第4話 真っ昼間のダンス

 1DKのマンション、その六畳間に三人というなかなかに人口密度が高い部屋で、俺たち三人はドラマを見ていた。プライムタイムの結婚がテーマ? のラブコメディを。なんとなく話題だから、という理由で視聴している。


 本編を見終わり、次回予告の場面で俺たちは液晶画面に釘付けになった。アリスはともかく、リュツィと俺は少なくとも釘付けだと思う。


 その理由は、ダンスだ。ちょこまかと動く可愛らしい振り付けで、登場人物たちが楽しそうに踊っているのだ。こちらまで楽しくなってしまうこと請け合いの笑顔と動きで。


 端的に言うと、こちらまで踊りたくなってくる。体の奥からわくわくとした気持ちが溢れ出てきて、それが顔を自然と綻ばせてしまうのだ。


 なぜだろう、他人なのに、どうして心の底から楽しそうに嬉しそうにしていると思えるのだろう。ドラマを見て感情移入してしまっているからか。それもあるだろう。でも、それだけではない気がする。うまくは言えないが、おそらくたとえ画面の向こうでも、その人達の感情は様々なものがファクターとなって伝わってくるのではなかろうか。こういうものを見ていると、人の感情というものはたとえどれだけ離れていてもどこかでつながっている、とさえ思えてくる。人の精神は解明できていない部分も多い。そんなロマンチックな力が備わっているなら、それが解明されれば、たとえ世知辛い世の中でも、その世界に独りで生きていたとしても、自分は一人ではない、と勇気をもらい寂しさを和らげることもできるのではないか、などと夢見がちなことまで考えしまう。そんな風に人間が進化できれば……なんてことも。少し感傷的になりすぎた。せっかくの楽しい内容なのだから、楽しまなければ。


 と思っていたら終わってしまった。ダンスから予告に切り替わってしまった。うーむ、余計な思考が多かったな。



 それも見終わり、CMに変わったところで、リュツィがレコーダーを操作して録画していた先程のドラマを再生し始める。すぐに早送りに切り替え、例のダンスの部分から再生。またも楽しい場面が始まった。


 ダンスを最後まで見終えて、リュツィはまたダンスの部分を繰り返し始める。


「まだ見るのですか? リュツィ様」


 アリスの言をそっちのけにして、リュツィはさっと立ち上がる。すると、なんと、踊り始めた。


「リュツィ様……」


 それを呆気に取られて見ているアリス。小さな口を少し開けているさまは普段見ることがないので新鮮だ。


 しかし問題はリュツィだ。なにが問題かというと、完コピ、つまり完全コピー、振り付けをマスターしてしまっていることが問題なのだ。それもキレッキレの動きで。


 これには俺も口を開けざるを得なかった。しかも輝くような笑顔も忘れずとても楽しそうである。


「ほら! トオルとアリスも! 早く!」


 さらには俺とアリスに加われと言ってくるリュツィ。……え。マジで? 


「いや、俺はそう言うのあんま上手くないし、遠慮しておこ――」


「仕方ありませんね。リュツィ様のご指名とあらば」


 俺の言を遮り何気にやる気のアリス。あれ、そこ乗っちゃう? 乗っちゃうんですねアリスさん。


 引き気味の俺を置いてリュツィに加わったアリスは、またも、これまたキレッキレのダンスを始めだす。ミス一つない動作で。ちょっと、まさかの本気モードですか……、アリスさん。でも表情はいつもと全く変わりませんね。だがそこがいい。ていうか二人とも、よくこんな狭い場所でキレッキレに踊れんな。さすが外人とでも言ったところか。


「ほらトオルも! 狭いからそこでいいから!」


「え、でも俺……」


 全く振り付け覚えてないんですが……。ていうかホントに踊らなきゃなの? というか今、家のこと何気にけなしたよね? 狭いから、つったろ。一人用の部屋に無理やり押しかけといて。まあいいけど。


「振り付け全然わかんないだけど……」


 と言うと、


「真似してたら覚えるだろ! ほら早く!」


 なんでそんな焦ってんの? なにを急ぐ必要が……。


 ドラマの熱が冷めないうちに、ってことか。……ったく、仕方ないなあ。


「よし! それでいい! 私達を真似すればいいから!」


「お、おう……。えーっと……こうか……?」


 そんなこんなで、どういうわけか踊る羽目になった。なにこれ。なんなのこの状況。どうしてこうなった。



 ダンスを何十周したかわからないが、俺がまともに踊れるようになって数周したところでパーリィはお開きとなった。


「いやあ、楽しかったなあ」


「たまにはこういうのも悪くありませんね」


「……つ、疲れた」


 あとでスマホで見つけた記事により、かの有名スケーターがこのダンスを踊り動画サイトに公開していることを知り、それを見たリュツィは、


「むう……。さすが本職の人間はキレが違うな。だが負けんぞ!」


 いや彼、本職はアイススケートだから。ダンスもまあ中に入ってるかもだけど、本職じゃないから。それになに対抗心燃やしてんの。まだ踊る気か。もう止めてよ? 足ガクガクだから。ね? 


 まあしかし、俺も彼のキレッキレ完コピダンスを見て流石だなあ、と感心した。


 これは、彼が王座を譲ることはないかな、と思わされるくらいには。

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