第139話 魔族の男?

「お茶はお気に召していただけましたか?私などはこのお茶がないと生きていけない体になってしまいました。まさにこの一杯のために生きているといった具合でございまして、明日からこれが飲めないとなればとてもこれはもう・・・。つまり率直に申し上げて死んでしまうでしょうな。ええ、はい、このお茶の味を知ってしまったがためでございます。世の中知らない方がいいこともあるなんて申しますが、私はそんな話を聞くとよく笑ったものでございます。それが今はもう笑われております。浅ましいものでございますな。なまじ手に届く所にあるだけに縁を切ることもかないません。おや、これは失礼しました。キーン様には退屈な話でございましょう?あなた様にお会いできた喜びですこし興奮してしまったようです。お許し下さい」


まくしたてるわけでもなくゆっくりと自信たっぷりに中身のない話を延々と続けているこの男は何をしにきたんだろう?提案とやらをするならしてさっさと帰って欲しいんだけど。


こっちは病みあがりで倦怠感との綱引きではぁはぁいってるんだし、これから刃物を見つけるなり崖を探すなりして己の人生に決着をつけるという嫌な仕事が待ってるんだよ。


「キーン様?先ほどから一言もいただけないのは私の無駄なおしゃべりのせいということでございましょうな。いやはやどうも一度始めてしまうとなかなか止められないものでございます。無理に止めようとするとまた別のところが動き出すのでございますから、これはもう性分というもので、私自身、自分が誰に何を話しているのか分からなくなってしまうことも度々でございまして、ええ、はい。お茶のおかわりはいかがでしょうか?お飲みになる?これはこれは・・・ええ、はい。承知しておりますとも。空疎な会話は限られた時を生きる我々にとっては大きな損失で。しかし大きな損失とは一体なんでしょうかな?ええ、はい、もちろんこういう問題は始めから考えない方がいいのでしょうな。まさにキーン様のお怒りは御尤もでございます。では失礼してそろそろ時候のご挨拶から・・・ええ、はい、もちろん。限りある時間ですから。早速本題でございますね?」


魔族っていうのは総じておしゃべりな種族なのか、はたまた目の前のこいつがそうなだけなのか。こちらとしてはバカにされているとしか思えないその口上に、ちょっと関心を惹かれつつあるのが不思議である。


あまりにも大げさに無意味な話を展開してくるから途中ついニヤニヤしてしまったのが相手をさらに調子に乗らせたようだ。返事をしようにも声は出ないし・・・う、あ、うん、あー、あー、あれ?出るな。お茶が?効いたのか?


「のどの調子はいかがでございましょう?私などはこのお茶を飲んでからというもの不愉快なのどのイガイガなどとはオサラバしたようなわけでございまして、これだけでもこのお茶の価値の高さを認めざるを得ません。また私が日頃お世話になっている薬師の旦那様がいらっしゃるのですが・・・キーン様?いよいよ我慢の限界というものが見えてまいりましたでしょうか?どうもお顔の色が優れないようですが?ええ、はい、私はいつもこれで相手の不興を買うのが常でございまして。分かっているのにやめられないのでございますよ。完全に理解したとか、十年前から知っているとか言う人間に限ってその実何も理解していないというのは、それこそ何千年もの昔からの決まりごとみたいなものでしょうか?どうも私もその口のようでして。キーン様?どうもこれは申し訳ございません。ただ今、ただ今からでございます。ところでお茶のお味はいかがだったでしょうか?ご満足いただけたとは存じますが私も神様ではございませんので、せめてお言葉を3つ4ついただければ、おおよその見当でもつくのではと期待しているのでございます」


えーっと。なんだっけ?お茶の味か。そう。


「あ、あー、あ、美味しかったです。ごちそうさまでした。で、あなたは何者ですか?話は聞いていましたが、よく分からなかったので」


「美味しかったと。まさに至言でございますなキーン様。先ほど私はこのお茶の味を知らなければよかったと、お茶狂いを笑われたとお話致しましたが実は私にとってそれは問題ではないのです。なぜといってこの世は己の身一つで成り立っているわけではございませんから、私なども私に満足を与えてくれるものが恋しくなったりするんでございますよ。いくら私とて満足してはいけないなんて法はないでしょう?つまりこれは断つべからざる縁というわけですな。忌々しいと感じるその心こそ満足の裏返しでございますよ。おや?お笑いになりますか?これはしたり。私のお喋りもまだまだ捨てたものではないようでございます。ところでキーン様、テトラというエルフの女性をご存知でしょうか?」


え?誰?


「おや?お忘れでございますか?キーン様の魔法を掠め取った詐欺師のことでございますな。よもや本当にお忘れではございますまい。それともキーン様におかれましてはあの様な俗人のことなど記憶するにも及ばないということでございますか?やはり私などがいくら考えたところで測ることもかなわないご器量でございますな。深く、広く、高く、眩しい。私をお疑いでございますか?ええ、はい、人の心は誰にも、自分のものでさえ理解しきれるものではございませんが、この場合は当てはまりません。そうでございましょう?私はあなた様に呼ばれてこちらに伺ったのです。分かっておりますとも。理解するなという方が無理でございます。今、この瞬間、お疑いはご無用でございますとも」


俺に呼ばれたって?俺がこいつを?何を言ってるんだ?いよいよ話がめちゃくちゃになってきたな。しかもこういう出口の見えない話を聞いてみて良い結果になったためしがない。目の前のこれは鬼門。決してくぐってはいけない不可避の扉。あぁ俺の求める出口はどこにあるんだ?


「すみませんがあなたを呼んだおぼえはありません。病み上がりでして頭もふわふわしているのです。申し訳ありませんが、そろそろお引取り願えますか?」


「おお!私も随分迂闊でございました。ついつい余計な話ばかりでキーン様のご都合を勘案してございませんでしたな。これも私の悪い癖の一つでございます。そろそろお連れ様もお戻りの御様子。それでは今日のところは失礼させていただきます。あ、お見送りは結構でございます。私には私の出口がございますから。出口というのはとても大事ではありませんか?どうでございましょう?それでは最後に少し露骨ですが、少しは私に興味を持っていただけましたでしょうか?」


出口か・・・魔法で考えを読んだのかな?いや、どうでもいいか。あっさり帰ると言ってるんだ。それでいいじゃないか。興味・・・。


「お引取りを」


「かしこまりました。ではキーン様。いずれまた」


そう言うと男は流れるような気持ちの悪い動きで扉を開けて帰っていった。あれ?簡単に開いたな。あっ、ティーセットは?テーブルを見ると消えている。いつの間に?さっきまであったはずなんだが。


話を聞いていただけだがすごく疲れた。これから死のうと思っている人間が疲労とか関係ないでしょと思われるかもしれないが、一度寝ることにする。”浅ましい”とか言っていたな。”手の届くところにあるだけに”・・・か。上手いこと言ったぜ。さぁ、寝よう。










「キーン。起きた?」


「チャンネリ」


「声!出るようになったんだね?よかった。顔色も大分よくなってるし」


そういわれてみると服を着たままプールでウォーキングでもするようだったアホみたいな体のだるさが大分とれているようだ。お茶のおかげ?


「あぁ、ふたりのお陰で助かったよ。シュラーは?」


「狩りに行ってるよ。戦力と呼ぶにはあまりにもお粗末だから鍛えなおしてるんだよ。ちょうど時間があるからね。甘ちゃん野郎が今まで役にも立たないで遠くから火の玉でお遊びしてるだけだったでしょ?そろそろ現実と折り合いをつけないとね。だからキーンはしっかり休んでて。どんくさい豚をギリギリ許せる豚に調教し終わる頃にはキーンも元気になってると思うんだ」


チャンネリの毒舌と遠回りな優しさが全身に沁みるよ。それだけに俺はこいつらと一緒にはいられないな。


「チャンネリ。気にかけてくれるのはありがたいが、俺はもう大丈夫だ。そんでまた繰り返しになるけどふたりはもう先に行ってくれ。ここまで面倒見てもらえれば十分だよ。俺はひとりになりたいんだ」


お前らはなんだかんだ仲間だったんだな。いつの間にか思った以上に依存していたのかもしれない。いままではお互いが必要としていたんだろうから悪くないさ。いや、むしろいい関係だったんだろう。けどもう話が違う。俺はただのお荷物野郎。チャンネリの言葉を借りればどんくさい豚・・・以下ってところ。


これじゃあいつらに寄生してその生き血をすする百害あって一利なしの害虫みたいなもんでしょ。借金まみれの男が金もないのに見栄で周囲にご馳走して、そのツケを家族や親戚に回す的な図になる。


いっそ親戚付き合いを絶ってしまいたいが憎むほど人柄が悪いわけでもないし、借金の保証人になってくれと頼まれたわけでもない。せいぜいが数万円を貸してくれと言われるだけのこと。まぁそれぐらいなら仕方ないかと出してしまうことになるお金。


俺もそんな借金まみれの中途半端な悪人のようになるのかもしれない。嫌われないどころかある角度から光を当てればそれなりの輝きを返してくる正体不明の怪しいゴミ。


他人に迷惑をかけようなんて考えてもいないし、そんなことはしたくないという気持ちすら持っているいるのに、最終的には小銭を借りに奔走し始める男。自分を正当化しようなんて考えはないだけ分をわきまえているとも言えるが、悪い、すまないと思いながらも根本の解決をしようという気概はない。


俺という存在はつまりいてもいなくても・・・なんていう誰もが感じたことのある無力感、無気力感の底なし沼に自分から進んで嵌ったくだらない魂の残滓。


ふたりと別れてさっさとこの薄汚れた魂を処してしまうに如くは無し。それでこそこの第二の人生で得た俺の人生訓だ。すなわち弱肉強食だと。俺は弱いから喰われるのだ。自分自身の弱さに耐えられず、己の身を己で滅ぼす弱虫のクズ。さんざん他人を傷つけておいて、いざ自分が傷つくと途端に塞ぎこんで立ち上がれないんだから、もう貴様は立ち上がるな!


「キーン。その話なんだけどわたしもあの豚もキーンを置いていく気はないよ。魔法なんてどうでもいい。わたしはなんていうのかな・・・キーンみたいな性格が歪んでて、薄情で、でもたまに優しかったり、人を憎みきれてなかったりする中途半端な・・・人?気に入ってる・・・んだよね。たぶん。そう、そのはず。じゃなかったらいままでいっしょにいられなかったよ?」


あぁ、チャンネリなりに慰めてくれてるのかな?チャンネリもどこか歪んでいるのは間違いないから親近感を持ってくれたとか?クズ野郎をヒモにしてしまう哀れな女の内心を聞いてしまったような状況だが誰だって自分の信じる何かはあるんだろうし、周りからはそれが歪んでるいるように見えるなんてよくあることだ。チャンネリの言葉を否定する資格なんて俺にはない・・・けど。


「チャンネリ。俺はもう生きる気力がないんだよ。いままでは無理して人を憎んでそれをエネルギーにしていたけど、憎むよりはもう諦めの気持ちの方が大きくなってさ。だから・・・」


「キーン。もうちょっと待って。わたしの誕生日パーティーだってあるんだよ?まさか伸び伸びになってるの忘れたの?まさか?出来ないっていうの?それともキーンの死体をロウソクに見立てて、それを燃やしてお祝いをしろって言うの?わたしに?」


ハハッ、知らねぇよ!と言いたいところだが、あまりにあまりな発言にちょっと笑ってしまった。そしたらちょっと元気になった気がする。やばいな。なんて単純なんだ。


「そのまさかだ。すっかり忘れてたよ。誕生日パーティーか。それ・・・俺も参加しなきゃダメ?」


「え?だって・・・え?」


え?じゃねぇし。聞こえてないわけないよね。この状態の俺に誕生日パーティーの開催を求めるなよ。これがチャンネリ流の優しさか?それとも死ぬならパーティー終了後にしろってか?


「うそだよ。ちゃんとおぼえてるよ。そりゃそうだろ?」


「え?・・・あ・・・だよね!」


枯れた笑いでも芽生えた小さい何かを湿らす程度には潤したようだ。相変わらずしんどいけどチャンネリのパーティーが終わるまで耐えてみるかな。ありがとよ、チャンネリ。

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