第152話 お呼びじゃない

「キーンさん。今日はお店に来てくれるんでしょう?私達ずっと待ってるのよ?」


色街のおねーちゃんの誘いはいつものことだ。その手の店にいく積もりはないが、彼女達もこの町の大事な人員。俺にとっても価値のあるもの。ちょうどさっき買ったばかりのクッキーを配ってお茶を濁しておきましょう。


町を歩けばそれなりに声をかけられるようになったよ。俺の宝石店はなかなか景気がいいからね。それにあやかろうと人が寄ってもくる。まぁうんざりするけどそれでも俺はそいつらを無碍にはしない。いつか俺の役に立ってくれると考えれば我慢もできる。


声をかけられるのはシュラーとチャンネリの影響もあるんだよね。シュラーは金貸しとして地道で堅実な商売をして信頼を少しずつ積んでいるし、チャンネリは専ら修行の日々だが、町周辺の魔物を狩ったり、他の冒険者と臨時パーティーを組んで交友関係を広げたりもしていて顔が売れ始めた。あのチャンネリが人付き合いをするなんてねぇ。


とにかくそんな俺達3人が仲間で、互いに協力しながらこの町で腰を据えて活動しようとしていることも周知の事実になってきてるんだ。つまり端的に言って一目置かれ始めたっていうね。


若いってことで舐められたりもするし、一歩踏み込んでちょっかいかけてくるヤツラもいるけど、今のところは濃いめの悪意をトッピングした噂を流されるとか、こちらが話しかけても無視されるとかその程度で済んでいるので報復などは考えていないよ。


荒っぽい連中は背後にチャンネリを意識してるからか絡んでこないし、そういう連中とはむしろ酒の席を共にして上手くやっているくらいだ。気になるのはやはり権力者と呼ばれる連中。町長を頂点とする貴族共や、豪商、豪農といった奴等。


とりあえず町長には賄賂を少し渡してさ。向こうから要求されたことでもあるから、これは必要経費として割り切って考えないようにしてるよ。他の商売上避けられない貴族との付き合いは店の従業員に丸投げ。優秀な従業員がさらに優秀になるとと思えばお偉いさんへの出費もただの経験値ぐらいの感覚ですわ。


今のところ力のある商人や農民とはあまり絡みはないが、その内コネを作る必要があるだろう。その辺はシュラーに任せるかな。俺の社交性は盆踊り大会でサンバを踊り出しちゃうくらいの水準、つまりは意図的に空気を読まない、いつだって癇に障る、他人に気に入られ要素がない人間だからさ。


仲間をもう少し増やしたいとは三人で話をしてるんだけどね。よさそうなヤツがいたら引き入れたいけどまだハッキリと決まっていない。候補はいるっちゃいるんだけどね。


俺がオーナーをしている宝石店の従業員、特に店の責任者として雇ったルーイさんはもはや欠くべからざる存在になってるし、俺達の家の料理と掃除を担当してくれているおばさんもいなくなられては困る。シュラーもとうとう従業員を雇って仕事を振り始めたから、そいつも候補のひとりになるかな。


「キーンさん、こんちは!これからお店ですかい?」


「こんちは。そうですよ。これからです」


「景気が良さそうで何よりでさ!こちらもあやかりたいもんです」


「ハハハ。それほど儲かってはいませんよ。これって果物ですよね?」


「そうです。こいつぁ甘くておいしいんですわ。今日南から到着したばかりでさ」


「そしたら、うちのおばさん来たら持たせてやってください」


「キュロさんに?まいど!おいくつで?15?はい!まいど!」


大して必要じゃない果物を買う。別の店で肉も買う。酒も買うし、細かい雑貨なんかも買う。無駄になろうが買いの一手。そうして色んなところに金を落とす。


今ならかつて成し遂げることが出来なかったあの奇跡の技を使うこともできるだろう。金で人様の横っ面をひっぱたくことで相手を喜びの極地へと誘う、「ばら撒き」からの「倍プッシュ」という偉大なスキルを。


金は人を結びつける。もっと上品で形式張った連中なら金目の物をお近づきのしるしだとか、何かの記念だとか言って渡すのかもしれない。そこにはもちろん何も記念することなんて存在しないし、お互いそのことは十分に承知しているが、金目の物が目の前にある以上やはり何かを記念することは決定事項になる。いや、こうなったらもう無理にでもなにかを記念せねばならない。


ただそんな記念だとかお近づきだとかいう甘ったれたお嬢様の手帳に書き込まれたうんざりするような今週の予定みたいな虚構と現実の中間のようなイベントはあちらの話。俺のように奴隷の首輪を嫌がらせのように見せ付けながら肩で風切って歩いているような悪質な連中には金目の物なんていう回りくどいものはお呼びじゃない。こちらの領域でそんなことをしたらどうなるかちょっと少し考えてみようか?


そちらの現金よりもこちらの金目の物の方が価値は10倍、いや15倍はしますからこちらをどうぞ渡したらどうだろう?金目の物を貰った当人はおそらくひどく傷ついた顔をして曖昧な笑顔をつくり、肩を落としながら家へ帰るだろう。下手したらその後それが原因でこちらを恨むようになるかもしれない。


こちら側では1年後の金貨より今日の銀貨なのだ。芸術的な果物の絵画より、実際食べられる果物でなければ意味がない。我々には何も記念することなどないし、例えあったとしてもそんなものを思い出す余裕などないのだから。偶然何かのついでに突然記憶の定かでない記念日的なものを思い出したとしてもすぐにまた忘れてしまうだろう。これがこちら側の優先順位なのだ。


金は人を結びつける。俺は景気よくバンバンお金を使うことで人との結びつきを広げている。所詮はお金で結ばれた縁?そうだ、その通り。だからこそ俺にはちょうどいい。いつでも切れるし、相手から切られても惜しくは無い。


”所詮”なんて前置きがつこうともお金による結束のその瞬間的な結合力は俺には是非とも必要だ。だから日常で使うようなあまり値が張らないものなら躊躇なく買う。それで歓心を買い結びつきを強める。


「オーナー。お疲れ様です。本日はいつもの隣町からと、3つ先の町からもおひとり取引にいらっしゃいました。新規の方ですがしっかりとした紹介状もお持ちでしたし、なにより私でも知っている名の通った商人でしたので私の判断でその場で取引を行いました。どうぞご確認を・・・こちらが明細で、はい、ルビーも。大きさは、はい、この数字です。およそ50粒ずつで、商業ギルド発行の手形と・・・こちらがまた契約書に、はい」


自分の店について今日の売り上げを確認すると、ナイスな売り上げ報告が待っていて気分がアップ。俺は黄金の道を歩むぜ。


「これはまた大きな取引をよくまとめてくれましたね。ありがとうございます。取引に関してはルーイさんの判断に任せているので問題ありませんよ。いつも面倒な交渉ばかりでお疲れでしょう?紅茶でも飲みながら少し休んでください。あ、よかったらお菓子もどうぞ」


今はお客さんもいないので他の従業員も一緒におやつタイムにする。


「ありがとうございます。私などは商人としては一度失敗した身です。こうしてオーナーに拾って貰い感謝しかありません。その上お給金も他の商人にはとても言えないほど頂けて、妻も最初は騙されているに違いなどと言っていましたが今では泣いて喜んでいますよ。いえ、これは本当にそうなんです」


「ハハハ。そう言ってもらえると嬉しいですね。あぁ、紅茶がうまい。ところでこの前の話ですが考えて貰えましたか?」


ルーイさんにはこのお店を全面的に任せたいと打診している。実質的には今とあまり変わらないが契約も見直して待遇をさらに上げ、俺がいなくても間違いなく運営できるようにしたいんだよね。


「はい。妻ともよく話し合いまして、いくつか確認させていただきたいのですが、これはちょっと聞き難いことで、いえ、しかしなぜ私をそのように信じていただけるのでしょうか?私とオーナーの付き合いは一般的に言ってそう長いものではありません。まだ1年も経っていないのですから。もちろん私はオーナーの期待に応えるためにも、そして自分の家族のためにも精一杯努めさせていただきますが、それでもやはり高価な商品と大金を扱う商売です。あまりにも良い話なので不安があるのです。オーナーの考えを聞かせて下さいませんか?」


「そうですよね。俺も逆の立場だったら同じこと考えると思います。何か落とし穴があるんじゃないかと。でもそんなものはありませんよ。山やら谷なんかは、つまり商人として成功する過程で当然耐え忍ばなければならない、または越えなければならない障害なんかは、ええ、もちろん。そしてこの際ある程度はっきり言ってしまいますが、俺はこの町で成功したいんですよ。それもそんじょそこらの成功じゃありません。それこそこの町を全て覆いつくすほどの成功です。信じられないでしょう?ガキの戯言か酔っ払いの大風呂敷みたいだと。でも割と本気なんですよ。ルーイさんとの付き合いは確かに長くはないですがそんなこと俺には大した問題ではありません。何もこの町を離れるわけじゃないんです。ちょいちょい店にも顔を出すつもりですし」


「それは。いえ、なんでも・・・少し驚いてしまって。いえ、とても、そんなに・・・。しかし町を全て覆いつくすほどの成功とは一体どういう?なんだか・・・オーナーの表情が気になってしまって。いえ、えー、すこし、正直怖いくらいでして。何か、その、危ないことをされるつもりですか?」


あらら、怖がらせてしまったか。そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。間違えたか?今ルーイさんを失うのはきついよ。また別の人を探すにしても店に慣れるまで時間もかかるし。


「危ないことですか。するかもしれませんし、巻き込まれるかもしれないし。ルーイさんだってそのことは分かっているでしょう?何にせよ大きくなれば周囲が騒がしくなるって。店でも警備員を雇い始めましたしね。町をって話は、そうですね、もっとはっきりしたら話ができるかもしれません。俺はルーイさんに嘘はつきたくない。あとから話が違うと責められたくありませんから。それと・・・」


「オーナー。お話中すみません。オーナーにお会いしたいという方が・・・はい、留守だとお伝えしたんですが、左腕の骨の件と言えば分かると」


話の途中でお店の女の子がやってきて来客を告げた。”左腕の骨?知らないなぁ、全く心当たりありませんけど?”なんてすっとぼけてもスルー出来ないんだろうな。ルーイさんと大事な話をしてたってのに、招かれざる客が・・・一体どこから湧いてきたんだか、あのお喋り魔族は。


ルーイさんに続きはまた今度と話して嫌な客に会いに行く。あぁ、やっぱりこいつか。ホントどこから湧いてきたんだ?俺はお前なんかに会いたくないんだよ。


「おや?キーン様ではございませんか?お久しぶりでございます。ゴールでございます。ええ、はい。魔族の、あなた様のその左腕の・・・まさかお忘れに?いえいえ、瑣末なことでございます。そうでございますとも。私なぞ憶えておく価値もない存在。むしろ忘れずにいることの方が極度に困難でございましょう。しかし・・・よもや本当に?まさかそんな?腕の件ではキーン様のお役に立てたはずだという自負が、今のあなた様のお顔を拝見したことで脆くも崩れてしまいました。実は思い切って白状致しますが、私にも感情というものがあるのでしてな。率直に申し上げると私はいまとても悲しいのです。ええ、はい。涙を流していないからと言って悲しみが足りない証拠にはなりますまい。涙は心が流しておりましてな。お見せできないのが残念ですよ。ただこのようなことはキーン様には関係のないことでしたね。よくよく考えてみると私も私の感情に自信が持てなくなって参りました。言われてみればあまり悲しくもない気がしてきましたよ。ひょっとすると少し楽しいくらいかもしれません。まことにキーン様は人の心の機微をよくご存知でいらっしゃる。恐れ入りました。この通り、降参致しますとも。ええ、これはもちろん・・・」


突っ込みどころ満載だが・・・それをやったらこのお喋りさんが喜ぶだけ。せっかく朝からいい気分だったのにさ。久しぶりに碌でもないことが起きそうだ。今すぐ目の前のコイツが消えてくれるなら全財産の半分・・・いや4分の1くらいあげてもいいんだけどなぁ。

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