ロリとメイドとちょっと変わった日常

kapuri

第1話 つぶらな瞳

「おい、すごいぞ。魚五千匹が埋め込まれたスケートリンクだって。ジンベイザメとかエイとかも見えるらしいぞ」


 部屋に一つしかない椅子――俺のデスクチェアに我が物顔でふんぞり返りながら座っているリュツィが好奇心旺盛に言う。デスクチェアを少し回しては戻し、少し回しては戻し、を繰り返し、140センチほどの身長には長すぎるフラクスン(明るい金髪のことをそう言うらしい)の髪を揺らしながら。


「椅子回すのはいいが、物倒したり壊したりしないでくれよ。ただでさえ狭いんだから」


 くるくるしながら32インチ型液晶テレビに首を向けるローリングロリータに注意する。しかし当の彼女は「わかってるわかってる」などと言ってロリロリローリングを止めず、蛇や猫と同じ縦長の瞳孔を通常より開いて黄金の目を輝かせている。


「リュツィ様、あまり回りすぎると目が回り、気分が悪くなります」


 ベージュのカーペットの上に正座して粛々と諌めるのはアリスだ。彼女はリュツィより上背があり、話ではたしか154・4444センチだとか言っていた気がする。なぜ一万分の一の位まで事細かに測っているかは別として、アリスもリュツィと同じ金髪だ。しかし外見では正反対に見えるプラチナブロンド(トウヘッドとも言うらしい)だが。正確には金髪という種類だが、間近で生の金髪・銀髪を目にしたことがない俺からしたら銀髪に見えてしまう。


「大丈夫大丈夫、私そんなやわにできてないから。私の三半規管フルメタルだから」


「しかし……」


 調子のいいリュツィに対し言葉を濁すアリス。両者とも人形のような目鼻立ち、色白さだが、アリスの方が感情の起伏がないため、よりアンティークドールじみた印象を感じる。アリスの目は血のような真紅、瞳孔は黒だろうか、けれど形は常人と同じだ。両者に言えることだが、視線を合わすたび目を見開いていしまうつぶらな輝きであることは間違いない。ちなみにリュツィの三半規管はフルメタルではない、と思う。多分。


「トオル! このアストロワールドっていうのはどこにあるんだ? この近くか? 歩いていける距離か? どうなんだ?」


 リュツィはローリンローリンを止めることなく期待に満ちた声で聞いてくる。そのままはやぶさライダーになってしまいそうだ。けれど申し訳ないが、俺ははやぶさライダーでも普通自動車一種免許を持っているわけでもないので、その期待に応えることはできそうにない。


「すごく遠い。歩いていったら何日、何ヶ月かかるかわからん。すまんな、近くになくて」


 俺が言うとユニシン(衣服のメーカーで正式名称はユニバースシンクロニシティ)のあったかズボンとあったかちょっとだぼだぼパーカーを着たリュツィはローリンを止め、「……そうか。すごく遠いのか……」とつぶやくように言った。ついでに言うが、アリスの服装は黒を基調とした洋風のワンピースである。袖の端や首、スカートの裾など所々が白となっているのがポイントか。オタクが見ると、「この子レイヤーかな? かわいいなあグフフ……」と思ってしまいそうな出で立ちであることは否めない。


「懸命な判断です。あとから後悔するのはリュツィ様自身なのですから」


 リュツィがロリロリローリンを止めたのを見て、アリスが言った。口元からなんとなく感心しているように見える。しかしちょっとズレてますねアリスさん。


「そうか! テレポートすればいいんじゃないか! 私としたことがそんな簡単なことを忘れていたとは! お忍び生活が祟ったか!」


 急に興奮しだすリュツィ。その目はさきと違って爛々とした輝きを取り戻している。おいおいちょっと待て、テレポートとかそんな簡単ってところもツッコミどころ満載だが、それはダメだぞ。なにがお忍び生活が祟ったか、だ。お忍びなんだからそんな大胆なことしたら駄目だろうに。


「待て、それはよせ。そんなことをすれば色々と面倒なことになる――」


 …………。


「かもしれない……。……くっ、遅かったか」


 制止の言葉の最中にリュツィは光に包まれて消えてしまった。おそらく今頃は例のスケートリンクを見て目をキラキラさせているに違いない。


「すみません、私が止めるべきでした……」


 アリスは目をつむって頭を下げてくる。ミディアムストレートの髪をサラリと揺らしながら。


「いや、俺がもっと早く言っていればよかった……」


 と、互いに自責の念に駆られていると、デスクチェアの周りを光が包み始め……。


 光の収束と同時に金髪が降ってきた。


 大胆不敵なパツキンはポフッとデスクチェアに納まると、


「うーむ……。あれはダメだな。うん、残酷過ぎる」


 なんて抜かした。しょんぼりした様子で。どうやら思いの外期待はずれだったらしい。それに違った感想を抱いたようだ。


「テレビでも言ってただろ。残酷過ぎるって批判が多かったから休業するって」


 チャンネルを切り替え、金髪ロリが放送されていないか確認しながら言うと、


「そうだな。たしかにそんなこと言ってた。ちょっと気が早かったみたいだな! 私としたことが」


 こちらの瞳孔が開いてしまう笑顔で反省するリュツィ。いやいや、ちょっとどころじゃない勢いで早かったよ。心が身体を追い越すレベルで早かったね。ともすると隕石落下で町一つ壊滅クラスに光速でした。それに十分私としたことだと思います。うん。


「一仕事したらお腹が空いた! トオル! ご飯だ!」


 無邪気な子供のように空腹を訴えるゴールデン居候。その図々しさはまさにゴールデン。メダルが貰えそう。

「もう出来てるぞ。手、洗ってから美味しく頂け」


 テーブルに並べた自作の夕食をつっと見てから言う。


「もう洗った!」


 と言いながらリュツィは慌ただしくテーブルの前に座り、手を合わせた。そして「いただきます」、と挨拶をしてから箸を持って拙い動きで食事をつまみ始めた。


 と、思ったのだが、リュツィは夕食を前にして固まっており、俺はどうしたのか、と疑問符を浮かべ話しかけようとすると、


「ト、トオル……これ……」


 こちらを残酷な光景でも目の当たりにしたかのように気まずそうに見つめてくる。


「ダメですよ、リュツィ様。ご飯を粗末にすると目が潰れてしまいます」


 アリスはそう窘めて、「いただきます」と手を合わせ食事を開始する。俺はそこではたと気づいた。


 あ、そういうことか……。う、うーむ。これはちょっとひどいことしたかな……。はは。


「トオルぅ! これ、ほんとに食べないといけないのか!? ほんとにっ!?」


 俺はリュツィのつぶらな瞳と夕食のつぶら? な瞳を交互に見て、言った。


「うーん……。食べないといけない、かな……?」


「えええ~!?」


 リュツィは夕食を見た瞬間こう思っただろう。


 ギョギョッ、と。

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