第138話 まだ終わらないのか
目を開くと薄暗い空間。天井が見える。寝かされている?ここどこだっけ?夢を見ていたような気がする。いや夢を見ていたのは間違いないしそこで俺は決めたんだよ。そうそう、だから俺は今・・・。
決めた?何か大事なことを。あれだよあれ・・・うーん。なんだっけ?なんかそれで死んでしまうとか・・・そうだ!生きるか死ぬかの!
え?今何時だ?いや、ここはどこだ?暗いな。起き上がろうとしたが何かおかしい。痛っ!脳の中を鈍器で殴られたよママ!的な痛みが右腕に流れる。
いてーなちくしょうと痛みがおさまるのを待って、止めていた息を吐き出す。ハァハァハァ。なんなんだ一体。怪我でもしたのか?って違う!あの黒く変色した肉!
あれ?俺って死んで・・・死んだよな?そうだよ、俺は死んで・・・ここは死後の世界?つまり地獄か?地獄には薄暗くて天井があって、ベッドらしきものまであって。うん。テーブルもあるしその上には陶器の水差しっぽいものまである。
なかなか気が利いてるじゃないか。これが天国なら明るい空の下、お花畑のど真ん中に天蓋つきのベッドをじか置きって寸法か?
自分の呼吸の音が耳につくほど静かだ。気に入ったぜ。こんな休憩時間があるっていうなら地獄の労働環境は週休二日あたりで回っているのかもな。
右腕をゆっくりと持ち上げて見る。痛みはほとんどない。指を少し動かすと痛みがくる。これか。指の筋肉がおかしいのか?
腕を目の前に持ってきて観察すると、肉が抉れた跡があるのが分かる。肘から20センチくらいに渡って肉が一部無くなり、その後再生したような跡だ。
なんでこんな傷跡が?俺は死んだよな。そしてここは地獄のはず。俺が天国に入場できるわけがないしな。で何で俺はこんなところで寝ているんだ?俺はあの時どうでもいいって気分になって眠ってそれで・・・。
夢の・・・あぁ、そうか。そうだ。聞かれたんだった。生きるか死ぬか。クソ!死んだらそれで終わりじゃないのか?まだこんな・・・地獄なんてものがあるのか!
ガタンガタンと音がして薄暗い空間に光が差す。首をねじってそちらを見るが眩しくて目を開けていられない。
「キーン、きたぜ」
キーン?キーンって俺のことか?なんで俺の名前を?っていうか地獄でも俺はまだキーンなのか?返事をしようとしたが声がうまく出ない。うーうーと唸り声のような音を出して応える。
「おい、お前!気がついたのか!」
この声、シュラーか?すごく似ている。眩しさと逆光で姿がはっきりと分からないがこいつ、こいつが?
「キーン!キーン!俺の言ってることが分かるか?」
しだいに目が慣れてくるとシュラーの顔がそこにあるのを確認できた。声はうまく出せないが目を合わせて軽く頷いた。こいつも地獄の住人に?しかしなぜ?
(キーン!聞こえてるんだな?声を出すのもしんどいのか?)
シュラーは「共鳴」の魔法での会話に切り替えて話しかけてくる。
(ああ、聞こえてるよ。声は・・・しんどい)
(そうか!ハハハッ!よし!そうか!えーっと水でも飲むか?何か・・・食わないとな!まずは水を飲め!)
口をあけるとシュラーがコップから水を流し込んでくれた。仰向けで寝ている状態なのだ水がダラダラこぼれたがお構いなしに少しずつ飲む。喉が少し痛かったが次第にそれもなくなってごくごくと普通に飲めるようになった。
(シュラー、もういい。頭がぐらぐらする。ちょっと寝ていいか?)
(ああ、そうしろ。とりあえずここは安全だからな。ゆっくり寝てろ)
あぁ、安全か。そんなことはもう関係ない。危険だろうがなんだろうが寝るよ俺は・・・。
(キーン!目が覚めた?)
(・・・チャンネリ)
目を開けたらチャンネリが俺の顔を覗いているところだった。ランプの明かりが暗い部屋の中をぼんやりと照らしている。
どうやらここは地獄じゃないみたいだな。さすがの俺もそれぐらいのことは理解する頭を持っている。シュラーもチャンネリがいて・・・死んだと思ったのに実は死んでなかったと?何かまた忘れてる気がする。夢を見ていて・・・。
(キーン!ホントに起きたんだ!)
(ああ、なんか頭にもやがかかってるみたいだけどな)
(でもよかった。また起きなかったらどうしようって心配したよ)
チャンネリが心配してくれるなんてちょっと怖いけど・・・現実だよな?
(キーン、水飲む?まだ声出ない?あっそうだ!シュラー呼ぶね。すぐそこにいるから。シュラー!キーンが起きたよ!来て!)
チャンネリに水を飲ませてもらってから、シュラーを交えて今日までのことを話してもらった。俺がひとりで死に場所を探しに出た後、二人は野営地でじっと日の出まで待ってから俺を探し始めたらしい。
俺の死体を埋めるなり燃やすなりするつもりだったふたりはチャンネリの魔道具「気配察知」を駆使しつつ俺の乗っていた馬を見つけ、すぐに俺も見つけた。
木の根元に横たわっていた俺は運よく魔物にも見つかっておらず、外傷もなかった。火を使うのは追手がいた場合面倒になると判断して死体は埋めようとふたりは俺のそばまで近づいて気がついた。
死んでいるにしては顔色がいいし、右腕の変色した部分が見当たらない。それどころか新しく再生したような傷跡がそこにはあった。どうやらこいつはまだ生きているようだ。
腕に塗った薬が効いたのか?毒が時間とともに自然になくなったのか?キーンには何か奥の手があった?二人はお互いの意見を確認し、確実なことは何も分からないが俺が生きているのは間違いないのだからと俺を馬に乗せその場を離れた。
俺を回収してから一週間で町を2つ通り過ぎ、見えてきた山を迂回するように移動している最中に小さな村を見つけた。食料を調達しようと村に入ったが村人は一人もいなかった。どうやら捨てられた村らしい。ふたりはこれ幸いと使えそうな家を探して掃除し、俺を寝かせて起きるのを待った。
(ここに着いてから今日で3日目だ。お前とあの時別れてからは10日ほどか。まさか本当に復活するとはな。このままお前は死ぬかもしれないと・・・悪いな、そう思ってたよ、内心。水だけは含ませてたが、食うものも食ってないからな)
(わたしはこの生ゴミとは違うよ。キーンは復活すると思ってたよね。ね?そうだよね?キーン、もしかして聞こえたりした?わたしがキーンを呼ぶ声が?だから起きたとか?もしかしてだけど・・・そういうことなの?ううん。いいの。わたしはぜんぶ分かってるから)
チャンネリには”んなわけねぇだろ”と言いたいが、言える訳がない。まだ頭がぼーっとしているからうまいこと返事できないのに、もうこんな苦行に身を晒さなければならない我が身のなんと情けないことか。
(そういうことかもな)
俺のそっけない返事にチャンネリは不満を隠そうともしない。俺は目を閉じて、無言の要求をしてくる怪物から距離をとると意思表示する。今は、もう少しでいいから、放っておいてくれ。かなりマジで。
(キーン。何か食べられそうか?分かってないだろうが、見た目結構やばいぞ。眠りたいのかもしれないが何か食えよ)
真面目モードのシュラーの存在がありがたい。スープとそれに浸したびちゃびちゃのパンを少し食べただけでどっと疲れがやってくる。それにしても何か足りないなぁ。いや、あれ?
(魔法か!)
俺の叫びにふたりがこちらに振り返る。
(キーン!どうした!魔法攻撃か!)
(いや、違う。そうじゃないんだ。ハハハ。魔法がなくなったんだよ。使えない。気配察知はもう使えないことを思い出したんだ)
(なんで?魔力が回復していないとか・・・そういうことか?)
(そうじゃない。思い出したよ。夢を見てたんだ。もちろんただの夢じゃない。そこで選ばされたんだ。魔法を捨てて生き延びるか、このまま死ぬかってさ。魔法を捨てたらもう二度と身につけることはできないなんて但し書きまでついていたな。俺はすぐに選んだよ。もううんざりだからこのまま死ぬって・・・)
(夢の話だろ?それがなんだっていうんだ?そのせいでお前は魔法を使えなくなったって言いたいのか?しかも選ばされたって?誰にだよ)
(あぁ、夢だと思ってたが違うのかもな。夢じゃなかった。それに俺は死を選んだんだ。なのに・・・このザマだ。わけが分からないのは俺も同じだよ。ただな、魔法はもう使えないだろうよ。あぁ。はぁ。もう寝る。何日も世話かけて悪かったな。あとはもう俺ひとりでも大丈夫だ。お前ら用事があるなら先に出発してくれ。俺はここに捨ててさ)
チャンネリが俺の傍に来て何か言おうとしたようだがシュラーに遮られてそのままふたりで外に出ていった。俺はいまの状況を考えるのも嫌になってすぐに眠った。
そしてまた目が覚めた。クソ。やっぱり生きている。実際一度は死んだはずなのに生き返っちまった。復活、まさにその通りだな。ありがたくて死にたくなるよ。毒だがなんだかもすっかり無くなったらしいし、右手は痛むものの問題なく使える。体を起こすこともできた。嬉しくもなんともないけど。
魔法はやはり使えない。あの神らしきものは一体何がしたいんだ?俺にこの世界で何かさせたいのか?だから死ぬのを許さなかった?
だが選択肢があった。生か死か。死を許さないというなら最初からそんな選択させても無意味じゃねぇか。それとも選択したものと逆の運命を与えるみたいな、そんな遊びがしたかったのか?
俺はあの夢を疑っていない。魔法はもう使えないし、この先おぼえることもできないだろう。試してみてもいいが、どうせ無駄になると思っている。
では次の問題。俺は死なないのか?次に死んだとしてもまた復活するのか?ふむ。試してみるか?俺はもうこの世界に未練はない。
最近は少しだけこんな人生も悪くないと思い始めていたが、今回のことでどうでもよくなったよ。もし神的な何かの手のひらで遊ばされていたのだとしたら、モチベーションがマイナスを記録すること間違いなしだし、実際それっぽい。
手のひらの存在を意識することなく弄ばれていたなら構わないが、ここまで横槍をいれられるとやってられない気分になる。運命が最初から決まっているとか、定められた運命とか、それってなんのマンガの話だよ。
魔法が失われて戦闘力からなにからガタ落ちだし、もう今更孤児院時代のようなゆるい生活なんて送れない。よし。もう我慢できない。試してみよう。今度こそ地獄へまっさかさまにいけるかな?
体の節々が錆びたボロ自転車のようにギィギィ鳴いてるようだが、ネガティブエンジンに後ろ向きの希望という燃料を注いだ俺の体は重いながらも主人の想いにこたえて立ち上がることを成功させる。
剣でもあればと探してみるがそれらしきものはない。扉のところまで歩くのはしんどいが頑張ろう。今の俺は死への階段をのぼるというモチベーションを支えに気持ちが昂ぶっている。この程度のことではへこたれない。
扉のノブに手をかけて体重を預けるように力を入れて押す・・・が開かない。鍵がかかってるのかな?ノブを前後にガチャガチャ動かすが扉は開かない。
「こんにちは。キーン様ですね?」
びっくり。声のした方を見ると部屋の隅に男が立っていた。さっきまでいなかったよね?魔法?何?転移とかそういうやつ?そんなのできるの?
「驚かせてしまいましたか。申し訳ございません。自己紹介をさせていただいてよろしいでしょうか?」
黒いシャツに黒いズボンか?黒が大好きなんだな。人族に見えるけど・・・キーン様って言った?
「私はゴール・ランクスと申します。ありていに申せば魔族というものでございます。本日はキーン様に耳寄りなご提案がございまして、ええ、はい、もちろん存じております。キーン様はご多忙のご様子。お時間はいただきません。お茶を一杯だけ。それ以上はご迷惑になりましょう。お茶を一杯。ええ、はい、それだけです」
いかにも胡散臭い声色だ。しかし俺は病み上がりで頭が正常に働いていないんだな。目の前の異常な存在をあっさりと受け入れて、あっという間に用意されたお茶に口をつけた。これは・・・いいお茶じゃないか。
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