第50話 はしゃいでるヤツら

腕が折れたっぽい。左腕の肘から先がパンパンに腫れている。木の魔物がいきなり枝をぶん回してきて、反射的に腕で防御したけどその腕がポキっといってしまったっす。


あのクソ野郎。植物なんだか動物なんだかわからんが燃やして灰にしてやりたい!幸い奴はろくに移動できないようで、吹っ飛ばされてからの追撃はなかった。


腕を冷やそうと川を探していたら、湧き水みたいのがチョロチョロ流れているのを発見。そこに左腕をひたしてため息をつく。


あんな木の魔物なんて判別できないだろ。何か見分ける方法があるんだろうが俺は知らない。この調子で山を進むと次はぷちっと頭を潰されそうだ。エルフのオヤリエさんに素直に案内を頼めばよかった。


いつものように中途半端な準備でどうにかなると思っていた過去の自分に会いにいって、折れた左腕を見せながら逆ギレしたくなってくるぜ。お前のせいでこのザマだ!と。


「いてぇ!」


背中に何か刺さった!何だ!後ろを振り向くとツバメみたいな鳥が羽を羽ばたかせて暴れている。爪を俺の背中に突き立てて、クチバシでつついて来る。


すぐに「自宅」を発動して緊急避難した。なんだあのクレイジーな鳥は!あの大きさなら虫とかせいぜいネズミみたいなものを狙うだろ。なにをはしゃいで子供なんか襲っちゃってんの?毛皮マントがなかったら、文字通り背中の肉に刺さったんじゃないか?


はぁはぁ。逃げて正解だったよ。あれはナイフでどうこうする段階ではなかった。

最初ホントに背中をえぐられたと思ったもんね。とりあえずさっきの鳥はクレイジーツバメと命名しておこう。


毛皮マントを点検して問題ないことを確認してから外の様子を窺うと、クレイジーツバメはいなくなっていた。「自宅」を出て登山再開。まだ奴がその辺の木の上にいるかもしれないから、ナイフを右手に持っておく。大して意味があるとは思えないけど。


できれば川を見つけたい。腕をがっつり冷やしたいのだ。そして適当な木の枝を見つけた後で固定したい。枝をくくる紐としてツタも欲しいな。


しばらく道を上り下りしていると気温が一段下がったのを感じる。ひんやりした空気が前方から流れてくる。これじゃない?進んでいくと小川を発見。


大き目の岩がごろごろしているので滑らないようにゆっくり近づき、水のなかに腕を突っ込む。ああ、痛いくらいに冷たくて気持ち良い。痛気持ちいいっす。


いやちょっと待てよ?ピラニア的な魚とかいないだろうな?こわくなってすぐに手を水から抜いた。水は透き通っているので生き物がいるかいないかは分かる。魚らしきものは目につかない。


大丈夫か?今の内に水筒の水も入れ替えてしまおう。水筒の中身を一度捨て、川の水を入れていると、ガコッガコッという音がした。なんだよもう!急いで周囲を見回すが何もいない。水筒をしまって立ち上がる。


あれ?いま岩が動いた?と思った瞬間、岩に足が生えてこちらに向かって突っ込んできた!ざけんなよ!クソ!


思いっきりジャンプして岩の体当たりをかわす。その岩をよく見てみると小型犬サイズのアルマジロ的なやつだった。背中側が岩にそっくりだ。あれってナイフ刺さるのか?無理っぽいよな。よし「自宅」へGO!


「ふんだりけったりだな」


途中で拾った枝で左腕に添え木をしながら弱音を吐いてしまった。正直今すぐ町へ戻りたい。けどもう1日分くらいは進んでるし、もう少しで山の民の集落があるかもしれない。迷うなぁ。まさに遭難の典型的パターンか?


食べ物のストックも水も問題はないけど、お外がこわくて出たくない。腕と背中も痛い。もともと傷だらけの体だったのにさらに故障箇所が増えたよ。俺がドラフト指名選手だったらプロ入りを断念するレベルだよ?


もうぼろぼろだよ。まるで俺が虐待を受けた子供みたいじゃないか。あれ?これはその通りか。騎士に虐待受けたんだったわ。


しかしあの魔物ども、なんであんなに好戦的なんだ?それだけ山の食糧事情が厳しいってことなのか?いやただ俺が山の歩き方を知らないだけなんだろうな。危険に気付かず、ゴキゲンエリアに土足で踏み込んじゃってるバカな俺。はちゃいじゃってたのは俺の方ってオチだな?


反省するはいいけど、ぐずぐずしているとすぐに日が落ちてしまう。出来ればもう少し進んでおきたい。でもこれ以上の怪我はまずいよ。水が確保できるこの場所で何日か体の回復を待とうか。一旦仕切りなおしだ。またこのパターンか・・・暇との戦い・・・ダルいなぁ。






4日ほど経って体の調子は大分よくなった。骨は無理だよ?骨は。けどその他の部分は良好だ。そして5日目から魔物狩りを開始。骨は我慢だよ我慢。響くけど我慢。


朝からあの岩アルマジロの野郎と対戦を開始して、半日ほどで満足のいく対応ができるようになった。体当たりをかわして岩に突っ込ませた後に横から蹴ってひっくり返し、お腹側にナイフを突き立てれば終了だ。


攻略法を発見した俺はひたすら川辺で岩アルマジロ狩りをしている。いまや「自宅」のなかは仕留めた5匹ほどで気持ち悪いことになっている。売れたらいいなと積極的に狩ってみたのだ。俺もとうとう山の狩人。立派なサバイバーになってきたな。渋いぜ。


読めもしない風を読むふりをしながら遠くの山を見つめる。足元には岩アルマジロの死体。どの角度からみても渋い。渋いはずだ。そうに決まっている。左腕は木の枝とロープでぐるぐる巻きにしてある。これがさらに渋さを演出している。


毛皮マントもいい感じで汚れてきて、やさぐれ冒険者風になってきた。右手には鋭いナイフを握っていて、気分はもう忍者だ。山の狩人で渋い忍者。なんて子供だ。近所に住んでたら絶対見て見ぬふりしちゃうな。


ところでこの岩アルマジロって食べられるのかな?これが食べられるなら、ここでスローライフを始めるのも不可能ではないぞ?さらに売り物にもなれば現金収入の目途も立つ。


現金を安定して稼げれば、買い物が出来る。そのお金で材料を揃えて家を作ったりして少しずつ環境を整えていけば、結構理想に近い生活になるんじゃないか?


あとは知識だ。オヤリエさんは山の知識のことを言っていたが、まさにその通り。知っていれば対処の方法はあるんだろう。岩アルマジロのように。


ここを拠点に行動範囲を広げて山の知識を蓄えていくのもありだな。山の民よ。川は押さえさせてもらったぜ!この川はもう俺のものみたいな認識でいいよな?答えが返ってこないってことはイエスと受け取るぜ?さぁ条件は整ったっぽい!俺的サバイバル生活の始まりだ!


「あれ?あんただれ?見ない顔だね?」


俺の独立宣言が終わったと同時に背後から声が聞こえた。振り向くとドワーフらしき女の人が立っている。・・・ちょ、待てよ!


こうして俺のサバイバル生活は宣言とほぼ同時に終了することになった。目にホコリが入って涙が出たが、これは決して自分の道化ぶりが悲しくなったからではない。そうではないのだ。

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