第2話 兄ちゃんは最強

俺のギルドでの仕事は、まず掃除から始まる。

下っ端中の下っ端だから、受付も依頼管理も買取りも解体も加工も修理もさせてもらえないからね。

ほら、いくらコネのある新人アルバイトが入ったとしても派遣でも正社員でもないのに会社のデリケートな業務にグイグイ入っていけないでしょ。

できるのは、ギルド内外の掃除と併設してる簡易宿所の掃除、食堂兼待合所のウェイター。

あとは、冒険者達のお湯係。

冒険者が帰って来たら必ずってくらい汚れて帰ってくる。血だったり、ドロだったり、汗だったり、なんだかよくわからない粘液だったりね。

あ、カラフルな粉まみれの冒険者もたまにいる。近場の森に、かなりデカい蝶のモンスターがいるんだけど、蛍光塗料みたいな鱗粉を威嚇行為としてかけてくるそうだ。

その鱗粉は、顔料や塗料になるんだけど水に触れると彩度がさがる。

でも素材としては、扱いやすいってんで買取りもしている。


お湯で流したら買取り出来ないから、低いランクの冒険者は、お金を少しでも貰うために、布を地面に敷いて体や髪にブラシをかけて粉を落とす。


因みに、お湯は本来だったら井戸から汲んで、火を起こして沸かすんだけど…俺は、ちょいとズルをしちゃうんだなぁ。

村長さんちの次男坊は、知識そのままだから暇なんですよ。勉強しなくていいし、家の仕事も手伝いもない。かといって村の子供達と無邪気に遊ぶのも精神年齢的に合わない。


ここは異世界なんです。ということは魔法があるんです。しかし、小さな田舎に魔法の教科書的なものも学校もないんです。使える人も少ないからね。


だから、あの手この手試行錯誤して独学で魔法使えるようになったんですよ!コツ掴んだら意外と早く修得できたよ!特定の魔法だけだけどね…属性的に合わないモノとかもあるんだ。

俺は、特殊な聖魔法とかそういうのは全く使えないみたいで、いくら練習してもうんともすんともいかないで諦めた。

人間諦めが肝心って言うだろ?見切りをつけて他のモノを試したりしたいしね。


魔法漬けの毎日ってどれだけ暇だったんですかね!!自分でも引くよ!!


とまぁ、そんな感じで水魔法をチョチョイとアレンジしたらお湯出せるんです。これ出来なかったら、掃除の片手間ずっと薪割りだよ…ゾッとする。

俺の可愛い手が肉刺と皸塗れになっちゃうよ。

バーベキューとかキャンプファイヤーみたいな面白行事でもないのに、薪割り火の番!!しょえー、勘弁勘弁。

あ、平々凡々と過ごしたいので魔法が使えるのは内緒。みんな使えるんならいいんだけどね…この世界じゃ、才能のある人とか学校に通えるような金持ちしか使えないみたい。更に、魔法属性とか魔力の量とか適性も関わるみたい。

色々なことがクリアされて初めて使えるのが魔法って感じ。

ま、これは冒険者ギルドに出入りしてる大人に聞いたことだから未確認なんだけど。

あの人たち、飲みながら嘘と真実織り交ぜて話ぶっこんできたりするからね。


「エル君、掃除終わったら食堂の手伝い頼むよ。今日は、前から話してた調査騎士団が来るからさ。」


ギルドマスターのサジムさんが、無精髭の生えた顎を摩りながら話しかけてきた。

いつもは豪快に笑いながら話しかけてくるのに、都から厳しい目を持った調査騎士団が来るからか元気が無い。

目が厳し人が団体で来るんだから田舎の管理職としたら気が重いか。

管理職以外に、不正してなくてもドキドキしちゃう小心者ってのもあるけど。


「分かりました。不備や粗相のないようにお手伝います。お湯はどうしますか?思い切って浴場を開けますか?」

「13名で来るそうだから桶や盥で出したら間に合わないだろうな…はぁ…仕方が無いから開けるか…エル君、悪いがお湯の用意は今日はいいから、浴場を開けて貰えるかな?」

「分かりました。浴場と食堂にかかりきりになってしまいますので、その他発生した雑務は出来ませんのでご了承ください。」


サジムさんに頭を下げて、ギルドの受付に村長である父さんが、預けていた鍵を受け取り、普段締まりっぱなしで少々放置気味である村唯一の浴場へと向かった。


この浴場は、元の世界の銭湯みたいなもの。

だけど、水も火も人力なわけですよ!魔法も使えない、水道もない、ガスも電気もないんだから毎日維持なんて夢のまた夢。

最後に使われたのっていつだったかな…あっ!アジュールと母さんが、都で風呂に入った父さんの話を聞いてから、風呂に入りたいって我が儘炸裂させた一昨年だったか…

カラコット村の風呂祭になって、村のみんなで入浴したんだよな。あ、混浴じゃないよ。入れ替わり制だったからね。


あれ以来とか…怖いなぁ…あの後ちゃんと浴場洗ったかなぁ?最後みんな湯船で酒盛り始めちゃってたしな…

酒の肴とか残ってたら、見たことないような虫だったり、異臭を放ってたりするよ!


色々と思い出される度に、なにやら不穏な空気を醸し出す様に見える浴場の大きな扉の前で、不安に騒ぐ胸を落ち着かせるために深呼吸をした。


「南無三!!!!」


意を決して南京錠の鍵を開けて、観音開きの扉を勢いよく開いた。


「きゃぁあああ…ああ…あ?…あれ?意外に綺麗だな…」


無駄に叫んじゃったよ!!恥ずかしい!!誰にも見られてないよな?

紅くなっているであろう熱い頬を両手で抑えながら、周りを確認すると…ね…見てる人っているよね。


「忙しそうに走ってる姿が見えたから来たんだけど…お兄ちゃんが手伝って上げるね。エルは、意外と怖がり屋さんだから。」

「あ…ありがとう…ライル兄さん」


兄ちゃんありがとう!!生暖かい慈愛に満ちた微笑みをありがとう!!今の俺のリアクションを忘れてくれたらもっと助かります!!


「ギルドに鍵を預けていただろ?管理もギルドに依頼してあるから定期的に手入れもしてくれてるんだよ。軽く掃除してから浴槽にお湯を入れようか。」


ギルドで働いてるのに知らなかったのかって?

知るわけない!依頼に関して蚊帳外だもん!


「お湯入れるって…兄さん、浴場の湯船は、水を入れて沸かすんでしょ?とりあえず掃除用に水を汲んでくるね。」


ふふ…兄ちゃんもウッカリ屋さんだなぁ。一昨年沸かしたの忘れちゃったのかな?

ヘラヘラ笑いながらバケツの様な桶を抱え、兄のわきを抜けようてした時、肩を力強くガッチリ掴まれて動けなくなった。

何事かと兄の美しい顔を見上げると、今まで見た事のないような黒い笑みを浮かべていた。

あれ?弟の分際で兄ちゃんに意見したからかな?怒ってんのかな?ヤバい…怖い…


「兄ちゃん?」


怖すぎて声が震えるし、呼び方も賺した呼び方出来なくなってるよ!

普段優しくって爽やかイケメンが黒いとか恐怖だよ!!半泣きだよ!!


「エル…俺は知ってるんだよ?可愛いエルが魔法を使えること…」

「……ひゃぁあああっ!ごめんなさい!秘密にしてて、ごめんなさい!」


低い地を這うような声で囁かれ、恐怖が頂点に達し、飛び跳ねて離れ叫びながら土下座しちゃったよ!

鳥肌がハンパない!皮膚が剥けそうなくらい鳥肌!!チビッちゃいそうだ!

なんなんだよ!うちの兄ちゃん魔王かなんかなの!?何でもお見通しなのかよ!


「やだなぁ、そんなに怯えない。ほらほら、泣かないの。……ちょっとからかいすぎちゃったかな?」


いつもの爽やか笑顔で俺を抱きしめながら頭を撫でる兄ちゃん。頼むから魔王にクラスチェンジしないでください。

鼻水を啜りながら涙を拭いて見上げ、もう1度小さな声で謝った。

今度から兄ちゃんに秘密事は作らないようにしよう。あとが怖すぎる。

美形が怒ると迫力のある。あ、アジュールなら大丈夫かな。


「エルは、寒い日に湯気を髪から出してる時がたまにあって気になってたんだ。それで後をつけた事があってね。」

「そ…そうだったんだ…」


茶目っ気たっぷりって感じのウィンクしてくるけど、マジで怖い!!忍者なの?暗殺者なの?スパイなの?かなり気をつけて樽風呂楽しんでたんだけど!上がって時間おいてから家に入ったのに!!

俺は、震えを止める様に、兄から手を離して自分の体を抱きしめた。


「みんなには内緒にしてね。魔法だって少ししか使えないし、いう程じゃないからね?」

「エル?お兄ちゃんは、正直に全て話したら誰にも何も言わないし、怒らないんだよ?俺の言いたい事…頭のいいエルグランなら分かるよね?」


いやぁぁあああ!マジで兄ちゃん怖いよ!!笑ってるのに目が笑ってない!俺、殺されるよりとんでもない事になるんじゃないの!?


「お兄ちゃんは、大好きなエルのことで知らないことなんてないんだよ?」

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