#2 Progress?
僕と亜希子の幼なじみコンビによる―――本当に…どう仕様も無いほどにくだらない小芝居が展開される陳腐な舞台は放課後の教室である訳だが、幸か不幸か―――それは二人っきりのロマンチックで素敵な舞台ではない。
なぜなら、放課と同時に全てのクラスメイトが教室を出ていくわけもないから。
当然ヒマでお喋りを楽しみたいヤツや親しい男女の交流を深めたいヤツ、或いは部活に行きたくなくて籠城すべく小さな覚悟を決め込んだヤツらなんかが少なからず存在している。
そんな群集の中の二人、我がクラスの誇るアホカップルが会話に参戦してきた。
いや…別に偏在する一組のカップルをクラスを挙げて誇る理由など皆無だけどね。あくまでただの
少し赤みを帯びた茶色の髪を持った小柄な少女と、無駄に高い身長と無駄に整った顔を持つ黒髪短髪ツンツンの少年だ。
「はいはい、夫婦喧嘩も大概にな? 雪人。クラス中の独り身さんが『死ねばいいのに』とか思って、呪いの言葉を呟いてるぜ? ひょっとしたら、今晩辺りに丑の刻参りとかしちゃったりするかもな」
せいぜい夜道では呪いに気を付けろよと、少年が不吉な言葉を結んだ。
大体夜道を歩く際に気を付けたところで、きっと丑の刻参りによるスピリチュアルな呪いは防げないだろうよ。余計なお世話だ。
続いて背の高い少年の陰からひょっこりと出てきた小柄な少女は明朗な笑顔でハキハキと冷やかす。
すげぇどうでもいいけど、今の登場の仕方がなんとなく大きなフキの陰から顔を覗かせるコロポックルを連想させた。本当にどうでもいいし、伝わりにくいのは百も承知なのだけど、そんな印象を受けた。もう僕の目には彼女は美麗な現代風コロポックルにしか見えない。
「相変わらず亜希子はシノちゃんにべったりだねぇ。ツンデレのツンがとことん希釈された感じの対応。全くもうベタベタしちゃってさ。冬なのにおふたりさんの周りは最高気温日々更新の常夏ですよってね」
お前らほど仲良くはねぇけどな、と反論。
というか、ツンが希釈されたツンデレって、属性を構成すべき大事な要素がほとんど抜けているし、存在意義自体が相当薄まって霞んでないか? 二人して発言に突込み所を用意してんじゃねぇよ。内心毒づきながら二人を見る。
コイツらは僕らの級友にして有数のバカップルである所の
通り一辺倒、雑な紹介もしたことだしとりあえず、僕としては先に出た話題から処理していこう。
「バーカ、僕とアキは単なる幼なじみ。仲がイイことは否定出来ない部分があるけど、それだけだ。幼なじみの一線を超えちゃいない。それ以上の関係でも以下でもないし、お前らほど濃密に熱烈にキャッキャウフフにイチャコラしてチュッチュムフフな関係じゃねぇよ。だよなぁ、アキ?」
「……………」
アキに話を振るが、彼女は答えない。亜希子さん? え? なにこれやばい…この感じは怒っていらっしゃいます? 否、確認するまでもない、完全に怒っている。
付き合いの長い僕じゃなくても分かる。百人中八九人ぐらいはその状態を憤怒の状態であると見なすだろう。
だって、なんかプルプル小刻みに震えているし、禍々しいオーラを撒き散らしているし。彼女の周囲の空気が少し歪んで見えるのは、目の錯覚か? ええ…本当に錯覚かなぁ…うわあ、錯覚であると良いのだけど……。
心の中で散々悪口を言ってごめん。陳謝するから歩かメグ。どっちでもいいから兎に角助けてくれ。どうやら僕は選択肢を間違えたっぽい。
僕には手に負えないこの状況に遭遇し、真っ先に浮かぶのが『誰か助けてくれないか?』という他人任せな解決法であるこの人間性、大変情けないヤツだと如実に思った。
このよろしくない空気を真っ先に察してくれたのはメグ。
小柄だが快活で気の回る少女だ。ともすれば男子と見間違えるほど短い髪の毛も、コロポックルと錯覚させるその佇まいも彼女にマイナスのイメージを植え付けるものではない、寧ろプラスに働く要素だと、今更感が否めないフォローを付け加えたい。
「と、とか言いつつシノちゃんは亜季子がすっごい大好きなんだよね? なんだかんだで物凄い大切なんだよね? だって亜季子があげたピアスをずっと着けてるもんね?」
さすがっす、メグ先輩! 僕の脳内におけるいい奴ランキングにおいて順位が著しくうなぎ登りだ。
心の中だけだとしてもコロポックルとか言ってごめんなさい。って、別にコロポックルは精霊だし、悪口では無いし侮蔑の意味を一切含まないんだけど、なんかごめん。もう言わないし思わない!
でもさ、一つ訂正しておくと亜希子から貰ったからって理由で着けてるわけじゃないよ? お気に入りのやつを無くして、他にないから着けてるだけだよ? 本当に。マジで。本気。それを除いたら大した理由なんてないよ?
そこに便乗する形で彼氏の方が好手とは言い難いフォローを乗せてきた。頭悪いヤツは黙っていろよ。往々にしてそういった類のヤツが乗っかったってイイことには絶対にならないのだから。
「そ、そうだな。雪人はアキちゃんがくれたライターを大事にしてるしな」
「ちょ、あんまりライターとか言うなよ!」
やっぱりね。彼女に比べて使えないな、お前は。無駄に高い身長をよこせ。このバフンウニ頭が。
馬鹿だけど顔が良くて基本的に一所懸命なイイヤツ(先程のフォローでは分かり難いけれど、歩は本当にイイヤツなのだ)なんてやめてくれよ、そんなのモテるに決まっているじゃないか。この場に一切関係ない同性としての軽い嫉妬。死ねよ。
一応説明しておくと、僕は現在十六歳の高校二年生。つまりは全然未成年だ。お酒も煙草も嗜んではいけないと法律で厳しく定められている。一応の法律ではね。
でもさあ、中学の先輩がなぁ。悪いやつは大体友達だったというか、友達が大体悪いやつになったし。
あるいは断り切れなかった僕の心の弱さが招いた悲劇と言えるかも知れないし、そんな大層なものでもないかも知れない。
始めた動機は置いといて、現在の僕にとっての喫煙とはやめたいと思う悪癖ではあるのだが、これがまあ、なかなか上手くいかずに中学二年から今へとズルズルきてしまった。
しかし、法律的な問題などトリアタマを有する歩は普通に分かっていない風で、とりあえず言いたいことがあるらしく流れのままに僕に聞いてくる。
「あれ? なんかまずかった? でも、ライター落として傷がついたとき、スゲーへこんでたじゃん? なあ?」
「あれは…その、普遍的に…そのなんて言うかさ……」
痛いところを突かれ思わず口籠もってしまう。
彼に対する基本的にイイヤツだという評価は見直す必要があるかも知れない。この野郎、バカのくせに変に鋭い。
が、しかし、そこに相方の女神様がきっちりフォローを入れてくれる。やべぇ疲れてんのかな? 小柄な体格のハズの彼女がやけに大きく見え、その後ろにご来光が見える。後光を錯覚。あぁ本当にイイ女だよな、メグは。
「とにかく! シノちゃんはそれだけ亜希子のことを大事に思っているってことでしょ? そうでしょ? だよね? ね?」
メグの大きく猫のような目が訴えている。お前も何か言えと強く主張している。むしろ大事だって言え、もしくは愛の言葉を囁けと強要している気すらしてくる。きっとそうに違いない。って、まじかよ?
どうしていいか分からないから助けを求めたのに。結局僕の所に戻ってくるの? 何そのブーメラン理論。大体そんなに気軽に愛を囁けるような軟派なキャラじゃないんだけどな…。えぇー。
…仕方ない。女神さまの仰ることだ、逆らうことなど出来ない。
大して良くない頭を回せ。そんなに多くない気合を入れろ、僕。
両手で軽く顔を叩き、真っ直ぐに亜希子を見つめる。
突然真剣な瞳を向けられた彼女が、え?と狼狽えたのを確認したが、それに構わずに僕は心中を吐露する。
「…そうだよ。メグの言葉の通りさ。僕は君が好きなんだ。でも、付き合いも長いし照れ臭いだろ? それに僕はひねくれているから素直にそれを言葉に出来ないんだ。だから、憎まれ口も叩くけど、それもひとつの愛の形なんだ。その証拠に小6でした約束もちゃんと覚えてる」
僕らが一二歳の時にした約束。幼くあどけない親しい男女にはよくある事。
そうだ。幼い僕らが交わした、純粋であどけなく、淡い透明で取り返しのつかない約束。
なんとなくセンチメンタルかつノスタルジックな気分になるな。僕も思春期なお年頃なのかな?
―――って何だ?
何でメグは口を両手で抑え、両目を輝かせている?
何で歩は口をあんぐり開けている?
何でクラスメイトたちはこっちを見ている?
何で亜希子の顔…いや身体中から湯気っぽいものが出ている?
そんなに変なことを言ったか?
わからない。
また間違えたのか?
全くわからない。
よく見れば亜希子の顔の赤みの質が違う気がする。
何でだ? そんな変なことを言ったのか? 僕は。
くっそ、何なんですか?
そんなに珍しいものでもないだろ?
こんなの――思春期の男女にはありふれて、よくあることじゃないか。
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