第145話 そちらのご都合は?

世の中自分の都合のいいように回ったらどうだろうか?たまたま拾った汚い首輪がさるやんごとなき方の大事にされていたペットの遺品で、それを拾った俺にお礼をと尋ねてきたそこのお嬢様がなぜか俺に一目惚れ。もはやそれ以降首輪のくの字も出ずに恋愛展開に突入し逆玉の輿確定。さらにハーレム形成すら許され、そのための資金はお嬢様から引っ張ってくる的な・・・。


またはこんな場合もあり得るのではないだろうか?たまたま通りすがった奴隷市場で、理不尽な扱いを受けている奴隷を発見。義憤に駆られた俺はその傷ついた汚らしい奴隷を購入。怪我を治し風呂に入れて身なりを整えるとあら不思議。かなり、いや控えめに言っても100年に一人的な美少女だったことが突然判明。食事を与えて戦闘訓練をさせちょっと優しくしたら何故か俺に絶対の忠誠を捧げる超優秀な戦闘員にあっさりと成長。そしてその奴隷はなんやかんやで俺の右腕として歴史に名を残すほどの大活躍をする存在になる的な・・・。


ついでに言えば俺の奴隷に対する義憤とやらはそう長続きしないことも付け加えておこう。奴隷はもう何人か加えてもいいが、奴隷制度をどうにかするだとか、世界に数多いる他の虐げられた奴隷達についてはそのうちなんとくきれいさっぱり忘れることになる。そしてそのことを誰にもつっこまれないし、それ以降奴隷の話題なんてもうほぼほぼ出てこない。うん。いいね。


どうだろうか?これでご都合野郎初級といったところではないだろうか?中級から上級の話はまた機会があれば語るとして、俺としては男の子なら誰もが一度くらいはそんなご都合主義物語の主人公を夢見たことがあるだろうことに目を向けて欲しかったわけだ。


私の人生の主人公は私?誰が見ても不幸かもしれないけど私自身が幸せだと確信出来ていればいい?いいや、そういうことじゃないんだ。別にそれらの主張を否定する気はないが、物語の主人公となるとまた話は変わってくるだろう。


それなりに勉学に励み、それっぽい仕事に就き、相応な恋人を見つけ、流れで結婚し子供を育てる。子供は元気に成長し、伴侶を見つけ、孫が生まれる。素晴らしい。文句なく幸せだろう。そこに至るまでに幾多の困難や葛藤があっただろうことは分かる。しかしそのなかで人として成長し、時には悲嘆に暮れながらも前に進んでいく。主人公は私。他の誰でもなく、まぎれもなく私が主人公。全てをひっくるめて幸せだったと言える。


そうだ。その通り。それはあなたが主人公の物語。だが、”私の”だの”あなたの”だのという限定されたものではなく、ただ”物語”として語られるものはそれらとは違うものであることは皆様もよくお分かりであると思う。


では話をご都合野郎に戻してみよう。ヤツラは確かに物語として成立しそうな臭いを放っている。無一文から世界一の富豪にもなれば、もやし野郎が無敵の戦士にもなる。失敗らしい失敗もなく、たとえあったとしても次の瞬間には倍の成功となって返ってくる。そして大した努力もせずに望むものを易々と手に入れるのだ。


改めて質問しよう。皆さんもこんな都合のいい物語を夢見たことはないだろうか?え?ない?それは重畳。うん?ある?唯の妄想だけなら?なるほど、それはそうだろう。普通の人間ならそれがただの願望や暇つぶしのための妄想であって、実現するとは考えないだろう。千円上げるからその妄想を見ず知らずの他人に情熱を籠めて語ってよと言われたらどうだろうか?俺ならもちろんお断りだ。


え?何が言いたいのか分からない?さっさと結論的なものを示せ?それは大変失礼を。長々と前置きしたのはつまり皆様にお伝えするには少々恥ずかしい、それこそ千円貰ったくらいでは話し難い現象が我が身に起こったからなんです。


「鱗?骨の次は鱗?キーン、どんどん得体の知れないものになっていくね?」


俺もそう思うよチャンネリ。


「それで結局その鱗ってのはなんだ?分かったのか?」


ドラゴンがお礼と言っていた”鱗”の正体はすぐに分かった。あの蛇野郎が脱皮して抜け殻を残していったわけではない。鱗を一枚落としていったのでもない。なんと俺の体に鱗が浮き出てきたのだ。しかも出し入れ自在で全身フルフルで覆うことができる。いわゆる竜人族に変身可能になったのだ。いわゆるとは言ったものの、そんな種族がいるのかは知らないけどね。


「あぁ、ほら見ろよ。鱗が出せるようになった。全身いけるっぽい。ちょっとヌメって見えるから見た目は気持ち悪いけどな。だが防御力は推して知るべし。俺は大いに期待してる」


これでとうとう俺もご都合野郎初級の資格を手に入れたことになるのではないだろうか?物語の登場人物に?まだ確定ではないが可能性はありそうだ。だってこれ多分かなりの防御力を持ってるぜ?「身体強化」の魔法でも傷つかないレベルだったら小躍りして喜んじゃうな。


とはいえやっぱり素直には喜べない。小躍りも出来ないよ。だってちょっと恥ずかしいもんね。小躍りしたくないがために喜びを隠すわけじゃないよ?頭上の雲の色は黒っぽい。不吉な気配と広がる不安。渦巻く暗雲の中心にはご都合野郎を醒めた目で見つめるもう一人の俺。


「ただこの状況じゃな。まったく厄介なことになった」


ドラゴンは召喚主の命令を無視してどこかへ飛び去ってしまった。そしてその直前にドラゴンと接触していたのは俺。周りはそれをしっかり見ていた。言い逃れする余地が猫の額ほどしかない。”え?そんなことありましたっけ?”とすっ呆けるのがせいぜいだし、それで許されるわけがない。


俺達3人はガールンの騎士連中に囲まれ、捕らえられ、監禁されましたよ。今は牢のなかで仲良く談笑中だが、当然のことながらハッピーではない。


「でもその鱗が期待通りの性能ならそう悲観的になることはないだろ?最悪強行突破の可能性が残るんだからよ。お前の左腕の異常な回復力やドラゴンが言っていたよく分からん話はこの際無視してしまうとして、とりあえずキーンの鱗の能力を確認しとこうぜ」


「わたしの必殺技の練習もはかどりそうでうれしいな。あの蛇くらいの防御力があったら遠慮なく攻撃できる」


ふん。好きなだけ吠えるがいい。俺はもうご都合野郎物語というクソとしか言いようのない妄想を現実にするだけの力を内に秘め、そのろくでもない物語のページを今まさに開こうとしている存在。


だとすればこの監禁された状態も俺が激しくスパークするための舞台装置に過ぎないということになる。何基準で言っているのか全く分からないがいずれ最強という称号を手に入れ、謙虚な振りしながらあらゆる欲望を満たすために暴力だろうが殺人だろうがなんだって正当化し、それでも尽きることのない称賛をゲリラ豪雨のように一身に浴びる男。


ふぅ。まったく千円じゃ割りに合わないな。こんなのって虚しい妄想と何も変わらないじゃないか。ここから急に世界が俺中心に回転を始めるのなら、まず全ての貴族を奴隷に落とし、全ての奴隷を貴族にしてやろう。ご都合野郎ならそれも不可能ではないはずだ。


だがどうせ俺はご都合野郎ではない。今までの苦痛や後悔を無かったことになんか出来ないし、したくもない。それらを踏みにじる形で何の脈絡もなく得られる成功のようなものに何の魅力も感じないしな。


物語がどうのこうのと語ってみたが、実のところそんなものはどうでもいいんだよ。ただ妄想してみたかっただけのこと。そしてそれももう終わりにしよう。俺の屈折した人格はもはや苦痛や面倒臭さのなかで生き残ることに価値を見出しちゃったりなんかしちゃってるのだから。


この鱗の能力が超強力で、無敵と言っていいほどの力を持つならそれはそれでいい。それによって俺はより深みに嵌ることができるのだろう。そしてそこで生き残るために頑張る。ハハハ。これこそ充実した人生というものだよキミ。


「おいキーン、聞いてるのか?目が怖いぜ?早く鱗を試そう。幸い鱗のことはバレてないんだからよ。今しかチャンスはないぞ」


「ねぇ。なんかここすごく臭いし。わたし早く水浴びしたいな。なんでわたしだけこんな目にあわなくちゃいけないの?ねぇキーン。胸に手を当てて心当たりがないか思い返してみてくれない?わたしだけがこんな不幸なのってぜったいおかしいもん。キーンならわかるよね?」


は?チャンネリの脱線が始まった?ということは事態の深刻度が下がったと思っていいのかな?いや、こいつはただ己の欲望に忠実なだけか。安心してはいけない。シュラーの言う通りさっさと鱗を試したほうがいいな。


「チャンネリ、ほら見ろよ。この前のドラゴンのマネだ。ウネってると、ほら似てるだろ?」


「やだ。気持ち悪い。ちょ、ちょっと、こっち来ないで。いや、フリじゃなくて・・・うっ!気持ち・・・キーン、ほんとだから。やめてってば、それやだ」


全身に鱗をまとってウェイブしてみたらチャンネリは予想以上の反応を見せてくれた。なにやらおぞましいものを見たという表情で怯えている。


「キーン、ちょっと待て。ホントに気色悪いぞ。チャンネリもやめろ。魔法は洒落にならん。まずは軽くキックからだ。大きい音をたてないようにな」


ウェイブはやめて大人しくチャンネリの攻撃を受けてみる。手は拘束されているからキックオンリー。うん、全然痛くない。段々力のこもった攻撃になってくるがそれでもほとんど効かない。


弱めに「身体強化」したキックも受けてみる。ちょっと痛い。また少しずつ力を上げてもらったが余裕で耐えることができた。チャンネリはちょっと不貞腐れてしまったが結果は上々だ。


「すごいぜこの鱗。剣でも切れない気がする。おいチャンネリ、機嫌を直せよ。多分お前の波動拳には耐えられないよ」


「それにしてもやばいなそれ。ドラゴンの鱗だよな?・・・ハハ。いいカードが入ったな。チャンネリ、むきになるなよ?キーンは魔道具しか手札が無かったんだから、喜んでやれよ」


「わかってるよ。その鱗を毟って鎧を作ればいい値段で売れそうだね」


「チャンネリ。素晴らしいアイデアだ。そのアイデアいただきだ。そしてキーン、お前ってヤツは最高だな。一生ついていくぜ」


防御力を確かめてアップした気分が高速で下降した。鱗が無限に生えてくるなら確かに恐ろしい大富豪になれそうだが・・・。チャンネリめ、なんて悪魔的な閃きをしやがるんだ。いやこの世界なら当然の考えか?それでもさ・・・なんかね。


「オイ!何を騒いでいる!静かにしろ!」


ちょっとはしゃぎすぎてしまったか。牢の警備をしている衛兵がやってきて唾を飛ばしながら怒鳴っている。ちょ、汚ねぇ、唾飛ばすなよ。


「お前ら立ってついてこい」


怒鳴るついでに用があったみたいだ。牢から出されて尻を蹴られながら押し込まれたのはちょっとだけ立派なお部屋。執務室のようで書類と格闘している何とも野性味溢れるワイルドなルックスのおっさんがひとり椅子に座っている。そのサポート要因か文官チックなひょろい兄ちゃんも隣に侍っている。床に跪かされてお声がかかるのを待てと言われた。


「貴様等、なぜ捕らえられたか分かるな?」


10分ほどしておっさんは書類から顔を上げるなり聞いてくるが、俺達の答えは一つだ。


「いいえ、全く分かりません」


どうせ相手は怒るだろうから答えは全部俺がする。鱗という高性能の鎧を手に入れた今、暴力の矢面に立つのは俺の役目だ。あぁ面倒くさ。


「ほう、奴隷が俺の目を見て話すか。うん?そうか貴様がドラゴンと相対していたのだったな。そうだな?」


俺の首輪を見て奴隷と勘違いか。まぁ焼印もあるっちゃあるしそれが普通か。期待していた答えを得られなくてすぐに怒鳴ってくると思ったら意外に冷静なおっさんだな。


「相対していたと言われましても分かりません。ドラゴンがいきなり目の前に現れてどこかへ飛び去っていったのは見ましたが」


「ふむ。飛び去る前に急に体が大きくなったのは見たな?心当たりはあるか?」


「大きくなったのは見ました。心当たりはありません」


「ドラゴンがどこへ向かったか知っているか?」


「知りません」


「他のふたりも同じか?そうか。ところで貴様等は冒険者だな?報告を聞く限りでは実力もあるようだ。どうだ、我が軍に入る気はないか?快く協力してくれるなら悪いようにはしない」


閣下!と文官らしき兄ちゃんが声を上げる。


「うるさいぞ?こやつ等に罪を擦りつけるのは無理がある。お前も分かっているだろ。下手なことをすれば町の冒険者の反発は必至だ。それよりも今は失った戦力を少しでも埋める必要がある。そして・・・貴様等はあの戦場にあって力を隠していたな?」


なんだこのおっさん。やけにスムーズに話が進んでるぞ?まさか・・・本当に・・・ご都合野郎に・・・俺はなったのか?ここからなんだかんだ俺達が戦場で活躍して、やがて一国の王にでもなるっていう1ミリも興味ねぇ物語が始まっちまうのか?


「この腕輪。貴様等から押収したこれだ。魔道具だな?随分大層なものを持っている。しかし報告には魔法の話はなかった。身体強化、気配察知は上手く隠せたとしてもファイヤーボールまでそうはいかん。そしてそれを使っていたという報告はない。貴様等は何者だ?この魔道具はどこで手に入れた。ただの冒険者が持てるものではないぞ」


あちゃー。魔道具を知っているのかこのおっさん。まぁそりゃ偉いお貴族様ともなれば知っている可能性もあるか。ちょっと嫌な流れになってきたな畜生。


(シュラー。どうする?)


(どうするもこうするも、適当に喋ればいいだろ。こいつ等と敵対したことなんか無いわけだし、戦争を手伝ってやった見返りがこの仕打ちじゃなぁ)


(はやく、なんでもいいからはやくして。わたしもう色々臭くて死んじゃうよ)


「閣下。魔道具は正規の取引で得たものです。そして戦場での話ですがそれはもう閣下の方がよく知っていると思いますが、生き残るためには常に余力を残しておくもの。何者だと問われましても冒険者、または旅人だとしか言えません。魔道具を見てお疑いを抱かれたようですが、私達が貴族であるとか、またはその関係者であるとか、そういった事実はありません」


「なるほど。それが本当なら魔道具を手に入れる実力がある冒険者ということになるな。ではもう一度聞く。我が軍に入る気はないか?」


「ございません」


貴様!と文官兄ちゃんがキンキン声を上げる。うるせぇゴミだなこいつは。


「そうか。ところで横のふたりはほとんど喋らないが、喋れないのか?奴隷だけに返答させて随分涼しい顔をしている。まぁいい。では決まりだな。我が軍も余裕がないので貴様等は奴隷に落とす。元々奴隷のお前は焼印の上書きだけでいいな。魔道具はこちらで大事に使うから喜ぶがいい。ふぅ。もう少し賢いかと思っていたが時間を無駄にしたわ」


(なぁシュラー、こいつがここで一番偉いのかな?)


(知るか。そこそこ偉いんだろうよ。なんだ?殺るのか?)


(いや、さすがにそれやったら逃げれないだろ。人質としても役に立つか分からんし)


(ねぇ。お腹も減ったよ?あんまり遅いとキーンの腕に八つ当たりしたくなりそうなんけど・・・鱗もあるし・・・返事がないってことはオッケーってことでいいよね?)


「閣下。我々は出たくもない戦場に無理やり立たされ、それでもそれなりに敵を屠りましたが・・・その報酬が今のお話ですか?何かの勘違いとかではなく?」


「ああその通りだ。俺も現地で強制徴兵なんぞしたくはなかったが状況がそれを許さんのだ。貴様等には悪いと思っている。奴隷でも活躍次第では改めて取り立ててやろう。励めよ。おい、もうこいつ等に用はない。連れていけ」


衛兵に立たされてまた牢に戻された。ただいま暗くて臭くてジメジメしたマイルーム。衛兵が離れたのを確認して小声でまた雑談タイムへ。


「さっきの聞いたか?悪いと思ってるから奴隷になって励めだってよ。それもあのおっさん本気で言ってたぜ?俺って優しいだろ?風な顔でよ。どういう頭してんだ?俺ちょっと笑いそうになった」


「キーンもか?俺もだ。北のヤツラの感覚だと普通なのか、あのおっさんがちょっとズレてるのか。しかし絶妙な笑いで俺達の怒りをコントロールする意図があったならかなりの切れ者だぜ。俺はあのおっさん、そんなに嫌いじゃないと思っちまってる」


「だよな。結論ありきでよ。だったらなんで呼び出したんだって話じゃね?強制徴兵なんてしたくなかったってくだりの時の表情見た?俺も辛いんだよ的な顔してたぜ?よく言うよな。ハハ、思い出したらまたちょっと笑えてきた」


「ねぇふたりとも。さっきからわたしのこと無視してるよね?わたし・・・の・・・ねぇ?なんで?わたし・・・嫌いになったの?」


え?なんか鼻をすする感じでチャンネリが目を潤ませてるよ?俺は素早くシュラーとアイコンタクト!奇襲を読めなかったことは認めざるを得ないが・・・チャンネリさんよ、もう勝ったと思ってるんだろ?ベストなタイミングで割り込みかけてやったってさ。そうはさせないよ。お前と同じように俺だって腹立ってるんだからな。お前にばっかりおいしい思いはさせないぜ。

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