第106話 運動会の準備

「町全体の様子、要注意な建物の場所は大体分かったな?戦力だが騎士は50、衛兵は100程度だ。その中で魔法使いは十四人。あとでそいつらの特徴と使う魔法の情報を教える。できれば一度気配を憶えてもらいたいところだが、まぁ全ては無理だろうな」


「了解。出来る限り憶えるよ。もう少し行動範囲が広ければなぁ」


「運がよければ何人かは見ることができるはずだが時間が足りないだろうな。坊主、お前は斥候だ。特に集団で向かってくるヤツラの警戒が主だ。それさえ気をつけてくれればいい」


俺はとうとうじいさんプロデュースの大運動会へ出場登録することができた。魔法の対価として敵対しないことが最低条件と言われたが、俺は積極的にじいさんを手伝うつもりであることを伝えて認めてもらった。


碌な準備運動もなしに死神と命の綱引きなんて、そんな薄気味悪い理不尽な競技に何も知らずに強制参加させられるのは勘弁してもらいたいもんね。


おかげで、じいさんから少しだけ大運動会の流れを教えてもらえた。もちろん核の部分、つまりメインイベントは秘密だ。サプライズ演出をしようってのか、じいさん?なかなか上手く焦らすじゃないか。


現状は大会当日までの準備の仕方を指示されただけだ。しかしそれだけ聞けば、多少の予測を立てることができるってものだ。予想では障害物排除競争をやってから、マラソンで流れ閉幕って感じ。


俺は魔法を手に入れてから普段自分が歩く周辺の確認は行っている。「気配察知」の有効範囲は150メートルほどが限界だったので、とても町全体とはいかなかったが、避難経路くらいはしっかり押さえておきたい。


町長や騎士、衛兵はもちろん、邪魔になりそうな冒険者や各種ギルド関係の人間についても動きを把握しておきたかったが、確認出来たのはそのなかのほんの一部。


まぁ町長一家と騎士と衛兵の一部を憶えられたので悪くはない結果だ。特に町長一家はこの大運動会のメインキャストだからね。これを外す訳にはいかなかったよ。


おかげで気配を憶えたヤツラが今どこで何をしているのかがリアルタイムで分かるようになった。もちろん魔法の有効範囲に入っていたらだけどね。しかし150メートルあれば十分じゃないか?何十秒かの時間をゲットできるんだからさ。


「じいさん。町長家族以外の貴族や冒険者連中の動きは掴めているのか?」


「・・・貴族の方は問題ない。要注意なのは回復魔法を使う女だけだな。お前も会ったことがあるだろ?他はただの人間様だよ。冒険者には注意が必要だが無駄に命を賭けるようなヤツは少ないからそれほど心配はしとらん。ここらは稼ぎにならないからまともな冒険者もいないしな。ただそれでも戦闘になったらワシ等に勝ち目はないと見ている」


「なんだそりゃ。全然ダメじゃねぇか。そんな適当で大丈夫なのか?」


「まぁそう心配するな。ワシ等がどれほどの時間を準備に費やしたと思っている」


「わかったよ。俺は所詮新入りだもんな。上手くいくことを願ってるよ」


奴隷の数はおよそ400。数で押せればいいが運動会に参加する奴隷の数が読めない。じいさんはそのあたりもちゃんと考えてるんだろうけど・・・。武器くらいはどこぞに用意してあるんだろうな?無ければいくら数がいたって全滅必至だぜ。


「ああ。今日はここまでだ。また次の機会を見つけて声をかける」


外で冒険者を見かけたら気配を憶えておこう。町の中でも同じように、注意すべき人間がいないか魔法をばら撒く。おかげで「気配察知」の使い心地がより滑らかになってきた。新しい発見もある。なんとこの魔法、戦闘にもかなり有効なのだ。


前に考えたことのある奇襲用という意味ではない。魔法の対象を絞って・・・例えば一人の人間に絞って使うと、その相手の動きが読めるようになるのだ。


指の微かな震えも心臓の動きだって確認できるのだから、そんなことができるのだろうと勝手に考えている。とにかく重要なことは相手が次にどう動くかが結構はっきり見えるということだ。


相手が魔法を使う兆候なんかは分からないだろうし、身体強化の魔法の前ではあまり意味を成さないかもしれないが、これは非常においしいオプションであることは間違いない。


そんな大変便利な「気配察知」だが、もちろん弱点はある。魔法の弱点というよりも、とにかく俺自身が弱いってことだよね。


体はガリガリだし、身長も栄養不足のせいか伸びず140ちょっとくらいだ。左腕は肘から先がないし、それをカバーするような防具だってない。


剣の練習も少ししたことがあるとはいえ、まだまだ初級の域を出ていないだろう。いくら相手の動きが読めてもこれではね。お話にならないよ。体捌きだって大したレベルじゃないんだ。


つまり俺は斥候としてはある程度使い道があるが、それ以外は一般人レベルかそれ以下。魔法の有効範囲のことを考えれば斥候としての能力もそう自慢できるものではないかもしれないな。


ポジティブな要素はやはり逃げを打つのには最適な能力だという点。百五十メートルの結界というアドバンテージは半端なく大きい。3Dマップを感じれば視界を気にする必要もないから夜だろうが、煙に包まれていようが大抵の場所は走り抜けられる。


あとは隠密幽霊野郎対策が必要なくらいか。俺の「気配察知」に引っかからないで抜けてくるようなヤツがいたら・・・ダメだろうな。多分殺される。その辺の不安はあるっちゃあるがなんのなんの。それでも魔法様様だ。


運動会が終わったときに自分がどうなってるか知らないが、生きていたら体を鍛えたいな。うん?今のうちに逃げちゃえばいいって?


確かに金を稼ぐ手段は手に入れたし、無一文で飛び出してもどうにかなるかもしれない。けどね。俺はこのスペシャルな大会を棄権するつもりはない。


せっかく魔法でドーピングしたんだぜ?有利な条件で参加できて上位入賞も出来るかもしれないのに、ひとりこの荒野へ走り出すわけないだろ。始まる前から結果を悲観したくないし、たとえ死への短距離走にエントリーしたと途中で気がついても俺は走るぜ。


生きてる意味だの、意味のある生だのなんて問題はどこかのひょろい貴族の坊ちゃんに本のなかででも探してもらうとして、俺は今のナマのままの感情を走らせるつもりだ。不自然に溜めた憎しみにも解放の喜びを与えてやりたいしな。


いや、じいさんにはかなりの借りができた。しかもこいつは返す必要がないってんだからゴキゲンだろ?踏み倒す前提の借金なんて強盗みたいなもんだが、この場合俺はなんの矛盾も無く自分の心と和解できるんだ。


あぁ、わかってるよ。俺はあくまで脇役だ。ほんのちょい役に過ぎないガキだよ。運動会の主役はじいさん、あんたとそのお仲間達だってことは分かってる。でもお互い勝手に楽しめばいいんだよな?少なくとも俺は遠慮しないぜ?


う。寒い。ちょっと妄想に時間を使いすぎたわ。さて魔法の熟練度上げの続きをしよう。もっと俺に都合のいい使い方が隠れているかもしれない。


ハハハ、気分がいいぜ。久しぶりに祈ってみるか?パパママ僕を生んでくれてありがとう!もしどこかで生きているならどうか幸せでいてください!なんてさ。


ハッ!こんなクソみたいな冗談が言えるまでに回復したか。パパママ、なんてさ!もしそんなものが俺の視界に入ったらもちろん幸せなんて祈ってる場合じゃない。冥福をお祈りするために殺してやるぜ。


ふぅ。いつの間にかやめていた演技の練習を再開したくなってきた。感極まって泣く芝居とか、傷つき易いナイーブな少年の心の苦悩を表現したりできれば、パパママを殺してしまってもどこかのバカが同情して助けてくれるかもしれないもんな。

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