第131話 ゴブ

あれから3日経って、チャンネリも帰ってきた宿。俺の部屋で作戦会議。


「シュラー、チャンネリ。ゴブ野郎は強いけど見せていいものだけだからな?奥の手は使うなよ?うん。そんでウナのパーティーと臨時で組むけど騎士より前に出るなよ?流れ弾に当たりたくない。ウナ達が前に出たがっても付き合うつもりはないからな?まぁあいつらならその辺は間違いないと思うけどよ」


「でも情報が少ないぜ。ゴブの数や動きが分からん。どうなってんだ?」


「今は騎士が遠巻きに監視しながら抑えているらしい。ヤツラがギルドに情報を流すと思うか?お前が情報収集しててくれればよかったんだけどな」


「要請は騎士側からギルドにあったんだろ?」


「まぁ町長からだな。騎士にしてみれば面白くないだろう。ヤツラは自分達だけでやりたいはずだから。という事は状況があんまり良くないんだろうよ。ギルドでも斥候を出したらしいから午後にいってみよう。チャンネリ?」


「はどーけんは?まだダメ?」


「やりたかったら魔道具返せよ。あんなもん見せたらお前の引き抜き合戦が始まるぞ?そうじゃなくてもうるさいくらい誘いが多いんだ。そもそもなんだよ波動拳って。他に使ってるヤツみたことないぞ?どうやってるんだ?」


「あれはね。あの荒野では珍しく雨が降ってたの。嬉しくて雨を浴びながら思い切り走ったんだよね。そしたら空がピカッって光った・・・ピカッ!って・・・光って、ビリッ!ってなって・・・なんかわたし倒れちゃったんだけど、そしたら体中がすごい痛くなって、こわくなって魔法を使ったのね。そしたら体がピカッ!ってなってる気がしてまたこわくなってその光をね、どうにかしないとって思って腕を振り回したんだけど・・・できるようになった。ピカッ!ってね」


え?雷に打たれたって話?マジで?


「シュラーは今の話、知ってた?」


「そりゃな。当時村では大騒ぎだったぜ。雷に打たれたらしいってこともそうだが、目立った傷もなしでよ、それでアホみたいに魔法が強力になったんだからな。チャンネリの覚醒なんてタイトルまで付いて今でも村の伝説の一つだ」


冗談みたいなホントの話ってやつか。バケモノめ。チャンネリは雷程度では殺しきれないと心のメモの一ページ目の一番上に書き込んでおこう。要注意。


シュラーと目が合う。そこにはなんとも言えないモヤモヤした感情が瞳に映っている。多分俺も同じ目をしていたのだろう、何とは言えない何かが伝わり、伝わった気がする。これが絆ってやつなのか?


「チャンネリ。とにかく波動拳は禁止だ。使わなきゃ死ぬって時まで封印しといてくれ。それにゴブ相手なら使わなくても平気だろ?んで話を戻そう。ゴブ叩きに関しては他に何か問題ある?」


ふたりとも何もないみたいなので一度解散。午後にギルドで集合ということで、それまでは自由時間にした。俺は鍛冶屋兼武器屋に寄って剣のメンテナンスを頼む。預けておいたサブの短剣を受け取り、ゴブをえぐるための投げナイフを5本購入した。


投げナイフは魔道具「身体強化」の力を使って投げれば強力な牽制になる。俺の身体強化程度では必殺技と呼べるほどのものにはならないし、魔道具の燃費が悪いので連発もできないから5本くらいで丁度いい。


あんまり派手に使っちゃうと色々疑われるしね。俺の気配察知、シュラーのファイヤーボール、チャンネリの身体強化という魔法使いパーティーだと周囲には思わせている。


シュラーの火のボールは魔道具を使った劣化魔法なので魔法使いとしては下に見られるかもしれないが、「共鳴」を広めてしまうとファイヤーボールが使えなくなるので仕方がなかった。それでも魔法使いの3人パーティーは強力だ。敵には絶対回したくないくらいには。


装備はこれでよし。午後まではまた身体強化の訓練をしよう。身体能力が跳ね上がるから体をコントロールするのが難しい上に、その身体能力に酔って直線的且つ力押しになりがちだ。


俺は「気配察知」があるから身体強化に振り回されずに済んでいるが、本物の身体強化使いはなかなかそこに気が付かないだろう。いや、気が付いていても直線的な力押しで何の問題もないという考えがあるのかもしれない。素の技術をいくら磨いても結局それではね。


当然魔法の力に酔わずに身体強化の制御をするヤツもいる。チャンネリを見ればそれが分かるし、スライム退治の時の貴族も曲線的な動きをしていた気がする。そういったヤツは半端なく手強い。もう頭2つ3つ飛びぬけた強さを持っていると言える。


チャンネリといういい見本がいるのはありがたいよ。俺の身体強化は魔道具で発動しているだけで、オリジナルのものより出力は数段劣るものだからその分制御もし易いはずだ。今はとにかくチャンネリの動きをイメージしながら訓練っす。


昼まで町の外で自主トレしてからご飯を食べ、適当にギルドに向かった。シュラー、チャンネリは既に酒場で一杯やっていたのでそこに合流。


ウナのパーティーも一緒にいたので簡単な挨拶だけして飲み始めると、ウナが明日の打ち合わせをしようと言い出した。酒は楽しくか静かに飲みたいのに面倒だなぁ。敵の詳細だって分かってないんだから後にしない?と言ったがウナが勝手に話始める。


「もう手に入れたわ。いい加減な情報じゃ不安だから私達が様子を見てきたのよ。感謝してよね」


ラッキー、手間が省けたよ。ウナの話ではゴブゴブの数は最低でも100。丘の中腹に洞窟を掘って基地化していて、見た限りでは全員武装しているとのこと。


洞窟から単独で出てきたゴブリンは少し泳がせてから騎士連中が始末しているらしいが、狩りのために出てくる集団には手を出していないようだ。


監視の騎士の数は30。多いとは言えないが、外の巡回や町長の護衛などの任務についている騎士は動かせないから仕方ない。


「基地化って、どんなもんなんだ?洞窟なら外から魔法をぶち込むとか、入り口を崩して塞ぐとかすれば終わりなんじゃないの?」


「その前に木の柵があるのよ。そして入り口は岩で補強してあったわ。魔法攻撃に耐えられる程のものじゃないけど。洞窟の規模が分からないから入り口だけ塞いでも意味なさそうね。掘り返されて元通りじゃつまらないでしょ?内部の様子も分からないから外からの魔法がどこまで届くか分からないし。それにね・・・」


ウナは俺達に顔を寄せて小声でささやいた。魔法を使うゴブがいるらしい、と。


「それは・・・厄介だな。騎士が下手に手を出さなかったのもそのためか?魔法持ちの魔物なんてはじめてだぜ。何の魔法かは分かってるのか?」


「エアカッターよ。騎士がやられたらしいわ・・・」


既にやられていたか。エアカッターねぇ。見えない風の刃が飛んでくるってか。おぉコワ!「気配察知」で十分注意しとかなきゃだな。


「ふーん。で参加する冒険者の数はどれくらいになりそうか分かる?」


「あら、魔法に驚かないのね?」


「だって俺達には関係ない話だからな。魔法持ちはそんな何匹もいないんだろ?だったら騎士が頑張るんだろうよ。下手に横槍入れて騎士の不興を買ってもいいことないしな」


「その若さで随分分別くさいことを・・・さすがは奴隷の王ね」


ウナはそれを口にした瞬間、しまったという顔をする。


「ウナ。それ分かってて言ったんだよな?」


俺がこの町に来たばかりの頃、奴隷を虐待していたバカを何回か殺した。正面からやったのではこちらが犯罪者になってしまうため、うまいこと煽って返り討ちにしたのだが、俺の首輪ともあいまって奴隷の王なんてあだ名をつけれらてしまった。


他人に冷淡で奴隷よりに見える俺の性格もそれを広げる後押しをしているんだろう。あだ名か付けられることは仕方ない。他にも隻腕とか、チャンネリ使いとか呼ばれてもいるからね。ただ奴隷の王は気に入らない。奴隷時代の記憶に無神経に土足で踏み入られている気になるから。


奴隷の王と聞くたびに俺の内部にいまだにこびりついている自作自演による憎悪が熱を発し、ぐつぐつと煮えてくる。心情的には貴族よりは平民より、平民よりは奴隷よりの俺だ。間違ってはいない。だがそれがどうした。


奴隷は碌でもないヤツも多いから無条件で同情するとか助けるとかなんて考えは全くない。が、面と向かって奴隷の王などとコスってくる舐めた相手をそのままにしておく気はない。ウナはそのことを知っているはずだ。


「すまないキーンの旦那!姉さんはここ数日忙しくて疲れてるんだ。そこに酒が入ったもんだからちょっと気が緩んじまった。一杯おごるから聞かなかったことにしてくれないか?」


ウナのパーティーの斥候のおっさんがリーダーに代わり詫びを入れてきた。ウナは冒険者のパーティーリーダーとして迂闊に謝ることもできない立場か。実にくだらないプライドだな。ウナのこともそうだが、それは俺自身にも言える。しかも俺みたいなガキに頭下げてくるこのおっさん・・・いい味出してるぜ。


「シュラーとチャンネリにもおごってくれる?」


「もちろんだ。好きなもん頼んでくれ」


雰囲気が思いっきり悪くなってしまった。大空に架かる虹の写真を撮り、そのままの流れでそこに自作のポエムを書き加える学生時代が忘れられない皺だらけの中年のおばさんが着る、派手派手なセーターみたいに調和を失った俺の気ままな感情の爆発のせいでこうやって色々なところで少しずつ恨みを買っている。分かっているのにやめられない。


食べれば太ると分かっていても深夜にカップラーメンをズルズルすする。ピザを注文したらコーラ的なものでカロリー倍プッシュする。やめられない、とまらない。分かってる、分かってると言いながら、欲望の方向にのろのろ走り出すんだ。


だって止まったら追いつかれちまうんだ。一体何に?そこにいるのはいわば昔の自分。憎しみに燃えながらも、冷えた心で汚れた地べたを舐めているリベンジャー。


振り返ればそんな昔の自分のようなヤツらが大量にいて、なんとか前にいる者を蹴落とそうと命のやり取りを強要してくるんだ。でも無駄な恨みや反感を買うのはまた別の話だろう、それはお前が好きでやってることじゃないかって?


確かにそうかもしれない。けど俺を動かす燃料は恨み、憎しみ、怒りなんてものばかり。それらが切れたら生きてて何がどうなる?なんて思考に引きずられて自殺してしまうかもしれない。


自分が生きるために周りの命を奪う。食べるためにするのではない。自分勝手でわがままな自前の燃料を補給するためのエゴからそれをやっているのだ。


押しも押されぬ正真正銘のゴミ。そしてそれこそがこの世界で生き残るための正しい人のあり方。恨みや憎しみが自分の栄養になるならそれを食って生きるだけ。積もるゴミはゴミ同士でさらにゴミを積み上げていく。


もちろんこれは俺の個人的な考えだ。おそらく誰に言っても通じないだろう。それでいい。俺は他人と分かり合おうとなんて望んでいないのだし。


「そりゃありがたい。俺の演技力もだいぶ上がったかな?一杯儲けたぜ。じゃあ和解の乾杯だ!」


軽くおどけて吐いたセリフに、ウナ達は両手を上げてやれやれといった顔だ。シュラーはつまらなそうに酒を飲んでいる。チャンネリは眠そうだ。気分を切り替えてゴブ退治の話を続け、ギルドからの情報も入手。明日の本番に備えて早めに解散となり、宿に戻るとほっと一息ついて眠った。疲れたなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る