第4話 ふうふ

「もがっ!」


 少女は恐らく今まで出したことの無いような下品な声を上げ、一瞬、自分が何をされたか理解出来ない様子でキョトンとした表情を見せた。

 徐々に鼻に違和感を覚え、視線を下げると俺の指が自身の鼻の穴の中に挿入されている事に気が付く。


 そう。

 俺は少女の鼻に二本の剣を突き立てていたのだ。


 "トライホーン"

 

 俺はこの技をそう呼んでいた... ...。

 この技は対人戦闘術として旧ソビエト連邦の特殊部隊の間で考案された。

 人間の急所というのは身体の中心に多くあり、そこを突くと相手に致命的を与えたり即死させる事が出来ると言われている。


 身体の中心部分にある鼻も例外なくそれに当てはまる箇所。

 しかし、俺はこの技を殺人に使う事はしない。

 人を殺せるという事は使い方や力加減さえ変えれば人を救う事も可能。


 確か似たようなことを大麻所持で捕まった女優も言っていたが、それとこれとは性質が違う。


 俺はこの技で人を落ち着かせることが出来ると予測していた。

 

 少女は恐怖からショック死しそうな勢いだった。喰われるかもしれない恐怖は相当なものだったのだろう。どうせ、喰われるなら出来るだけ恐怖の感情は消してあげたい。痛みも多少は感じないだろう。


 少女は俺をこのような状況に導いた張本人。

 宿敵のはずだが幼気な子が恐怖の中、目の前で喰われる様を見るのは後味が悪い。天国に行っても尾に引きそうだ。

 

 もう怖くないよ... ...。大丈夫。大丈夫。


 悟りを開いた僧侶のような柔らかい表情で俺は少女を見た。


「ぎゃあああああああ!!!」


 少女は俺の手を掴み、強引にトライホーンを鼻の穴から引き抜くと立ち上がり茂みから上半身が出ている状態になった。


「... ...あっ」


 気の抜けたような声がしたかと思うと、「ぐぬおおおおおお!」と地響きのような声がし、茂みの草は漫画のように爆風で吹き飛び、俺の姿も少女の下半身も露わになった。


 そして、目の前にはゴツゴツとした肌と大きな目をした赤いドラゴンが涎を垂らしながらこちらを見ている。

 予想は当たっていた。


 ドラゴンという非現実的な生物の登場に平常心を保っておけたのは漫画やアニメなどを見て、日々鍛錬していた結果だと感じた。

 しかし、状況は最悪。

 喰われる以外の結末が見付からない。


 覚悟を決め、目を閉じた瞬間______。


「レッドレクイエム!」


 と少女は何か呪文のようなものを唱えると辺りに閃光が走る。

 ドラゴンは攻撃を受けたのか、閃光により驚いたのかは不明だが「ぐぬおおおおおお!」と再び雄叫びを上げた。


「今しかない!」


 そう言うと、少女は俺の手を引き、空を飛んだ。


 □ □ □


「ほえ~。死ぬかと思った~」


 少女は確かに美少女なのだが、「ほえ~」という言葉を発するような外見でもない。

 なんだこいつブリッ子か?

 と若干死語になりそうな言葉を交えつつ驚いた。


 ここはどうやらまだ森の中のようだ。

 ドラゴンの姿は見当たらないが変わり映えのない景色に落胆した。

 どうせだったら王国的なものに連れて行ってくれて宿に泊めてあったかいスープでも飲ませてくれりゃあ良かったのに。


 地面に座り、素手で土をイジリながらふてくされる俺に少女は蹴りを入れる。


「うっ!」


 下腹部を強打され自然と情けない声が出てしまった。

 

「あんた! か弱い私に何してくれてんのよ!」


 や〇ざのように眉間にしわを寄せ、メンチを切る少女は美少女とは思えぬ表情で俺を問い詰める。


「え? 鼻に指入れただけだけど」


 淡々とした口調で答える俺。

 少女は顔を赤らめ。


「は、鼻... ...。こ・このエッチマン!」


 え? エッチマン?

 なんて恥かしい言葉をチョイスするんだと思い、何故か俺の顔が赤面し、同時に少女のぶりっ子疑惑にも拍車をかけた。


「それよりも、この場所はどこなんだ? 何故、俺がこんな所に連れて来られなきゃならんのだ」


 少女は落ち着きを取り戻し、俺に語る。


「ここはルビキタス王朝。あなたからしてみれば別の世界って言い方の方がシックリ来るんじゃない?」


「別の世界? まぁ、ドラゴンが居たり、空を飛んだり、まるで漫画やアニメの世界だ。念願でもないが、憧れていた異世界デビューってやつを達成して若干身震いしてるよ」


「それは連れてきて良かったわ」


「いや、ちょっと勘違いするな。別にこの状況に喜んでいるなんて一言も言ってない。むしろ、早く俺を実家に帰してくれ」


「それは無理よ」


「ですよね~」


 ここまでは予定調和のように話が展開する。


「そうか。帰してくれないのか。そうか... ...」


「納得してくれるのはこちらとしても都合が良いわ。さぁ! 私の国を救いなさい!」


 頭も下げる事なく、腰に手を当て堂々とした態度で国救いの命を受ける俺は何なんだろうか。

 常識がないというかなんというか、アニメを見てて一昔前の強引な女の子設定のキャラに飽き飽きしていた矢先に強引な女の子に出会うとは... ...。


 俺もつくづく運がない... ...。

 いや、待て。

 これじゃあ、俺も一昔前の運の無い主人公設定のやつになってしまうではないか。

 運がないとは言わないでおこう。


「はいはい。当然の如く異世界人に頼るんじゃないよチミ。あのさ、自分で言うのも癪だけどさ。こんな俺が勇者的な奴だと思う?」


「全然思わないわ!」


「いや、あんた、もう少し... ...」


「あ! 毛ほども思わないわ!」


「言い換える必要ある?!  少しは気を遣えよ!」


「気を遣う? ど、どういう意味かしら?」


「あー! ほら、出た! 都合の悪い言葉だけ分からないフリ設定! お前、そんなテンプレな設定で恥ずかしくないのかよ!」


「あなた、少しクサイわ。お風呂入ってるの?」


「急! お前がここに連れて来たから風呂にも入れてないんだろ!? 勘弁して!」


 先程から話は平行線上を辿り、全く持って無駄なやり取りをしている気がする。


「グヌオオオオ!!!」

 

 雷鳴のような声が近くから再び聞こえ、俺と金少女は言い争いを止め、目を合わせる。


「あなた、この国を救う救世主なのよね?」


 少女は上目遣いをして真面目な表情で尋ねる。


「いや、だから違うって。俺は普通の高校生だから」


 イラついた様子で答えると少女は腕を組み何かを考え始める。

 そして、少しして合掌のように手を合わせて、俺にこう提案。


「とりあえず、あのドラゴン二人で倒しましょう!」


「ん? んんん?!!」


 俺はその言葉を聞いて、痰が喉に絡んで変な声が出た。





 

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