6-2


「それじゃ、石沢の前途を祝して……カンパーイ!」


「乾杯!」


「ったく大げさだよ。留学っていったって、どうせ一年で帰ってくるんだしさ」


 そう言いつつも嬉しそうにしている石沢の頭の上には、吉野が百均で買ってきたビビッドカラーのパーティー帽が乗せられている。


「就活はどうするか決まってるのか。向こうで留学生専用のキャリアフォーラムがあるらしいから、去年それ行った先輩紹介しようか?」


 就活が終わって、残り少ない学生生活を謳歌するためか金髪に染めた佐々木が言った。眉の色だけが地毛の黒色で、そのアンバランスさはジェル漬けの就活ヘアといい勝負だ。


「あーいいって。俺そういうのパス。元々就活が嫌で、留学してモラトリアムを楽しもうと思ったんだからさ」


「そうか。まあ気になったら遠慮なく言えよ」


「佐々木は人材紹介のコンサルになるんだっけ? いいよ、まじ向いてる。お前吉野の百倍はアドレス持ってるもんな」


「おいおいそれは俺の電話帳に失礼だぜ? 吉野透、吉野明美、吉野裕二、吉野かなえ、吉野征次郎……」


「全部家族じゃん」


 俺たちは部屋の壁が薄いことも気にせず大声で話し、笑った。この四年間、サークルや授業の話、恋愛についての時もあったし、流行りのアニメのことも、進路についても、俺たちはこの部屋で何度も語り合った。飾り気のない六畳一間の白い壁には、俺たちなりの思い出が染みついている。


「そう言えば、この部屋はどうすんの?」


「んー、今月末には引き払うよ。一年留守にする間、家賃払い続けるわけにもいかないしさ」


 石沢はサラッと言ったが、三人はしんとしてしまった。分かってはいたことなのだ。この街に永久に住み続けるわけではない。四年が過ぎたらそれぞれの居場所へと散っていく。それでも自分たちが住んでいた痕跡が消えてしまうというというのは、なんだか物寂しい。


「おいおい、そんなセンチメンタルになるのはやめてくれよー。そうだ、留学前に色々物を整理しようと思ってたんだよね」


 石沢はそう言ってゲーム機をセッティングし、テレビを点けた。吉野の目が光る。


「今からスマブラで勝負しようぜ。勝ったやつにはうちにあるゲーム一式プレゼント、でどうよ?」


「乗った」


「人生一大勝負の時だな……」


「いや、吉野、お前は負けとけって。これからロースクールの試験あるのに」


 ゲーム機としては現行のものよりもう何世代前のもの。俺たちが小学生の時は革新的だったごつごつしたデフォルメのグラフィックも、今や流行り廃れてチープさを感じる。だけど、俺たちのゲームはこれでなくちゃダメなのだ。口には出したことはないが、それは四人のうちの暗黙の了解だった。


「あ、そういや佐々木と石沢にはもう言ったのかよ」


 吉野がコントローラーの手を緩めることなく尋ねてきた。器用なものだ。


「何を」


「ほら、進路のこと。俺はバイトの関係でもう知ってるけどさぁ」


 そう言いながら俺のキャラクターに攻撃を入れてくる。俺はすかさずそれを躱す。なんとなくタイミングを逃して、まだ石沢と佐々木には言えていなかった。


「え、何、クロももう内定もらってたの?」


「どこの会社?」


 石沢と佐々木のキャラクターも密集してきて誰が誰と闘っているのかわからなくなる。


「会社じゃないよ。就活やめて、教員免許取ることにしたんだ。学校の先生になろうと思って」


「まじかよ。なんか意外だわ」


「な、石沢もそう思うだろ? さらにびっくりなのがさ、そのことをもう親には伝えてて、教員免許の勉強に集中するからバイトも辞めるんだってさ」


「うっそ。クロらしくない」


 石沢は声だけおどけつつも、着実にフェイントを狙ってくる。そういう彼の癖はよく知っているので、俺も石沢のキャラクターからは距離を置く。


「……なぁ、クロ、それ本気じゃねえよな。逃げる気かよ?」


 普段より低い声を出すので、思わず佐々木の方を見た。さっきまで笑っていたとは思えない、真顔でテレビ画面を睨んでいる。


「本気だよ。別に、逃げだって言われてもいい。俺自身は納得してるからさ」


 佐々木は「はっ」と笑う。そこには蔑みのようなものも込められている気がした。そう思うのは分かる。数ヶ月前の俺だったら、同じように思っていた。


「お前、後悔するよ。うちみたいな大学出といて教師なんてさ。そんなやつ俺の周りにはいない」


 佐々木のキャラクターが一番攻撃力の高いアイテムを取った。あれに当たったら一発で負ける。石沢と吉野は佐々木を避けるようにして動き、佐々木のキャラクターはまっすぐに俺のキャラクターに向かって来た。


「それでもいい。誰かに敷かれたレールじゃなくて、自分で選んだ道を進んでみたいんだ。……だから、お前はお前で頑張れ」


 一か八か。俺はアイテムを振り回す佐々木のキャラクターに攻撃を仕掛けてみた。――ヒット。古いゲームならではの判定の緩さのおかげで、佐々木のキャラクターの方が画面外に弾き飛ばされていった。そして、時間切れ。画面にWINの文字が大きく浮かび上がった。




「……悪い。ちょっと、飲みすぎた」




 佐々木はそれだけ言うと、立ち上がってトイレに向かった。石沢は佐々木の方を見やった後で俺の方へ寄ってきて、「ああ見えて佐々木はきっとショック受けてるんだぜ。クロと張り合うのが生き甲斐みたいなやつだからさ」と耳打ちした。


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