第11話 異世界にて鼻ほじり屋を開業する

 異界の国アンティナクルス

 

 人口およそ1万人の国、アンティナクルス。

 聖オルタナ国の西側、ユリキスの大森林の先を越えると石造りの大きな塔が国の中央にそびえ、国全体とその周囲を見下ろしている。

 聖オルタナ国の自治領に属しているが、アンティナクルスは外界との交流が殆どなく、周囲の国々からは”未開の土地”とまで言われている。

 

 この世界ではレンガや石を積み上げた簡易的な家が主流らしいが、アンティナクルスの建物を見るとRC造のマンションのような造りが多い。

 建物の大半はツタに覆われ、隙間からチラリと見える外壁部分を見るとかなり劣化が進んでいた。

 見た目は廃墟のような外観だが、窓が収まっていたであろう箇所には衣類などが掛けられており、人が大勢住んでいる事が窺い知れた。


 まあ、正確に言うと、この国には俺以外、人間という種族は存在しない。

 何でも、昔は人が住んでいたらしいが仕事や利便性を求め大都市に流れて行ってしまったらしい。

 人がいなくなった後、ユリキスの森に住んでいたリーザドマン、エルフ、河童等の多様な種族が移り住み、特殊な文化を形成しており、独自の文化を形成している。


「こんにちは。やってるかい?」


 腰にサーベルを脇さしているリーザドマンのベントラが俺の店にやって来た。

 この日、1人目の客だ。

 大好きなチェリーパイを食べてから仕事を始めるのが俺の日課なのだが大事なお客様を無下に追い返す訳にもいかなく、俺はベントラに。


「あぁ。やってるぜ。だが、早朝料金が追加でかかるけどな」と冗談交じりに口角を上げた。


「そうかい。追加料金はパトラの店のチェリーパイでいいかい?」


 ベントラは右手に持った包み紙を俺に差し出す。

 包み紙から漂わせる甘い香りに逆らえる事も出来ず。


「分かってんじゃねぇか。コーヒーを淹れるからそこに座りな」


 ベントラは「やりぃ!」と指パッチンして店に入り、椅子に腰掛けた。


「そういや、今日はあの金髪の色っぽい姉ちゃんはいねぇのか?」


 ベントラは人の店だと言うのに辺りを舐め回すようにジロジロと見る。

 正直、俺はこいつのこういう下品な所が嫌いだ。


「エミルは今、使いに出してるんだ。昼過ぎになったら戻ってくるさ。なんだ? デカイ図体してああいう女が好みなのか?」


 淹れたてのコーヒーをベントラに手渡す。


「いや、俺はもっと爬虫類っぽい女が好みでね。それより、旦那こそあの女の事...」


「ベントラ、世間話をしに来たのか?」


 苛立つ様子を察したのか、ベントラはコーヒーを啜り。


「ったく、面白味のねぇ奴だよ。お前さんは」


 リザードマンという種族は身体能力の高さから冒険者や傭兵といった仕事に就いている事が多い。

 目の前にいるベントラもこう見えてこの国の兵士をしているらしい。

 今まで会ったリザードマンは寡黙で無口な奴が多かったが、ベントラはよく喋る。

 というか、一人でずっとペチャペチャ口を動かしている。

 正直、客だから相手してやっているが、友人にはしたくないタイプだ。


「今日は治療頼むよ。最近、なんかだるくってよ」


 全く、初めから要件だけ言え。


「その隣の椅子に座れ」


 ベントラは「え? いちいち、隣の椅子に座りなおす必要どこにあるの?」と困惑しま表情で俺を見るが、威圧する邪眼を向けて有無を言わせなかった。

 因みに、移動させる意味はまるでない。

 ただ、ベントラに地味な嫌がらせがしたかっただけだ。


「よし。挿れるぞ」


「あ、あぁ。や、優しく頼む」


 ベントラは頬を赤らめ、まるで女子のようにモジモジと手を弄っている。


「なんだ?緊張してるのか?初めてじゃないだろう?」


「そ、それは......」


 ベントラが恥じらう顔を俺に見せまいと目線を下げた瞬間を見計らい、俺はベントラの穴に指を挿れた。


「もがっ! お、おい! 急に挿れるなよ!」


「タイミングが変わったからって痛みが取れるわけではないだろう」


「そ、それはそうだけど……。心の準備ってやつがあるだろう......」


 何が心の準備だ。

 図体の割にケツの穴が小さい奴だよ全く。


「お、おい!まだ、終わらないのか!?」


 ベントラは頬を赤らめ、苦痛に顔を歪める。


 ______バタン!


「何をやってるの!?」


 エミルは息を切らしながら扉を蹴破るようにして店の中に入って来た。


「何って......。治療じゃないか」


 俺は、ベントラの鼻の穴の中に指を入れた状態で振り返りもせずに後方にいるであろうエミルに向け、気怠そうに物を言う。


 エミルは何か変な事を想像していたのだろう。「そ、そうっすよね!」と何故か親しい後輩のような受け答えで頬を赤らめた。


 全く、騒々しいのも山の如し。


「血圧高低は見られず、マナの減少もない。ん? 鼻腔に何かあるな」


 俺は天の声からある5つの力を授かった。

 人差し指を鼻に入れる事で身体のコンディションを確認する事が出来るという能力。

 保有スキル等も分かるので、鼻に指を突っ込めれば相手のステータスも丸裸だ。


「な、何かって何だ??」


 ベントラは不穏な空気を察知したのか焦った様子。


「まぁ、待て」


 俺は、ベントラにそう伝えると一度、鼻の穴に挿れていた人差し指を抜く。

 指には緑色のネバネバした分泌物がクモの巣のようにまとわりついている。


「きたねっ」


 俺は指についたものを振り払う。


「うわっ! ちょい! こっちに飛ばさないでよ! 溶けるわ!」


 緑色のネバネバはどうやらユミルの足元に不時着したようだ。

 エミルは背中越しに文句をぶつける。


「......」


「謝りなさいよ!!!」


 まぁ、後ろにいる性奴隷一歩手前の小娘は放っておいて、今は目の前の客に集中しなければ。


 俺は次に中指をベントラの鼻の穴の中に挿れ、鼻の穴の中にあった何かを取り出す。


「モガッ! いつも思うがどうして中指を使うんだ?」


「中指は毒性を持つものに対して耐性があるんだよ」


 神から与えられた二つ目の力。

 毒、麻痺、呪い、ありとあらゆる物に耐性を持つ。

 因みに、以前、トイレで大をした際、ケツを拭くのを失敗した時に茶色い固形物が中指に付いたが臭いもしなかった。

 ケツを拭く際に茶色の固形物の事を気にする必要がなくなったのは思わぬ幸運。


「俺の鼻の中は毒沼だってのか!」


「そうは言ってないだろうが」


 施術中だってのに、ペチャペチャ喋りやがって。

 家畜用の麻酔でも打ってやりてぇ。


「エミル、これが何だか分かるか?」


「うわぁ! 汚なっ! こっち近付けないでよ!」


 エミルは大袈裟に驚き、声を荒げる。


「......そういうのいいから、早く答えて」


 俺だって好きで触ってるんじゃないんだ。

 早く答えろ。

 全く......。


「わ、分かったからそこから1ミリも動かさないでよね!」


「じゃあ、0.5mmだけ動かすわ」


「屁理屈キライ!」


 俺が華麗にエミルの揚げ足を取る中、自分の鼻の中にあった緑色のネバネバした固形物を遠い目をしながらベントラは見ていた。


「分かったから早くしてくれ」


 エミルは俺の傲慢な態度にイライラしていたが、ぶつくさ言いながらも緑色の固形物の解析を始めた。


「agl dn aj tth......」


 エミルはよく分からない言葉をボソボソと発し、緑色のマナの塊がエミルの周囲を飛び回り始め、薄暗い室内を幻想的に照らす。


「旦那。エミルは一体なにをしているんだ?」


「魔法であの緑色のネバネバを解析してるんだよ。解析魔法ってやつか?俺の人差し指は人体以外解析不可だからさ」


「へぇー。流石、国一番の魔女だい」


 ベントラが言ったとおり、俺の目の前で跪き、詠唱を唱えている金色の髪の巨乳美女はこの国で一番魔力が強く、尊敬の意を込め、魔女という呼称で呼ばれている。


 俺がいた世界では魔女という種族は忌み嫌われている事が多かったが、この世界では魔女は身近な存在であり、平民達からもそれなりに慕われ、「よくわかんねぇから魔女に依頼すっぺ」と謎な物や事は魔女に依頼しまくりだった。


「ふぅ......。分かったわ」


 エミルは一仕事終えた職人のように一呼吸し、上目遣いでこちらを見やる。


「で、どうだ?」


「うん。どうやら、未知の毒素がこの緑色のネバネバから検出されたわ」


「未知の毒素?」


「そうよ」


 ベントラは不安に駆られたのか、椅子から立ち上がり。


「何!? し、死ぬのか!? 俺!?」


 エミルは騒ぎ出すベントラをギンとした目でいなし、解析結果を続ける。


「結論から言うと、致死性は無いわ」


「なんだ。死なないのか」


残念そうにベントラを見ると、ベントラは「そりゃないぜ!相棒!」と顔を真っ赤にしていた。


「ただ、今は致死性がないかもしれないけど、何かと化学反応を起こし、有害な物質になる可能性もあるわ。早急にこの毒を消さないといけないわ」


ふむ。

確かに、エミルの言う事は正しい。

鳥インフルエンザみたいになったら大変だからな。


「よし。じゃあ、その毒を消してくれ」


「いいけど......。ベントラも一緒に消えるけど大丈夫?」


「問題ない。跡形も無く消してくれ」


「いやいや! 勝手に話を進めるな!」


ベントラは席を立ち、焦った様子を見せる。

まぁ、自分の命が掛かっているのだから当然か。


「ベントラ。これも世界の為だ」


ベントラの肩に手をポンと置く。

ザラザラして変な感触だ。


「もっと他の方法あるだろ!? ほら、解毒剤作るとか!」


「あるだろうけど、面倒くさい。ユミルは作れるか?」


エミルに話を振るが。


「作れると思うけど、面倒くさい」


と俺たち二人はリザードマンという種族に恨みでもあるのではないかと思うほどに冷酷だった。


「______解毒剤の生成。私の方からもお願いしたいのだが」


入口の方から声が聞こえ、そちらを見やる。

すると、そこには真っ赤なドレスに身を包み、金色の腰高の髪を二つに結った美しい娘が立っていた。


「......誰?」




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