第参話

「ただいま戻りました」

「ただいまー」

「戻り、戻りー」


各々おのおの帰宅したことを告げる言葉を言いながら、屯所とんしょの戸を開け中に入る。すると、奥の方からばたばたと急いで此方こちらに向かって来る数名の足音が聞こえた。


「長谷川隊長、日代ひしろ隊長、後藤隊長お疲れ様です!」

「お帰りなさい隊長!!」

「ご無事でなによりです……!」


あっという間に五、六人ほどの男たちに囲まれ、様々なねぎらいの言葉を掛けられる。


男より女に囲まれたい俺だが、戦場いくさばから帰ってきたこの時ばかりは、毎回生きて帰ってくることができたんだなって思うことができる。……まぁ、今回獲物を仕留めたのは俺たちじゃねぇけど。


若干の苦笑を浮かべつつ、ちらりと俺に抱えられたままぐったりとしているやつを見る。


着物の裾から覗く腕は細く、肩甲骨けんこうこつまでありそうな艶やかな黒髪は地面に向かって垂れ下がっている。小柄だからという理由もあるだろうがかなり軽い。つまり何が言いたいかと言うと、こんなひょろっひょろのガキが本当にあの大物を仕留めたのか?と言うことだ。いや、あの時確かに、その光景を己の目で見たのだから信じるしかないのだが、夢だったんじゃないかと疑いたくはなる。


そうこう考えていると、隊員の一人が不思議そうな顔をしながら問い掛けてくる。


「あの、長谷川隊長。その人は一体……?」


俺はふーっと息を吐いて、目覚める気のないそれをノスケに向かって投げつける。


「バカアニキ!いきなり投げんなよ!!」


ノスケはうわっと奇声を上げながら飛んできたそれを受け止め俺を睨み付ける。


「拾ってきたんだよ、道のど真ん中で寝てやがったからな。じゃ、俺は不破さんたちに報告しに行かにゃならんから、そいつのこと頼んだぞノスケ。適当に空き部屋とかに放り込んで見張っとけ」

「はあっ!?何で俺がコイツのこと──って、待てよアニキ!!」


うるさわめくノスケを無視してすたすたと進んでいく。俺はさっさと報告してさっさと休みたいのだ。


しかし、あの人たちに、細っこいガキが俺たちの獲物を仕留めやがりましたー。なんて言ったら、直ぐに帰してはくれないだろう。絶対色々聞かれる。


どう言ったもんかなー。俺、明日非番だから早く部屋帰って惰眠を貪りたいんだよなー、だらだらしたいんだよなー。などと不謹慎なことを考えてる内に目的の部屋へと着いてしまう。


まあ、着いちまったもんは仕方がない。ここまできたらあれだ、なんとでもなりやがれ、だ。ちょっとくらい寝るのが遅くなったって俺、文句言わない……多分。


意を決して襖に手をやり、そのまま勢いよくスパーンッ!と豪快に開く。途端に、中にいた三人の顔が一斉いっせいに俺の方を向く。


「二番隊隊長、長谷川誠司はせがわせいじただいま戻りやした」

「おい、長谷川。襖はもっと静かに開けろって何回言わせりゃ気が済むんだお前は?」


ドスの利いた声とともに、悪人面あくにんづらの男にぎろりと睨み付けられる。


「そんなおっかねぇ顔しないで下さいよ不破さん。あんたの元からこえぇ顔を更に恐くしちまってますぜ。そんな顔してたら、みんなびびっちまいますぜ」


と、悪人面の男もとい不破さんに向かって軽口をたたく。それに対して不破さんは、悪人面のくせして中性的で尚且なおかつ美形の部類に入りやがるその羨ましい顔をにやりと歪ませながら笑う。


「安心しろ長谷川。心配せずとも俺はゴツくて脳筋猿で汗臭ぇお前よりかは人望あるし、女にももてるからよ。俺としては自分よりそんなお前の方が心配だけどな?」

「ぐおおっ、い、今のは効きましたぜ不破さん……!」


くそっ、流石は毒蛇の舌をもつ男、俺の繊細な心を的確にえぐってきやがるぜ……!!


「……伊月いづき、長谷川君。そろそろその茶番を終わらせて下さい。局長が待ってらっしゃるじゃないですか」

「いや、気にしなくていいぞ伊月、誠司君。君らのやり取りは中々面白いからな。見ていて飽きん」


と、眼鏡を掛けた男もとい古澤さんが、溜め息交じりに言う。すると、部屋の一番奥でどっしりと座っていた、強面の男もとい及川さんはがははと豪快に笑う。


「ったく、吉平きっぺいさん、そんなに笑うなよ」


不破さんは苦い顔をしたが、直ぐに真面目な顔つきになり、俺の方へと向き直る。


「──で、長谷川。今回の任務の出来はどうだったんだ?まあ、お前のその様子を見る限り、他の二人もなんともなさそうな気がするがな」

「あぁー……、まあ、そうっすね。俺以外の野郎二人も無傷でぴんぴんしてますぜ……」


思わず歯切れの悪い返事をしてしまう。当然ながら、不破さんたち三人はそんな俺の反応を見ていぶかしげな表情を浮かべる。


「誠司君、戦場いくさばで何か悪いことでも──」

「──いや、そうじゃねぇんだよ及川さん。俺たち三人には何もなかった。それは間違いねぇよ。ただ、俺が言いてぇのは、今回の任務で獲物を倒したのは俺たちじゃねぇってことだよ」


及川さんの言葉を遮って言う。


及川さんは呆気あっけにとられた顔をし、不破さんは眉根を寄せ、古澤さんは依然として訝しげな表情を浮かべている。


「お前らじゃないってんなら一体だれが仕留めたってんだ?此処には俺たち以外に戦えるやつなんていねぇ筈だろ。まさかそこら辺にいるガキが仕留めやがったって言うんじゃねぇだろうな?」


不破さんが冗談を言うのは止めろと言うような声音こわねで言う。


「そのまさかなんすよ。ひょろっこいガキがたった一人でクソでけぇあやかしをぶっ殺しやがった……。夢でも見てんのかって思っちまいましたよ」


先程俺の目の前で起こったあの信じ難い──というか今でも夢ではないかと疑っている──出来事を思い出しながら話す。


不破さんは俺の真剣な目を見てか、俺が嘘をいているわけではないと判断したらしい。


「で、その妖を倒しやがったガキってのはどういう奴だ?」

「背丈や身形みなりから見て大体十三……、いっても十五ぐらいの年した流れ者じゃねぇかって思います」

「今、何処どこにいる。そもそも生きてんのか?紅月の化け物と殺り合ったんだろ、無事じゃねぇはずだ」

「生きてますぜ。まあ、案の定、ぼっこぼこにされた上に障気に当てられてぶっ倒れやがったんで連れて帰りました。今ノスケのやつに空いてる部屋に放り込んで見張っとけっては言ってあります」

「なるほどな……。──吉平さん、真助しんすけ、どうする?」


不破さんは及川さんたちの方を振り返り尋ねる。


どうすると言うのは、噂のガキを今すぐ叩き起こすか、目覚めたらそのまま解放するかなどを含めた意味でのどうするだと俺は考えた。


「そうですね……、私は目が覚めるまで待つべきだと思います。無理に起こしてもまともに話せるとは思いませんし、直ぐにまた気を失うかと」

「じゃあ、地京は使うか?」

「分かりきったことを聞かないで下さい。あの子にもしものことがあったらどうするんですか?」

「だろうな、お前ならそう言うと思ったぜ。俺もお前と同じ考えだ。──ってことで吉平さん、決めてくれ。俺たちはあんたの言うことに従うぜ。なんたってあんたは俺らの大将だからな」


そう言われた及川さんはやれやれと首を振って、分かりきった答えを聞かないでくれと言う顔をしながら告げる。


「私も君たちと同じ意見だ。その子供が目覚めるまで待つ。あかねは使わない。いいな?」


その言葉と同時に不破さんと古澤さん、二人の副長かうなずく。


「──ってことだ。お前はもう下がっていいぞ長谷川」

「うっす。じゃ、お疲れ様でした」


と言いつつ部屋を出て自室へと向かう。


こうして俺の一日は幕を閉じた。

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