第167話 次の仕事へ

「キーンの旦那!この女っす。おい、挨拶しろ」


リットランに促されて女が軽く頭を下げる。


「こんにちは。キャリーです。わたしに何かご用だって聞いたんですけどー」


筋肉の動き、発汗、呼吸・・・表情からは余裕が見えるが、この女が緊張しているのは手に取るようにわかる。


「お前がキャリーか。なんで呼んだかは分るよな?」


「いいえー。もしかしてわたし何か悪いことしたんですかー?えー」


「男どもがお前に随分入れ込んでると聞いた。問題も起きたそうだな。お前の言い分を聞きたい。話によってはお前にはここから出て行ってもらう。何か言うことはあるか?」


「わたしは一生懸命お仕事・・・みんなの相手をしているだけですよー。そしたらみんながわたしを取り合ってケンカになっちゃって・・・でもーそれってわたしが悪いんですかー?違くないですか?わたしのせいじゃないですよー」


「そうか。その言い分は分からんでもないな。しかし俺としてはこのままお前を放置しておくことはできない。俺にとって大事なのはお前じゃなくてここの従業員だからな。お前が自分で問題を解決出来ないなら、ここを出ていってもらうしかない。それが一番手っ取り早い。いいな?わかったよな?」


「えー。なんでわたしがー。わたしは何も悪くないのにー」


「そんなことはどうでもいい。お前は別の場所で商売をすればいいだろ?こっちの都合で追い出すわけだから数日分の路銀は迷惑料として出す。話は以上だ。もう行っていい」


「でもー。せっかくみんなと仲良くなったんだから、わたしもっとここで頑張りたいんですー。そうだー。キーンさん、今晩わたしと遊んでくださいー。そうすればわたしのことを好きになってもらえると思うしー。ね?キーンさん」


キャリーがゆっくりと近づいてきて俺の手をとった。そしてそれをそのまま自分の胸に持っていく。この女の目を見ていると、少し頭がジンジンしてくる。酒でも飲んだかのような酩酊感。やっぱりこいつ魔法を使うんだな。


「オイ」


「ギャ!」


とりあえずビンタ。グーパンするほどじゃない。


「旦那!」


リットランが驚きの声を上げる。俺が暴力を振るうのが意外なんだろうな。今まではフランクに付き合ってきたからさ。リットランには手で制止の合図。


「オイ女。オイ、聞こえないのか?」


うずくまったままの女は顔を上げて無言でこちらをにらんでくる。魔法を使うのに視線が必要なのかな?うん。やっぱりそうらしい。またジンジン来た。もう一発ビンタ。


「なにすんのよ!なんでこんなひどいことするの!わたしが何したっていうのよ!ひどい、ひどい、ひどい!」


女がギャーギャー騒ぐから小屋の周りに人が集まってきたようだ。さすがに中にまで入ってくるやつはいない。女の狙いは虜にした男を呼ぶことか。


「何したって、魔法使っただろ?精神操作系の。威力は低いみたいだが頭がグルグルしてちょっと気持ちよかったよ。これは中毒性がありそうだな。連発もできるのか?」


しょぼい魔法だが結局は使い方次第だもんなぁ。じわじわと虜にできるっていうなら周りの疑いをかわす意味では有用かもしれない。気付いた時にはってやつだ。


「魔法ってなによ!そんなの知らないわよ!ひどい!ひどいよ!思いっきり叩いて!」


ホントに知らないのか?無意識のうちに魔法を発動した?なんてな。俺の「気配察知」はこの女が狙って魔法を使ったのを捉えている。


興味があったから魔法をくらったが、この程度か。大した魔法でないのはある程度予想できていたけど、思った以上にしょぼい性能だな。


「うるさい。黙れ」


「ひどいよ!いくら偉い人だからって何回も叩いて!ひどいよ!誰か助けて!この人にわたし殺されちゃうよー!」


女は叫びながら小屋の外に出ていった。俺も後に続いて外に出ると、何十人もの労働者達が集まっている。この中には女の客もいるんだろうな。面倒だ。さっさと事態を収拾して終わりにしよう。


「お前ら!この女は魔法を使って男を操っていた!俺が今確認した!だからこの女はここから追い出す!文句は聞かん!不満ならこの女と一緒にどこにでも行け!」


「みんな!わたしを助けて!この人に思いっきり叩かれたんだよ!わたし何もしてないのに!助けて!この人をやっつけて!」


キャリーが叫んで助けを求めると、何人かの男が前に出てきた。こいつらが魔法の犠牲者か。手には鉄の棒だの、手斧だのを持ってる。あーあ、もはやこんなんじゃ緊張感も出てこねぇな。「身体強化」をだいぶ抑えて発動して全員打ち倒す。


「え?」


女は口を開けたまま固まっている。俺は男達を倒した流れで女の目の前に移動。こんどは腹パンをお見舞い。血反吐を吐いて吹っ飛んでいく女。パンツ丸出しで倒れてる。色気はもちろんない。


「文句のあるやつは出てこい!」


周囲全員に向けて声を張り上げたけど、誰も何も言わない。


「この女には穏便に出て行ってもらうつもりだったが、こいつは俺に魔法を使って攻撃した!許すことは出来ない!もう一度言うぞ!文句のあるやつは言え!」


やっぱり誰も何も言わない。まぁこの状況で言う度胸のあるやつなんてなかなかいないよね。俺は確かにまだガキと言われてもおかしくない年齢だけど、いま目の前でマッチョな鉱夫をボコったばかり。舐めてくるヤツなんかいないでしょ。


吹っ飛んだ女のところまで歩いていき、腰から抜いたナイフを躊躇なく胸に突き立てる。舐められたらこっちも引けないんでね。死んでもらうよ。女の体から魂が漏れ出てきた。神秘的な光景ってやつだな。魂を掴むと分かる。女の魔法は「魅了」。


これが「魅了」?こんな程度の能力しかないのか?俺が使えばまた違うかもしれないが・・・うーん、ちょっといらないかな。


「ザジール!女のキャンプに行って説明を頼む。見舞金を出しておけ。倒れてる男達は魔法で操られてただけだ、何日か閉じ込めておけ。そうすればもとに戻るだろ。また問題が起こったら町へ手紙で知らせてくれ。じゃあ俺は行くぞ?」


「お、おお。分かった。すまんかったな。手間をとらせた。作業は遅らせんから心配せんでくれ!」


「いいんだ。分かってるよ。じゃあな」


ちょっと強引だけどたまには引き締めないとね。いつもニコニコの俺しか知らないと調子に乗っちゃうヤツが出てくるし。血で固めてやろう。


やることやったら人目につかない場所まで歩いて「転移」で移動。跳んだ先は以前しるしを作っておいた草原地帯だ。


「一つは片付いた。あとはシュラー、チャンネリ、それに」


救世主。聖域。魔族。ゴール。はぁ。


シュラーとチャンネリはいい。いつでも会える。面倒なのは魔族の男、ゴール君。


聖域を確保するためには救世主を殺す必要があるとか言ってな?ハハハ、そんなの無理だろ。あんなのどうしろっていうんだ。しかも異常な強さの獣人さんもいたしさ。


ってか、あの獣人さんの強さはなんだ?俺の気配察知でも何が何やら状態ってさ。やる気無くすよね。まぁ獣人さんはともかく、そもそも聖域を新規に作る必要なんてないよ。


聖域が欲しいだけなら戦力を整えて既存の聖域を占領したっていいんだし。いろいろ厄介なことになるだろうけど、救世主殺しより難易度は低いと思う。


またしてもゴールにはやられたな。これじゃヤツからもらった情報は何の価値もないってことじゃんすか。全くのタダ働き。それどころか大幅な赤字だわ。


救世主様とゴール君。どっちも得体が知れない化け物だ。マジで俺を巻き込まないでくれよ。神話だのおとぎ話だのは、あとで絵本にでもなった時に読ませて頂きますから、どうぞ勝手にやって下さい。俺みたいな俗物に構わないで下さい。お願いしますよ、バカヤロー。


今のところ化け物に対抗する術はないしさ。森に新しい聖域を作るってのはきっぱり諦めよう。あの御神体だった木はあれ単体で有用なんだからそれでいいじゃないか。


俺にあとどれくらいの時間が残されてるかはあのゴール君次第だけど・・・はぁ、もう少し頑張ってみるか。シュラーとチャンネリにがっかりされない程度には何かを得ないとな。


よし。まずはあそこに行ってみよう。初心に戻るってことで、お世話になった人達にたっぷりと恩返しだ。そういうのって人として当然の行為だもんね。俺が色々変わったようにあっちもこっちも変わってることだろう。やる気がなくなる前に行動行動。


「転移」


うん、一瞬だね。懐かしい我が故郷。孤児院。


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