海峡の底、トンネルの先に

青樹加奈

 もう一度、このトンネルを歩いてみよう。


 下関と北九州市の間には人が歩いて通れる小さな海底トンネルがある。関門海峡の地下深くひっそりと人道のトンネルがあるのだ。


 私は下関側からエレベーターで地下へと降りて行った。

 エレベーターを降りてトンネルの入り口に立つ。

 幅四メートル、青く塗られた壁面を白い蛍光灯が照らしている。

 長さ七百八十メートルの真っすぐなトンネルはすり鉢状になっていて、門司側の出口は見えない。まるで、人生みたいだ。先が見えているようで見えない。

 あの日も、私は父の言葉を信じてこのトンネルを歩いた。


美弥みや、トンネルを抜けたら、そこで待ってるんだよ。必ず迎えに行くから」

 私は何も考えず、父の言う通りにした。

 トンネルは明るかったけど、誰もいなくてちょっと怖かった。

 五歳だった私は、壁に描かれた魚達をみながら歩いた。そして、トンネルを抜け門司側のエレベーターに乗って地上に出た。トンネルの入り口の前は海だ。真っ暗な海から吹き付ける風が冷たかった。震えながら私は父を待った。でも、父は来なかったのだ。

 その日、私は父に捨てられた。

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