墜奏のエルンダーグ【KRF大賞】
鉄乃 鉄機
前編「ボクは、キミが人間だと嘘をつく」
ep1/25「紅星の魔神」
一閃。深淵なる宇宙の闇を、一筋の流星が切り裂いていく。
どこまでも深い闇に浮かび上がるのは、まるで蛍が彷徨っているかのような軌跡。遠目からではただの光点が伸びていくに過ぎない光景でも、接近すれば、その先端にあるのは巨大な人工物だと分かる。
全長150mの鉄塊、星々の光を押し退けるように突き進む物体は、まるで血のような深紅に染め抜かれていた。
――――そこに、血の通う人間が乗り込んでいるからだ。
そして、どこか儚げな印象さえ感じられる軌跡には、若さだとか、迷いだとか、おおよそ人が持ち合わせているような脆さを見て取ることも出来た。
――――そこに、一人の少年が乗り込んでいるからだ。
太陽など星々の一つにしか見えない深宇宙、人間など到達し得ないはずの宙域。
それでも、その物体には腕があった。
地を踏み締めるべき、脚があった。
あくまで自らが人型であることを誇示するように、紅い鉄塊はその異形を真空中に晒している。まるで甲虫が無理矢理人型を取っているような造形、半ば胸部に埋もれている頭部。表情無き顔面が震えると、縦に6本刻まれたスリットへ光が宿った。
魔神の眼から、月光の如き輝きが溢れ出す。
――――どうしてこんな事になったんだっけ。
魔神の胎内に身を収める少年は、不明瞭に曇り行く意識の中で自問する。
星間物質との相対速度、300km/s。光速の0.1%にも達する速度を叩き出す物体、光とも炎ともつかない尾を噴き出しながら進み行く機体の中は、不思議と時の歩みが遅れているようでもあった。小難しい相対論的効果の話など、少年には分からない。
ただ、なんとなく、彼にはそんな気がしていたのだ。
――――僕は何のために戦っているんだっけ。
不意の嘔吐感。くぐもった咳に息を詰まらせる少年は、口から赤黒い血を吐き出す。
負傷を検知。接続コネクタオープン、戦闘促進剤の強制投与開始。
途端に、機体側から流れ込んで来る種々の薬剤。強制投与ケーブルを伝い、血液脳関門を抉じ開け、血液中の薬剤が瞬く間に濃度を上げていく。専用の覚醒剤が脳髄へ染み渡って来る頃になると、少年の意識もだんだんと明瞭になって来た。
――――そんなの決まってる。あの子の、冬菜のためだ。
激闘に次ぐ激闘が、機体と少年を追い詰めていた。
つい五分前まで繰り広げていた戦闘でも、更に傷は深まっていた。
しかし、彼らにとっての本番はここからだった。
光へ。
魔神は何かから逃げるように、極彩色の円環を纏うゲートへ飛び込もうとしていた。
あと数十kmの至近へと迫った空間歪みは、得体の知れない輝きで視界を覆い尽くしている。ほんの一瞬、あと一秒も掛からずに突っ込んでしまう光を前に、少年の脳裏を一縷の恐怖が掠める。覚醒剤の作用に浸ってもなお、指先が震えた。
だが、少年は今さら躊躇うことはしなかったし、迷うこともなかった。
更に加速。赤黒い血に汚れた彼の口元が、ほんの僅かに動く。
「いくぞ……エルンダーグ」
全ては、宇宙に蔓延る敵をこの手で滅ぼす為に。
呪われた運命から、必ずや冬菜を救う為に。
とっくに限界を迎えていた少年を支えるのは、かつて冬菜が向けてくれた微笑み。優しくて、温かい、彼女の笑顔。本当なら高校生をやっているはずの少年は、もはや存在しない過去に縋るしかなかった。だから、今だけは記憶に身を浸す。
つい
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