抽選勇者の創造目録

月夜 裏兎

1章:創造勇者の誕生

Story01 《抽選の結果、勇者に選ばれました》

 ……おめでとうございます!あなたは抽選の結果、勇者に選ばれました!


 急に頭の中に流れてくる声。寝起きなのであまり理解が追い付かない。


 ……というわけで、異世界に転移してもらいます。衝撃に備えてください。


 は?ちょっと待て、何を言って―――











「うう……痛い……」


 異世界転移とかいうよく分からん言葉を聞いた瞬間に、俺の背中を支えていたベッドが消滅し、数秒の浮遊感の後に地面に叩きつけられた。


 いやいや、転送の仕方ってもんがあるだろう。空中で出現して落下とか、聞いたことないぞ。痛みで完全に目が覚めてしまった。


 暫くの間悶絶したあと、ようやく動かせるようになった身体を起こし、辺りを見回す。


 どうやら海岸のようだった。正面の海は地平線の彼方までどこまでも続き、砂浜もまたとんでもない長さだ。

 どうやら俺が落下したのはごく柔らかい砂地だったらしい。もしこれが石畳とかだったら即死だったんじゃないだろうか。


 俺の背後にはジャングルのような森林が鬱蒼としていた。海岸と森林って、なんか組合せおかしくない?あ、異世界だからいいのか。


 ちょっと待て、今思ったんだが俺は何の説明も受けてないぞ。いつも通り寝ていたら急に声が聞こえてきて……普通こういうのって説明があるもんじゃないの?


 周囲を見渡すが、何もない。そして今更お気に入りの寝巻きがゲームの旅人のような綺麗な服に変わっていたことに驚きつつポケットの中を探った。何か入っていた。


 一枚の手紙だ。きちんと封筒に入って、楷書で「如月きさらぎ つばさ」と、俺の名前が書かれていた。少し考えたあと、中身を取り出す。




“こんにちは。勇者当選、おめでとうございます。このような状況に至って不安な点もあるかと思いますが、最後までお読みいただければと思います。


 まず前提として、ここは貴方が住んでいた地球の日本ではありません。異世界《ロンヴェルギア》という所です。


 この勇者転生サービスは、知的生命体が存在する星の中で抽選で行われます。今回500分の1で選ばれたのは地球。そしてその約70億分の1の中から選ばれた幸運な方が、貴方なのです。”


 え、知的生命体がいる星って500もあったの?これ天文学者とかが聞いたらひっくり返るんじゃないだろうか。


 ていうか、勇者っていうくらいだから魔王とか倒すんだろう?抽選って、素質みたいなの無くて大丈夫なのかな。俺運動神経悪いよ。


不安に思いながら見進めていくと、数行空けて、また文章が書かれていた。


“転移成功、おめでとうございます。この手紙を読んでいるならば、貴方は無事にロンヴェルギアへの着地を終えたのでしょう。転送位置は完全ランダムなので、転移した場所が敵陣の中心だったり高度が高すぎたり、逆に地面の中だったりすると死にますから。転送される3分の1の方はそうなんですよ。”


 え……、やっぱ死ぬの?転送されてきて即死とか笑えない。俺はそれなりに幸運だったみたいだ。3分の2の人で良かった。背中はまだ痛いけど。


“あなたがこの世界から抜け出し、現実に帰還する方法は一つだけ。それは、この世界のどこかにある魔王城を探し出し、魔王を倒すことです。そうすれば貴方は任務完遂者となり、元の世界に帰ることが出来るでしょう。”


 え……っと、つまり俺、魔王倒すまで元の世界に帰れないの?

 俺の見た異世界転生モノって全部そうだったからまさか、と思ってたけど、此処も例外ではないみたいだ。


“もし貴方が死んでも、この世界は大丈夫です。数か月後にまた当選が行われ、新しい勇者が誕生します。貴方は46代目、【創世神の技量】を持つ勇者です。ちなみに、貴方のHPが無くなった瞬間、本当の意味で死にますので、注意してください。”


 何!?HPが無くなったら本当に死ぬだと?そんなことがあり得るのか?

 多分HPは数値化された俺の命。ゲーム好きだからそれは分かる。もしかしたら本当に死ぬのかもしれない。しかし、そんな安易に認めることは出来ない。


 さすがに怒りを覚えた。唐突に何者かに召喚されて、紙切れ一つ渡されて命がけのデスゲームだ。これはあまりに酷すぎないか。


“貴方はこう思ったのではないですか?なぜ自分がこんな思いをしなくてはならないのかと。こんなデスゲームに付き合わなければならないのか、と”


 心を読まれた気がして、思わず緊張する。


“しかし、これはゲームではありません。行動に死の危険が僅かながら含まれる生活、それは貴方の世界にも言えることです。この世界の住人はここを唯一の現実と定め、日々を生きています。これは死の危険が伴う遊びではなく生活……あなたの世界と同じなのです”


 ……そうだ。ここに住まう人――本当にいるのなら――にとっては、ここが現実。俺はそんな人たちと同じ土俵に上がっただけ。

 不意に、涙が零れた。

 帰れない、と認識した辺りから何かがおかしい。そして、もしかしたら死ぬかもしれないということを考えたら、抑えられなくなった。


 会いたい。母さんに。こんな感情を持ったのは何時ぶりだろう。俺は一人っ子だから兄弟は居ないし、父さんは幼いころに不慮の事故で他界した。俺を女手ひとりで16まで育ててくれたのは母さんだ。俺はまだ、そのお礼すら言えてないのに。

 あ、そうだ。今日は悠太の家でゲームする約束があったんだった。ごめん、悠太。行けそうにないや。


 とめどなく涙が溢れる。袖で拭うが、一向に収まろうとしない。

 俺は拳を握りしめて、声を上げて泣いた。こんなに泣いたのは、子供の頃に膝にガラスの破片が刺さったとき以来だ。あの時病院に連れて行ってくれたのは母さんだったね。その後、悠太もお見舞いに来てくれたっけ。

 あの時は身体がすごく痛かったよ。でも今は、その時と同じくらい心が痛いよ。


 ごめん母さん。俺、何も恩返ししてやれなかった。昨日の夜、母さんは早く会社から帰ってきたんだ。俺はゲームの続きがしたくて、おかえりとだけ言って自分の部屋に籠った。

 あの時ふと、仕事お疲れ様、とだけ言えたら。時間は10秒とかからない。たったそれだけで良かった。なのに俺は――。


 その後、母さんや悠太、少ししか見たことがない父さん、お世話になった先生、色々な人の顔や思い出が浮かんだ。


 ごめんなさい、みんな。もう俺、会えないかも知れないんだ。なんの恩返しもせずに。


 俺はその場にうずくまり、延々と泣き続けた。











 どれくらい経っただろう。


 俺は数時間ほど泣きつくし、大分心が落ち着いてきた。


 俺は、もう泣かない。絶対に。この世界の魔王を倒し、現実に帰還するその日まで。


 簡単に死んでやるものか。絶対に帰ってやる。そして母さんに、今まで育ててくれてありがとう、と言うんだ。そして悠太には、遊びに行けなくてごめん、って謝るんだ。


 その時まで、俺は泣かない。生きる希望を捨てない。それが、俺にできる最初の恩返し。


 俺は空の天辺まで昇った太陽を見上げ、耳に届くさざ波の音を聞きながら生きていく決意を固めた。

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