第3話My one and only love

③君と僕と君と(発表会)マイ ワン アンド オンリー ラブ


ふむ〜。


持主は自分を片手に戸惑っている。

ぽそぽそ小声で「え〜そんな…」と言った気がする。

小声は自信なさの現われだろう。


管楽器の中でも最も目立つトランペットという楽器を選んでいるからにはソロが嫌いという奴はいないだろう。ハーモニーだけ好き、という奴は他の楽器を選ぶに違いない。

という事はだ、持ち主は単に自信が無いだけだろう。

ま、音域が下のGから1オクターブ半ぐらいでは分からないでも無い。


トランペットはやはり高音部を担う事が多いため、最低ト音記号の五線紙より上の音のGかAまで演奏で使える音が出ないと中々厳しい。

曲も限られるし、そもそも、そんな曲あったっけ?な感じでもある。

せめてEが出ないと本当に演奏する曲があるのかどうか。

後は原曲より何度か下げた編曲で演奏するしかない。ちょっと邪道チックだが仕方ない。音域が無いのだから。


基礎練習は大切で常に行っていかなければならないが、曲も吹いていく必要がある。

基礎練習で出来るからといってメロディーが吹けるとは限らない。メロディーは様々な音の組み合わせでありリズムもある。それなりに練習をしないとランダムな音の羅列と長い短いのリズムで吹けるようにはならない。

後は下手くそでも心に残る演奏、上手くても印象に残らない演奏というのがある。これこそ持って生まれた才能というもので出来るか出来ないかのどちらかだ。出来る奴は最初から出来るし出来ない奴は出来ない。進歩していく、というより最初から持っている表現力が洗練されていく、という感じだ。

技術力はここまで顕著ではないが、やはり持って生まれた才能に最終的には左右される。

何とも厳しい話しだか止むを得ない。


こんなことばかり呟いていると地道な努力をは無駄、所詮、才能ではないか、と思ってしまうがそれはそれで違う。才能は日々の地道な練習の上に花開くものなのだ。その事を知っている才能がある奴等が天才なのだ。

日々の努力を重ねていけば、天才とは言えなくてもあるレベルまでは辿りつけるのだ。


この点について持主は良く理解しているらしく飽きずに日々、毎日練習を黙々と積んでいる。

さすが、自分を選んだ持主だ。

最低、そのラインに達していないと本当に楽器でいる事に萎えてしまうかもしれない。

ん?んんっ?

ま、自分の持主なのだから…やっぱ、楽器(親)馬鹿でないとやってらんないからな。贔屓目になるのは仕方ない。


最近では持主達の発する音声の意味もだいぶ理解出来るようになってきた。

自分で言うのも何だが、持主が自分に対して発する言葉の大半は「綺麗」「ぴかぴか」「良い楽器」「Kちゃん」とかの讃め言葉だ。

「Kちゃん」というのはどうやら自分の名前とかいうものらしい。持主の言葉によると「ヨナス・カウフマン」「キャサリン・ジェンキンズ」※1のKという事らしい。高らかに歌って欲しいとの願いが込められているみたいだ。

ただし、持主の力量ではそれがいつになるのかわからない。

嘆息…


と思い巡らせているうちに曲が決まったらしい。

My one and only love をソロで吹くらしい。

持主にはちょっと難しい。

曲はそれなりに長いしバラードだからスローだし。

少し可哀想かも。

始めて1年経って無いし。

と、自分は思ったのだが…


が、持主は先生を信じて練習を開始した。始めた時から練習が好きな奴だったが…

吹けないと一瞬でも考えていない。

馬鹿と言おうか何と言おうか…


吹けない、吹けない、吹けない、吹けない、、、、


何とか曲らしい形になりホッとしたのは発表会前日の夜だった。

あ〜しんど。全くひやひやするよ。何で発表会なんか出ようと考えるかな。先生に言われたって、始めてから半年ちょっと何だし断わればよいものを。

1日1時間、週5日、約7ヶ月、そんなちょっとの時間で自分を演奏出来るようになると考えるほうがどうかしてる。

かのウィントン・マルサリス※2だって朝2時間、昼2時間、夜2時間、という1日6時間練習を重ねて重ねて今があるのだ。

1週間で5時間じゃウィントン・マルサリスの1日にもならない。


とにかく曲っぽくなったのだから良しとしなくては。その点では頑張ったのかもしれない。


そうしてついに迎えた…発表会の日…

持主は緊張でやや寝不足。

だめだめ、リラックスしなきゃ。

ほら、笑って、顔の緊張緩めて。

やばい、滅茶苦茶緊張してる。

そんなんじゃ出る音も出なくなっちゃう。

あ〜、自分の声が聞こえたら良いのに。

自分を握る手に力がこもり過ぎでいたい。


緊張すると唇が固くなって発音し辛くなるのだ。


リハーサル…

…、バックにピアノ、ベース、ドラムが付く。プロの人達なので普通に上手い。

何だかわくわくうきうきする。

この中で演奏するのか〜。

ライトに煌めくぴかぴかのボディー。

ああ、待ちきれない。

おっ⁈曲になってるじゃん。間違えず、音も落ちる事無く吹けてる。やれやれ、取り越し苦労か。

良し良し。下手くそなのは仕方ない。先ずは曲に聞こえる事が、大切だ。


午前中のリハーサルが終わり後は本番を待つだけとなった。


胸が高鳴る。

早く鳴りたくて待ち切れない。

早く、早く、早く、


………、ごめんよ…自分の事ばかり…


緊張してこちこちになった君は本番で普通に演奏する事が出来なかった…

曲の最高音が基礎練習の時に出せる最高音のため、本番で出る出無いはその時のコンディションに左右されてしまう事が往々にしてある。

その音が出なかったためパニックになった君は吹けるはずのところも吹けなくなってしまい演奏にならなかった。

終わった時、泣きそうな顔してた。


君、そんなにしょんぼりしないで。

誰でも最初はそういうもんだよ。

だって始めてたったの半年ぐらいなんだから。


君には僕がいるよ、この身が保つまで。

ずっと一緒だから。

君と僕と君と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る