第146話 闇から闇へ

ウネウネ。ウネウネ。蛇を意識してニュルニュル感を最大限引き出すように心がけよう。気をつけの姿勢で汚い床でクネクネ、ウネウネと動く。ほーら蛇だよー。


「キー・・・ん、わたしが・・・ぐす・・・そんなに・・・いやな・・・」


チャンネリが嘘泣きしているが、俺は今擬態の練習中だから何も聞こえませーん。ここでの面倒が終わったらドラゴンへの道(ニセ)が待っているのでもある。ドラゴンへの道が何かは俺も知らない。それはさておきシュラー君、見えてるんだろう?お前の出番だよ!


「チャンネリ。このクズは蛇になりきってるから話しかけるなとアピールしてるようだ。率直に言ってくだらないし、何よりムカつくぜ。見ろよあの真面目くさった顔を。俺もあまり強く言いたくはないがチャンネリ。これを止めさせたかったらお前が泣き止むしかない。ここは一つお前の方から折れてくれないか?このバカはもう意地になってる。損得抜きで始めたおふざけはもう引っ込みつかないところまで進んじまったらしい。賢いチャンネリなら分かるだろ?」


蛇とは古来より邪悪の象徴でもあるんだと言い放ってシュラーは目を瞑った。その顔にはやるべきことをやりきった男だけに許された一種特別な表情が刻まれている。ふざけやがって。貴様にその表情は百年早いわ!と突っ込みたかったが、俺は俺でやるべきことがある。役割は果たさねばならない。邪悪云々の部分は後で要確認だな。何が言いたいのか意味不明だ。まさか俺が邪悪だと?


「わたしが悪いって言いたいの?こんな気色悪い動きを突然始めるほどにキーンを追い込んだって、そう言いたいの?わかった。泣くのは止める。けどわたしは今のこの気持ちを忘れない。ふたりに裏切られた。もう一緒にやっていく自信がなくなってきたよ」


チッ!まだ粘るのか。今まで甘やかしてたからな。急に方針転換しても素直には受け入れられないか。賢しいなチャンネリ。お前の女としてのプライドが大リーグボール養成ギブスのように全身を締め付けて頭を下げることをよしとしないのだろう。


けど俺は蛇だから知りませーん。今は擬態の練習で忙しいから邪魔しないでよね。あとはふたりで解決してね?どっちにしろ今は宝石どころか無一文で監禁されているんだからそっち方面でチャンネリを懐柔することはできないんだよ。あとは任せたぞシュラー君。さんざん俺を貶したんだから今さら俺に助けを求めるなよ?


「チャンネリ。いい加減にしろ。今がどういう状況か分かってるだろ?一緒にやっていけないと思うならそれでもいい。だがそれはここを抜けてからの話だ。それでも我慢できないと言うなら俺から言うことは何もない。勝手にしろ」


ちょ、おい、シュラー君?なにキミそういうのもいける口なの?俺が一度死んだ辺りから随分信頼関係を厚くしてるなとは思っていたけど、突き放してもついてくる自信があるんだね?いやはや意外だったよ。


これならもう俺がプチ道化を演じる必要もなさそうだ。シュラーにはこれからチャンネリの操縦に専念してもらってもいいな。正直俺のなかのシュラー株が最高値を更新したよ。


「あんな戦場に無理やり立たされてささくれ立つ気持ちも分かる。死体の山を見せられて、しかも俺達だってそれをやった当事者だ。戦争だから仕方ないなんて割り切れないよな。好き勝手やってきた俺達でも胸くそ悪くなることはある。お前だけじゃない、俺だって自分が今冷静かどうかよく分かってないんだ。キーン、チャンネリ。ふたりとも思うところはあるだろうが、今はやめよう。俺達で傷つけ合っても意味がない」


グレートだぜ、シュラー。どこかの漫画の主人公みたいなセリフを思わず口走ってしまうほどに。なるほどあの戦場の景色は魔法という凶器によって多少のファンタジー感は出ていたものの、どの一部分を切り取っても凄惨なものだった。


でも俺は全然平気。生き残るのに必死だったのと、最後はドラゴンの洗礼によって心に余裕がなかったからかな?シュラーの話を聞くに、どうやらふたりはかなりのショックを受けたらしい。うーん。やっぱり俺が異常なんだろうな。


そんなふたりの精神状態に気付けず蛇のマネなんか始めてしまった俺は、穴があったら入りたいとはこのこと、自己嫌悪の坩堝に真っ逆さま。ふたりともごめんな。俺の心はもうずっと前に壊れてしまったんだ。知らない人間が何千人殺されようがなんとも思わないんだよ。グロいのも慣れた。戦場の景色なんて今シュラーに言われるまで忘れてたくらいだ。


「シュラー。悪かった。チャンネリにもひどい態度をとっちまった」


「わたしも・・・急に・・・えっと・・・ごめん」


俺達の関係修復は一旦棚上げだ。差し迫った問題をどうするか話し合いを始める。奪われた装備のこともあるから簡単ではない。手枷くらいはチャンネリの「身体強化」で何とかなりそうだが、そこから先が茨の道。


頑張って牢を脱出したところで、すぐに兵に囲まれるだろう。気配察知の魔法がない今、闇雲に逃げてもすぐ捕まってしまいそうだし。けどもたもたして何もしないと奴隷として登録され、それこそ逃げる時の大きな足枷になってしまう。


奴隷落ち回避は絶対。次に装備の回収、そこから脱出の三段構え。脱出よりも装備の回収を優先する。なんと言っても魔道具。現状を考えれば魔道具の力を失うのは厳しい。あの頭のネジの飛んだ騎士に棚ボタでくれてやる程太っ腹でもないしね。


「何か逃げるのに都合のいいきっかけがあれば一番だが、それがなかった場合、最後のタイミングは奴隷に落とされる時だ。たとえ死ぬとしても、可能な限り偉そうな連中を道連れにしようぜ。今日これから10分後に奴隷の焼印を押すってなるかもしれんが。さてさてどうなることやらだな」


こうしてる間に魔道具がどこかへ消えないか心配だわ。あの閣下と呼ばれていた偉そうなバカも価値は分かっていたようだからホイホイ部下にくれてやったりはしないと信じたい。


時間がいくらか過ぎ、ぬるくて酸っぱい臭いを放つスープが夕食として運ばれてきた。喉渇いてるし腹もめちゃくちゃ減ってるけどこれは・・・食べちゃダメなやつだよね?それとも新しい料理の可能性に挑戦したものとか?それなら・・・。


いやいや、これから戦力として働かそうとしてるのにこんなものを食えってか?ガールンの連中ってのは基本的にバカなのかな?最初町を占領したときはそんな悪い印象なかったんだけど・・・偉くなるほどバカになる呪いにかかってる?


でも北の方を制圧しながら来たんだよな?兵も順次送られて来てたから後方は安定しているはずなんだけど・・・バカばっかりでそんなことできるわけもないよなぁ。まともなヤツはどこかにいるはずなんだがどこにいるんだ?もしいるなら今この瞬間、ここに来て欲しいっす。


しかしガールンはどこまで侵攻しようとしていたんだろう?戦争を起こした目的は?ドラゴンの毒の実験ってだけならもっと早い段階で出来たはずだし・・・。ガールンの国内事情だの何だのは分からない。飢饉が起きて食糧不足だとか、単純な領土欲とか、考えれば可能性はいくらでもある。うん。とっかかりもなしには考えるだけ無駄か。


周辺の町の様子も戦況も分からない。今回の戦い、なんであのタイミングでドラゴンを召喚したのかも分からない。いや参ったね。逃げるタイミングなんていくらでもあると思ってたのにさ。


クソドラゴンめ!余計なもん寄越しやがって!寄越すにしたってやりかたってものがあるだろう!もっと密かに、さりげなく、初恋の相手に手作りチョコレート的な謎の固形物を渡す恥ずかしがり屋の少女のようにやってくれれば俺だってこんな素敵なお部屋に招待されることもなかったんだよ!


「腹減ったなぁ。喉も渇いた。まったくツイてねぇなぁ」


(誰か来た)


シュラーのぼやきを聞き流していたらチャンネリから「共鳴」通信が飛んできた。音もしないし近づいてくる明かりも見えないけど?どちら様かな?


「いてっ!」


チクッとしたところに手を持っていったら針のようなものが首筋に。わお。


(毒針か?暗殺?)


(ふたりとも大丈夫か?)


(ちくっとしたけど、なんともないよ)


(こっちも大丈夫そう)


なんだってんだ?鍼灸師が薄暗い牢屋まで営業に来たのかな?肩凝ってませんか?今ならサービスしますよ?みたいな?


(麻痺毒とか致死性のある毒かも。とりあえず倒れて動けないフリをするぞ!ドラゴンの毒で耐性が出来たとかそんなさぁ、そんなんだったら最高だな)


3人でうっ!とか言いながら順番におねんねする。とりあえずは麻痺した設定だ。


(まだ生きているのか、とか呟いてくれたら死んだフリに切り替えるぞ。無言のままだったらとりあえず気絶したフリ。トドメを刺そうと来たら仕方ない。迎撃だ)


薄く目を開けて様子見。ここは暗いが目は慣れているのでもっと近づいてくれれば人影くらいは十分に分かる。いくつかの影が牢の扉に近づいて立ち止まった。ガチャガチャと音がして牢の扉が開く。影は3つ。


(行けるか?もう少し様子を見るか?クソ、やるか?よし3、2・・・)


「おい」


(ストップだ!)


「聞こえているよな?俺達はガールンでもルコンでもない。お前達に興味があって来た。俺達に協力するならここから出してやるがどうする?喋るくらいならまだ出来るだろ?」


(おい、なんだこいつ等。最高に怪しいな。この状況で俺達の意思を確認するなんて頭おかしいのか?問答無用の場面だろうに)


(いや、シュラー。思ったんだが俺達の周りにはこんなやつばっかりだ。つまりどこか頭がおかしいヤツラがな。ってことはほとんどのヤツは頭がおかしいってことになるよな?何が言いたいか分かるだろ?あっちから見たら、俺達の方が頭おかしいってことにもなるわけだ。とうとう俺はこの世の真理ってやつに触れたぜ。人間には言葉なんてない方がいいってな。つまり・・・)


(キーン黙って。シュラー、どうするか決めて)


「なんだ?喉でもやられたか?考える時間はもう無いぞ?5つ待つ。5、4、3」


「協力する」


「いいね。ギリギリだがいいよ。それじゃあ解毒するからね、はいはい、もう立てるだろ?」


またもチクッとやられた。解毒も何も最初から問題なかったんだけどね。続けて手枷も外してくれた。おいおい、御大尽だな。俺達なんて脅威にならないってか?どんだけ自信あんだよ。


「さて行こうか。逃げたら殺すからね?」


自信過剰のイカレ野郎なのか?いや、そんな感じじゃないな。何かそれだけの根拠がある?試してみたい誘惑が湧いてくるけど。


(チャンネリ。こいつ等どうだ?)


(そんなに強いとは思えない)


あれ?チャンネリセンサーには引っかからない程度なの?それならそれで好都合だけどさ。とすると自信の背骨は魔法とか魔道具か。


カーン!カーン!カーン!と鐘の音が響く!


「バレたかな?」


「音は遠い。敵襲じゃないか?」


「だよね。いいタイミングだ」


影3人は全く慌てていない。ドタドタと足音が聞こえ始めた。ここの連中も起きだしてきたようだ。


「さて脱出といこうか」


「待ってくれ。俺達は装備を取り戻したい。許してもらえないか?」


「装備?あぁ心配なのは魔道具だろ?それならもう回収したよ」


そう言って影が両腕を上げる。なんだ?暗闇よりも黒い・・・渦?これって・・・もしかして?


「見えるかな?この黒いの。暗くて見えないか?まぁとにかくここ、このあたり。うん、このあたりに歩いて突っ込めばいい。こっちのふたりから行くから真似してよ」


影二人は黒い渦のなかに消えていった。シュラー、チャンネリは初めて見る魔法に呆然としている。影は一人になったからこいつを殺して逃げるという選択肢が俄然魅力的になってきたんだけど・・・こいつらに対する興味がその選択をとらせてくれない。


(シュラー、チャンネリ、敵さんが二人いなくなって殺りやすくなったのはわかるよ。でもここは大人しくしてさっさと行こうぜ。ふぅ、どうやらまた面倒で楽しそうなことになりそうだな?)

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