第153話 魔族との対話

「どうやら私は少しばかり喋り過ぎたようですね。ところで思い出していただけましたか?私のことを?キーン様のように聡明な方であればもうとうの昔に、それこそ私が現れる1分前には思い出しているはずですが?あなた様の魔法を・・・おっと失礼しました。これはやや繊細な答えを要求する質問でした。しかし私のような無学な人間は何事も言葉で伝えていただかなければ何一つ理解できない始末でして。つまり言わずもがなという部分に想像が追いつかないんですよ。ただ言葉というものはやはり何かを伝えるためにあるものでしょう?そうじゃありませんか?いつ、どこで、誰が考えて作ったのか知りませんがこれは本当に便利なものですよ。言葉というものがなかったら人間などもうとっくに滅びていたことでしょうね。どうされましたキーン様?こんな話はお気に召しませんか?そろそろ何かお言葉を頂けませんか?私の舌もこのあたりで少し休んでいい頃合かと存じますが?」


こいつ、前にも増して無駄口を叩くな。しかも俺がうんざりすればするほど楽しそうに笑いやがる。気に入らないヤツだが、うん、下手なことは出来ない。俺はこの魔族野郎のことを何も知らないんだ。


「おい、なぁおい、ちょっと待ってくれ。俺はあんたの独演会のチケットを買った記憶はないぜ。あんたの感情の変化に指摘を入れたこともないのに”言われてみれば悲しくない気がする”だなんて?ホント呆れるよ。そんで白々しく偶然会ったみたいな顔して現れたが、名指しで訪ねて来てそんなはずないよな?なんの用だ?何やら随分お喋りしてたようだが、内容がひとつも分からなかったんだけど?」


「随分先を行かれますな、キーン様?先回りして見事に私の出鼻を挫かれる。不意打ちというやつですね?僅かな時間でこう何度も驚かされては私も立つ瀬がありません。ご指摘の一つ一つが名人が射る矢の如くに鋭いのですからな。まるではじめからそこに矢が刺さっていたと錯覚してしまう程ですよ。それほど自然に命中させてしまうその技術。キーン様の将来に栄光あれ!と叫ばせていただいても?ええ、はい。もちろんそれはまた次の機会という事で・・・承知しております、承知しておりますとも。以前も同じようなやりとりを・・・おっと、ところでその指輪はどこでお求めに?私の好みにぴったりでございます。あまりにぴったりなのではじめからそこに矢が嵌っていたのではないかと・・・おや、キーン様?どちらへ?」


「ああ。悪いが俺も暇じゃなくてさ。これからちょっと約束があるんで先に行かせて貰うよ。左腕のことはホントに感謝してる。俺の魂を侵食してきたがそれを差し引いてもさ、今では和解してな、うまく付き合ってるんだ。あんたの目的とは違うかもしれないが、今更返せと言われてももう無理だよ。特別用がないならもういいよな?それじゃあ」


「キーン様。私も重々承知しておりますとも。あなた様が私を毛虫の様に嫌っていることなどはね。しかし少しだけ、10分、いやどうも、それならば7分だけでも?どうか私に時間をお譲り下さい。左腕の礼としては随分控えめな要求だと愚考致しますが・・・。ええ、はい。結構でございます。そのまま少しお耳を拝借と言ったわけでして。何、話はすぐに終わります。しかもキーン様には損のないお話でして。これはもう何と表現すればいいのか、私の貧しい想像力はそれをお伝えする段階でさらに貧しい語彙にいつも泣かされてしまうんですよ。しかし恥を忍んでなんとか言葉にせねばと決意した次第でして。一口に言って・・・そう、キーン様の危機ということになりましょうな。これは一般的に言って忠告という形で捉えていただきたいのですが・・・ところでお茶はいかがですか?以前お会いした時は、お気に召していただけたと記憶しておりますが?」


「ゴールさん。お茶は確かにおいしかったと俺も記憶してるけどさ、今はさっさと話を進めてくれないか?あんたの話は要領を得ないよ。忠告とやらがあるならそれを早く聞かせてくれないか?そうすれば俺もあんたに礼を言いたくなるかもしれないしさ」


「これはこれは。お忙しいのでしたね。うっかりしてしまい申し訳ありません。いつもの短所がここでもまた顔を覗かせてしまい・・・ええ、はい。ではすぐに続きを。キーン様の危機の話ですね。実は私もたまたま小耳に挟んだのですが、ええ、はい、キーン様の左腕が問題になっておりまして、魂の回収がどうにも上手くいっていないことに対して注目が集まっておるのですよ。誰から?とは当然の疑問ではありましょうがその答えは一旦保留とさせて頂いて続けさせてもらいますよ?その骨はそれなりに価値のあるものでして、ええ、はい。なにしろ紛れもない一品物ですので。それが本来の役目を果たすことなく宙ぶらりんのまま遊んでいては・・・その、なんと言えばいいか・・・ええっと?」


「あんたの面子が立たないとか?」


「ええ、はい。まさしくそれでございます。面子。この場合にぴったりのお言葉で。狙った矢は決して外しませんね、キーン様?鉱物だけじゃなくて言葉を掘り返すのもお得意のようで・・・ええ、はい、またまた余計な話でした。ここからはもう事実のみを羅列することにしましょう。キーン様は私共の期待には応えて頂けない様子。ここは私の顔に免じて骨を返していただけませんか?腕を切り落とすのは僭越ながらこの私が。キーン様のお手を煩わせるようなことはしませんとも。私が責任を持ってやらせて頂きます。魔法はどうなる?ええ、はい。その辺の事情も承知しておりますとも。私とキーン様の仲じゃありませんか。それはもちろん、何と申しましょうか。本来のキーン様にお戻りになるわけですから、魔法がどうなるとかそのような事は些細な問題ではありませんか?当然腕と共にあなた様は魔法を・・・失うでしょう。でもそれが私と何の関係が?つまり私はキーン様の腕を切り落としに参ったのであって、それ以外のことは知りませんよ。いかがでしょう、ご理解いただけましたか?」


チッ!碌なことにならないとは思っていたけど予想以上だ。どうする?何とか回避する方法はないのか?逃げるのもひとつの手だけど、こいつはいきなりここに現れたんだ。何かしら俺の居場所を知る方法があるんだろう。まぁこの左腕が一番怪しいんだけどさ。とにかく逃げても根本的な解決にはならなそうだ。


「あんたの言いたいことは分かったよ。だけどこの腕は、というか骨はあんたが俺にくれたもんだ。エルフの情報と引き換えにな。それを今更返せだなんて無理に決まってる。俺の危機を忠告しに来たとか言っておきながら、腕を切り落とすだって?損のない話しとか言っていたのに?あんたは・・・それで俺が頷くとでも思ったのか?あんたの面子のことはそれこそ俺には何の関係もないよ。で、どうしても腕を切り落として骨を回収するつもりなの?」


「キーン様のお怒りはご尤もで。私も今日こちらに来るにあたって、これから起きるだろうキーン様の不幸に思いを馳せ何度も涙を流しそうになりましたよ。これこそ断腸の思いというものでございます。お信じいただけませんか?とんでもない!私はこう見えて誇り高いのでございます。私自身の過去の言葉が現在の私を裏切るような真似は、これはもう許容できるものではありませんとも!骨は確かにキーン様との公正な取引の結果お譲りしたものです。このゴールがしっかりと憶えておりますとも。それを今になって都合が悪くなったから返せなどと、恥を知れ!と叫ばせていただきましょうか?キーン様に成り代わって?ええ、はい。それはそうと腕はちゃんと洗っておいででしょうか?私はこれでもきれい好きでして、道端に落ちているクソの塊だとか、垢だらけの左腕だとかにはとても我慢出来ませんで。失礼ですがキーン様?左腕から嫌な臭いがするなんてことは?」


こいつ・・・とことんふざけやがって。今、この場で、殺して、やろうか?どこのどいつだろうがタイマンで遅れをとるつもりはないぜ。「気配察知」をタイマン用に切り替えて・・・オイ、なんだ?魔法が使えない。いつから「気配察知」が切れていた?なんで気がつかなかった!クソ!こいつ、この野郎。


「何やら顔色が優れないようですがいかがしました?心ここにあらずといったご様子ですが、私でお力になれることでしたらなんなりとお申し付け下さい。私とキーン様の仲ではありませんか。ええ、はい。必要ないと?キーン様が仰るからには間違いなく必要ないのでしょう。しかし私の方では必要がございまして、無理にでもあなた様のお力になりたいのでございます。そこで思い切って喋ってしまいますが、キーン様の・・・そのー、ええ、魔法?たしかそのような力がありましたな?ええ、はい。私はあまり詳しくないのですが、その・・・キーン様の魔法とか呼ばれる力をですよ?はい、使えないようにしたのはこの私でございます。おや、キーン様?そんなに歯を食いしばっては、ご立派なあなた様の歯が台無しになってしまいますよ?」


魔法を封じた?こいつ、封印魔法ってやつか?前にも見たことあったがその時は効かなかったのに・・・チッ、余裕カマしやがって。魔法が無ければ俺なんてただの狂ったガキに過ぎないってね。鱗はどうだ?ふぅ、鱗は使える。この魔族野郎が封印魔法を使うのなら後は裸のぶつかり合いで白黒つけようじゃないか。それなら鱗がある分俺の方が有利なはずだ。それと気をつけなきゃいけないのは魔道具の存在。さてお互いの切り札を切っていこうじゃないか?そのニヤついた顔を真っ青にしてやるぜ。最後に笑うのは俺だ。お前じゃない!


「おや?鱗ですな。キーン様、あなた様がいま何を考えているか存じませんがお止めになったほうがいいでしょう。何をってそれはもう決まっておりますとも。キーン様からひしひしと放たれる殺気というものが雄弁に語っているではありませんか?つまりキーン様が私に対して何かお怒りのようだと。私には全く心当たりがないことですが、何か失礼がございましたでしょうか?謝罪をお求めならば私は心から致しますとも。ですからお怒りはいま暫くお押さえ下さい。まだ話は終わっていません。言葉を使おうじゃありませんか。まだまだ我々は滅びるべきじゃありませんからね。ええ、はい。ありがとうございます。それではもう少しだけ時間を頂戴しますね?いえ、興奮したからと言って恥ずかしがることはありませんとも。豊かな感情の露出が知の光に影を作るなどと・・・私は信じていませんからね。ささ、どうぞお茶をお召し上がりに」

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