#24 BTL_side-Charlotte

 わりかし裕福な家庭だったと思う。

 、家計が日々の生活に困っているという印象は受けなかった。


 日本人の父親は外資系の多国籍企業の役員で、イギリス人の母親は元モデルの現ジュエリーデザイナー。そんな両親の出会いはドイツの田舎町、とあるショーケースの打ち合わせで、互いに一目惚れだったと聞いていた。


 衣食住に別段の不便はなかった。家族の仲もありふれた、幸せと称されるものであった。

 優しい母に、厳しい父。時には叱り、私は泣いて謝ることもあったと思う。

 私を取り巻く環境に不具合はなかった。

 何一つ不自由のない家庭に、ただ一つあった欠陥品は―――私自身の身体であった。


 小さな頃から病弱で、入退院を繰り返す毎日。

 回復しては、また病気になるだけの人生。

 かろうじて生きていることに絶望を感じ、死を希望とさえ捉えていた。


 二階の東側に位置する自室、広い部屋の中から、窓を通して外を見つめ続けるだけの日々に、希望はなかった。

 当然その身体ではロクに学校にも行けずに自宅学習。友達や、恋人は愚か好きな異性も出来るはずもない。

 日々の暮らしは裕福でも、心は余裕を失い荒んでいくばかり。

 哀しくないわけがなかった。虚しくない日など有り得なかった。

 どうして私だけがと、運命を呪い続けた。

 どうかお願いしますと、神様に一心に祈った。


 しかし、運命は悪戯に私の心と身体を両面から痛め続けた。

 日に日に動かなくなっていく肉体カラダ、どんどん腐っていく精神ココロ

 私の病状は回復の見込みなどは皆無で、悪化の一途という坂道をひたすらに下り、辿る。


 その結果、一四歳の誕生日を迎えた直後のとある冬の日に私は、私の人生は呆気無く閉幕した。

 窓の外の世界は忙しなく動いていたはずだが、世間と離別した身の上では関係無く、私の命の時計はあっさり止まる。

 何の盛り上がりもなければ、期待させるだけの伏線もない。

 ただひたすらに起伏のない物語の著者は、ここで筆を置いたのだ。

 友だちと遊ぶことも、喧嘩することも、甘酸っぱい初恋も、心が裂けそうになる失恋も、普通の人生ならば当然に行うことを何一つ経験せずに、私は生を失った。


 そして、薄れていく意識の中で思った。


 まだ死にたくないと。

 強く願った。

 何も知らずに消えるのは嫌だと。

 あれほど強く思っていたはずの死への希望は消え失せた。

 無様にも掌を返し、まだ生きていたいと祈った。

 私は不条理な人生を呪い、必死に抗った。

 生にしがみつき、死に逆行しようとした。

 しかし理不尽に、強引に瞼は閉じられた。意識を失った。


 次に意識がハッキリとしたとき、私は公園にいた。

 窓からいつも見ていたその場所の、大きな大きな桜の木の下に。


―――姿、私はそこに立っていた。

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