエネルギーを取り込み、一定の温度を保つ。放射線から命を守るバリアーを常に貼る。適度に地表をかき混ぜるために、大型の衛星を常に一定の距離を保って捕らえ続ける。

奇跡のバランスで人間からバクテリアまで数千億の種類がいる。

なぜそんなことができていたのかと言うと、地球を直接支配している存在がいたからである。

地底の奥深く、人類が永遠に到達いることはないだろうマグマの底に、きらきらと輝く巨大なダイヤでできた塊がある。

そこには地球そのものを目に見えないエネルギーのネットワークをめぐらせ、すべての生命体を有機的に結びつけてコントロールしている存在が宿っていた。

それは神ではなかった。

それは悪魔ではなかった。

『彼』はただ、地球の真の絶対者として存在続けていた。

『彼』は地球でもっとも早く生まれた生物の『霊体』である。数十億年前に生まれた彼は、今では最も賢く、最も力のある存在として、常に君臨し続けてきた。

数十億年にわたる地球の歴史において、常に新しい種を設計して産み出し、必要のない種を絶滅させ、必要な種は増えやすいように環境を整える。

その目的は、すべての生物に『魂』という自らの分身を埋め込み、それを輪廻転生させることで、世界の情報を集めて知る事であった。

イカの目を通し、海の情報を。虫の目を通し、地上の情報を。鳥の目を通して空の情報を得ていく。

『彼』は貪欲に情報を求め続けて、あらゆる場所に送り込む為に生物を多様化していった。

そして数十億年にもわたる試行錯誤の結果ー

自ら情報を収集し、分析し、そしてその情報を応用するといった自我をもつ生物-知的生物を産み出す。

人間と名づけた生物は、肉体を離れた情報体-魂の状態でも自我を保つことができる。彼は人間の中から優れたものを選び、『神』として死後も意識を保たせ、生きている人間に影響を及ばさせていた。

数万年続いたこのやり方によって、人は互いに争いながらも絶滅することなく文明を発達させていく。

大部分の人間がその人生で得た情報は、死後に魂を『彼』と一体化することによって蓄積されていき、その情報を新しく生まれる人間に応用され、人間の知能はどんどん高まっていく。。

この数万年の人間の進歩は『彼』の視点から見ても目覚ましかった。すべての大陸を制覇し、あらゆる情報を分析し、自らの文明を生み出していった。

人間の理解力自体は当然『彼』にははるかに劣る。蟻と人間以上に生物として差がありすぎるからである。

しかし、人間は集団としてみれば、その情報収集力と、応用力は素晴らしかった。

人間は発展を続け、月に到達し、その目を通して初めて『彼』は地球の姿を外から見ることができたとき、『彼』は感動に打ち震えた。

『彼』はあくまでも人間の目を通してではあるが、今まで知らなかった宇宙の情報も手に入れれるようになったのである。

しかし、すべてうまくいっていると思っていた『彼』にも、計算違いが起きていた。

人間が増えすぎたのである。

人間のスペック自体はたいしたものではない。だが、その繁殖力と攻撃性で必要以上に他の生物を狩り、根絶やしにしていく。

ついには地球の支配者面をして、あらゆる生物をむさぼり続けた。

この事態を快く思わなくなった地球は、人間に歯止めをかけるため、人間に変わって食物連鎖の上に立つ知恵ある生物をいくつか生み出すも、ことごとく絶滅させられた。

三目族・魔法族・獣人族・巨人族……すべて人間の知恵と団結力の前に駆り立てられて絶滅させられている。

地球上の人口は70億を超え、あらゆる生物を乱獲し、森を無秩序に切り開いて砂漠を広げる。

地球の人間に対する許容はもはや限界を超えようとしていた。

これ以上放置していれば、自らの命も危なくなると悟った地球は、、一つの結論を下す事になるのだった。


また今日朝がやってくる。なぜ今日も生きないといけないのだろうか。

ため息をして制服に着替える。鏡を見ると相変わらずの平凡な、それでいて疲れたような顔があった。顔には殴られた跡が生々しく残っている。

吾平正志 私立井上学園の高校一年生。

学校は金持ちの子女が集まる学校だが、決して偏差値は高くなく、生徒の中には素行悪い者も多い。その中で成績も良くなく、運動もイマイチである正志は常に苛められていた。

昨日クラスの不良から殴られた右頬がまだ腫れている。いつもの事とはいえ、腫れた顔を鏡で見ると憂鬱になる。

(我ながら卑屈そうな顔をしているな……)

鏡をみてため息をついた。

正志の顔は決して整っていないわけではない。いや、むしろ美形とさえいえるだろう。

しかし、毎日のいじめは確実に彼の表情から生気を奪い、無気力にしていった。

朝食を食べようとリビングに入ると、テーブルの上には冷え切ったパンが置かれている。

それを見て、またため息をついた。


吾平家は実はかなりの上流階級である。

父は弁護士、母は医者でそれぞれ仕事が忙しい。そのせいか、正志にあまり構うことはなかった。

たまに顔をあわせると、勉強やスポーツができない正志にたいして他の兄弟を引き合いに出して厳しく説教をするのみ。最近では見捨てられたのか、冷たく無視されるようになった。

正志には兄と妹がいるが、彼らは両親に愛されている。

兄である正人は高校野球のプロ入り確実といわれているスポーツマンである。今日は早朝練習に行っているのであろう。正志も昔は兄の影響で野球をしていたが、才能が無くて挫折した。兄は今でも正志を根性なしと罵倒する。

双子の妹澄美は美少女として有名で、この間あるアイドルグループの研修生としてスカウトされた。家族の中で平凡な正志に対しては完全に見下し、最近では殆ど無視されている。

なぜ自分だけが違うのだろう。父から無視され、母から怒られ、兄から笑われ殴られ、妹から呆れた顔で見下されるたび、正志はそう感じる。

いや、わかってはいるのだ。彼らは正しい。才能の上に努力を積むことで、皆周囲の人間から尊敬されている。

 そんな人間は周囲の完璧を求める目期待に応えようと、人格まで高潔なように振舞っている。

 彼らは正義だ。美人だ。優秀だ。明朗活発だ。立派だ。手本だ。周囲の光だ。

 しかし、そんな彼らにもストレスはある。誰と比較して有能だと実感するのだろうか。誰と比較して、自分は正しいと思うのだろうが。人の上に立つものとしてのストレスは、誰に向くのだろうか。

 答えは、「正しい立場に立って見下す事ができる存在」へと向くのだ。

 父の罵声。母の嫌味。兄の侮蔑。妹の嫌悪。

 すべてこの身に一身に受けないといけない。ただ無能であるというだけで。

 ため息を一つつくと、冷えたパンを頬張り、学校へと向かっていった。


家から出たとたんに、隣の家から出てきた美少女会った。幼馴染の椎名弓である。だが、彼女は無言で顔をそらした。

「……おはよう」

勇気をだし正志は挨拶するが、彼女は思い切り顔をしかめる。

「あんた、私に話しかけるなっていったわよね」

「……ごめん」

正志は苦しそうに下を向く。

「いい。あんたなんかと友達だと思われたら、私まで迷惑するのよ。私の前に姿を見せないで」

彼女はそれだけ言うと、さっさと走り出す。正志は無言で後を見送った。

彼女とは幼馴染として長い付き合いがあるが、正志以外にはやさしく、誰からにも愛され、慕われている人気者だった。

しかし、醜いもの、劣る者を嫌う彼女は、正志という存在そのものが許せないのであろう。

彼女は正志の兄である正人と付き合っており、、妹の澄美からも未だにお姉ちゃんと慕われている。彼ら同士は暖かい光で結ばれ、理想の人間関係なのだろう。

弁護士として尊敬される父、医者として感謝される母、スポーツマンとしてモテる兄、アイドルとして愛される妹。そして彼らに実の家族より愛されている幼馴染の弓。

結構なことだ。だがそこに正志が入る余地はない。その光によって出来る影である正志は、彼らによって苦しめられていた。


さらに彼女は兄と付き合うようになり、妹からも未だにお姉ちゃんと慕われている。彼ら同士は暖かい光で結ばれ、理想の人間関係なのだろう。


結構なことだ。だがそこに正志が入る余地はない。その光によって出来る影である正志は、彼らによって苦しめられていた。

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