君と僕と君と

Kmaimai@文フリ東京ア-25

第1話 Beethoven Symphony No.5 mov.1

君と僕と君と


ショーウィンドウの中で微睡んでいると作られた事や出荷された事は遠い昔に思え、記憶が曖昧になってくる。

たまに、一緒に並べられている奴と共に取り出され小さいと思われる部屋で試奏されたりする。

下手くそ以前の初心者、まあまあ吹ける奴、プロと思える奴、色々いる。


あ〜、楽器と生まれたからには自分の特性を生かし、思い切り曲を奏でたいと、思う。

オーディエンスを楽しませ、感動を与え沢山の拍手を受けたいと思う。

演奏家の超絶技巧に応え高らかに歌いたい。

そう思うのは至極当然の事ではないか?


まあ、自分の値段からするとそこまでは無理だとしても…夢は大きいほうが良い。


自分YTR83Mは2014年のマイナーチェンジを経て現在に至っている。

で、自分はTp、所謂トランペットという楽器。

ラッカー仕上げの燦然と輝く黄金のBody。

Tpの中でも超軽量を誇り、高音、所謂ハイトーンを楽々奏でる。

音色は明るく華やかでソロにぴったりの楽器。


と、言っても購入して貰わなければ演奏されることも無く、壁の花ならぬショーウィンドウの花のままだ。


何日も過ぎ、何週間も過ぎ、何カ月も過ぎ…

ショーウィンドウに来てからどれくらいの月日が過ぎたのかもはや分からなくなった頃、その時は突然やって来た。


何挺ものTpが取り出され、今までより広い部屋に連れて行かれテーブルに並べ置かれた。

中古のYTR83X、中古のYTR83M、新品のYTR83A、新品のYTR8310が3丁その他何丁か。

新・中取り混ぜて10丁。

手持ち無沙汰で溜め息混じり寝落ちまじりにぽけっとしていると重たい防音室の扉を押し開けて二人が入ってきた。

二人は楽器を見回すと何やらごにょごにょと音声を上げ意志の疎通を図りだした。

やがて大きな方がやにわに1丁取り上げると鳴らし始めた。

素晴らしい‼︎

艶やかで力強い音色、キーンとしていてずっしりとした音。多分、ああプロなのだ。超高速の光の太い束がベルから紡ぎ出されていく。

更に次の1挺、1挺と鳴らされていく。

ハイトーンもハイトーン、隆々と鳴り響く。


ああ、良いな。

ちょっと胸が高鳴る。


と、大きいほうが小さいのにまた何やらごにょごにょと音声を発し身振りでテーブルの上の鯉状態の我々を指し示した。


小さいほうはおずおずと手を伸ばしてきて危なっかし気な感じでYTR83Xを掴むと更に覚束ない手付きで唇にあて息を吹き込んだ。


?ま、一応、音?だな。

こもってて空中を飛べない音は鳴った端から地べたへ落ちて行く。

それなのに、小さい奴はごにょごにょと大きい方に向かって音を発してYTR83Xを置き、その後再び手に取る事は無かった。

小さい奴は大きいほうに促され次々に我々を試奏して行く。

時たま、大きいほうに何やらごにょごにょと音を発して。


楽器は右と左に分けられ、左側が徐々に減って行く。自分は左側に残ったままだ。

左側に残った楽器は何度も何度も大きいのと小さいのに鳴らされ1挺1挺、右に片付けられて行く。

…最後に残ったのはYTR8310新品と自分YTR83Mの2丁になった。

小さい奴があいつと自分を代わる代わる持ち比べる。行ったり来たり何度も何度も…

そして、ついに自分をしっかりと握ると大きいほうに合図を送った。


ええっ?えええっ⁉︎

自分を選定するのか?お前が?

目の前が真っ暗になった。

初心者…

自分の夢、プロに演奏して貰う夢は…

オーマイゴッド‼︎

今までのショーウィンドウに陳列されていた日々が走馬灯のように浮かんでは消えて行く。

微睡んでいただけと言われればその通りなのだが…

人生、基、楽器生は自分の思うようにはならないもの。

楽器には持主を選ぶことは出来ない。ただ選ばれて買われて行くだけなのだ。


そうこうする内に楽器ケースが持って来られ、大きいほうが小さい奴にまたごにょごにょすると小さい奴はTp用のカヴァー(袋)も購入し、おまけとして付いてくるお手入れ品の説明を受け、ひとまとめにして袋に入れて貰っている。

自分の胸には大きな穴が空いた気がし溜め息が漏れる。あ〜あ、と。

そうして持主となった小さい奴は自分の横に来るとカヴァーに入れるべく優しく丁寧に自分を持ち上げた。

持主の目をふと見ると喜びできらきらと輝いている。白い頬も心なしか上気している様に見える。

きらきら、きらきら、きらきらの瞳。


う〜ん…そんなに嬉しいのか…。


その夜、ケースに入ったまま自分は持主と一緒にベッドで眠りに就いた。今日は疲れた。一度に沢山の事があった。

きらきらの瞳、きらきらの瞳。

自分は負けたのだ、そんなに喜ばしげに輝く瞳に。

プロで無くとも上手く無くとも自分に喜んでくれる持主が一番なのかもしれないと。

金管楽器の命は短い。弦楽器とは比べものにならない。20年前後だ。金属の磨耗や錆びは防ぎようがない。

自分は横ですやすやと寝息を立てる持主に、その短い間を君と供にとそっと囁いた。


君と僕と君と供に


でも、続くsee you again chao

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