#23 Initiation

 胸ポケットの辺りを探ると煙草を発見した。

 潰れた箱から一本取り出し口に加える。良かった、どうやら服装や持ち物などは公園で絶命した時点から変わっていないらしい…などと楽天的かつ能天気な感想を抱いたのだが、肝心要の火元ライターがない。

 身の回りのポケットというポケット、穴という穴を探したが、それでも見つからない。


 くそ、どこかで落としたか?

 って、ああ…彼に刺されたときか……気に入っていたのに。

 ちなみに僕が悔しがったことに、「それ」以外の別段深い意味はないよ? 本当それだけ。不良少年は嘘付かない。カネダもそんなニュアンスの発言をコミックではしてた…してたかな?


 火元を紛失し、所在なく口に咥えた煙草を上下に不機嫌に揺らしていたら、シャーロットが火をつけてくれた。

 しかも、文明の利器的なものは一切使わずに指パッチンひとつで。いよいよ無茶苦茶だ。マジでなんでもありなんだな…。


「…ありがと。助かるよ」


 久方ぶりの紫煙を深く吐き出して、一応のお礼を言う。

 生きていなくとも、煙草を美味いと思う自分が何故か異様に可笑しかった。


「いえいえ」


 嫌にへり下った対応に、少しばかり戸惑う。そんな気持ちを煙に含ませ吐き出した。


「一息ついた所で、ここからは僕が気持よく消滅きえる為の質問をするけど、構わないね?」

「それが貴方の望みならば」


 見た目麗しい年上のお姉さんに恭しく言われると、やっぱり何処かムズかゆい。

 大体その妙に下から目線で従順なキャラ付けはなんなんだ? 僕に前世で命を救われでもしたのか? 思い出したのか?


「僕を刺し殺したアイツは幽霊バケモノだね」


 僕を喰おうとした瞬間、不可思議に身体が戦慄き開いたアイツが人間だったら、流石に動揺し、仰天する。

 そんな人間、人類がいてたまるか。どう贔屓目に見ても、身体の構造が人類を逸していて、明らかに人のそれではなかった。UMAや異星人だって言われても大して疑わないくらいの異物感。


「そうね…人間的に、日本式に言うのなら自縛霊というやつかしら」

「自縛霊? 地縛霊じゃないのか?」

「そうとも言えるけど、この場合は自らを縛るって漢字のほうが適切ね」


 どういう事だろう? 僕にその差異は良くわからないのだけど、そこに大きな違いはあるのか?


「大抵の人間は死んだら、あの世に逝くの。『あの世』っていうのは広義での現世じゃない世界って意味ね。それは多くの人間はその存在を信じているから、そうなるの。でも、稀にそういった正規のルートから外れる者も出てくる」

「え? あの世に逝くのが正解なのか?」


 じゃあ僕は間違ったことをしようとしていることになる。それって理に逆らっていないか?

 なんとなく不安が募った。


「より多くのものが選ぶ事象が正解、真実となる。死後のシステムは実に民主的で、マイノリティに厳しいものなの」


 そういうものなのか…世界の仕組みシステムってのも結構合理的っていうか何ていうか、意外と曖昧で漠然としていて。思ったよりも人間臭い不完全なものなんだな。


「そういった中の少数派が私たち。あの世に行ったりせずに現世に命の無いまま留まったモノ…運命のレールから『ハズれたもの』。いわゆる幽霊とか妖怪だとか、モンスター的な存在。心霊現象を起こすのは私たち」


 へぇ、幽霊とか信じていなかったけど、本当にいるもんなんだなと、素直に感服した。

 にしても自らを縛った結果、世界のルールから外れてしまうというのは、何というか考えさせられる。


 彼女は僕の感心を帯びた思案顔を受けて少しばかり満足そうな顔になり、つらつらと続ける。


「彼…もう性別などは関係ないかな。でも、他に言い様が無いし、彼と言うわね。彼には何を置いても成し遂げたい思いがあって現世に縛られたのだと思う」


 そこには命を落として尚、貫き通したい、確固たる信念オモイがあった。


「でも、時の流れの中でその思いが風化して、感情の根っこの部分だけが残ってしまった。それはおそらく…誰かが憎い、殺したいほど憎いという誰もが持っている真っ当で歪んだ感情オモイ


 誰かを殺したい思いが、誰でもいいから殺したいにシフトしてしまったのだろうと、彼女は付け加えた。

 強い思いが、より純粋で簡潔シンプルな殺意に研がれてしまったのだと。


「その思想変革パラダイムシフトがどうして僕を刺すことに繋がるんだ? 誰でもいいなら、何で僕だったんだ? 対象が僕であったことに特に理由は無いのかな?」


 その偶然を運が悪かったで済ますのは、些か都合が良すぎる気がした。不幸だったで片付けるのは、どうにも腑に落ちないと思った。


 シャーロットは哀しげな瞳を揺らし、とぎれとぎれに答える。


「それは…私のせい、だと思う」


 いやいや、別に君は関係ないだろ?

 彼女は即座に僕の甘い言葉を否定した。彼女が首を横に振る度に、長い髪が切なげに儚く揺れ動く。


「あの冬の日に私と出会ったから。東雲雪人あなた幽霊わたしという、世界の理からハズれた存在に触れてしまった。その結果、『それ』に惹かれやすくなった。だから…私のせいなの」


 煙草が口から落ち、地面を跳ねる。小さな火花。弾けて繋がる要素。そうか―――


「貴方が公園で襲われているのを見て、瞬時に理解したの」


 これは私の欲が招いたことなのだと。


「ごめんなさい。私が望まなければ貴方は死ななかった。全部私のせいです」


 彼女の声が哀しく響く。今にも崩れそうな感情を吐き出すような懺悔。馬鹿だなぁ。


 僕はシャーロットを胸に引き寄せ、両手を背中に回した。幽霊なのに温かみを感じる。確かにその温度は人のものと同様に感じるのに、彼女は生き物ですらない。


「僕は、僕は君を恨んでなんかいない」


 腕の中で震えているのが分かる。彼女の感情も肉体を通して伝わってくる。こんなに思いつめるなんて、僕のほうが辛くなるよ。


「君のささやかな望みが罪だと言うのなら、あの日僕が君と話したかったことも同罪だ。君の罪は僕の罪でもある。君だけが背負うものではないんだ」


 あの桜の木の下で君を見かけて、話をしてみたかった。そこに大きな明確な理由はなくとも、とにかく話したかった。


「あなたは優しいから。でも、私の心が納得しないの。あなたを巻き込んだこと、あなたを公園で救えなかったこと。その全てが私に起因する。明確な私の過失。だから、どう贖えばいいか、そればかりをずっと考えている」


 掠れた声で自らの罪過を告白する懺悔者シャーロットの姿は儚くて今にも消え入りそうで、声を喪失うしなう程に美しかった。

 そして同時に僕は思う。僕が罰を与えなくとも、彼女はこんなにも自らを罰している。彼女に楽になって欲しい。そんなに重く受け止める必要なんて全くないのに。そんな憐れな罪人を救う方策はないものか?……大丈夫、多分ある。


「シャーロット。君が自分を許せないのなら、僕を助けてくれ。僕に対して負い目があるのなら、僕に協力して欲しい。僕一人では『彼女』を救えない。君が必要だ。そして全てが終わったら……僕と一緒に消えてくれ」


 彼女の僕に対しての負い目を利用する形になるのは心苦しいのだけど、互いの利害は一致している。

 僕は『彼女達』を救えるし、シャーロットは僕と自分自身を救えるかもしれない。悪い提案では無いはずだ。


 彼女は僕の薄い胸に顔を預けたまま、尋ねてきた。


「…ねぇ雪人。あなたはいつもこんな感じなの?」


 え? ここにきて何の質問だ? 顔は見えないが、なんだか呆れ顔のような気がする。幸いにもカラダの震えは止まっているみたいだけど。


「まぁ、多分…僕は、こんな感じ……かな?」


 人間、自分のことが一番わからない。身なりは確認できても心を映す鏡は存在しないから。他人を通して自分を評価するしかない。実に不合理で難儀な話だね。


「は~」


 シャーロットは顔を上げ、露骨にため息。眉間に深くシワを寄せている。どうしてそんなに難しい顔をしているんだ?


「どうしたんだ、シャーロット? 何故そんなに思い悩んだ顔つきなんだ?」


 彼女はやれやれとでも言うように大袈裟に首を振り、真っ直ぐに僕を見つめる。

 そして、耳元に口を近づけ官能的に囁く。息が、耳に、かかるっ。


「罪なひとね。あの娘の苦労が忍ばれるわ」


 おおぅ。色っぽい言い方。身に覚えのない冤罪だけれど、悪くない。じゃなくて、


「じ、じゃあ行くぞ、シャーロット」


 立ち上がり、彼女に手を差し出す。

 何にせよ、こんな序曲は、もう満腹だ。いい加減に物語を進めなければならない。


 僕らにとってなるべく気持ちのいい結末にするために。


「わかりました。御主人様。我が身は主のために」


 まぁ尽くすべき身は既に朽ちているのだけどね、とブラックすぎるジョークをかますシャーロットは僕の手の甲に唇で軽く触れ、両手でそれを包みこむ。そのまま額の前に持って行き、瞼を閉じる。


 誰かに祈るように。

 何かを願うように。

 全てを呪うように。

 

 まるでそんな愚かな自分を律するかのように。


 数秒間の透明な静寂。その後、彼女はゆっくりと口を開いた。


「恋敵を助けるのは癪だけど、それが貴方の目的ためであるならば…」


 実に嫌味成分たっぷりだな。隠そうともしない棘。


 真っ直ぐに嫌味を言えるヤツは果たして真に嫌なヤツなのかどうか……そんな戯言が頭の片隅に浮かんだが、それを煙に巻く技術を持たない無能な僕は、曖昧な苦笑いで場を濁し、誤魔化すしかなかった。

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